上高地で出会った金髪美少女は北アイルランド人だった

逸真芙蘭

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俺は君に会えないのか

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 夕日が地平線へと近づいてゆく。ベルファストで飛行機の予約をしてから、少し観光し、俺達は近郊を流れる川にかかる石橋の上で、夕日の沈む北アイルランドの景色を眺めていた。

 トンボがかくかくと、鋭く飛んで行く。
「こっちにもトンボっているんだね」
「そりゃあ、いるだろうよ。でも珍しいみたいだけどな」
「どうして?」
「キティがトンボを追いかけて川に落ちたって言ってたから。そんだけ夢中になるってことはかなり珍しいってことだろ」
「キティちゃんなら何でも珍しがると思うけどな」
 それは言えてる。
「その話聞いたのは、確か遅れ蛍に興奮したお前が川に落ちた時だったっけか?」
「あーあったねそんなこと」
 雄大は苦笑いをした。
「そうだよ。池田山に行った帰りだ。あのときあいつなんて言ってたのかな?確か、公園で……」
 公園で、いつも教会の鐘が鳴るまで遊んでいて、その公園は中央を川が流れていて、その川には石橋がかかっている……。
「雄大」
 ぽつりとつぶやいた。
「何?」
「地図持ってるか?」
「あるけど」
「貸せ」
 俺は雄大から奪い取るようにして地図を受け取り、食い入るように見始めた。
 中央に石橋のかかった川があって、教会の近くの公園、それもおそらくカトリックの教会だ。それだけの条件が備わっているのならば、大分、数が絞られるだろう。いつも遊んでいたのだから、キティの家の近くのはずだ。そんな公園は……
「ここだ」
「どうしたんだよ、智」
「雄大、この教会がカトリック教会のものか調べられるか?」
 俺は、その公園の近くの教会を指差した。
「人に聞けばいいんじゃね?」

 観光会社に聞いたところ、それはカトリックの教会だった。

「智、どういうことだよ?」 
 旅行代理店から出て、興奮する俺の様子を見て雄大は怪訝そうに俺に尋ねた。
「キティはたぶんその教会のある街にいる」
「本当?じゃあ明日……」
「ああ、明日そこに行ってみる」

 その日の夜、雄大と話をした。雄大が言っていたように、俺は去年からずっと雄大とまともに会話をしていなかったことに気が付いた。
「キティちゃんが日本をたつ一週間くらい前に、水族館に行ったの覚えている?」
「ああ、俺も一緒だったからな」
「実は、俺も行ってたんだよね。水族館」
「どういうことだ?」
「キティちゃん、瑠奈と綿貫さんと俺も誘ったんだけど、なんか瑠奈が、智と二人で行ったらいいって言ってさ。そしたらキティちゃんも、お言葉に甘えてって言って」
 鈴木とキティはそんなことを言っていたのか。それにしても、
「で、お前は気になったからついて来たと」
「そそ。よくわかってんじゃん」
 俺はチョップをかましてやった。
「いってえよ。何すんだよ」
「この出歯亀でばがめ野郎が」

 次の日、朝早くにホテルを出て、目的の町へと向かった。
 キティの家はかなり良い家柄だろう。その町の人に、マーフィーさんのお宅はどちらですかと聞けばわかるはずだ。
 俺はもう少しでキティに会えるのかと思うと、胸がわくわくした。キティは俺が突然来たら多分驚くだろう。でもきっと、喜んでくれるはずだ。
 バスから降りて、とりあえず町の中心へと向かって行った。
 キティがいつも聞いていた鐘を鳴らす教会というのは、おそらくこの町の中心にある教会のことなのだろう。教会の近くにいた初老の女性にマーフィーさんの家に行きたいのですが、と尋ねたところ、すぐに案内してくれた。

 その家は、立派だった。立派という言葉が小さく感じるくらい立派だった。王の住む城であると言われたら、すんなり信じていたかもしれない。
 この呼び鈴の音で家の中にいる人間が気づくことが出来るのかと少々、不安になったが、鳴らさないわけにもいかないので、二度三度と鳴らしてみる。しかし反応はない。
「留守なのかなあ?」
 雄大がそういって、俺もそうかもしれないなと、思ったが、キティに会うまでは、どこにも行く気にならなかったので、門の前をうろうろしていた。
 すると、近くを通りかかった老婆が話しかけてきた。随分と聴き取りにくかった、ブリテンの英語だったが、老婆曰く、
「Lordはお留守だよ」
 いつ戻るのかと尋ねたところ
「しばらく戻らないだろうねえ」といったらしかった。
 俺は諦めきれずに、懐からキティの写真を取り出して、老婆に見せた。
 老婆はまじまじと俺の顔を見てから、歩き始めた。どこかに行ってしまうのかと思ったのだが、俺たちのほうを向いて手招きをする。

 老婆はマーフィー家の敷地の周りを歩き、垣根が切れているところから、敷地内へと入って行った。
「おい、智、付いて行くのかよ。なんかやばそうだぜ」
「ここまで来て、引き返せるかよ」
「ああ、もう、ままよ」
 老婆に続き、敷地内に侵入する。

 老婆は庭を横切り、ある木の下で止まった。木の根元にはいくつかの大きな、黒い石が、きれいに切り出されたてかてかと光る石、墓石があった。
 老婆はその墓石の一つに指をさした。恐る恐る、その墓石を見てみる。

『Katherine Murphy Born in May 1979 Died in November 1996』

 俺はその掘られた文字の意味を、何度も反芻はんすうして初めて、理解することが出来た。
『キャサリン・マーフィー 1979年五月生 1996年十一月没』
「なんだよこれ」
 俺は静かに言った。老婆は答えるはずもなく、ただそこに立っている。
「何の冗談だよ!」
 声を荒らげる。
 だが俺に構う様子を見せず、老婆はすたすたと行ってしまった。
「おっ、おい。智」
「違うよ、これはキティとは何の関係もない」
「でもキャサリンって」
「関係ないって言ってんだろ!マーフィーなんて苗字は北アイルランドじゃありふれた姓だ。キャサリンって名前も。キャサリン・マーフィーが何人いてもおかしくない。大体ここに来たのは偶然みたいなもんだろ」
「でもあのお婆さんは」
「ボケたような老人がどんな勘違いをしようと俺には関係ない」
 俺はそういい放ち、すたすたと歩き始めた。こんな気味の悪い、所にいつまでもいられるかよ。
 ずんずんと歩いていく俺に、雄大は渋々とついてくる。
 そうだよ。キティが言ったほんの少しのヒントで家を特定できるはずがないんだ。ここはキティの家なんかじゃない。次、北アイルランドに来るときは、絶対に綿貫か、鈴木にキティの家の住所を教えてもらってから来よう。
 
 次の日、飛行機に乗り、北アイルランドを後にした。
 雄大とは昨日、屋敷を後にして以来、口を聞いていない。
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