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下天の幻器(うつわ)編
第二話「違和感」前編(改訂版)
しおりを挟む第二話「違和感」前編
降って湧いた理不尽に作戦会議を一時中断した俺は――
遙々と訪ねて来ただろう”ある人物”と対峙していた。
「……」
俺と同じくらいという女としては長身に、良く実った双房、キュッと締まった腰、張りのある臀部からスラリと伸びた白い足と……
そういう絶品のプロポーションの身体を際立たせるようフィットした緋色のドレスは片方の太もも部分にまでスリットが入った”大人”且つ”洒落た”な装い、そしてそれを見事なまでに着こなす女もまた思わず目を奪われるほどの美女である。
「これはどういう事かしら?サイカくん、重要会議だと聞いたけどぉ?」
長く艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテールとやや垂れ気味の瞳、それに朱く薄い唇を所持する、終始気怠そうな雰囲気を纏った美女の名は……
――”肉奴隷”改め、宮郷 弥代である
「ああ、その通りだ。それより弥代がなんで小津に……」
――どういう事かとは俺が言いたいっ!!
と、俺は色々と主張したい事はあるが……取りあえず”本題”を口にする。
「長州門と共闘する”坂居湊”の戦が終わったと聞いたから”九郎江城”へ訪ねてみたのだけどぉ?君主様は臨海の主城には帰らずに直接、赤目の小津城へ向かったと……で、来てみたらぁ……」
――なるほど”肉奴隷”発言は、そういう風に振り回された事による腹いせか……
何たる迷惑!全くの逆ギレ!
俺にとっては身に覚えの無い、理不尽極まりない風評被害である。
「お前なぁ……一応、宮郷のお姫様だろうが、あんまり下品な言葉は…………んっ!?」
俺の文句を聞いているのかいないのか?
その時、弥代は同室の脇に控える三人の女達を見ていた。
「真琴ちゃんに休暇ねぇ…………”こんなこと”だろうと思ったわ」
そしてなにやらボソリと呟き、呆れた様な溜息を吐くと再び俺を見る。
「こんなこと?何のことだ、俺達は次戦の為に作戦会議を……」
スチャ!
宮郷 弥代は長いポニーテールと背中の間からコンパス状に折りたたまれた三十センチほどの……なにやら”紅い棒?”を取り出して、それを――
カシィィン!
軽く一振りすると、それは中央から開いて元の倍の長さの”短弓”となった!
「お、おいっ!」
――”仕込み弓”ってっ!
「……」
少しばかり面食らった俺の言葉を無視し、弥代は素早い動きで携帯用らしき紅い短弓を構える!
ヒュン――――バシュッ!
折り畳み式の紅弓から放たれた矢は、部屋の脇に控えて立つ三人の女達の足元に突き刺さった!
「っ!」
矢の到達点、”花園警護隊”達は三人共が咄嗟に半歩後方へと飛び退き、そのまま素手ながらも素早く構えて備えていた。
「……」
「……」
ピリリと――
両陣営の間の空気が一気に張り詰める。
「思った通り”工作員”ね、それも……」
だが、それを引き起こした宮郷 弥代は全く悪びれもせずにそう言うと、眉間に軽く影を落とした表情で再び俺の方を見た。
「それも”唯”のじゃなく”女”を使った……サイカくん、この女達を使ってどういう任務を遂行するつもりなのかしらぁ?」
弥代の視線は俺に、敵意の籠もった言葉は三人の女達に……
”花園警護隊”に向けられていた。
「……」
名指しされた花園警護隊の面々もそのままヒリつかせた空気を維持し、紅弓を手にした女を油断なく睨んでいる。
「宮郷様、これは本作戦に関わる事なれば部外者の貴女にはこれ以上……」
「ムネミツくん、部外者とは失礼ね。私はこの鈴原 最嘉の”室”なのよぉ?」
堪らず宗三 壱が割り込むが、それを気怠げ女は鋭い視線で制して封じる。
――”室”……ね
それは正室、側室を指す言葉だ。
で……”正室”でなく態々と”室”と言う辺り、”側女”・”妾”と色々と呼称はあるだろうがつまり、”正妃”でないと女は自認しているという事だろう。
「その話は……無論聞いておりますが、たとえそうだとしてもそれと軍事とは別の……」
「そうねぇ、だから”小津城”に来たのよ。解るでしょう?サイカくんなら」
なおも食い下がる壱をにべもなく切り捨て、そして今度は俺に向けて気怠げな瞳を……
否!その奥に隠れた鋭い視線を突き刺す!
「…………」
抑も俺と弥代の場合……
”室”と言っても婚姻を済ませたわけで無いし、そのつもりも無い。
宮郷 弥代の”宮郷領”をスムーズに傘下に入れるための方便だった。
それは宮郷 弥代自身もよく解っているはずだし、それを置いても彼女の身分は現在の臨海では確定していない。
精々、支配者の唯の愛人ということに過ぎないわけだが……
だがそれでもこの宮郷 弥代という”毎日気怠げ女”は堂々とそう言ってのける。
そう全く以て堂々としたものだ!!
――ははっ……
俺は弥代のこう言った性格は結構嫌いでは無い。
「それはお前も任務に加わりたいという事なのか、宮郷 弥代?しかし身体の方は……」
そう思いながらも、俺は彼女の傷の完治具合を聞いてみる。
天都原で勃発した”尾宇美城大包囲網戦”からまだ二ヶ月ちょっとだ。
かなりの負傷をした宮郷 弥代の傷がどの程度回復しているのか?
「剣はね……まだ万全じゃ無いわ、でもねぇ」
――狂戦士である”紅夜叉”は臨時休業中だが、”紅の射手”の商いは万全だと?
俺は先程、彼女が放って床に突き刺さったままの矢を見直してから頷く。
――宮郷 弥代という女
俺の所領である”臨海”のお隣、”宮郷領”を治める領主の娘であり、その宮郷の将軍でもある彼女なら兵力としても問題無い。
なによりこの優れた容姿であれば……
今回の任務の特性である、”臨海王が侍らす美女”という面でも合格点以上だろう。
「わかった、だが……少しばかり”売り込み”が過激じゃないか?」
俺は弥代の提案を受け入れつつも、先程の”花園警護隊”達への態度には少々釘を刺す。
「…………」
だが宮郷の”紅の射手”は俺の指摘に意外な態度を返したのだった。
「どういう任務で何処に向かうのか知らないけどぉ?”こういう女達”を国主たるサイカくんの傍に置くのはどうかと思うわ」
少し行き過ぎた行為を諫めた俺の言葉に対し、素直な謝罪が返ってくるものとばかり思っていた俺には少々意外な返答。
悪びれもせずに言うと弥代は手にした紅弓をカシャリと折り畳んで、元の背中の位置へと戻す。
「弥代?」
こういう頑な性格では無かったはずだが……
「勿論任務上は”彼女達のような者”が必要なのも解るけどぉ?一国の、現在となっては暁全土でも注目を集める臨海の王たるサイカくんの傍近くに遊女擬きの”そんな者達”を置くのは……ねぇ?」
――遊女擬き?
――そんな者達?
「臨海は既に大国の一つ、鈴原 最嘉はそういう重要人物だと自覚を持った方がぁ……」
「弥代っ!」
俺は宮郷が弓姫の言葉を荒げた声で遮っていた。
「……」
「……」
そして、それを受けても未だ平然とした顔で俺を見据える女と暫し睨み合い……
「そうか……」
その後にクイクイと人差し指を上方に数回曲げて呼び寄せる。
――
「……なに?」
「いや、つまりな……」
主座に腰掛けた俺の元まで数歩、歩いてきた女に俺はゆっくり立ち上がると……
パンッ!
結構思い切りその白い頬を張った。
――っ!!
周りはざわめくが……
「…………」
当の宮郷 弥代は張られた頬を赤く染めながらも、そのままの姿勢で俺を正面から見据えている。
――中々どうして……やっぱ大したタマだ
俺は心中にて、一方ではそう賛辞しながらも言葉を続けた。
「お前を参加させるのは良いが、さっきのお前の言は聞き捨てならない。直ぐに三人に謝罪をしろ、そうすれば”今回は”聞かなかったことにしてやる」
「…………」
俺の言葉にも依然と宮郷の弓姫は黙ったままで俺を見ていた。
「お、御館様っ!私共は別になんとも思っておりませんので!」
「そ、そうです!大丈夫ですっ!」
「こういう仕事ですもの、宮郷 弥代様の感想は女性として当然の……」
傍目には非常に険悪に見える俺達二人の雰囲気に、慌てて”花園警護隊”の面々はとりなそうとするが……
「別に”花園警護隊”の事だけじゃ無い。俺が治める臨海の者達をとやかく言う奴が居るのなら俺は全力を以て戦うまでだ!それがたとえ誰だろうと俺はそういう方針なんだよ!」
俺の言葉は真実だ。
そう、それが例え神でも……俺は最後まで抗うだろう。
それこそが鈴原 最嘉の原点、俺が目指す”本願”への証であるからだ。
「お、御館様……」
”花園警護隊”の三人は一転、なんだか頬を染めて立ち尽くし、
「ふっ」
宗三 壱は静かに口元を緩める。
「ひっく、うう……ひっく」
そして何故か亀成 多絵は泣いていた。
――
「…………そう、ふふ……そうねサイカくん、貴方はそういう……ふふ」
更に――
何故だか咎められているはずの宮郷 弥代の朱い唇が綻んだかと思うと、そして……
「ええとぉ……失礼、貴女達は確か花園警護隊?……そのメンバーの?」
弥代は三人の女達に向き合って丁寧な口調でそう問う。
「緋沙樹 牡丹です」
「野益 百合です」
「ペオニア=カートライトですわ」
三人の自己紹介に頷いた弥代はスッと姿勢を正して、気持ちの良いくらいに頭を深く下げた。
――っ!?
その態度に三人の女達は共に目を丸くする。
「緋沙樹 牡丹さん、野益 百合さん、ペオニア=カートライトさん……私の無知で貴女達の誇りを傷つけたこと、深く心より謝罪致します。ごめんなさい。できることなら赦して頂ければ……」
「いえ!とんでもないですっ!宮郷様の様な身分の方が私共なんかに……」
「どうぞ頭をお上げ下さい!」
「ぜんぜん、まったく、気にしておりませんのでっ!!」
そして、ここまで丁寧に謝罪された三人は寧ろ困り果て慌てまくっていた。
「……まったく」
――どうやら、この件はこれで丸く収まったようだな。
第二話「違和感」前編 END
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