捨てる神あらば、拾う世界あります

卯堂 成隆

文字の大きさ
2 / 8

囁きの耳飾り 1

しおりを挟む
 その時、彼はまだ駆け出しの若い戦士であった。

 臆病を嫌い、常に猛々しく振舞う事を戦士だと信じていた。
 初心者に与えられる簡単な依頼しか受けることしか出来ず、自分はもっとやれる……もっと大きな仕事が自分にふさわしいと思っていた。
 根拠の無い自信と、自分の才能への過信。
 そして現状への不満。

 彼は、早く自分にふさわしい場所へ行こうと焦っていた。
 そんな傲慢さも、その苦しみも、彼が若者であるからこその特権であることに、その最中にある者は気づかない。
 
 だが、彼ら冒険者が若者でいることの出来る時間は存外に短いのだ。
 ……その生業が、死と隣りあわせであるがゆえに。

******

「なんだ、ガラクタばっかりじゃねぇかよ」
 目の前に広げられた商品を見て、彼は思わずそう口にしてしまった。

「ガラクタばかり……ですか」
 不満げにそう呟くのは、その商品を並べた露店の主である。
 黒髪に黒い服、猫背ぎみではあるが、おそらく立ち上がれば見上げなくてはならないほどの大男。
 だが、威圧感はまるで無い。

 長い前髪と眼鏡のせいでかなり陰気な顔立ではあったが、その牛のように低い声はなぜかのんびりとして、陽だまりの中にいるような居心地の良さを感じさせた。
 なんとも、実に奇妙な男である。
 
「な、なんだよ! ガラクタをガラクタだといって何が悪い!」
 目の前の店主の、顔を隠すような前髪の向こうから、どこか不満げな視線を感じたのであろう……客である戦士の青年は思わず声を荒げた。
 むろんマナー違反をしたのは彼のほうなのだが、素直に謝るには彼のプライドが少々高すぎたのである。

 そもそも、彼とて別に目の前の商人を馬鹿にしたかったわけではない。
 ただ、そこにあった商品があまりにもひどすぎたのだ。

 錆びてこそいないものの、刃に曲線が無くて明らかに砥ぎに失敗しているナイフ。
 竹を切って紐を通しただけの水筒。
 そのへんの黒い石に穴を通しただけのネックレス。
 ひび割れたガラスの張り付いた奇妙な板。
 素人が針金を曲げて作っただけの髪飾りらしきもの。
 しまいには表面に丸や三角をチョークで描いただけの石なんてものまで置いてある。

 印象としては、まるで子供のままごとに出てくる道具屋さんといった感じだ。
 ゴミ捨て場といわれて納得する人はいても、これで売り物だとはきっと誰も思うまい。

 だが、目の前の行商人は臆面も無くこう告げる。
「いや、コレでも商品の質には自信があるんですよ」

「いや、見るからにひどいだろ」
 こうもあからさまだと、詐欺どころの騒ぎではない。
 もしかして、これは新手の物乞いなのではないだろうか?

「そうおっしゃらずに。 何が買ってゆかれませんか? サービスしますよ?」
 そんな売り文句に、若い戦士はニヤリと唇を歪ませた。
 あまり良くないことを考えている顔である。

「そうだな。 どんな魔物をも切り裂く魔剣やオーガのような力を与える薬でもあれば買ってやるよ」
 ――そんなモノ、ここにあるはずが無い。
 それは、そんな確信から呟かれた言葉。
 そして目の前の人物を困らせるために口にした、罪の意識の無いささやかな悪意であった。
 ユーモアのセンスで言えば、絶望的なほどにひどいと評価すべき戯言である。

「魔剣に秘薬ですか。 うーん、無いことも無いのですけどね」
「おいおい、なに見栄はってるんだよ! 嘘つきは嫌われるぞ?」
 なにやら考え込んだ商人に、若い戦士はやや焦りの混じった声を上げる。
 ――ハッタリだ。
 そんな商品があるなら、こんな市場の隅っこで行商人なんてしているはずもない。

 だが、万が一にもそんなものがあるならば、自分のほうが恥をかくではないか。
 頼む、冗談であってくれ。

 行商人の妙な自信を前にして、若い戦士の背中に若干の冷や汗が流れる。

「貴方の望むものを容易する事はたやすいのですが、そんなものがあったところでたぶん貴方は強くならないですよ?」
「なんだと!? 魔剣や秘薬は分不相応だとでも言いたいのか!?」
 若い戦士にとって、それは聞き捨てなら無い言葉だった。
 馬鹿にされたからではない。
 それが事実であることを認めたくないからである。

「うーん、そう言う意味ではないんですけどね。
 貴方には、もっと別の何かが必要だと思うんですよ」
 行商人は少し困った顔をして再び考え込んだ。
 そして、しばらくすると、何かを思いついたようにポンと手を叩く。

「あぁ、そうだ。 貴方に必要なのはこれです」
 そう告げると、行商人は並べられていた商品から片方だけしかないイヤリングつまみ上げた。

「はぁ? なんでソレなんだよ! そんなもの、冒険の役に立たないただの飾りだろうが!」
 まだ安物のナイフでも売りつけられたほうが納得も出来るし使い道もある。
 装飾品など、臆病さと同じく戦士には不要なものだと、その若い戦士は信じていた。

「まぁ、今の状態ではそうですね。 だから、これをこうするんですよ」
 行商人は懐から奇妙なカードを取り出すと、そのイヤリングに押し当てる。
 すると、カードがイヤリングに吸い込まれるようにして消えてしまったではないか。

「い、今のは?」
「まぁ、ちょっとした小細工ですよ。 詳しくは商売上の秘密です」
 そう告げると、行商人は片方しかないそのイヤリングを若い戦士に差し出した。

「御代は、いつかまた出会ったときに。
 あなたがそのイヤリングにふさわしいと思った金額を払ってくれたらそれでいいですよ」
「お、おぅ……」
 なにやら騙されているような気がしたが、ただでくれると言うならその好意は貰っておくべきだろう。
 若い戦士は躊躇いがちにイヤリングを受け取るし、それを左の耳につけた。

「なかなかにお似合いですよ」
 イヤリングをつけた若い戦士を見て、その奇妙な行商人は曖昧な笑みを浮かべる。

 ――ふむ、悪くないかもしれん。
 どうしようもない安物ではあるが、実用一辺倒の格好の中で唯一のお洒落である。
 こうして身に着けてみると、心なしか自分の中に余裕が出来たような感触を覚えた。
 つまり、俺には人としての余裕が足りなかったという事だろうか?

「さて、そろそろ私は店じまいをしますね。
 ここで店を開いてもさっぱり売れませんから、そろそろ場所を変えたほうがいいのかもと思っているのですよ」
「おいおい、いくら場所を変えたところでコレじゃ誰も買わないって」
 行商人がポツリとこぼした台詞に、若い戦士は思わず噴き出しそうになる。
 どう考えても、この品揃えじゃ売る気がないとしか思えない。

「はぁ、仕入れ元ではこれでも十分売れるといわれたのですがねぇ……」
「そんなの、嘘に決まってるだろ。 あんた、騙されたんだよ」
 どうやらこの行商人、人が良すぎて商売には向かないタイプの人間であるらしい。

「……はぁ、どこかに真面目な仕入先でもないものですかねぇ」
 溜息をつく行商人に、ふたたび若い戦士は笑い出しそうになった。
 そんな真面目な商人ならば、こんな胡散臭い相手とは取引をしないだろう。
 そして彼とまともな商売をするような奴がいたら、そいつはこの男と同じく悪徳商人の餌食になって長生きできるはずもない。
 ――なんとも、いままでよく生きてこれたな。

「まぁ、せっかくだからこの火打石を買ってゆくよ。
 おっさん、もぅちょっと人を見る目を養ったほうがいいぜ?」
 若い戦士は、苦笑しながら売り物の火打石と打ち金を手に取ると、行商人に数枚の銅貨を渡した。

「ははは、まいどありです。 でも、悪いのは私じゃなくて騙すほうじゃないんですか?」
「世の中、正しいの基準なんか人それぞれなんだよ。 しいていうならば……負けたほうが悪い」
「なるほど、深いですな」

 そして二人は挨拶も無く分かれた。
 辺境にもほど近い、何の変哲も無い市場での出来事である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

悪役令嬢が処刑されたあとの世界で

重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。 魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。 案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。

追放された最強令嬢は、新たな人生を自由に生きる

灯乃
ファンタジー
旧題:魔眼の守護者 ~用なし令嬢は踊らない~ 幼い頃から、スウィングラー辺境伯家の後継者として厳しい教育を受けてきたアレクシア。だがある日、両親の離縁と再婚により、後継者の地位を腹違いの兄に奪われる。彼女は、たったひとりの従者とともに、追い出されるように家を出た。 「……っ、自由だーーーーーーっっ!!」 「そうですね、アレクシアさま。とりあえずあなたは、世間の一般常識を身につけるところからはじめましょうか」 最高の淑女教育と最強の兵士教育を施されたアレクシアと、そんな彼女の従者兼護衛として育てられたウィルフレッド。ふたりにとって、『学校』というのは思いもよらない刺激に満ちた場所のようで……?

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

処理中です...