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下天の幻器(うつわ)編
第一話「始動」(改訂版)
しおりを挟む第一話「始動」
「では……長州門と共闘した”坂居湊”攻略戦は上首尾のうちに終わったのですか」
スッキリした顔立ちで黒髪を尻尾のように後ろで結わえた好青年が聞いてくる。
「ああ、まぁな……」
長州門が覇王姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥとの約定を果たした俺、鈴原 最嘉は赤目にある小津城で――
側近の好青年、宗三 壱にそう答えながら主座に腰を下ろした。
「?……その割には少し浮かない表情ですが?」
俺の表情を目聡く見て取った宗三 壱が少々訝しむ。
「真琴がな……少しばかり精彩を欠いてな」
「真琴が?致命的なミスを犯したのですか、それは……」
小さく驚く壱。
――失敗……いや、ミスと言うほどの、戦に影響を及ぼすほどの失敗はしていない
だが、普段の鈴原 真琴という人物が将として、俺の副官として非常に優秀なため、今回は何というかそう感じた、といった程度だった。
「いや、ミスと言うほどでは無いな、というかここ最近は連戦だったからなぁ。疲れが溜まっていたのだろう」
「そう……ですか。成る程、だから今回、真琴に”休暇”を与えたのですね」
俺は自らの言も含めて否定し、そして壱の言葉に頷いた。
そう、俺は”坂居湊攻略戦”の後、鈴原 真琴に一週間ほどの休暇を与えた訳だが……
結局、真琴はこの赤目まで俺に同行してから、その後に渋々と休暇に入った。
理由は”俺の傍に控えることで何かあれば直ぐに対応できるから”
だそうだが……こんな事があって、熟々俺は思う。
本当に真琴は”そういう”のが苦手な性格だと。
――目前の真面目を絵に描いた様な男、宗三 壱でさえ休暇はちゃんと取る
無理をする時にはするが、休める時には休む……
メリハリをつけないと緊急時に力を発揮できないと承知しているからだ。
だが真琴は用兵も前掛かり気味だが、日常もトコトン突き詰めてしまう性格で、そう言う事が苦手だった。
――まぁな……そういう所をフォローしてやるのが俺の仕事でもある
俺は今回の件は俺のミスでもあると、そう言う意味で結構ヘコんでいたのだ。
――
「それよりも……那原から奥泉までどのくらいかかりそうだ?」
俺は気持ちを切り替え、そう聞く。
「はい」
俺の言葉を受けて軽く頭を下げた壱は……
そのまま彼の後ろに控えていた三人の女達に視線を送って促した。
「はい、御館様。”那原”から”見能”、”越籠”経由にて、目的地である旺帝領土”特別行政区”奥泉領土内への所要時間は、急げば馬にて六日の道のりかと思われます」
答えたのは三人の女の中で一番年長の落ち着いた雰囲気の緋沙樹 牡丹という人物だった。
「御館様!隠密にての移動は状況次第で回り道や一時的な足止めも起こります、二日ほどの余裕は見込まれて八日とした方が絶対に良いです!」
即座に、三人の中で一番小柄でハキハキとした口調の野益 百合という女が前者の見解を修正する。
「いいえ、御館様、こういう秘め事こそ迅速に……ですわ、寧ろ寝食を惜しんだ強行軍にて四日の内に到着するべきでしょう」
そして三人の中で一番背が高く、透ける赤毛の髪をした外人である女……ペオニア=カートライトが前二人の意見を纏めて否定した。
「貴女達、御前ですよ、ここは筆頭である私の意見に従うのが……」
「はぁ?牡丹って御館様の御身を危険に晒すつもりなの!?信じられないっ!」
「信じられないのは牡丹だけではなくて百合もですわ、物見遊山的悠長な案内で御館様の”至高の策”を台無しにする気ですのっ!」
三人の娘達は三者三様……
意見を言い合って譲らず騒ぎ出す。
「いや……おいおい」
意見を聞いたのは俺だが……
「御前であるぞ”花園警護隊”っ!」
――!!
だがその騒々しさは宗三 壱の一喝で静まりかえる。
――おお流石だ!壱
「申し訳ありません御館様、身内でお見苦しい所を。全ては”花園警護隊”筆頭であるこの緋沙樹 牡丹の責、懲罰は如何様にも……この身を切り刻まれても、焼かれて野辺にうち捨てられても文句はありません!」
「いや俺には文句がある!!てか、怖いな!別にそこまでは必要ないだろ」
――そうだ……
俺が七峰領土だった”坂居湊”から元赤目領土の小津に戻って来て直ぐに、俺は次なる段取りのため準備を調えていた。
「流石は御館様!!なんという心の広さ!我ら”花園警護隊”が主、神反 陽之亮がお仕えする至高の御方です!」
――いやいや……こんなことで死刑執行する方が”蟻の杯”ほども無い器だろうが?
そして、もう説明も必要ないだろうが……
この三人の女達は、我が臨海国が誇る特殊工作部隊”闇刀”の者達である。
神反 陽之亮が統轄する”闇刀”の中で、普段は陽之亮を護衛する数十人から成る親衛部隊、”花園警護隊”の中核メンバーだ。
「……」
我が臨海国が誇る二大諜報部隊の一つ、特殊工作部隊”闇刀”の隊長であり、対七峰方面責任者である神反 陽之亮。
機知に富み、行動力に優れ、人心掌握に精通した神反 陽之亮という男は、一見華奢な優男風の長身長髪な軟派な見た目ではあるが、その異質な才能は臨海国の誰もが認める古参の実力者である。
時に温和に時に非情に……
工作任務から外交の下準備までそつなく熟す神反 陽之亮は、交渉による切れ味の鋭さから臨海内では”カミソリ陽之亮”と呼ばれる非常に有能な家臣であるが、如何せん女にだらしがない……というか女好きで、色事を忘れることが無い男だ。
故に自らの身辺警護も、趣味と実益を兼ねた存在として妙齢、美貌の女ばかりで固めていた。
彼女らは臨海組織内では護衛士という意味を捩って”花の壁”……つまり、”花園警護隊”と呼ばれていたのだ。
「……」
――で、俺がその”花園警護隊”から数人を借りてきた理由だが……
「我が軍と旺帝軍が交戦中である旺帝領土”那古葉”を避けての移動ですから、”越籠”経由で一度、暁海へと出て北上するという経路は解りますが……抑もあの奥泉の”藤堂 日出衡”が最嘉様の呼びかけに応じるでしょうか?」
この小津の城主にして赤目一帯の統括者であり、側近である宗三 壱の言葉に俺は頷く。
「まぁな……旺帝絶対支配下の地にて、代々独立した権勢を誇る”奥泉”の首領だ、一筋縄じゃいかないだろうが……」
暁東部を絶対的支配下に置く最強国”旺帝”の中に在って一際異彩を放つ領土、”奥泉”
彼の地は旺帝領土には違いないが、その旺帝に独自の裁量……つまり領主である藤堂家が人事権、立法・行政権、兵権を有することを認めさせた独立行政特区として存在する唯一の領土であった。
そして永年の歴史から蓄えられた豊富な資金と強固な独立軍……
”奥泉十七万騎”と称される軍勢は主君である燐堂家でさえも迂闊に手を出せない存在であった。
「穂邑達、”正統旺帝”との共同作戦、那古葉攻略は順調だと聞くが、そろそろ”奴”が動き出す頃合いだろう……なら、此方が勝利するためには強烈な一撃が必要だ」
俺はそう答えながら側近の顔を見る。
「志那野の”咲き誇る武神”……木場 武春ですか」
側近、宗三 壱の返答に俺はまたも頷く。
最強国旺帝に在って、地上最強と名高い武将。
曾ての”旺帝二十四将”の一人で、現在の”旺帝八竜”が一竜にして最強の二武将が片割れ。
百戦錬磨の”魔人”伊武 兵衛と最強無敗”咲き誇る武神”と称えられし木場 武春という二人の将軍は、戦国世界に於いて一つの銘柄と云えるほどの将帥だった。
「”奥泉十七万騎”と称される軍勢を率いる藤堂 日出衡との危険極まりない交渉を選択せざるを得ないほどの相手だということですか……」
宗三 壱の表情は珍しく硬くなっていた。
「どうだろうなぁ……とはいえ、あの地域をなんとか此方につけるのは今後の対旺帝には有効だろう。まぁ、取りあえずはそういう訳で、体を張る価値は充分にあるという事だ」
俺は態と軽くそう言うと誤魔化して笑った。
「……」
そして壱の視線を躱すように、緊張気味に様子を覗っていた三人の女に視線を移す。
「で、藤堂家は代々”後宮”を形成して数多の美女を侍らせているという。特に現領主の藤堂 日出衡は大の付く好色家らしいから此方も”それなり”の格が無いと交渉相手とも見なされないだろう?」
だからこそ此方も美女を侍らせて相見える!
そして……
場合によっては”その美女達の身を以てして”
”奥泉十七万騎”の主にして比類無い好色漢の”奸雄”に取り入る事も厭わない!
郷に入っては郷に従う……いや、類は友を呼ぶか?
相手に親近感を持たせる、王同士の交渉にはそういう小細工も必要だ。
「……」
俺の視線を受け、三人の女達は全て承知しているとばかりにスッと頭を下げた。
――神反 陽之亮が統轄する工作部隊”闇刀”の”花園警護隊”
彼女たちは元々は様々な経歴を持つ女の集まりだ。
没落した武家の娘、破産した商家の娘、難民、夜盗、そして遊女……
神反 陽之亮は、それら行き場の無い女達を保護し、そしてその意志と才能のある者達だけを集めて形成した、暗殺、工作部隊”闇刀”の中でも精鋭の親衛隊。
今回俺に同行する三人は、俺の護衛及びその後の各種任務を負った女達だ。
――そう、場合によっては”その美女達の身を以てして”……
”闇刀”の”花園警護隊”……
こう言う”絡め手”の任務には持って来いの集団だろう。
――
「成る程……では」
コンコン!
俺の意向を察し、壱が作戦内容の最終確認のため言葉を発しようとした時だった。
部屋の扉がノックされ、次いで小さく頼りなげな声が響く。
「あの……重要会議中に申し訳ありません、その……領王閣下にお目通りしたいという方が……」
――”領王閣下”
それは臨海国全体の支配者である俺を指した呼称らしいが、そういう大層な呼び方をする人物はこの小津城では今のところ俺の知る限り唯一人。
そっと扉が開き、怖ず怖ずと顔を出した侍従は案の定……
――亀成 多絵
前日乃領主、亀成 弾正の娘で、日乃で起こった反乱の首謀者に祭り上げられたが、同じく日乃領の那知城主で臨海臣下である草加 勘重郎により捕らえられ、現在は赤目を任された宗三 壱の下で侍従として働いている。
「あの……」
恐縮する亀成 多絵を見て、壱は”ふぅ”と呆れ顔をして溜息を吐く。
「亀成 多絵、重要会議中につき、この部屋には誰も通すなと使用人達に通達されていたはずだが?」
壱の反応に慌てて頭を下げる多絵。
「す、すみません!けれど……」
「壱、まぁそう言うなって、彼女にも理由がありそうだろう?ってお前いつも彼女にそういう態度なのか?」
縮こまる亀成 多絵を見かねて俺は助け船を出すが、本当は宗三 壱という男が使用人に横柄な態度を取るような人物だとは毛ほども思っていない。
主君の手前、クソ真面目故の言動だろうし、口調こそ厳しいが決して怒りにまかせた言葉でも無い。
「い、いえ、領王閣下……壱様は普段から良くして下さいます、時間がお有りになるときは料理や家事を手伝って下さることも……」
「うっ!コホン!コホッ!」
俺へのフォローのつもりだったのだろうが、多絵の可愛らしい口は余計な事まで衆人に晒しそうになり、慌てた男は若干耳を赤くしながら急に持病持ちに変わる。
「は、ははは……壱が?おまえ不器用なのにな?家事とかすんのか?ははは」
俺は面白いネタを仕入れたとばかりに笑って目の前の仮病男を指さしていた。
「さ、最嘉様!そこまで笑う事では……」
「はいはい、まぁ見習得の能力を伸ばすのは良いことだ。鼻の下まで伸びていないと良いがなぁ、ははは」
「さ、最嘉様っ!」
抗議する男を余所に俺は楽しくてしょうが無い。
「う……で、た、多絵殿、その目通りしたいという人物は?」
耳を真っ赤にした壱は誤魔化すように問う。
「はい、それが名は名乗って頂けずに……ただ」
「名を名乗らぬ不審者を通したのか!」
一転、再び険しくなる壱の顔。
「いえ、身元はハッキリとしています、ですが、あの……大丈夫な方なのですが、その……」
何故か先程の壱以上に耳まで真っ赤に染めた多絵はゴニョゴニョと言いよどむ。
「多絵殿、ハッキリと応答を!」
凄む壱を俺は”まぁまぁ”と余裕でなだめる。
「で、なんだって?名を名乗りたくないが俺の周知の人物ってか」
「はい……名では無くて……こう……伝えてほしいと……」
多絵は益々赤くなって瞳を伏せた。
――なんだ?これ以上面白い展開があるのか?
俺は焦った壱の顔を思い出しつつ、悪戯心いっぱいで先を問う。
「わかった、会おう!で、なんて言ってたんだ?」
「はい、あ、あの……に……」
「に?」
――なんだ?そこまで言いにくいことなの……
「う……あ……さ、”最嘉様の肉奴隷が参りました”とっ!!」
「へ?は?えぇっ!!」
意外な方向から放たれた攻撃に驚きで素っ頓狂な声を上げる俺!
そして極限まで顔を真っ赤に染めた多絵は、強烈な爆弾を投下した後に完全に俯いてしまったのだった。
「……さ、最嘉様」
「……」
「……」
「……」
流石に呆れる宗三 壱と、無言の三人の女達。
すっかりと静まりかえるその場。
そこに居合わせた者達、特に女達の俺に向ける視線が非常に痛い。
「いや!いやいや!!知らないからっ!俺、そんな奇妙な奴隷!?知らないからっ!!」
主座から立ち上がって必死に弁明する俺は、衆人からの相変わらずな痛い視線に晒されていたのだった。
第一話「始動」END
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