堂崎くんの由利さんデータ

豊 幸恵

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A君=地味男=堂崎

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 俺はひとつ大きくあきらめのため息を吐いて、抑え付けていた堂崎の身体から退いた。
 それにぱちくりと目を瞬いた彼の腕を引いて起き上がらせ、ベッドの上に俺と向かい合わせに座らせる。

「……少し話を聞け、地味男」
「は……え? 地味男って、あれ? それ、二年前の……。由利さん、僕のこと覚えてなかったんじゃ……?」
「お前が変装してたから気付かなかっただけだ。……忘れるわけねえだろ、ずっと探してたんだから」
 頭の上に『?』を飛ばしている堂崎を置いて、俺はベッドを下りた。そして書棚の引き出しを開けると三枚のメモ用紙を取り出し、一枚だけベッド脇のチェストの上に置いて再び彼の前に戻る。

「このメモ、覚えてんだろ。以前お前が俺にA君へのタスクとして渡したメモだ」
「もちろん覚えてますけど……それが何か?」
「お前がA君と呼んでるそいつを、俺は地味男って呼んでた」
「へー……え? えええ!? A君が地味男って……僕のこと!?」
 そんなこと微塵も考えていなかったらしい堂崎は、大きく目を見開いた。

「正直、何でお前が気付かないのか不思議だったけど。俺、二年前お前の厚意を踏みにじってったろ。なのに俺に悪いことをされた記憶もないっぽいし」
「はあ、だって僕由利さんに何も謝って欲しいと思ってないですから。……二年前、由利さんがしたことと言ったら、寝てる間に僕の集めた企業データ持ってったことくらいでしょ?」

「まさにそれだよ、俺の悪行! 何でそんな平気そうなんだお前は。あのデータ、リサーチ会社に就職するための書類だったろ。データオタクのくせに何で事務なんかやってるのかと思ったら、俺のせいで落ちたんじゃねえか!」

「でも悪気はなかったでしょ? 後で返しに来るって書き置きあったし。ただ僕あのアパートにいたの二週間だけだったから、その後会えなかったのはまあ、不運だったかな。……だけど前も言ったように、僕今の会社すごく居心地いいんで別に気にしないで下さい」
 何だかすごくあっさりしている。俺は不本意とはいえ結構な悪事を働いた自覚があるのに。

「俺は、お前のあのデータのおかげでうまく受注を取れて、起業できた。お前の将来を奪っておきながら」
「僕のデータが由利さんの役に立ったなら、僕としてはこれ以上ない喜びですけど。良かったです、あれ作っておいて」

「俺としては本当に申し訳なくてさ、あの後随分お前のこと探してたんだよ。でも名前も大学も分かんねえし、手掛かりなくて。それで、逆にお前が見つけてくれないかと思って一年前TVの取材を受けてみた」
「あ、由利さんがTVに出たのって、そういう理由だったんですか」

「そしたら周りにはどうでもいい奴ばっかり集まってきて、ちょっと自棄になってて……。まさかその中に変装した地味男がいるなんて思わねえだろ。文句でも言ってくりゃいいのに、全然被害者意識ねえしよ」

 俺は己の罪悪感とかなり温度差のあるライトな堂崎の応対に少し拍子抜けをしつつ、謝罪と書かれた一枚のメモを彼に渡した。
「この件はずっと俺の中に閊えてた。やっと吐き出せるわ。……あの時は本当に悪かった」
 そう言って、もう隠さなくてもいいことに安堵の息を吐く。今まで長いこと渋っていたわりに、謝罪の言葉はすんなりと出てきた。彼の様子が淡泊なおかげかもしれない。

「……で、お前が許してくれるまで頑張るけど」
 言いつつ頑張ると書かれた二枚目のメモを渡す。それに堂崎がきょとんとした。
「僕怒ってないんですけど、何の頑張りようもないと……」
「許してくれてねえじゃん、エッチすること。俺、結構頑張るけど」
「う、え、そっち?」
 途端にあっさりとしていた彼が頬に朱を落とす。それににこりと笑って、今度はゆっくり優しくその身体をベッドに押し倒した。

「これで、お前がライバル視してた相手が自分だったって分かったよな? 他に何が不服だ、言ってみろ」
「ほ、他は……えっと、エッチ三回で飽きるって話、は」
「そんなの、前のどうでもいい性欲処理の相手だけだ。……ってか、お前、もうその俺のデータ捨てろ。全部書き直せ。俺もう変わるから」
「……変わる?」

「クズ男卒業するっつってんの。お前がいるのに浮気する意味ねえし、白状しちまったから虚勢も張れないし。……それに何より、堂崎に捨てられると困るからな」
「ぼ、僕が大好きな由利さんを捨てるわけないですよ!」
 即答する堂崎に笑う。これで名実共に紛れもない恋人同士、だったら何の問題もないじゃないか。

「じゃあ、そろそろ許してくれるか?」
 その顎下をくすぐって、軽く唇を重ねる。もう抑え付けなくたって、彼は逃げない。
「う、あ、はい、あの、よ、よろしくお願いします……」
 真っ赤になっての堂崎の返しに嬉しくなって微笑む。
「ああ、満足してもらえるよう頑張るわ」


 そのシャツを手早く脱がして、次いで性急に彼のスラックスのベルトを外す。大分がっついてる自覚はあるが、今更だ。
 ようやくちゃんと、堂崎とS○Xできるのだ。気が急いてしまうのは仕方がないだろう。
 ずっとお預けを食って、やっと手元に来たご馳走食材に、俺はかなり昂揚していた。

「ひゃ、」
 スラックスを下着ごと引き抜くと、恥じて慌てて股間を隠す堂崎に萌える。その仕草も声も可愛い。
 それをどうやって料理してやろうかと舌舐めずりをした、ところで。

 脱がせた堂崎のスラックスの後ろポケットから、唐突にスマホの着信音が鳴り響いた。
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