捨てる神あらば、拾う世界あります

卯堂 成隆

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転生枕 3

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「――汝れこそは花と魂の神。
 騒がしき祭りの喜びをもたらす汝、
 華やかなる夏の光をもたらす汝、
 性の喜びをつかさどりしアウィアテオトルの姿をとりて来たれ。
 花の王ショチピリよ、汝に捧げられた聖酒プルケの一滴を我はこいねがう」
 精霊王の一人である花の王ショチピリに祈りを捧げると、キノコから抽出した真っ黒な液体は芥子の花のような赤へと鮮やかに色を変えた。
 なんとも美しい色合いだが、その正体は八十をこえた老人でさえも子作りを可能にするという強烈な回春剤にして惚れ薬である。
 健全な若者であれば、その蒸気に触れただけで発情して我を忘れてしまうだろう。

「よし、出来た。 あとはこれに添加薬を加えて錠剤にすれば……だいたい十回分かな。 売るときに効力を調べるから二回分は目減りしそうだけど」
 出来上がった液体に凝固剤を入れ、型に流してから乾燥させる。
 そうすれば、繁殖力の乏しいエルフが子孫繁栄のために作り出したという秘薬の完成だ。

 出来上がった錠剤タブレットを素焼きの器で出来た瓶に入れると、イングリッドは自分のベッドに書置きを残して家のドアを開く。
 だが、そこには……

「ねぇ、どこに行くの?」
「……どこでもいいでしょ」
 まるでこうなるのがわかっていたとでも言わんばかりに、玄関の前にはクラウディオ立ちはだかっていた。

「僕も行く」
「ダメよ。 あんたには危険だから」
 街までの道中は、盗賊が出ることもある危険な道だ。
 大人だって一人では通らない。

「でも行く!」
「ダメだって言ってるでしょ」
 さて、この聞き分けの無い子供をどう黙らせようか?
 精霊の力を借りて眠らせることも考えはしたが、それは今のイングリッドの体にも大きな負担をかけてしまう。
 秘薬の作成で疲弊した今の状態を考えると、出来るだけ避けたい方法であった。
 しかも、イングリッドが考え事をしている間に、クラウディオはとんでもないことを言い出したのである。

「じゃあ、イングリッドが何処かに行こうとしているって、大声で叫ぶよ」
 このクソ餓鬼め!!
 イングリッドは思わず心の中で呪いの言葉を呟いた。
 街に行くのを明日にするという事も考えたが、もしかしたらこの無駄に知恵の回るお子様は親に自分の計画をバラして阻止しようとするかもしれない。

 ならば……勝手について来ればいい。
 何かあった時は、そのまま死んでちょうだい、クラウディオ。
 対応が一日遅れるだけでもどうなるかわからないこの状況下において、貴方のわがままにつきあって他の大勢の人を危険に晒すわけにはゆかないのよ。
 そう、あの日が訪れる前に周囲のゴブリンたちを各個撃破で始末しなければ、村に未来は無い。

「好きにしなさい。 でも、危なくなっても助けてなんかあげないから」
「うん!」
 イングリッドの冷たい言葉にも関わらず、クラウディオは嬉しそうに笑って隣を歩き始めた。
 いったい何がそんなに楽しいのだろうか?
 まったくもって不可解な生き物である。

「ねぇ、この方向って……街だよね?」
 村の入り口を出てしばらく。 隣村を過ぎた頃になって、クラウディオはようやくイングリッドの目指す場所に気がついた。

「そうよ。 私は街に行くの」
「やっぱり危ないよ。 街には悪い人が一杯いるってパパとママも言っていたし。 ねぇ、帰ろうよ!!」
 あぁ、やっぱりこうなったか。
 イングリッドは何から何まで邪魔をするこの幼馴染を心の底からわずらわしく思いはじめた。

「じゃあ、貴方一人で帰りなさい。 私にはどうしてもやらなきゃならないことがあるの」
「どうしてもって……なんでそんな危ないことしなきゃいけないのさ!
 このあいだから変だよ、イングリッド!!」
 その瞬間、イングリッドは動いた。

「……あっ!?」
 クラウディオの膝の裏に蹴りをいれ、体制を崩したところで地面に押し倒す。
 突然のことに、クラウディオにはなす術もない。

「貴方、邪魔なのよ」
 さらに倒れたクラウディオの体に馬乗りになると、イングリッドそのあたりに落ちていた拳大の石を拾い上げて高々と振り上げる。
 この声には、かすかではあるが子供らしからぬ殺気が滲んでいた。

「な、なにを……か、顔が怖いよ、イングリッド」
「だから、もう死になさい」
 太陽の光を背に、感情の抜け落ちた顔でイングリッドが呟く。
 その時クラウディオは死の恐怖を前に悲鳴すら上げず、自分がなぜ彼女に殺されなければならないのだろうと、この理不尽な現実についてひたすら考えていた。
 幼さとは、愚かさとは、時にひどく重い罪であるという事を知らないままに。

 そして死の礫が振り下ろされた。

 ――クラウディオの頭の横に。

「……ぷっ。 馬鹿ね、本当に殺すはずないじゃない」
 仰向けになっているクラウディオの上から降りると、イングリッドはさもおかしいとばかりに笑い出した。

「ひ、ひどいよイングリッド!!」
 顔を真っ赤にしながら立ち上がるクラウディオだが、イングリッドは冷ややかな顔に戻って彼に告げる。

「でも、本当に貴方を殺してでも街に行かなきゃならない用事があるの。
 だから、このまま帰りなさい。 私は一人でも大丈夫だから」
 ここまでやれば、自分が足手まといであることも、彼女が本気である事も理解しただろう。
 少々どころではなく大人気なかったが、今はとにかく時間が惜しかった。

 だが……。
「だっ、ダメだよ! やっぱり僕も一緒に行く! もう何も聞かないから!!」
 その予想外の言葉に、イングリッドは絶句する。
 信じられない! なんと頑固、いや頑迷な性格だろうか?

「聞き分けが無いのね。 本当に怪我をするまでわからないのかしら?」
 イングリッドは溜息をつき、もう一度石を拾い上げて脅してみるが、クラウディオは涙目になりながらも決してそこから引き下がろうとはしなかった。

「だっ、だって……」
「だって?」
 困惑するイングリッドに向かす、クラウディオはさらに顔を赤くして告げる。

「好きな子は、命がけで守らなきゃいけないってパパが言っていたから!!」
 その思いもよらない言葉に、イングリッドは頭の中が真っ白になった。

 この子……馬鹿?
 かつてエルフだった頃はともかく、今のイングリッドはそこまで容姿に優れているほうではない。
 せいぜい、中の上と言ったところだろうか?

「あなた……私が好きなの?」
 すると、クラウディオは無言のままに頷く。

 ――呆れた。
 たかがそんなもののために自らを危険に晒すというのかこの愚かな生き物は。
 浅はかで、思い込みが激しくて、自分の感情のためにならば死をも厭わない。
 些細なことにも真剣になってしまい、くだらない方向へと全力を傾ける。
 それはイングリッドがこの世で一番嫌いな存在であったが……不思議と嫌悪感は覚えなかった。

「ほんと、変な子ね」
 子供らしからぬ空気を纏わせ、苦笑を浮かべながらイングリッドは『彼を無理やりおいてゆく』という選択枝を諦める。
 そもそも、自分は何をこんなに神経質になっていたのだろうか?
 たかが、人間の村が滅びる程度のことで、エルフである自分がこうもうろたえるなんておかしすぎる。

 もう少し気楽に行こう。
 いいじゃない。 別に子供一人つれて歩いたところで、その辺の盗賊や野獣なんてどうにでもなるわ。

 そう、これはほんのちょっと依頼の難易度が上がった程度の問題に過ぎないのだ……一流の冒険者としての知識を持つ自分であれば、この程度の逆境は問題ない。
 そう自分自身に言い聞かせながら彼女は歩き出した。

「何しているの? ぐずぐずしているとおいてゆくわよ!!」
「う、うん! まって! 置いてゆかないで!!」
 その後ろを、幼い少年が必死の形相で駆けて行く。
 今はまだ、恐れを知らぬがゆえに。

 そして、幸いなことに二人は途中で盗賊や危険な獣にあうこともなく街に到着し、イングリッドは手持ちの秘薬を持って冒険者ギルドに駆け込んだ。
 さらに運よく鑑定能力のある冒険者がいたため、すぐに本物であると保証されたのである。
 だが、イングリッドはそのまま換金しようとはしなかった。
 六歳の子供に大金を持たせることを、冒険者ギルド側が懸念しないはずが無いからである。
 なのでイングリッドはそのままギルドの受付にこの秘薬を持ち込んで、一部を鑑定料金に、そして残りの金で冒険者に依頼をかけられないかと交渉したのだが……

「どういうこと!? なんで冒険者を派遣できないのよ!!」
「どうもこうも……お嬢ちゃんの住んでいる村は、領主様の騎士が守ることになっているんだ。
 だから冒険者は近づくなって言われているの。 わかる?
 お嬢ちゃんのお仕事引き受けると、おじちゃんたと怒られちゃうんだわ」
「そんな話、聞いたことも無いわ! それに、騎士団の人間なんて村じゃ見たこともないわよ!!」
「あのな、お嬢ちゃん。 国のえらーい人が決めたことだから、ウチじゃどうにも出来ないの。
 悪いけど、このお金を持って騎士団のおじさんたちにお願いしてね!」
 冒険者ギルドの受付は、これ以上邪魔をするとつまみ出すぞといわんばかりに溜息をついてイングリッドとの会話を打ち切ろうとした。

 だが、このまま引き下がるわけには行かない。
 このクソ職員め、エルフを舐めたらどうなるか見せてあげるわ!
 固い決意とともに、イングリッドは全力で猫をかぶりながらテーブルの上に体を乗り出す。

「……じゃあ、他の仕事を頼みたいんだけど、誰かいい人を紹介してくれないかしら?」
 ニッコリと微笑んだイングリッドに、次の客の相手をしようとしていた職員は思わず全身の毛を逆立てながら仰け反った。
 どうやら、猫と間違って虎を被ってしまったらしい。

 そして彼女たちは思いもよらぬ事件に首を突っ込んでしまう事となってしまったのだ。
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