ある日、ぶりっ子悪役令嬢になりまして(トライア編)

桜あげは

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 朝の離宮は静かだ。
 もう少しすると、皆が慌ただしく働き出す。そういうところは、ガーネットと同じだ。
 トパージェリア城内は、三つのエリアに別れている。
 王の住まう中央の王宮、バシリオの住む西の離宮、トライアの住む東の離宮だ。
 ガーネットの、中央棟、西棟、東棟……みたいなものかな。
 私は今、東の離宮で生活をしている。一応、トライアの婚約者なので。

「はあ……」

 清々しい気候だというのに、思わずどんよりした溜息が溢れる。
 トパージェリアに嫁に来たというものの、特にすることがないからだ。
 こちらの空気はガーネットに比べて緩い。なんと言うか、皆自由人だ……特に女性は。

 トライアの妻教育で色々叩き込まれるのかと覚悟していたけれど、王位を継がないトライアの嫁ということで、そこまで厳しいことは言われない。
 文化の違いに関すること以外は、今までの知識で対応可能な部分も多いのだ。
 トパージェリアの貴族名や、地名、歴史については勉強中である。

 この国は、私に優しい。
 それに、歩いていると、時々不思議なことが起こる。
 特に何もしていないのに、行く先々で様々な人から「あの馬鹿王子を更生させてくれてありがとう」という、謎の感謝の言葉を掛けられるのだ。
 ベアトリクスが言っていた「女好きがピタリと消え失せた」というアレのことだろうか……?
 そんなことを考えつつ、王宮の廊下を歩いていた私に、後ろから声が掛けられた。

「そこにいるのは、カミーユ嬢ではないか?」
「……!?」

 振り返ると、見知った顔が立っている。

「えーと……バシリオ様? おはようございます」

 トライアに良く似たトパージェリアの王太子。長男のバシリオだ。
 銅色の髪と金色の目は、弟と同じ。
 ただし、バシリオは髪を短く切っている。顔立ちも、トライアよりはいくらか精悍な感じだ。

「ああ、こんな場所であなたに出会えるなんて、今日はツイている」
「……はあ、朝からお元気そうで何よりです」
「相変わらずお美しい、弟には勿体無い方だ。どうかな、今からでも私に乗り換える気はないかな?」
「え、いや、あの……」
「ああ、あの舞踏会であなたに出会ったのが私であれば、どんなに良かったか……」
「あ、あの、その」

 どう返すべきか混乱した私は、記憶力の弱くなった人のように、「あの、あの」を連発するばかりであった。
 しかし、おかまいなしに、バシリオはこちらへ手を伸ばしてくる。

「え、あの、バシリオ様」

 戸惑っているうちに、右手を取られ、軽く口づけられた。
 挨拶、挨拶。これは、こちらの世界の普通の挨拶だ。狼狽えるべからず。

「折角会えたんだ。中庭で散歩でも……」

 彼がそう言いかけた時、逆方向から間延びした声が響いた。

「これはこれは、兄上殿じゃーん? こんな所に何の用かなぁ。いつもは僕のいる離宮になんて寄り付きもしないのに、珍しいこともあるもんだぁー」

 声の主であるトライアが現れると、バシリオは私から手を離す。

「はっはっは、弟よ! たまには、東の方にも足を伸ばしてみようと思ってな。王太子たるもの、王宮内のことは全て把握しておかなければ」
「それで、約二年ぶりに僕の住まいを訪れたって訳。ふぅーん?」

 二人の様子は、友好的とは言いがたい。
 ゲームの中でも、暗殺者を送り合いっこしているくらい仲が悪かったものなぁ。
 ここでも、それは健在のようだ。

「トライア……」
「おはよう、カミーユ♪ 今日も可愛いね。ああ、どうして太腿を隠しちゃうかなぁ……絶対に出した方が可愛いのにー」

 太腿全開系の衣装には、まだ手をつけられずにいる。
 だって、ビキニで宮殿とか無茶にも程があるよ。
 まあ、王宮内でちらほら見かけるトパージェリアの令嬢は、そんな過激な格好をしている訳だけれども。
 令嬢どころか、年配のご婦人方まで過激だけれども。

「では、兄上。僕はこれで失礼するよー。カミーユ、行こう」
「え、う、うん。バシリオ様、それでは失礼しますね」

 トライアに腕を引っ張られて、離宮の中へと誘導される。

「兄上とは、何の話を?」

 私に向かってそう尋ねるトライアは、いつもと違ってふざけた様子は見受けられない。

「えーと……「私に乗り換えないか」とか言われた。あと、中庭での散歩に誘われた」
「ふぅん? 乗り換えるの?」
「……え?」
「王太子妃になりたい?」

 どうして、トライアはそんなことを聞いてくるのだろう。私は彼の婚約者だというのに。

「そんな面倒なものはご免だよ。トライアの婚約者として、自由に魔法研究出来る方がいい!」

 そう言うと、トライアはパチリと瞬きした後で肩を震わせた。

「……っあははは! 流石カミーユ、ブレないね!」

 さっきまでの不機嫌な空気が嘘のようだ。

「あの、トライア?」
「……っはは、うん、なんでもない。朝ご飯、まだでしょ? 一緒に食べよう?」
「う、うん」

 腑に落ちない気持ちを抱きながら、私はトライアの後に続いた。
 彼が何を考えているのか、全く分からない。
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