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〈53〉マリリンの魔法
しおりを挟む周囲からは人々が姿を消していて、いつの間にか、ひそひそと話す声もおさまっていた。
遠くに目を凝らすと、マッシュに案内されて安全な場所へと避難する、市民の姿が見える。
メアリとドレイク、2人の王子とマリリン、ガマガエルのような神殿長。
それに60人くらいの兵士たちだけが、その場に残されていた。
「ぉぃ、俺達だけ場違いじゃね?」
「ぁぁ……。でもよ、今更避難も出来ねぇだろ?」
「だよな……」
はぁー……、と兵士たちが大きく溜め息を吐く。
そんな人々を横目に見たメアリが、チラリと男爵令嬢を流し見て、首を横に振っていた。
「マリリンさんの話はひとまず置いておくわ」
心からのお礼を言いたかったのだけど、無理そうだから。
そう言葉にして、リアムの方に視線を向ける。
男爵令嬢が何か言いたげに口を開いたものの、複雑そうな表情を浮かべたリアムが、慌てて手を当てて、その口を閉じていた。
「偽物の声を出すな。余が必ず元のマリリンに戻してみせる。それまで我慢せよ」
モガモガと何やら言っているみたいだけど、さすがに男性の手は振り解けないみたい。
言葉がうまく通じなかった女性が静かになったのは良いのだけど、リアム殿下もなかなかに面倒なのよね。
だけど、交渉出来る相手は、リアム殿下だけなのだから、仕方がない。
そんな思いを胸に、メアリが大きく息を吸い込んだ。
「何をそんなに怒っているのかわからないのだけど、私たちは安全にここを出たいだけよ。迷惑はかけない予定だから、構わないでくれないかしら?」
そちらの言い分も、あるなら聞くわよ?
そう言葉にすると、マリリンを押しとどめていたリアム殿下が、真っ直ぐに見返してくる。
奥歯がグッと噛み締められて、顔がより赤く染まっていた。
「ふざけるな!! 余のマリリンをこのような状態にして、連れ去ろうとするなど! 万死に値する! 今すぐにもとのマリリンに戻せ!」
「……結局はそこに戻るのね。どうしたいのかしら?」
「キサマらを遠ざけて、魔法を封じる! その上で、マリリンに解除の魔法をーー」
「あら? そんなことでいいの?」
「なっ!?」
何故か驚いたような表情を浮かべるリアムを余所に、彼らから距離を取って、たくさんのマッシュたちを呼び寄せた。
「ドレイク殿下も、ラテス殿下も、こっちに来てくれるかしら?」
「……メアリくんが決めたことなら」
「そうだね。僕も従うよ」
2人が顔を見合わせて頷いて、近付いてくれる。
竜の姿のドレイクと、ラテス王子、メアリの3人を中心に、沢山のマッシュが散らばっていった。
「「「キュァ!」」」
大きな鳴き声と共に魔力が張り巡らされて、足元に魔法陣が浮かび上がる。
10や20にとどまらない数の魔法陣が複雑に絡み合い、一般の兵士が目視出来る結界を生み出した。
中にいるドレイクが1歩、2歩と前に出て、爪の先で結界をつつく。
「これは、これは……」
楽しそうに目を細めた彼が、強度を確かめるように寄りかかって見せた。
「さすがはメアリ嬢、ってことかな」
ラテス王子も同様に、魔法の発動を試みるも、ロウソクの炎すら生まれない。
その強すぎる効果故に、クスリと笑いが漏れていた。
そんな中でゆったりとしたテーブルセットに腰掛けたメアリが、紅茶を片手にリアムに視線を向ける。
「あとは、解除の魔法だけよ。兵士さんたちと力を合わせれば出来るわね?」
「……そっ、そうだな」
大きく目を見開いていたリアムが、オホンと咳をして、兵士たちへと向き直る。
「……すげぇ」
「あの結界を一瞬でかよ……」
「話を聞く限りじゃ、魔封じも完璧な結界なんだろ? やべぇって……」
切りかからなくて良かった。
絶対に勝てねぇ。
そう言ってざわめく兵たちを前に、リアムが左手で剣を掲げた。
「力を貸せ! 次期王としての命令だ!」
「……はっ!」
「了解いたしました!」
そう言われれば、断れるはずもない。
兵たちが集まる中で、リアムがマリリンの顔を覗き込む。
「痛くはない。余の魔法に身を任せるのだ、マリリン」
切っ先から青い光が漏れ出して、マリリンの体を包み込んでいた。
両手、両足を縛るかのように光が集まり、彼女の体がふわりと宙に浮く。
足を下にしたまま浮かぶマリリンと対峙するように、リアムや兵士たちが剣を構えた。
「ふはっ! 何をしているのよあんたたち! 私は正常よ! 産まれてから、……いいえ! 産まれる前から白竜様が、大好きだから! 無駄なことをしていないで、この魔法で白竜様を縛りなさいよ!」
身動きが取れなくなった所を私が、ってのも斬新で素敵じゃない!?
どう考えても最高でしょ!!
ナウよ! ナウ!!
今すぐに、この魔法を、白竜様に!!!!
「くっ……!! しばしの辛抱だ、マリリン。すぐに余の力で!」
「だーかーらー! 私の話を聞きなさいって言ってるじゃない!!」
「頑張れ、マリリン。すぐに余が!!」
「白竜様! 私があなたを縛り上げて、そして2人きりになって! それで! それで!!」
「マリリン、気を確かに持て!!」
「白竜様! こっちを向いてー!!」
そんな2人の叫び声が、広場にこだましていた。
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