堂崎くんの由利さんデータ

豊 幸恵

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先輩とのお出かけ

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「おはよう、克哉くん」

 一人暮らしのアパートの外にはすでに車が一台止まっていて、僕が部屋から出てくると、中から一人の男性が下りてきた。
 長身だが、由利さんより少しだけ身長は低い。見た目は優しげな爽やかイケメンだ。僕の仲良しの先輩である。名前は三田健吾と言う。
 彼はこちらに向かって手を振ると、にこりと微笑んだ。

 ちなみに、克哉は僕の下の名前である。念のため。

「おはようございます、先輩。もう迎えに来てくれてたんですね、すみません遅くなって」
「約束の十分前だ、遅くないよ。俺が早く来すぎたんだ。克哉くんと出かけるの久しぶりだし、楽しみで」
 言いながら、駆け寄った僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「相変わらず良い毛並みだね」
「毛並みって、ワンコじゃないんですから」
 乱されてしまった髪を直しながら文句を言うと、彼は小さく笑った。このやりとりは大学時代からの挨拶代わりみたいなものだ。

「じゃ、ちょっと早いけど出発しようか。助手席に乗って。お昼はお店予約してあるから、それまであちこち回ろう。克哉くんは文具屋巡りが好きだろ? いろんなお店を回るコース考えてきたんだ」
「わ、本当ですか? 最近全然行ってないから、新作いっぱい出てるんだろうなあ」
 わくわくと車に乗り込む。運転席に座った先輩がナビを操作すると、すでに行き先が全て登録されていた。

「相変わらずマメですね、先輩。今も相当モテるでしょ。あれ、そう言えば以前付き合ってた彼女いましたよね?」
「ああうん、試しにで良いから付き合ってって言ってきた子とね。でもすぐ別れちゃったんだ。全然データ取らせてくれなくて、つまんなくて」
「ああ……先輩って僕より重度のデータオタクですもんね……」

 車が走り出して、大通りへ出て行く。ナビを見るとしばらく直進が続くようだった。結構遠出するつもりらしい。
「先輩、何時帰宅予定?」
「十六時ジャスト。各店の滞在時間は厳守だよ。俺の書いてきたメモ見ておいて。道路の混み具合で少し前後するだろうけど、休日の道路状況のデータ平均値で出してあるから誤差は十分程度かな」
 さすが先輩、すごいデータ信頼度。

「克哉くんがもう少し付き合ってくれるなら、夕食も一緒にしたかったところだけど、用事があるんだろ?」
「うん、すみません。恋人の夕食作りに帰らないといけないので」
「……恋人って、例の克哉くんに色気がないって言ってた奴? ……はあ、全く、そんな男相手にけなげだね」
 先輩はちょっと呆れたようにため息を吐いた。

 彼は僕の恋人が男だと知っている。
 カミングアウトをしたわけではなく、由利さんと付き合うために名前と性別を伏せて何度か恋愛相談をしたら、それをデータとして分析されてバレてしまったのだ。

 しかし特に気持ち悪がったりするでもなく、僕を変わらず可愛がってくれている。それどころか時々親身になって相談にも乗ってくれている。少しデータ変人だけど、とてもいい人だ。
 由利さんとは違う意味で、僕は彼のことが大好きだった。





「はあー、新デザインのシステム手帳や万年筆、つい買っちゃった……。家にもあるんだけど、こういうのって欲しくなっちゃうんですよね~。ああ、でもほんと満足。先輩、連れてきてくれてありがとうございます」
「ノートやメモ類、筆記用具は俺たちデータ魔にとっては必需品だからね。俺も眺めるだけでも楽しかったよ」

 昼食は展望階のレストランだった。先輩が予約してくれたのは個室で、気兼ねなくくつろげる。窓からは遠くに海が見えた。
「ここ、良い景色の部屋ですね」
「夕方ならちょうど海に夕日が落ちるのが見えてもっと綺麗なんだけど。プロポーズのときに使う人とか多いらしいよ」
「へえ、そうなんですか」
「……克哉くんは相変わらずだねえ」
 僕が普通に納得して関心すると、彼は少し苦笑をした。

「ところで、色気出す勉強するって言ってたよね。あれどうなった? 俺が練習相手になるよって言っただろ」
「あ、はい、それはもう大丈夫そうです、ご心配ありがとうございました。最近は恋人が色気ないって言ってこなくなったんですよ。……スキンシップも増えたし」
 言いつつ、つい昨日のことを思い出して僅かに顔に熱が上がってしまう。そんな僕の顔を見た先輩が、何故か眉を顰めた。

「……克哉くん、その首筋の絆創膏、どうしたの?」
「えっ? あ、これは……」
 不意にキスマークを隠した絆創膏に気付かれて、更に顔が熱くなる。まさに昨日、イくのを焦らされて、半ば強引に付けられたこれ。本当に、何でこんな見えるところに由利さんは付けたがったんだろ。

 僕が赤くなったまま答えられずにいると、先輩はしばらく何か考え込んだ後、それに突っ込まずに話を変えた。
「そういやさ、そろそろ教えてくれても良くない? 克哉くんの恋人の名前。ずっと気になってるんだよ」
「先輩それ、いつも訊きますね。でも名前言っても分からないと思うけど……」

「いや、克哉くんの今までの話を聞いて、結構当たりは付いてるんだ。長身、スポーツマン的がっしり系のイケメンで、浮気性。二年前に起業したIT関連会社社長。……俺の知り合いにいるんだよね、合致する奴」
「ええっ? そうなんですか? 先輩が由利さんと……、あ」

「……由利? ……やっぱり、相手は由利類斗か」
 あ、ぽろりと言ってしまった。そして先輩は本当に由利さんを知っていた。
 まあ、どうしても知られたくなかったというわけでもない。素直に頷くと、彼は僕が口を滑らせた名前に、思い悩むように額を抑えた。

「……未だに大学時代の友達に誘われてバーとかクラブとか付き合いで行くんだけどさ。よくそこに居たんだよ、彼。知り合いが何人か食われてるのも知ってる。大体いつも華やかな感じの男女を侍らせててね」

「あれ、今先輩、由利さんと知り合いって言いましたよね? 先輩が一方的に知ってるってわけじゃないでしょ? 由利さんとはどういう関係?」
 知り合いと言いながら何故か距離を置いた話をする彼に、不思議に思って訊ねる。すると先輩は何か言いづらそうに口ごもった。
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