上高地で出会った金髪美少女は北アイルランド人だった

逸真芙蘭

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想いは世界を越える

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 それからまた一週間が経過し、とうとうキティの帰国の日の前日を迎えた。

 最後にお別れ会をしようということになって、キティの家に俺と雄大、鈴木、綿貫が集合した。
「本日は私のためにこのような会を開いてくださり、本当にありがとうございます。日本に来てたくさんのことを学ぶことになるだろうと、予想はしていましたが、このような友人たちに出会えることは想定外の事でした。でも、うれしい誤算です。皆さんは他では得難い、一生の宝物です。私は生涯皆さんのことを忘れることはないでしょう。今日をもって、一旦お別れとなりますが、私たちの出会いと、皆さんのこれからの人生を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
「よし、飲もう!」
「酒はないけどな」

 別れの宴は深夜まで続き、ジェームズも交えて、大いに騒いだ。こうして騒いでおけば、別れの寂しさも吹っ飛ぶだろうと考えているかのように。
  
 翌朝、目が覚めると。横に、雄大がつぶれていた。見ると、ジェームズも一緒になってひっくりかえっている。ボディガードがあきれたもんだと笑いながら、朝日を浴びようと窓に近づいたところ、バルコニーにキティと鈴木がいることに気が付いた。普通の様子ではない。キティはしゃがみ込んで、肩を震わせている。それを鈴木が背中をさするようにしているのだ。 
 俺は声をかけづらかったので、気づかないふりをして、窓から離れた。

 一度、家に戻り、着替えてから、空港へと向かった。キティの最後の見送りである。 
 朝見た時は泣いていたようだったが、今では随分と晴れやかな顔をしていた。
「手紙書いてね」
 鈴木がおいおいと泣きながら言う。
「向こうに着いたら電話してくださいね」
 綿貫もぽろぽろと涙をこぼしながら、言った。
「僕のこと忘れないでね!」
 雄大が親指を突き立てて言う。
 俺は、鞄から小袋を取り出して、キティに渡した。
「日本のこと思い出せるように」
「見てもいいですか?」
「ああ」
 キティは袋から、俺の贈り物を取り出す。
「これって」
「かんざしだよ。髪につける装飾品だ」
「ありがとうございます。どうやってつけるんですか?」
 あっ、付け方わからないのか。
 困ったなとおもったところ、綿貫が助け舟を出してくれた。
「私、着付けするときにつけるので、わかりますよ」そういって、手早く、キティの髪の毛をまとめて、かんざしを髪に刺した。
「さやかさんありがとう」
「お嬢様、そろそろ時間です」
 ジェームズがキティにそういう。
「名残惜しいけど、私行きますね。皆さんお達者で」
「さようならキティ」
 俺がそういうと、キティは俺に抱きついてきた。
「おい、お前」
 キティは俺の胸に顔をうずめて言う。
「向こうでは仲のいい友達は、こういうとき、ハグをするものですよ」
「あっ、じゃあ僕も」
 そういう、雄大を、あんたはいいからと鈴木が引っ張る。
 キティはそれから、ぱっと離れて小走りで少し走ってから、
「皆さんさようなら」
 と大きな声で言って、ゲートの向こうへと行ってしまった。そのあとをジェームズが追いながら、
「お嬢様とよくしてもらってみんなありがとう」
 と言った。
「ジェームズもげんきで」
 雄大が言う。ジェームズはうなずいて、キティと同様に、ゲートの向こうへと行ってしまった。

 それから、滑走路が見えるところに出て、
「あれだよ、キティたちが乗ってる飛行機は」
 雄大が指をさすその機体を俺たちは見る。
 飛行機が滑走路へと出て、飛び立って見えなくなっても俺はじっと、飛行機の消えた空を見ていた。
「行っちゃったね」
「そうだな」
「帰りましょうか」
「そうね」

   *

 秋が過ぎ、冬を超え、春が来て、キティと出会った、夏を迎えても、俺の心の中にはまだ彼女の声がした。キティに住所を聞いていなくて、そのことを恨めしく思い日々を過ごす。鈴木や、綿貫に聞けば住所は分かるのかもしれないが、なんだか照れくさくて、尋ねることができないまま、時が過ぎた。
 キティの去った秋が来て、受験が間近に迫っていることに焦りを感じ始めても、キティのことを考えない日は一日としてない。毎日開ける、教室の扉の向こうに彼女がいる気がして、部室に行けばキティがいる気がして、何度もふらりふらりと立ち寄ったこともあったが、当然そこに彼女の姿はない。
 キティが生活していたマンションに行き、彼女がまた日本に来たんじゃないのかという幻想にとらわれて誰も生活していない、部屋の窓を覗き込んだりもした。鈴木に見つかって、適当な言い訳をする。そういうことが度々あった。
 俺は、彼女が去ってようやく、自分の気持ちに気づいたのだった。
 俺は、キティに恋をしていた。
 毎日、毎日、キティのことを思っては胸を締め付けらるような苦しみに耐え、いっそのこと彼女の事なんて忘れてしまいたいとも思ったが、それもできなくて、大きなもやもやが胸のあたりずっしりとあるのを感じながら、いつも心がどこかに行っているような顔をしていた。
 そういう日々を過ごしながら、受験の冬を迎え、手応えのないまま試験を終えて、春、第一志望校の合格書という、驚きの結果をもってして、俺はこのもやもやに終止符を打つことに決めた。

   *


 九八年三月

 俺は北アイルランドにいた。
 会えるかどうかも分からないのに、何の手掛かりもないのに、キティを捜して、北アイルランドにいた。
 あてのないまま、方々ほうぼうを旅した。街から街へと移動し、キティの写真を見せてはいろんな人に尋ねた。
 当然そんなやり方で見つかるわけがないのに、何日も俺は探し続けた。
 しかし、二週間がたち、あまりにも成果がないことに、俺は打ちのめされ、日本への帰りの飛行機を捜そうとベルファストにいたところ、意外な人間に出会った。ここにいるはずがない男に。

 俺が近づくと、その男はニット帽を深くかぶり、サングラスをした顔を新聞で覆い隠すようにした。だが、もはや手遅れである。俺は新聞を奪い取り、ニット帽とサングラスも取った。
「雄大、お前、ここで何しているんだ?」
「えっと、……奇遇だな智! 北アイルランド旅行かい?」
「いつからつけていた?」
 白々しい嘘は無視する。
「……日本からだよ」
「なんで」
「智が心配だったからに決まっているじゃないか」
「お前に心配される筋合いはない」
 すると雄大は俺の両肩をつかんで言った。
「どうして。智はこの一年ずっとおかしかった。何聞いてもぼんやりしていて、生返事しかしないし。ずっと何かを考えこんでいるようだった。それなのに、智は俺にちっとも相談しないで、全然平気なふりして。無理してるのは傍から見て明らかなのに。
 ……俺のこともっと頼ってくれよ。友達だろ」
「俺は、……」
「智が何しに北アイルランドに来たか分かるよ。キティちゃんに会いに来たんだろう。キティちゃんのこと好きだったんだろ。なのに、智は目的地に行こうとしないで、見当違いなところに行ってばかりで。なんで会いに行かないんだ」
「だって、住所知らねえし」
「えっ」
「なんだよ」
「えーーー」耳に響くような声を出してくれるなよ。
「だから何だよ」
「なんで知らないんだよ!」
 逆ギレか?
「前からちょっと怪しんでたけど、智って馬鹿なの?あほなの?居場所も分からないで見つかるわけないじゃん!なんで瑠奈たちに聞かないの?綿貫さんだって知っているだろうに」
 俺は興奮し、つばを飛ばしながら話す雄大を押さえながら言う。
「じゃあ、お前は知ってんのかよ」
「もちろん、瑠奈に教えてもらったかんね。ここにメモって……てあれ」
 ポケットに手を突っ込んだまま青ざめる雄大。
「どうした?」
「……メモ落とした」

 電話をしようということになったのだが、愚かなことに、俺たち二人とも、鈴木と綿貫の電話番号を覚えていなかった。

「何が心配してついて来ただ。何の役にも立ってないじゃないか」
「ごめんよ……」
「もういいよ。とりあえず明後日、日本に帰るから、機会があったらまた来る。そん時はちゃんと鈴木か綿貫にキティの家の住所も聞いて来る」
「帰っちゃうの?」
「仕方ないだろ。とりあえず、飛行機を捜すぞ」
 明後日の飛行機の予約をして、俺たち二人はベルファストの街を見て回ることにした。
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