40 / 43
甘霧日記
蓼食う虫も好き好きと言うが蓼の味を知らない人々
しおりを挟む
相談内容:「後夜祭のボンファイアのとき、隣にいる人と結ばれるという話を聞きました。やっぱり噂は噂。嘘ですよね」
うちの学校祭の最終日には、グラウンドで焚き火がされる。それを洒落込んでボンファイアと呼んでいるのだ。周辺の家に配慮し、昔に比べかなり小さな規模でやっているらしいが。
その焚き火に関して、俺も耳にしたことがあるが、相談内容のようなくだらない伝説があるのだ。
「ただの噂だと言いたいところだが、あながち間違いでもないんだな。そういう噂が流れているのを分かっていて、一緒にいるのを拒まないような関係性なら、もともと出来上がっているんだよ」
「それは言えてるかも……。でも逆恨みでボンファイアの点火を邪魔しちゃ駄目だよ。まるモンやりそう」
「そんなことはしない。炎は燃え上がってすぐ消える。残るのは白い灰だけ。いかにも瞬目のうちに別れる高校生カップルを象徴しているのが大変に良い」
「独り身だと花丸くんみたいに捻くれるから、健全な恋をすることをおすすめします」
相談内容:「学校祭の準備が本格化してからいちゃつき始めた男女が憎い」
「冬が来る前に、シベリア並みに冷え込むであろうそいつらの関係性を思うと、俺の心はトロピカル」
「私にも見えるわ。誰もいない南の島でひとりぼっちの花丸くんの姿が」
「なんで漂流してんの?」
「現代社会という大海の中で寄る辺のないあなたには、ピッタリのイメージだと思うけれど」
「ていうか、無人島でぼっちな俺が見えるということは、お前も一緒に漂流していることになるぞ」
「いいえ。私はヨットの上から双眼鏡で花丸くんを見ているだけよ」
「見てないで助けろよ!」
相談内容:「親友の好きな人を好きになってしまったらどうすればいいですか?」
うわ、稀に見る重たいやつ。
「うん、……関係性によるかな。親友って言ったら唯一無二の存在だろ。男と女なんて所詮本能が引き寄せる俗っぽい関係だから、同性の精神的に高次な愛のほうが大事だな」
「そんなことないよ。まるモン僻んでるからそんなこと言うんでしょ」
「俺の家なんか、親父とおふくろしょっちゅう喧嘩して、泣いたおふくろに親父がオロオロして、機嫌取るために高いケーキ買ったり、遊びに連れてったりしてる。長年連れ添う夫婦でさえそうなんだから、未熟な高校生ならなおさらだろ。若いときの一過性な恋のために、二度と現れないかもしれない親友を失うのは馬鹿だぜ。男と女は結局わかりあえない。あんたのことを本当にわかってくれる友達を大事にしたらどうだ?」
「でもそれで壊れるくらいの関係ならそれまでなんじゃないかしら?」
「それは状況によるな。既に付き合っているものに横入りするのは泥棒。人のもんを取っちゃいかんだろ。それは怒って当然」
そう言ったら、安曇が
「なら付き合ってないなら?」
「……男だったら
『俺花子のこと好きだぜ』
『マジ? 俺も俺も』
『だよな! 花子まじいいよな!』
『心の友よ!』
みたいな感じになるな」
取り敢えず修学旅行の夜は大体そんな感じだった。もちろん俺は蚊帳の外定期。
「男子って馬鹿なのかしら?」
「……でも羨ましいかも」
「女子ってその点どうなんだ?」
「女子は『私、太郎くんが好き』は意訳で『太郎に手出したら承知しないから』という宣戦布告になるわね」
「分かる」
「じゃあ黙っておくのが吉か?」
「あなたの言うようにその人を本当に一生の親友だと思うのなら」
「ということらしいんでお友達を大切にしましょう。今日の相談室はここまでです。それではまた!」
放送が終了してから、
「高校生って恋愛のことしか考えてないのか? 今日の相談全部それだった」
と言った。
安曇は曖昧な笑みを浮かべて、首を傾げた。橘はというと何かを考え込んでいるようで、俺の言葉が耳に入ってないらしい。
「おい、聞いてるか?」
それを聞き、ハッとしたようにこちらを見た。それからしばらく間をおいて
「前からそうだったじゃない」
と答えた。どうやら一応聞いていたようではある。
「……そういえばそうだったな」
過去の相談を振り返ってみれば過半数が色恋沙汰だった気がする。
ふと橘を見るとまたボンヤリしている。心ここにあらずといった感じだ。何か心配事でもあるのだろうか?
「ねえ安曇さん」
そんな橘が安曇に話しかけ、安曇がそれに反応する。
「どうしたの美幸ちゃん?」
「どうしてはじめに混ぜておかなかったのかしら?」
「……どういうこと?」
「……やっぱりなんでもないわ」
二人の会話はまるで意味が分からなかった。今日の橘はどこかおかしいようだ。……俺に対する接し方はいつもネジがぶっ飛んでいるが。
ねえねえと安曇が俺に話しかけてきて
「まるモンさあ、恋とかそういうこと毛嫌いしてるけど、誰か好きになったことはないの?」
と尋ねる。
「別に恋そのものを否定するわけではない。人間性が腐ってるやつ同士が乳繰り合ってるのが目に障るだけだ」
「そういうこと言うまるモンもどうかと思うけど」
「妬んでいるだけだわ」
「なんの、俺だって昔はモテたんだぜ」
「またまたあ」
「ほんとほんと。今思うに、俺のモテ期は小五の頃に終わってたんだよな」
「確かめられないのをいいことに、嘘をつくの良くないわ」
「これはマジの話だから」
「花丸くんにモテ期って、猫に小判の同義語だったかしら?」
「……慣用句になるほど俺ってばグローバルな存在だったっけ?」
「ええ。テレビで花丸元気の半生に全米が失笑したって言ってたわ」
「すぐにばれる嘘を平気でつくな」
「本当よ。ビデオカメラのマイクテストで撮った映像をテレビで流したの」
「あのな」
何、上手いこと言ってやったわ、みたいな顔してるんだよ。むかつく。
「文句があるなら話してご覧なさいよ。その妄想を」
「だから妄想じゃないって」
「それは聞いてから私が判断するわ」
「お前が是と言ったら是になるとかそういう話じゃないだろ」
「ここでは私がルールよ」
「……それ言いたかっただけだろ」
✽
これは俺が小五の頃の話だから、もう四年も前の話だな。
うちの学校はクラスの中で四、五人のグループを作って掃除当番をやっていたんだが、俺は男女ニ、ニのグループになって、毎日一緒に掃除するうちにグループのやつとそれなりに仲良くなったんだよ。
俺の人見知りはその頃には既に始まっていて、特に用でもない限り黙ったまんまだったが、今そうであるようにそれなりに仲のいいやつとは結構話した。
……そんで、お前らも知っていると思うが、割と物知りな方の俺は、小学生女子が喜ぶような話もできたわけだな。
あ? なんだ橘?
『あなたのロリコン趣味はその頃から始まっていたのね』
……俺は別にロリコンじゃねえよ。というか俺の回想にいちいち割り込んでくるな。
えっと、どこまで話したっけ?
『小学生の女子が喜ぶような話ってとこまでだよ』
ああそうか。
……別に俺としてはそいつらを笑かしてやろうとかそんなことは全く考えてなかった。ただ沈黙に耐えきれなくて、俺の知っている知識を総動員して、女子でも聞けそうな話をべらべらと話していただけなんだよ。
最初は女子たちも笑っていただけだった。それが段々好意に変わってったみたいでな。
確か五月だったと思うが、春の遠足に行ってな、そこで片方の女子が俺と二人きりになった時に、向こうから話しかけてきて、俺が好きだとのたまったのだ。俺は誰かに好意を向けられるなんてことにもちろん慣れていなかったから、返答に窮した。俺は別にそいつを好きで話していたわけじゃなくて、場を繋ごうと思って会話していただけだから、そんな風に思われているなんて考えもしなかったんだ。
俺が何も言えないでいるうちに、顔を真っ赤にしてどっかに行っちまったな。それきりそのことが話題に上ることはなかった。
何もなかったから、そいつの気持ちも冷めたんだろうと思っていたんだが、その遠足から二、三週間経つ頃に、俺に告白してきた方じゃない女子が、放課後の教室で俺を壁に押さえつけてきた。あれは恐怖体験以外の何物でもなかったね。
何されるんだろうと内心びくびくしていた俺だったが、そいつが言うには、
「私の好きな人だれか分かる?」
と。ここまでされたらさすがの俺でもその女子が次に何を言おうとしているか想像できたが、そこで「俺だろ」と言えるほど、俺は肝が据わってなかった。だから「わかんない」って言ったんだ。
そいつは案の定
「君だよ」
って言ってきた。今度ばかりはさすがに何か言わないとと思ったんだが、俺が何か言う前にそいつは走ってどっか行っちまったな。
『なんていうつもりだったの?』
……俺は別に好意の無い相手に告られたところで、何かしようとは思わないので、はっきりと相手に気がないことを言うつもりだったさ。
でもなんだかめんどくさくなって、けっきょっくそいつの事もそれきりになったな。それからは特に何の進展もなく夏休みを迎えて、掃除のグループも入れ替えになったから、めっきりその女子たちと話すことはなくなったな。
で、話の骨子はここからなんだな。今までのは序章にすぎん。俺という人間が悲劇の神様に好かれているのがよくわかるエピソードがこの後に起こる。
二学期になって、運動会の練習が始まったころだったと思うが、俺はある異変に気が付いた。何がおかしいかって、例の女子二人の関係が傍から見ても悪化していたんだよ。そいつらは俺と同じクラスになる前から一緒のクラスにいて、いわゆる仲良しコンビだった。どこに行くのにも一緒で、休日もよく一緒に遊んでいたらしい。
そんな仲良しコンビが、教室で全く話さなくなっていた。廊下ですれ違っても目すら合わせないんだぜ。さすがの俺も心配になって聞いたんだよ、
「なんで喧嘩しているのか」って。そしたら片方の女子は、
「別に喧嘩じゃないよ。モトキ君は良く分かってないな」って返してきた。
今では、疎遠になったと言えば、当時の状況を正確に言い表せたと思うが、当時の俺にはそういう概念がなかった。白は白で黒は黒、この世界には敵か味方しかいないもんだと思っているような餓鬼には、微妙な人間関係を理解できなかったんだ。
それで終わればよかったんだが、片方の女子……俺に先に告白してきた方だが、そいつを仮に花子として、後に告白してきた方をク……、K子としよう。
花子のK子に対する態度は、いつの間にかクラスの連中にまで波及していた。女子はK子を無視するようになり、まるでそこに存在しないかのように扱った。
男子たちはそんな女子たちを諫めるようなこともせず、我関せずといった感じで、いたずらに刺激して女子に嫌われるのを恐れたのか、見て見ぬふりをしていたな。
俺は心を痛めていた。あれだけ仲の良かった二人がこんなことになって、見ていて気分がいいわけがなかった。とは言っても、俺に「みんな仲良くしようよ」なんて言う人望はなかったし、彼女が孤立するのを俺は黙ってみているしかできなかった。
✽
「それから……うん、まあそんなとこだ」
ちょっと喋りすぎたなと思いつつ、
「この話から得られる教訓は、女子は怖い生き物だということだな」
と締めくくった。
「……うん。…………うん」
安曇は何と言っていいか分からないようで、ただそれだけ言い、あとは黙ってしまう。
「というか悪いのあなたでしょう」
「いや俺何もしてないし」
「それが問題よ」
俺のせいでどうして女子の仲が険悪になると言うのだろうか? 訳が分からない。
俺がそんなことを考えていると、
「美幸ちゃん、今の話信じる?」
おずおずといった感じで安曇は橘に尋ねた。
「らしいと言えばらしいわね。……でも花丸君を好きになるなんて、蓼食う虫も好き好きとはよく言ったものね」
安曇はそんな橘を、何か言いたげな表情で見つめている。橘の使った諺は人口に膾炙していると言うか、それほど奇異な表現でもないのだが、もしかして言葉の意味がわからないのだろうか。
橘も俺と同じことを思ったらしく、
「……蓼食う虫も好き好き、っていうのは好みは人それぞれということよ」
と安曇に向かって説明した。
「それくらい分かるよ! ただ、それを……言うのはどうなのかなって思っただけ」
今度は橘が首を傾げる番だった。
「蓼というのが例えとして良くないということ? ラフレシアとかならいいのかしら?」
安曇が何を気にしているのか俺にはわからなかったが、植物の種類の問題ではないだろ。
「つーか、流石に扱いが酷くないか。俺は花で言ったら薔薇だろ」
「薔薇? 星の王子様を死に追いやったあの薔薇かしら?」
「なぜそう悪い例を持ってくる?」
「触らなくても痛々しいあなたが薔薇なんていうから」
俺のどこが痛々しいだと?
「……大体王子様が死んだのは薔薇のせいじゃないだろ」
「あなた本当に読んだことあるの? 王子様はバラとの関係が悪くなったから星を出て、宇宙を旅して最後に地球にやってきて、薔薇を残してきたことの自責の念に駆られ、自ら毒蛇に噛まれて死んだのよ。自分が悪いんだ、という洗脳を薔薇から受けていたのよ。薔薇がいなければ王子は死なずに済んだの」
「……違う違う。王子は星に帰るために重たい肉体を捨て魂だけになる必要があったんだ。蛇に噛ませたのは単に儀式みたいなもんさ。輪になった蛇はウロボロスと言って、永遠性の象徴だ。死は再生であり、永劫回帰の手段に過ぎん。王子は不滅の存在になったんだ。その点は旅のきっかけを作り、真理に辿り着かせた薔薇に感謝すべきだな」
「……でも薔薇枯れてるんじゃないかな」
とぼそりと安曇が言った。
「この話やめようぜ」
残りの時間は適当にだべって、その日は解散となった。
うちの学校祭の最終日には、グラウンドで焚き火がされる。それを洒落込んでボンファイアと呼んでいるのだ。周辺の家に配慮し、昔に比べかなり小さな規模でやっているらしいが。
その焚き火に関して、俺も耳にしたことがあるが、相談内容のようなくだらない伝説があるのだ。
「ただの噂だと言いたいところだが、あながち間違いでもないんだな。そういう噂が流れているのを分かっていて、一緒にいるのを拒まないような関係性なら、もともと出来上がっているんだよ」
「それは言えてるかも……。でも逆恨みでボンファイアの点火を邪魔しちゃ駄目だよ。まるモンやりそう」
「そんなことはしない。炎は燃え上がってすぐ消える。残るのは白い灰だけ。いかにも瞬目のうちに別れる高校生カップルを象徴しているのが大変に良い」
「独り身だと花丸くんみたいに捻くれるから、健全な恋をすることをおすすめします」
相談内容:「学校祭の準備が本格化してからいちゃつき始めた男女が憎い」
「冬が来る前に、シベリア並みに冷え込むであろうそいつらの関係性を思うと、俺の心はトロピカル」
「私にも見えるわ。誰もいない南の島でひとりぼっちの花丸くんの姿が」
「なんで漂流してんの?」
「現代社会という大海の中で寄る辺のないあなたには、ピッタリのイメージだと思うけれど」
「ていうか、無人島でぼっちな俺が見えるということは、お前も一緒に漂流していることになるぞ」
「いいえ。私はヨットの上から双眼鏡で花丸くんを見ているだけよ」
「見てないで助けろよ!」
相談内容:「親友の好きな人を好きになってしまったらどうすればいいですか?」
うわ、稀に見る重たいやつ。
「うん、……関係性によるかな。親友って言ったら唯一無二の存在だろ。男と女なんて所詮本能が引き寄せる俗っぽい関係だから、同性の精神的に高次な愛のほうが大事だな」
「そんなことないよ。まるモン僻んでるからそんなこと言うんでしょ」
「俺の家なんか、親父とおふくろしょっちゅう喧嘩して、泣いたおふくろに親父がオロオロして、機嫌取るために高いケーキ買ったり、遊びに連れてったりしてる。長年連れ添う夫婦でさえそうなんだから、未熟な高校生ならなおさらだろ。若いときの一過性な恋のために、二度と現れないかもしれない親友を失うのは馬鹿だぜ。男と女は結局わかりあえない。あんたのことを本当にわかってくれる友達を大事にしたらどうだ?」
「でもそれで壊れるくらいの関係ならそれまでなんじゃないかしら?」
「それは状況によるな。既に付き合っているものに横入りするのは泥棒。人のもんを取っちゃいかんだろ。それは怒って当然」
そう言ったら、安曇が
「なら付き合ってないなら?」
「……男だったら
『俺花子のこと好きだぜ』
『マジ? 俺も俺も』
『だよな! 花子まじいいよな!』
『心の友よ!』
みたいな感じになるな」
取り敢えず修学旅行の夜は大体そんな感じだった。もちろん俺は蚊帳の外定期。
「男子って馬鹿なのかしら?」
「……でも羨ましいかも」
「女子ってその点どうなんだ?」
「女子は『私、太郎くんが好き』は意訳で『太郎に手出したら承知しないから』という宣戦布告になるわね」
「分かる」
「じゃあ黙っておくのが吉か?」
「あなたの言うようにその人を本当に一生の親友だと思うのなら」
「ということらしいんでお友達を大切にしましょう。今日の相談室はここまでです。それではまた!」
放送が終了してから、
「高校生って恋愛のことしか考えてないのか? 今日の相談全部それだった」
と言った。
安曇は曖昧な笑みを浮かべて、首を傾げた。橘はというと何かを考え込んでいるようで、俺の言葉が耳に入ってないらしい。
「おい、聞いてるか?」
それを聞き、ハッとしたようにこちらを見た。それからしばらく間をおいて
「前からそうだったじゃない」
と答えた。どうやら一応聞いていたようではある。
「……そういえばそうだったな」
過去の相談を振り返ってみれば過半数が色恋沙汰だった気がする。
ふと橘を見るとまたボンヤリしている。心ここにあらずといった感じだ。何か心配事でもあるのだろうか?
「ねえ安曇さん」
そんな橘が安曇に話しかけ、安曇がそれに反応する。
「どうしたの美幸ちゃん?」
「どうしてはじめに混ぜておかなかったのかしら?」
「……どういうこと?」
「……やっぱりなんでもないわ」
二人の会話はまるで意味が分からなかった。今日の橘はどこかおかしいようだ。……俺に対する接し方はいつもネジがぶっ飛んでいるが。
ねえねえと安曇が俺に話しかけてきて
「まるモンさあ、恋とかそういうこと毛嫌いしてるけど、誰か好きになったことはないの?」
と尋ねる。
「別に恋そのものを否定するわけではない。人間性が腐ってるやつ同士が乳繰り合ってるのが目に障るだけだ」
「そういうこと言うまるモンもどうかと思うけど」
「妬んでいるだけだわ」
「なんの、俺だって昔はモテたんだぜ」
「またまたあ」
「ほんとほんと。今思うに、俺のモテ期は小五の頃に終わってたんだよな」
「確かめられないのをいいことに、嘘をつくの良くないわ」
「これはマジの話だから」
「花丸くんにモテ期って、猫に小判の同義語だったかしら?」
「……慣用句になるほど俺ってばグローバルな存在だったっけ?」
「ええ。テレビで花丸元気の半生に全米が失笑したって言ってたわ」
「すぐにばれる嘘を平気でつくな」
「本当よ。ビデオカメラのマイクテストで撮った映像をテレビで流したの」
「あのな」
何、上手いこと言ってやったわ、みたいな顔してるんだよ。むかつく。
「文句があるなら話してご覧なさいよ。その妄想を」
「だから妄想じゃないって」
「それは聞いてから私が判断するわ」
「お前が是と言ったら是になるとかそういう話じゃないだろ」
「ここでは私がルールよ」
「……それ言いたかっただけだろ」
✽
これは俺が小五の頃の話だから、もう四年も前の話だな。
うちの学校はクラスの中で四、五人のグループを作って掃除当番をやっていたんだが、俺は男女ニ、ニのグループになって、毎日一緒に掃除するうちにグループのやつとそれなりに仲良くなったんだよ。
俺の人見知りはその頃には既に始まっていて、特に用でもない限り黙ったまんまだったが、今そうであるようにそれなりに仲のいいやつとは結構話した。
……そんで、お前らも知っていると思うが、割と物知りな方の俺は、小学生女子が喜ぶような話もできたわけだな。
あ? なんだ橘?
『あなたのロリコン趣味はその頃から始まっていたのね』
……俺は別にロリコンじゃねえよ。というか俺の回想にいちいち割り込んでくるな。
えっと、どこまで話したっけ?
『小学生の女子が喜ぶような話ってとこまでだよ』
ああそうか。
……別に俺としてはそいつらを笑かしてやろうとかそんなことは全く考えてなかった。ただ沈黙に耐えきれなくて、俺の知っている知識を総動員して、女子でも聞けそうな話をべらべらと話していただけなんだよ。
最初は女子たちも笑っていただけだった。それが段々好意に変わってったみたいでな。
確か五月だったと思うが、春の遠足に行ってな、そこで片方の女子が俺と二人きりになった時に、向こうから話しかけてきて、俺が好きだとのたまったのだ。俺は誰かに好意を向けられるなんてことにもちろん慣れていなかったから、返答に窮した。俺は別にそいつを好きで話していたわけじゃなくて、場を繋ごうと思って会話していただけだから、そんな風に思われているなんて考えもしなかったんだ。
俺が何も言えないでいるうちに、顔を真っ赤にしてどっかに行っちまったな。それきりそのことが話題に上ることはなかった。
何もなかったから、そいつの気持ちも冷めたんだろうと思っていたんだが、その遠足から二、三週間経つ頃に、俺に告白してきた方じゃない女子が、放課後の教室で俺を壁に押さえつけてきた。あれは恐怖体験以外の何物でもなかったね。
何されるんだろうと内心びくびくしていた俺だったが、そいつが言うには、
「私の好きな人だれか分かる?」
と。ここまでされたらさすがの俺でもその女子が次に何を言おうとしているか想像できたが、そこで「俺だろ」と言えるほど、俺は肝が据わってなかった。だから「わかんない」って言ったんだ。
そいつは案の定
「君だよ」
って言ってきた。今度ばかりはさすがに何か言わないとと思ったんだが、俺が何か言う前にそいつは走ってどっか行っちまったな。
『なんていうつもりだったの?』
……俺は別に好意の無い相手に告られたところで、何かしようとは思わないので、はっきりと相手に気がないことを言うつもりだったさ。
でもなんだかめんどくさくなって、けっきょっくそいつの事もそれきりになったな。それからは特に何の進展もなく夏休みを迎えて、掃除のグループも入れ替えになったから、めっきりその女子たちと話すことはなくなったな。
で、話の骨子はここからなんだな。今までのは序章にすぎん。俺という人間が悲劇の神様に好かれているのがよくわかるエピソードがこの後に起こる。
二学期になって、運動会の練習が始まったころだったと思うが、俺はある異変に気が付いた。何がおかしいかって、例の女子二人の関係が傍から見ても悪化していたんだよ。そいつらは俺と同じクラスになる前から一緒のクラスにいて、いわゆる仲良しコンビだった。どこに行くのにも一緒で、休日もよく一緒に遊んでいたらしい。
そんな仲良しコンビが、教室で全く話さなくなっていた。廊下ですれ違っても目すら合わせないんだぜ。さすがの俺も心配になって聞いたんだよ、
「なんで喧嘩しているのか」って。そしたら片方の女子は、
「別に喧嘩じゃないよ。モトキ君は良く分かってないな」って返してきた。
今では、疎遠になったと言えば、当時の状況を正確に言い表せたと思うが、当時の俺にはそういう概念がなかった。白は白で黒は黒、この世界には敵か味方しかいないもんだと思っているような餓鬼には、微妙な人間関係を理解できなかったんだ。
それで終わればよかったんだが、片方の女子……俺に先に告白してきた方だが、そいつを仮に花子として、後に告白してきた方をク……、K子としよう。
花子のK子に対する態度は、いつの間にかクラスの連中にまで波及していた。女子はK子を無視するようになり、まるでそこに存在しないかのように扱った。
男子たちはそんな女子たちを諫めるようなこともせず、我関せずといった感じで、いたずらに刺激して女子に嫌われるのを恐れたのか、見て見ぬふりをしていたな。
俺は心を痛めていた。あれだけ仲の良かった二人がこんなことになって、見ていて気分がいいわけがなかった。とは言っても、俺に「みんな仲良くしようよ」なんて言う人望はなかったし、彼女が孤立するのを俺は黙ってみているしかできなかった。
✽
「それから……うん、まあそんなとこだ」
ちょっと喋りすぎたなと思いつつ、
「この話から得られる教訓は、女子は怖い生き物だということだな」
と締めくくった。
「……うん。…………うん」
安曇は何と言っていいか分からないようで、ただそれだけ言い、あとは黙ってしまう。
「というか悪いのあなたでしょう」
「いや俺何もしてないし」
「それが問題よ」
俺のせいでどうして女子の仲が険悪になると言うのだろうか? 訳が分からない。
俺がそんなことを考えていると、
「美幸ちゃん、今の話信じる?」
おずおずといった感じで安曇は橘に尋ねた。
「らしいと言えばらしいわね。……でも花丸君を好きになるなんて、蓼食う虫も好き好きとはよく言ったものね」
安曇はそんな橘を、何か言いたげな表情で見つめている。橘の使った諺は人口に膾炙していると言うか、それほど奇異な表現でもないのだが、もしかして言葉の意味がわからないのだろうか。
橘も俺と同じことを思ったらしく、
「……蓼食う虫も好き好き、っていうのは好みは人それぞれということよ」
と安曇に向かって説明した。
「それくらい分かるよ! ただ、それを……言うのはどうなのかなって思っただけ」
今度は橘が首を傾げる番だった。
「蓼というのが例えとして良くないということ? ラフレシアとかならいいのかしら?」
安曇が何を気にしているのか俺にはわからなかったが、植物の種類の問題ではないだろ。
「つーか、流石に扱いが酷くないか。俺は花で言ったら薔薇だろ」
「薔薇? 星の王子様を死に追いやったあの薔薇かしら?」
「なぜそう悪い例を持ってくる?」
「触らなくても痛々しいあなたが薔薇なんていうから」
俺のどこが痛々しいだと?
「……大体王子様が死んだのは薔薇のせいじゃないだろ」
「あなた本当に読んだことあるの? 王子様はバラとの関係が悪くなったから星を出て、宇宙を旅して最後に地球にやってきて、薔薇を残してきたことの自責の念に駆られ、自ら毒蛇に噛まれて死んだのよ。自分が悪いんだ、という洗脳を薔薇から受けていたのよ。薔薇がいなければ王子は死なずに済んだの」
「……違う違う。王子は星に帰るために重たい肉体を捨て魂だけになる必要があったんだ。蛇に噛ませたのは単に儀式みたいなもんさ。輪になった蛇はウロボロスと言って、永遠性の象徴だ。死は再生であり、永劫回帰の手段に過ぎん。王子は不滅の存在になったんだ。その点は旅のきっかけを作り、真理に辿り着かせた薔薇に感謝すべきだな」
「……でも薔薇枯れてるんじゃないかな」
とぼそりと安曇が言った。
「この話やめようぜ」
残りの時間は適当にだべって、その日は解散となった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。
東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」
──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。
購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。
それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、
いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!?
否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。
気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。
ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ!
最後は笑って、ちょっと泣ける。
#誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎第3部より毎週月・木・土曜日の朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
『クラスで一番モテない男が、幼なじみと“仮恋人契約”したら、本物の恋に気づいてしまった件』~報酬はプリン100個。彼女が部屋でだけ甘えん坊
月下花音
恋愛
【完結済/ハッピーエンド保証】
「ねえ、私の彼氏になりなさいよ」
「……は?」
大学1年の春。クラスで一番モテない男・藤堂健は、幼なじみの白石玲奈からトンデモない提案を受ける。
彼女は容姿端麗、成績優秀、そして近寄る男を氷のような視線で排除する、通称“氷の女王”。
そんな彼女が差し出したのは、2週間の『仮恋人契約』だった。
条件:完璧な彼氏を演じること。
報酬:高級プリン100個。
「断ったら……どうなるか分かってるわよね?」
「よ、喜んで!」
プリンに釣られて(脅されて)始まった契約生活。
しかし、いざ始まってみると――。
「……健、手繋いでいい?」
「……演技だから、もっとくっついて」
「……帰りたくない。今日は泊まっていっていい?」
おい、ちょっと待て。
これ、本当に演技なのか?
ただの幼なじみだったはずの彼女が、契約期間中だけ見せる無防備な顔、甘い声、そしてとろけるような笑顔。
これは演技なのか、それとも――?
「契約とか関係ない。俺は、お前が好きだ」
モテない男と氷の女王。
嘘から始まった恋が、世界で一番甘い「本物」に変わるまでの、2週間の奇跡。
陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!
みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!
杉藤千夏はツンデレ少女である。
そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。
千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。
徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い!
※他サイトにも投稿しています。
※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。
クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。
ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。
無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。
クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。
虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい
隙間ちほ
恋愛
無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫
辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。ノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。
筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。
超高速展開、サクッと読めます。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
辺境伯令嬢が婚約破棄されたので、乳兄妹の守護騎士が激怒した。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
王太子の婚約者で辺境伯令嬢のキャロラインは王都の屋敷から王宮に呼び出された。王太子との大切な結婚の話だと言われたら、呼び出しに応じないわけにはいかなかった。
だがそこには、王太子の側に侍るトライオン伯爵家のエミリアがいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる