北峯山荘殺人事件

麻鈴いちか

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イレギュラーと亀裂

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~~1階、リビングルーム~~


メンバーたちははショウコが遺した暗号のような意味不明の文字列をじっと眺めていた。


「"e=さけにめえそところどりくな゙にすきぬふめらふこえ (全て前へ)"……って何なんだよこれ!大体何で『な』に濁点が付いてるんだよ……日本語になってねぇじゃねぇか!」


タクマはイラつきを隠せない様子だ。


「まぁまぁ……」


ケイスケはそう言ってタクマをなだめると、再び真剣な顔になった。


「あっ……」


すると、今度はシホが何かに気がついたのか声をあげた。


「………なるほどね」


彼女は一番に謎が解けて優越感に浸っているのか、少ししたり顔をしてみせた。

そんな彼女の様子を見てカズチカは質問をした。


「何か分かったのか……?」


「ええ……気がついてしまえばとても簡単なトリックよ……」


彼女は相変わらず得意げな様子だ。


「もったいぶらないで教えろよー」


タクマが痺れを切らしてそう言った。


「分かったわ………じゃあ、まずどうしてeと平仮名の羅列が=で結ばれているんだと思う?」


みんなは再び思案に暮れた。

すると今度はユウヤが自信なさげに声をあげた。


「この暗号が……数学だからじゃ……」


するとタクマが高笑いをした。


「はっはっはっは……何で文字列なのに数学なんだよ、馬鹿だなぁ」


「正解よ……」


「え……?」


タクマはキョトンとした顔になった。

しかし、シホは彼に構わずさらに話を続けた。


「この暗号を解くには数学の知識が必要不可欠なの………ふふっ、カズは何かに気がついたみたいね」


「数学苦手だし自信ないけど……ひょっとしてこのeっていうのは自然対数の底のことか?」


カズチカは本当に自信がない様子で答えた。


「ええ……まぁここまで来てしまえばもう分かったもの同然ね」


すると今まで黙っていたフユノが話し始めた。


「あの……これってシーザー暗号ですか?」


「ええ………この"全て前へ"の指示に従って、自然対数の数字分だけ五十音をずらせばいいのよ………でも、あいにく私は2.718までしか覚えてないの………」


「シホちゃん、よくそれだけで分かったね」


ユウキが驚きの声をあげた。


「ええ………この4つの数字だけで"ケイナは"って出てきたから……」


すると突然ケイスケが意味の分からないことを口にし始めた。


「ひょっとして、それって2.718281828459045235360287471……っていうやつか?」


「ええ……そうよ……ていうかあなた意外な特技があるのね、自然対数の底をそこまで覚えてるなんて余程の変態よ……」


「変態とは失礼な……ちなみにあと100桁くらいなら言えるけど……」


「まぁ、いいわ……これで計算する手間も省けたし」


メンバーは紙にケイスケが言った数字を書き込んでいき、その下に例の暗号を並べていった。


すると、シホの言ったとおりきちんとした日本語が浮かび上がってきた。


「けいなはいきているじゆうじにけいなのへやにこい………」


カズチカが解き明かされたメッセージを読み上げた。


「おそらくこれは犯人がショウコにあてたメッセージだったのね…………」


シホは静かにそう言った。

するとタクマが突然大きな声をあげた。


「許せねえっ!なんだよコレっ!……ショウコの気持ちを弄びやがって……」


「落ち着けよタクマ………」


ケイスケがなだめる。


「落ち着いていられるかっ!今からその辺回って犯人見つけて、ぶちのめしてやるっ!」


タクマはそう言い放つとリビングを出ようとした。

しかし、その行く手はカズチカによって阻まれることになる。


「カズ……そこをどけ!」


「どけない………」


「どけっ!」


「絶対に嫌だ……」


「だったら力ずくだ!」


タクマはそう言うと拳を振り上げた。

しかし、カズチカがタクマの拳をかわすことはなく、彼は一歩たりともその場を動かなかった。

次の瞬間、なんとも言い難い鈍い音と共にカズチカが吹っ飛んだ。


「おい!何やってんだよタクマ!」


ケイスケがタクマを叱責する。

カズチカはというと右頬を押さえ、よろめきながら立ち上がった。


「カズチカくん大丈夫!?」


ユウキもアタフタした様子で彼の元に駆け寄った。


「ふんっ……かわさなかったそいつが悪いんだ」


タクマはそう言って再び部屋を出ようとした。


「待ってくれタクマ……」


カズチカはなんとも情けない姿でタクマを呼び止めた。


「お前の気持ちは痛いほど分かる………出来ることなら俺も犯人を痛めつけてやりたいさ……でも、もう誰かが死ぬのは嫌なんだ………だから………」


「………………」


タクマは黙ってカズチカの言う事を聞いていた。

すると彼は後頭部を掻きながらこちらを振り向いた。


「分かったよ………館で大人しくしてりゃいいんだろ………?」


彼のその発言にメンバー全員は安堵した様子だった。


「それと………さっきは殴って悪かったな」


「ああ………大丈夫」


こうして、問題は解決した。



はずだった。




"チャラララ~チャラララン♪"




突然、誰かの携帯がメールを受信したのだ。



皆、驚いた様子で自身の携帯を確かめる。

そして、今回メールを受信したのは……




タクマだった。




タクマは受信メールを開くとその内容を声高に読み上げた。


「次はあなたを殺しに行きます。楽しみにしていてください………ふっ、上等だ。殺れるものなら殺ってみろってんだ」


タクマは鼻で笑うと携帯をポケットにしまった。

しかし、タクマ以外のメンバーは不安を隠せないといった様子だ。

すると、フユノがひとつ提案した。


「あの……みんなバラバラになるのは心もとないんで、出来れば全員で行動してた方がいいと思うんですけど………」


確かに、この状況下ならそれはいい考えかもしれない。

しかし、みんな精神的に参っている。

1人になりたい人もいるだろう。


「その意見には賛成だけど……今はちょっと一人になりたいかな………」


ヨシヒトは小さい声で言った。

結局、みんなで固まって行動するまではしなくていいということで話は落ち着いた。

ただ、何かあればすぐに他の人に伝えるようにということは皆の中での約束事になった。


そして、メンバーたちは再び各々の時間を過ごすことになる。




~~2階、カズチカの部屋~~


カズチカは机に向かって何かをしている。

そこには今までの出来事がびっしりと書かれたメモ帳があった。


「………さっぱり分からない」


どうやら彼は、今まで集めた証拠から犯人への手がかりを得ようとしているようだった。

しかし、この様子だとどうも上手くいっていないようだった。


「ところで……どうしてユウキはずっと俺の部屋に居るんだ?」


カズチカが不意に尋ねた。


「どうしてって……私の部屋、渡辺さんにあげちゃったし」


「じゃあ………シホの部屋にでも行けばいいだろ……」


「………カズチカくんは、私にいられると迷惑?」


「いや……だからぁ………その」


そんなやり取りをしている時だった。

突然部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「ん……誰だろう……」


カズチカはボソりとそう言うとドアの元へと向かった。


「どちら様ですか………って」


カズチカが開けたドアの先に立っていたのはフユノだった。


「あの……」


フユノは元気がない様子で少しうつむいていた。


「どうかしましたか?」


カズチカはそんな彼女の様子を変に思い、思わず尋ねてしまった。


「………お茶を入れたんですけど、一緒にどうですか?」


どうやら、お茶の誘いのようだ。


「そうですね……少し頭を休めるためにもご一緒させていただきます。すぐに行きますから………」


彼はそう言うと、ドアを閉めた。

そして、再び部屋の中へと戻る。


「今の、渡辺さんだったよね………どうかしたのかな?」


「あぁ……お茶を入れから一緒にどうですかって。ユウキも来るか?」


「行く………」


心なしか彼女の機嫌が少し悪くなったように感じたが、特に気にすることもなくカズチカは部屋を出た。




~~1階、リビングルーム~~


フユノの誘いを受け、リビングにやってきたカズチカとユウキだったが、ケイスケが先客としてそこにいた。


「よぅ、カズ……ってユウキも一緒なのか」


「ああ……って……お茶会はこれしかいないのか……」


なんとも寂しいお茶会だった。

フユノの元気がない理由が少し分かった気がした。

一方のフユノは静かにティーカップにお茶を入れている。


「はい、どうぞ」


フユノはそう言うと、カズチカとユウキとケイスケの3人にお茶を渡した。


「ありがとうございます」


カズチカはそうお礼をするとお茶を口に含んだ。

その味は、美味しいの一言に尽きた。

ユウキもただ黙ってお茶を飲んでいる。


すると、おもむろにフユノが話し始めた。


「私の誘いを受けてくれてありがとう………」


「いえ……ちょうど少し休憩したかったところですから」


カズチカはそう返す。

すると今度、フユノは神妙な顔つきになって話を続けた。


「こんなことを聞くのはあれかもしれないですけど……私ってやっぱり疑われてまかね……?」


「そんなこと………」


ケイスケがそう言ってフユノをフォローした時だった。


「はい」


カズチカはきっぱりとそう言い切った。


「おい……カズ………」


ケイスケも突然のことに驚きを隠せない様子だった。

しかし、カズチカはそんなことはお構いなしに続けた。


「正直、疑うな……と言うほうに無理があります」


「そうですよね………」


フユノはすっかりしょぼくれてしまった。


「ですが……あなたが犯人であるあるかどうかと言われれば違う気がします。第一、あなたが自分たちを殺すことに何のメリットもないですから」


カズチカのその言葉を聞いたフユノは少し気持ちが楽になったのか表情に明るさが出てきた。

しかし、今度はカズチカが神妙な顔つきになった。


「だからこそ、犯人は何が目的でこんな事をしているのか、そもそも犯人はどんな人物なのかが分からないんです………正直、恨みを買うようなことをした覚えもないですし………本当にヨシヒトが言っていた不審者の仕業………としか考えようがないんです」


カズチカは本当に苦悩しているようだった。



そして、部屋にはしばし雨の音だけが響いた。



すると、今度はフユノが静かに話し始めた。


「あの……どうしてカズチカくんは私が犯人だとは感じなかったんですか?」


「それは……あなたにとってメリットが皆無だからですよ……」


「どうして?」


「どうしてって………」


カズチカは言葉に詰まった。

だが、彼女はさらに続ける。


「これはもしもの話ですけど……私が人を殺めることに快感を覚える愉快犯だとしたらどうですか?…………この場合、殺人という行為そのものが私のメリットになると思うんですけど………」


「……………」


カズチカは酷く驚いた顔をした。

まるで、それは大きな黒い悪の塊の存在に気がついたといった顔だった。


「フユノさん………悪いジョークですね……笑えませんよ………はっはっは」


ケイスケはその場を和ませようとしたが、カズチカとフユノの顔は真剣そのものだった。


「カズチカくん………あなたは自分の考えたくない可能性から逃げていませんか?」


「……………」


カズチカはただ黙っていた。

すると、今度は今までずっと黙っていたユウキが話し始めた。


「自分の考えたくない可能性って……そんなのあるわけないじゃないですか!だって、私達はみんな友達なんですよ?」


「ええ……もちろん私もそんなことはないって信じてる。でも、可能性はゼロではないわ……」


そう言うとフユノはより一層真剣な様子でカズチカなに語りかけた。


「私はもうこれ以上犠牲者が出るのは耐えられない………だから」


「ご馳走様でした………」


カズチカはフユノの話を聞ききる前にそう言うと席を立ち、リビングの入口へと歩み出した。


「あっ!ちょっと待って」


ユウキもすかさず立ち上がって追いかける。


「おい、カズ!」


ケイスケもカズチカを制止しようとしたが、彼がそれを聞くことはなかった。

リビングはケイスケとフユノの2人きりになり、雨の音が大きくなった。


「いきなりどうしたんでしょうね……あいつ」


ケイスケは不審そうにフユノに尋ねた。


「……………」


しかし、フユノはただ黙ってお茶を啜っているだけだった。



~~2階、カズチカの部屋~~


部屋に戻ってきてからというもの、カズチカはさっきにもまして真剣な様子で机に向かっていた。

ユウキも黙って彼の様子を見ていた。


"あなたは自分の考えたくない可能性から逃げていませんか?"


さっきのフユノの言葉がカズチカの頭の中でこだまし、離れなかった。


「そんなのありえない……認められない」


カズチカはそう独り言を言ってフユノの言葉を否定し、今まで集めたきた証拠を何度も何度も読み返した。

ただ、今の考え方では、これらの事件はどう考えても第三者の、すなわちヨシヒトが言っていた不審者の仕業に違いないという結論にしかたどり着かない。

しかし、カズチカはこの仮説のもと、さらに推理を深める。


「仮に不審者がいるとして……奴はどこからこの館の様子を伺っているんだろうか……」


「近くの森にテントでも張ってるんじゃないかなぁ……」


カズチカは特に誰に聞いたわけでもなかったのだがユウキがその問いに答えた。


「だとすると、やっぱり侵入経路はケイナの部屋の窓か………俺が彼女を見つけた時は確かに開いていたし、そっから入ったって考えるのが自然かな……」


「そうだね……きっとショウコちゃんも同じ風に殺されちゃったんだね………」


「だけど、まだ疑問点が少し残る……どうして犯人はショウコにあんな暗号を送り付けたんだろう………」


「うーん………」


2人は思案に暮れた。

確かに、それは謎だった。

それも、自然対数の底などというコアな暗号だ。


「あんなの……ショウコちゃんじゃなかったら解けなかったよね……」


ユウキの何気ない一言。

しかし、これが新たなる仮説への扉となった。


「ショウコじゃなかったら解けなかった………ショウコにしか解けない………つまり、このメッセージをショウコにしか分からない形で暗号化した………」


「そう言えば……ショウコちゃんの得意科目って数学だったね」


「そうか……犯人はショウコの得意科目が数学だってことを知っていたのか……」


「でも、どうやって知ったんだろうね……」


2人は再び考えこみ、心当たりを思い返してみた。




ヨシヒトが率いるこのダンスユニットは2年前の夏に学校祭の出し物のために結成したものだった。

初めこそ、ヨシヒト、カズチカ、タスキの3人しかいない寂しいグループだったが、いつしか10人にまで増えていて、賑やかなものになっていた。

最近では、オリジナルの曲に合わせてダンスをしたり、歌を歌ったりと結構マルチな活動をしていた。

だから、市内では"歌って踊れる高校生アーティスト"として多少の知名度はあった。




だから、正直SNSとかを駆使すれば、メンバーの素性などあっという間に分かってしまう……という状況にあったのは否めない。

それゆえ、ショウコの得意科目が誰かに知れるのはなんら不思議もなかった。



「ひょっとしたら、SNSなんかから俺たちの情報が漏れていたのかもな……」


「………」


カズチカとユウキは自分たちがもっとそういったことに気をつけていれば今回のような事にはならなかったかもしれないと思わざるを得なかった。


そして、しばし沈黙が訪れる。

そんな時、突然部屋のドアがノックされた。

カズチカはその音に気がつきドアの方へと向かう。


「はい………あ、ケイスケ……どうかした?」


「フユノさんがお昼作ってくれたんだよ………それで呼びに来た」


「そっか………正直あんまり食べたい気分じゃないけど、せっかく作ってもらったし……すぐ行くよ」


カズチカはドアを閉めると部屋に戻った。


「フユノさんがお昼ご飯作ってくれたらしいんだけど……ユウキは食べれそう?」


「うん………少しお腹は空いてるかも…………でも、ケイナちゃんもショウコちゃんも死んじゃったのに不謹慎だよね…………」


ユウキは少し申し訳無さそうに言った。


「そんなことないよ……だって、俺たちは生きてるんだから」


そう言うとカズチカはドアの方へと歩き出した。



~~1階、リビングルーム~~


カズチカとユウキの2人が階下に降りていった時には既に大方のメンバーが集まっていた。

カズチカはソファーに腰を下ろすと時計を見た。

時刻は午後2時過ぎ。

さっきのお茶会から2時間程が経っていて、昼食というには少し遅い時間になっていた。

しかし、気になることが1つ。

タクマとユウヤの2人がまだ見えていないのだ。


「あいつらは……どうしたんだ?」


タスキが尋ねる。


「いや、ノックしたけど返事が無かったんだよ………だから寝てるのかなぁって」


ケイスケはそう答えた。


「でも、こういう時くらいはみんなで集まった方がいいんじゃないのか?ほら、安全確認のためにもさ」


「そうだな……」


そう言うとケイスケはリビングを出て行った。

すると、今度はユウキもソファーから立ち上がるとリビングのドアの方へと向かった。


「ユウキ……どこ行くの?」


「ちょ、ちょっと……」


「ちょっとって………?」


すると突然シホがタスキの頭を手にしていた英単語長で叩いた。


「痛っ!何すんだよー……」


「あなたって本当にデリカシーないのね……彼女の様子を見ていなかったの?」


「あー……何だトイレか、言われてみればもじもじしてたような」


すると彼の頭にもう一発英単語長がヒットした。


「あなたって最低ね………」


2人が和気あいあいとそんな会話をしている時だった。


"きゃあああっっ!"


ものすごい悲鳴が玄関の方から聞こえてきた。

すると、カズチカはすぐさま悲鳴が聞こえた方に駆け出した。

その声はどうやら玄関ホールを抜けた先のパーティールームから聞こえていたようだった。

カズチカは急いでその部屋に向かい、半開きだったドアを全開にした。


そこにいたのは恐怖のあまり腰を抜かして動けなくなり、こわばった顔をしたユウキと変わり果てたタクマの姿だった。


「ああ………あ………」


ユウキは言葉にならないような様子でうめき声に似た声をあげていた。


「ユウキ!大丈夫か!?」


「ううっ…………」


ユウキは安堵したのか、突然目から涙を流し始めた。

カズチカはユウキを背負ってパーティールームをあとにし、玄関ホールを歩いていた時だった。


ちょうどケイスケが血相を変えて2階から降りてきていた。


「お、おい……カズ!き、聞いてくれ!」


「どうした……悪いけど今は手が離せないぞ」


「それが……ユウヤが……」


「ユウヤがどうしたんだ!」


ケイスケはかなり慌てている様子で現状を上手く伝えられないでいた。

しかし、彼のような陽気で朗らかな人間がこれほど取り乱しているのだ。

ユウヤに何が起こったかは大体予想がついた。





そして、この館にいるメンバー全員は再びリビングルームに集められることになった。


「まず、現状を説明する………もう知ってるとは思うけど、新たに2人が犠牲になった……」


カズチカは静かにそう言った。

しかし、みんなは彼に相槌を打つわけでもなく、ただ黙ってそこに座っていた。

まして、第一発見者のユウキとケイスケはかなりショックを受けているようだ。

特にユウキはあれほど痛々しいタクマの遺体を見たのだ。

正常であるほうがおかしい。


だが、カズチカはそのまま話し続ける。


「まずは、タクマの方だけど……第一発見者はユウキで半開きになっていたパーティールームの扉が気になって足を踏み入れたところ彼の遺体を発見したらしい……だけど、遺体の損傷が激しいし……あの部屋は立ち入り禁止にしようと思う……」


要するにタクマの遺体を目にするにはショックが強過ぎる、というカズチカの判断だった。

なにせ、彼の遺体はご丁寧なことに胸から下腹部まで一直線に鋭利な刃物で切りつけられ、内蔵なんかが引っ張りだされていたのだから、この判断は妥当と言える。


「それと……ユウヤの方は、自室で倒れていた……こっちも立ち入りは………」


こちらも、遺体を目にするのは良くないというカズチカの判断だった。

というのも、ユウヤの遺体は肘から下の両腕が切断された状態でこちらもかなり酷い殺され方をしていたからだ。

そして、両肘からは大量の血が出ていたことからも、生きた状態で腕を切断されたことが伺える。

また、2階の廊下には血痕があり、それは点々とユウヤの部屋まで続いていたことからも、犯人は執拗に彼のことを追ったのだろう。


「でも……殺人予告がされていなかったユウヤが殺されたのはどうしてかしら……」


シホが不意にそうつぶやく。

しかし、これは確かにかなり疑問の残る事柄だった。

今まで犯人はケイナ、ショウコ、タクマの3人に対しては殺人予告を出していた。

だが、ユウヤだけ予告なしに殺すなどということがあるのだろうか。

あるいは殺さなくてはいけない何かがあったのだろうか。


こう言った具合で、一通り話し終えたカズチカだったが、話した本人を含めその場にいた全員が暗い気持ちになった。

すると、今度はタスキが口を開いた。


「もう限界だ……こんなところ早く出よう…」


みんなも同じ気持ちだった。


「でも、こんな天気で外に出るのは危険だ」


カズチカは今すぐにでもここを飛び出したい気持ちを堪えて言った。


「だけどっ……このままだとみんなやられちまう!」


「そんなことは分かってる!でもこんな雨風の中北峯山を超えるのは無理だ……」


「そんなのやってみなきゃ分かんないだろ!大体、トンネルが使えないっていうフユノさんの話だって本当かどうか……」


タスキのその発言にフユノの顔が暗くなった。

すると、突然今まで黙っていたヨシヒトが声を荒らげた。


「いい加減にしろ!そうやって仲間内で言い争っているのが奴につけ込まれる原因だって分からないのか!こんな議論不毛だ!」


ヨシヒトはそう言うとリビングを出ていってしまった。


「ふんっ………こんなことなら合宿なんて来なければよかったよ………」


そう捨てゼリフを吐くとタスキも部屋を出て行ってしまった。


「私も失礼するわ………」


「俺も……少し休ませてくれ」


シホとケイスケもそう言うと自室へと戻ってしまった。

そして、辺りには再び静寂が訪れる。


「なんか……すみません……昼食とかも用意してもらったのに」


カズチカはフユノにお詫びした。


「ううん………しょうがないよ」


だが、そう言うフユノの顔は少しやつれていた。


「でも……また犠牲者が出てしまったことは残念ね……」


カズチカは、そう言いながら食器を片付けて始めたフユノの顔を見た。

そして、彼は彼女が少し恨めしそうに自分を見ているような感じがしてならなかった。



~~2階、カズチカの部屋~~


カズチカは相変わらず例の手帳とにらめっこをしていた。

ただ、さっきと違うことと言えば、タクマとユウヤが死んだという情報がプラスされたことだろう。


「不可解すぎる……」


カズチカは眉間にシワを寄せてそう言った。

すると、相変わらずカズチカの部屋に入り浸っていたユウキが話し始めた。


「カズチカくん……少しは休んだ方がいいよ」


「それもそうだな……」


カズチカは彼女の提案を飲むと、椅子に座ったまま伸びをした。


「……考え方が違うのか、全く見当がつかない」


カズチカはさっき休めと言われたばっかりにも関わらず、再び渋い顔をした。


「そんな時は相手の気持ちになって考えてみるのがいいって、私のおじいちゃんが言ってたよ」


ユウキは不意にそんなことを言い始めた。


「相手の気持ちになる……でも、さっきからそうしてるつもりだけどさっぱり分からない」


そう、カズチカは相手の気持ちになって考えてみたからこそ、昼のお茶会ではフユノが犯人ではないという結論に至ったのだ。

しかし、ここでカズチカはお茶会で投げかけれたフユノの言葉を思い出した。


"あなたは自分の考えたくない可能性から逃げていませんか?"


「俺が考えたくない可能性………」


カズチカはこの時、初めて仲間を疑った。

そして、カズチカは犯人がこの館の中の誰かである、ということを仮定して先程の手帳を読み返した。

すると不思議なことに、今まで第三者であるならかなり手こずるであろうことも、館の内部の人間ならすんなりとできてしまうことが分かった。

しかし、ここでカズチカは一つの疑問点にぶち当たった。


「俺らはずっとこの館の中のいたけど……殺人がすぐ隣や階下で起きているなんて全然気がつかなかったよな……?」


「う、うん……」


すると、カズチカは思い立ったように窓辺へと寄った。

そして、窓ガラスを調べる。


「これは………普通のガラスよりもずっと厚く出来てる……」


そしてカズチカは今度、部屋の外へと飛び出した。

そして、すぐに戻ってきた。


「ユウキ……今何か聞こえたか?」


「いや、何も………」


ユウキのその言葉を聞いたカズチカは何か合点が行ったような顔をした。


「実は今……俺、扉の向こうですごい大声あげてたんだよね」


ユウキはそれを聞いてひどく驚いた。

なぜなら、叫び声なんて全くと言っていいほど聞こえなかったからだ。

そして、カズチカは机に向かうとものすごい集中力でペンを走らせた。


「こ、これは………」


カズチカは何かに気がついたのか酷く驚いた顔をした。


「ねぇ……カズチカくん……さっきから様子が変だよ?」


彼の様子の急変ぶりにユウキは思わず声をかける。


「ひょっとしたら……犯人が分かったかもしれないんだ」


「犯人が………分かった?」


「ああ……犯人はこの館の中にいる………」


しかし、カズチカのその言葉を聞いた途端、ユウキはひどく怒った顔をした。


「カズチカくん……それ本気で言ってるの?」


「………ああ、こう考えると不思議なことに全部上手く説明がつくんだ……それに、こうしている間にも犯人は自分達を殺そうと監視している可能性が高いと思う……」


すると、ユウキは声を荒らげてカズチカに反駁した。


「そんなことをあるわけないじゃない!!誰かに疑われる辛さはあなたが一番よく分かってるでしょう!?………それなのにどうして………」


「俺は考えうる可能性で一番高いと思われるものを言っただけだよ………」


カズチカはそう言うと少し目をそらした。


「あなただけはそんなこと言わないと思ってたのに……」


ユウキはくるりと背を向けると、ドアの方へと歩き出した。

すると、カズチカは突然ユウキの手を取った。


「ユウキが俺のことをどう思おうと構わない………でもこれ以上誰かが死ぬのはもう見たくないんだ………だから、これだけは聞いて欲しい………俺を含めて誰も信じちゃだめだ……特に○○は………」


だが、ユウキはカズチカの手を振り払った。


「そんなこと言うなんて………本当に見損なったよ……」


彼女はそれだけ言うと部屋を出ていってしまった。





~~2階、ヨシヒトの部屋~~


一方その頃ヨシヒトは、電気もつけず真っ暗な部屋でベッドの上で1人膝を抱えていた。

その顔はひどくやつれていて、右手には携帯電話が握られていた。

しかし、圏外であるはずのこの館の中で、彼の携帯はしっかりとメールを受信していており、そのメールの添付ファイルが画面に映し出されていた。

だが、それはもうこの世のものとは思えないほど恐ろしいものだった。

こんなものを見せられたら、やつれないほうがおかしい。

しかし、彼はまだ正気を保っていた。

きっと彼がこのグループのリーダーであるという自尊心が、彼のことを無理矢理正気にさせていたのだろう。


それは、とても辛いことで、不自然なことでもあった。












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