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王覇の道編

第二部「王覇の道篇」エピローグ(改訂版)

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 第二部「王覇の道篇」エピローグ

 ――ザシッ

 ――サシッ

 草を踏み分け、りんかい領土、扶路社ふじしろの山中を独り歩く初老の男。
 如何いかにも武芸者たる緊張感に満ちた佇まいで独特の剣気を纏う男。

 「……」

 寡黙に先を見据えて歩を進める男の両のまなこは、一切の感情のたぐいが薄弱であった。

 ――ザシッ

 ――サシッ

 ――ザ…………

 その見るからに厄介そうで物騒な印象のする武芸者がふと足を止める。

 「どうであった左膳さぜん殿、目的の刀は手に入りそうか?」

 武芸者が足を止めた直ぐ先に、武芸者と同年代の刀を帯びた人物が独り、大樹に背を預けて立っていた。

 「……吉良きら……貞泰さだやす殿か」

 武芸者はそう男の名を呼ぶと相変わらず感情の起伏の無いまなこのまま、スッと自身の腰に帯びた刀を見た。

 「どうやら……手に入りそうではある」

 そして、見たところ随分と長い間自分を待っていただろうと思われる相手に、
 素っ気なく、簡潔に答えると、その人物がまるでには居なかったかのようにまた歩き出す。

 ――ザシッ

 ――サシッ

 「ふっ、”林崎はやしざき 左膳さぜん”の目に適う刀を打てる男が居たのなら、りんかいに来たのも無駄では無かったということだな」

 ともすれば失礼極まりないととらえられる武芸者のそんな態度も馴れたものだと、吉良きら 貞泰さだやすと呼ばれた人物は平然とした顔で後を追って歩いていた。

 「…………………………ぬしの方は……どうであったのだ」

 暫く歩いた後、その武芸者は後をついて歩く男に振り返りもせず問う。

 「ん?おお、そうか……そうだな」

 そして問いかけ?られた吉良きら 貞泰さだやすなる男は応える。

 「儂はせっかくりんかいに来たのだから話題の”王覇の英雄”とやらを見聞してみようかと思っていたが……残念ながらどうやら不在らしい」

 「…………」

 自分が問いかけたにも拘わらず、吉良きら 貞泰さだやすの返答に武芸者、林崎はやしざき 左膳さぜんは無言で歩き続ける。

 「南阿なんあから無事逃れられたのは良いが……あの戦況では春親はるちか様はもうご存命ではあるまい。なら……我が行き先は無いのと同じ、敗戦の将は無頼の輩と何ら変わらぬ、この先どうしたものか……」

 しかし、無愛想な武芸者の後ろを着いて歩く吉良きら 貞泰さだやすなる男は気にも留めずに言葉を続けていた。

 「お主も大変だったな左膳さぜん殿。手塩にかけた”剣の工房こうぼう”の弟子達を一人も連れてこられず……どうやら有馬ありま 道己どうこが手引きして何処いずこかに逃がした様子だが……」

 ――サシッ

 ――ザ…………

 林崎はやしざき 左膳さぜんが再び足を止める。

 「………………弟子?」

 そして……さも不思議そうに呟いた。

 「そうだ。お主の教え子、この十年程、春親はるちか様の命で剣術を教えていたのだろう?」

 相変わらず振り向きもせず感情のない声で呟いた林崎はやしざき 左膳さぜん吉良きら 貞泰さだやすは確認していた。

 林崎はやしざき 左膳さぜん……この男は、南阿なんあの国主である伊馬狩いまそかり 春親はるちかにより十数年前にの地へと招聘された武芸者だった。

 故に南阿なんあの家臣という訳では無いが、春親はるちかたっての申し出により剣術指南役として”ある組織”の人材育成の任に従事していたのだ。

 「あの”剣の工房ばしょ”に弟子などおらぬ……いや、我が生涯で我が理想に近づいた者は………………唯の独り」

 「……」

 吉良きら 貞泰さだやすは、予想外に饒舌な答えが返ってきた事に少々驚いた顔をしていた。

 「我が生涯をかけて求めし”真理”を体現できうる逸材は…………我を含めてもあの”純白しろき刀”しからぬ」

 「”純白しろき刀”……か」

 吉良きら 貞泰さだやすはそれが誰か解っている。

 ”剣聖”と称される武芸者、林崎はやしざき 左膳さぜんが手ずから鍛え上げし、南阿なんあの秘密修練所”剣の工房こうぼう”に集められた人形でし達。

 身寄り無く、生きる術無く、価値も無く……才気のみ余り在る原石達を集めたあの特異な場所にて、抜きん出た破格の素質を備えた南阿なんあの秘密兵器。

 ”閃光将軍”、”純白の連なる刃ホーリーブレイド”……見目麗しき純白の刃、白金プラチナの姫騎士……

 「…………久鷹くたか 雪白ゆきしろか」

 「…………」

 呟いた吉良きら 貞泰さだやすの言葉を無言で流し、林崎はやしざき 左膳さぜんは暫く沈黙を保った後、ようやくボソリと応える。

 「神速応変の出口は一瞬の間に在り、打抜きの生命は電瞬に在り。変幻自在の妙、剣禅一味の無応剣を至極とす、”武”にまみれて尚、執着無し!」

 「…………それは貴殿の?求める居合いの!?」

 誰にいうでも無い様子で、流れる様な文言を口にする左膳さぜん貞泰さだやすは確認するが……

 ――キンッ!

 吉良きら 貞泰さだやすがそう問う途中で、彼の耳は甲高い金属音に痺れていた。

 「……………っ!?」

 そしてまなこを目一杯見開き、思わず、数歩先を歩く男の身体からだ全体を凝視していた。

 ――体幹には全くブレが無かった

 ――そして今も尚、何事も無かったかの如くゆるりと歩を進めている

 吉良きら 貞泰さだやすの分析はそうだった。

 だが、彼の鼓膜を痺れさせたのは確かに金属音である。

 それは――

 確かに刀のつばが擦れる音。

 「……」

 ――我がまなこでは微塵も追えなんだか……彼奴きゃつの抜刀を……

 こう見えて吉良きら 貞泰さだやす南阿なんあでも指折りの剣術使いである。

 その腕前は”南阿なんあ三傑”である”武”の織浦おりうら 一刀斎いっとうさいに次ぐと謂われるほどの男だ。

 その吉良きら 貞泰さだやすにして、刀身はおろか抜刀の気配さえ捉えられなかったのだ。

 「き、斬ったのか?……なにを……」

 構わず歩を進め距離を開ける背中に、その場に立ち止まった貞泰さだやすは思わず問いかけるが……

 「っ!?」

 その瞬間、ヒラリと回転しながら一枚の木の葉が前方から流れ来て、彼の肩口にまった。

 「……」

 そこで林崎はやしざき 左膳さぜんは初めて歩みを止め、振り向き後背の吉良きら 貞泰さだやすを見ていた。

 「ま、まさか……あの刹那に!舞い落ちる木の葉を!?」

 慌ててその葉を手に取る貞泰さだやすだが、果たしてそれは――

 「なっ!!?」

 それは……

 彼の予想を遙かに凌駕する結果がにあった。

 ――ヴヴッ、ヴゥゥーーン……

 どうやらその葉の裏には小さい金亀子こがねむしたかっていたようで、貞泰さだやすが手にした拍子に、虫は飛び立っていった。

 「……」

 そして彼の手に残った葉は……

 そこにきて初めてハラリと真中から二つに別れて落ちた。

 「さ、左膳さぜん殿……これは……」

 驚愕する貞泰さだやすに、変わらず感情の薄いまなこの武芸者はこう言い放ったのだ。

 「……本日、不殺日にて」

 「……」

 貞泰さだやすの背にはジットリと冷たい汗が噴き出していた。

 ヒラリヒラリと質量無く舞い落ちる木の葉を造作も無く切断する”刀技”は、それ自体が傑出した達人の技である。

 だが”達人そこ”にとどまらず、軸を中心に高速で回転する葉の表裏を見極め、裏にたかった金亀子こがねむしには一切の傷をつける事無く、薄い葉のみを真っ二つにした……

 そういうたぐいの”神業”を林崎 左膳このおとこは平然とやってのけたのだ。

 それも、直ぐ後ろを歩く自分が捉えられぬ抜刀術で……

 一流の剣術使いである吉良きら 貞泰さだやすが微塵も感知できぬ……いや、当の、葉にたかった金亀子こがねむしさえも気づかぬ”神業”を林崎 左膳このおとこはこの場で体現したのだ。

 「…………」

 吉良きら 貞泰さだやすっていた。

 林崎はやしざき 左膳さぜんという武芸者が古今東西、指折りの剣士である事を……

 だからこそ、彼の主君、南阿なんあの国主である伊馬狩いまそかり 春親はるちかが手を尽くして招聘したのだと。

 だが……

 これほどとは……想像だにできていなかった。

 「何処いずこにも心を留めぬ”無の領域”……これぞ我が求道至道。を体現せし剣客は数多の弟子で唯の独り…………久鷹くたか 雪白ゆきしろ……」

 独り言の様に呟く林崎はやしざき 左膳さぜんの感情が薄弱な細い目は……スッと移動して前方を見る。

 「……」

 そして、すっかり圧倒されていた吉良きら 貞泰さだやすは思う。

 ――この”剣聖”にして届かぬ領域が在るというのか……

 ――この林崎はやしざき 左膳さぜんにして及ばぬ才気を備える”剣士”が在るのか……

 林崎はやしざき 左膳さぜんが視線を向けたのは前方の山々……その先にあるのは何処どこであるか。

 「左膳さぜん殿……合い分かった。だが、ぬしの目的の人物は最早、久鷹くたかでは無い」

 「?……そう……なのか?」

 「……」

 変わってあっけなくそう応える”剣聖”に貞泰さだやすは肩の力が一気に抜ける。

 「彼女は現在いまりんかい久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろと名乗っている」

 「……」

 如何いかにも武芸者たる緊張感に満ちた佇まいで独特の剣気を纏う男は、素直に成る程と頷いた。

 「……左膳さぜんどの」

 そのあまりにも間の抜けた受け答えに、世情に疎いのはこう言う武芸者……求道者の常か……と、多少呆れながらも貞泰さだやすは提案するのであった。

 「ならば貴殿の行き先は旺帝おうてい領、”那古葉なごは”であるな……現在いまはそこの戦場にいるそうだ」

 「……」

 途端に”剣聖”の、感情の薄弱な細い眼がヌラリと光った。

 「左膳さぜんどの?」

 「あのモノを、我が至高の作品を……だれぞ渡すものか、”至高の剣”に心は要らぬ、完成されしすいこんだくは要らぬ。”純白しろき刀”……雪白ゆきしろ……必ず我が手に取り戻してみせよう」

 ――”応無所住 而生其心おうむしょじゅう にしょうごしん

 己が”道”の至高を求めし男のまなこは……

 その時ばかりは、完全に”道”の対極とも言える執着にまみれて鈍く濁っていたのだった。

 第二部「王覇の道篇」エピローグ END





 ー後書きみたいなものー

 ここまでお付き合い頂きました読者の皆様、お疲れ様です。
 第二部も無事?書き終えることができました。

 そして、二部も終盤の終盤に来て鉾木ほこのき 盾也じゅんやくんが登場しました。
 彼は他作品「たてたてヨコヨコ。.」の主人公です。

 同様に七峰しちほう陣営に登場した他作品主人公、「神がかり!」のおりやま さくろうくんが作者が書いている小説作品中で個人戦闘最強なら、この鉾木ほこのき 盾也じゅんやくんは最弱の主人公です(汗)

 ですがそれなりに見所はありますし、彼が出てくると場が和みます。
 書いていて一番楽しい主人公でした。

 二部は当初六十話位の予定でしたが、ついつい脇役の話を書き足してしまい、当初より大幅に長くなってしまいました。

 一番の反省点です。

 ですが、何はともあれ、盾也じゅんやくんの参戦で物語は繋がり始め、”魔眼の姫”達の物語は佳境へ、第三部へと続いていきます……

 果たして彼の妄想嫁……美少女剣士、”月華の騎士グレンツェン・リッター”、羽咲うさぎちゃんの登場はあるのか?

 とりあえずストーリーを纏める目処がつき次第にまた連載していきますので、どうかよろしくお願い致します。
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