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王覇の道編
第七十二話「動乱の幕開け」―臨海2―(改訂版)
しおりを挟む第七十二話「動乱の幕開け」―臨海2―
――元赤目領土領都、小津城にて
「では、そのように進めます」
落ち着いた感じで体格の良い如何にも武将然とした男が頭を下げる。
人物は、加藤 正興。
赤目四十八家が一家の主であり、現在は臨海家臣となった枝瀬城主、荷内 志朗に仕える人物だ。
「兄上、そろそろ……」
そして後ろから声をかけたのは、臨海対赤目の枝瀬城攻防戦で孤軍奮闘を見せた彼の実弟、加藤 正成だった。
「そうだな……では、早速”枝瀬”に戻り手筈を整えますれば、私どもは此にて」
頭を下げて去りゆく二人の武将を見送るのは……
「宜しくお願いする、城主の荷内殿にもそうお伝え頂きたい」
黒髪を尻尾のように後ろで結わえたスッキリした顔立ちの青年、宗三 壱であった。
「これで赤目領土内は一先ず大方の処理が済んだか……」
小津城の一室に唯一人残った壱は、呟くと親指と人差し指で目頭を軽く圧迫し天を仰ぐ。
赤目反乱鎮圧から二ヶ月近く……
それまで赤目を統率していた四十八家、御三家筆頭の鵜貝 孫六がこの地を去り、残りの二家当主である東雲 百道と富士林 景清は新たな統治者、鈴原 最嘉により隠居を言い渡された。
そして、その鈴原 最嘉により赤目領の責任者に新たに任命された宗三 壱の下、赤目は再編されていく最中であった。
「少し休まれてはどうですか?あまり睡眠も取られておられないようですし……」
部屋に残った壱の傍にはいつのまにか女中がひとり……
彼が席に着いた会議用テーブル上にコトリと香ばしい湯気の上がるコーヒーカップが静かに置かれる。
「多絵殿か……」
壱は自身にコーヒーを用意した女の名を呼んで振り返る。
――亀成 多絵
前日乃領主、亀成 弾正の娘で、日乃で起こった反乱の首謀者に祭り上げられたが、同じく日乃領の那知城主で臨海臣下である草加 勘重郎により捕らえられた罪人……
であったはずだが、現在は赤目を任された宗三 壱の下で働いている。
「多絵殿はお止め下さい、私は鈴原 最嘉様の温情を頂き、宗三 壱様に仕える、一侍従に過ぎませんから」
「……」
応えて恐縮する亀成 多絵を見て、壱は”ふぅ”と、どうとも取れる呆れ顔をして溜息を吐く。
「す、鈴原 最嘉様は、ほ、本当に寛大な御方ですね……その、咎人の私をこうして許して頂いたばかりか、弟の正五朗も保護して下さって……」
壱の微妙な反応に慌てて違う話題を振ろうとする多絵だが、如何せん彼女はそんなに器用な方では無いようで、目に見えてアタフタとしている。
「そうですね、赤目反乱軍の”大罪人”であるこの宗三 壱を、よりによってその赤目領統治責任者に任命する位ですから」
「うっ!……いえ……あの……そういうつもりでは…………すみません……」
珍しく軽い皮肉っぽい冗談を言った壱に対して、多絵は対応できなくて最後は俯いてしまった。
「いや、すみません。冗談です……申し訳ない」
そして壱はその多絵の反応を見て後悔する。
冗談が通じなかったのは亀成 多絵が器用で無いというだけではないだろう。
真面目を絵に描いたような宗三 壱が馴れぬ冗談擬きを口にしたからだ……
やはり馴れぬ事はせぬものだと、宗三 壱は後悔したのだ。
壱にとって主君、鈴原 最嘉が寛大で立派な主人である事は全く異論が無い。
だが、今回のこの人事には政治的意図もあるだろう。
造反したばかりの人間を再びその地の守備指揮官統轄の重要職に置く。
それはあくまで宗三 壱という人物が、先の反乱討伐で犯した罪はあくまで命令違反であり、だからこそ支配者たる鈴原 最嘉の配下への信頼は揺らいでいない。
そういう風に家臣団だけでなく近隣諸国にまでも示す事により、未だ燻る宗三 壱に対する内外の誹謗中傷を抑えるだけで無く、”臨海国、鉄の結束に綻びなど微塵も無い!”と諸国に喧伝する為のものでもあった。
同様に多絵や弟の正五朗の保護は、あくまで日乃反乱は亀成 弾正の元家臣達の極一部、落ちぶれた不穏の輩共の犯行で、大義も正統な理由も無い、組織立った代物では無いと内外に知らしめるためだろう。
つまり、この先の、第二、第三の反乱の芽を摘む為の処置であり、他国に付け入る隙を与えない為だった。
「そうですね、最嘉様は情に厚い名君に違いない」
勿論、昔から鈴原 最嘉の事をよく知る宗三 壱は、あの時、自分に向けられた主君の心を十二分に感じ取っているし、明らかに利用された女子供をなんとか助けようとした末の判断でもあると理解している。
神算鬼謀の策士、稀代の名将、支配者に相応しく合理的思考を持つ鈴原 最嘉だが、その本質は優しく情に厚い……
我が誇りに思える唯一無二の主君なのだ……と
「壱様?、壱様!」
「ん?ああ、何でしょう?」
主君の事を考えていた壱に、多絵は何度か声をかけていたようで、それに気づいて慌てて聞き直してくる壱を見て彼女は思わずクスリと笑った。
「いえ、とても良い顔をされておいででした、壱様」
「……」
さっきのお返し……
ではないだろうが、多絵の可愛い反撃に壱はばつが悪そうに黙りこむ。
「そういえば、壱様のその刀……修繕されると聞いておりましたが、もう直っているのですね?」
そして多絵はそんな壱に気を遣って話題を変えた。
「ん?……”鵜丸”の事ですか、これは修繕というか……」
会議室で壱が座る椅子の横に立てかけられた彼の愛刀”鵜丸”。
それは破損の無い完全な状態で黒き鞘を輝かせていた。
――
―
この時より遡り、小津城での赤目反乱鎮圧から数日後のある日……
鈴原 最嘉と宗三 壱は、自らの愛刀を修繕するためにある場所を訪れていた。
「たく……相変わらず人里離れた山奥だなぁ此所は」
道中散々に文句を垂れながら目的地に辿り着いた俺。
「人付き合いに多少難がある男ですからね、仕方がないでしょう」
対して壱は文句ひとつ無く俺に従っていた。
ここは臨海領都”九郎江”の隣、”扶路社”の山中にある”庵”前だ。
”扶路社”は仙人が住み着いていたという伝承のある地で、文字通りこんな山中に住む男もまた……いや、其奴は唯の”刀鍛治”なんだが……
――
「いやぁ、先に連絡は貰ってますよ、最嘉君、”小烏丸”と”鵜丸”の修繕ですよね?けど今は生憎と人手が無くて……」
滅多に人の寄りつかない山の庵で俺達二人を迎えたのは若い男。
俺よりもひとつ年下の男で名は……
「人手が無いってお前、抑もお前は独り身だろう?弟子も無いし」
十七歳という若さでは弟子が無いのは仕方無いが、家族も妻子もいない、独り暮らしで人付き合いが大の苦手の変わり者……
「ちょっ!酷いな、最嘉君、俺には超、超、可愛い彼女が……」
「何時もの妄想はいいからさっさと刀の修理に取りかかれよ”孤独な刀鍛治”」
「あーー!あーー!言った!妄想って言った!てか、孤独っ!?聞きました?最嘉君って酷いよね?壱さん!!」
ボロ家の玄関口で大騒ぎする鬱陶しい男。
その名は……
「最嘉様、我々は彼に刀の修繕依頼をする立場なのですから……」
「そうそう、流石、壱さんは最嘉君と違って解って……」
「彼女いない歴イコール年齢である彼の悲しき妄想も大目に見るのが人としての情かと」
「ないーーっ!!いやっ!ぜんっぜん解ってない!てか哀れまれた方がより精神的ダメージ大きいんですけどぉぉっ!!」
――相変わらず五月蠅い男だ……
この男、この若さで”刀鍛冶”としての腕は超一流……
というか、我流で少しばかり風変わりした刀剣を打つ。
この男が天下の名刀に引けを取らない逸品を創造する力量を持ちながら全くの無名なのは、こんな山奥に引き籠もっているからだ。
なんでも過去にちょっとした精神的外傷があるとか聞いたが……
とにかく、この男、俺の”小烏丸”や壱の”鵜丸”、そして雪白の”白鷺”を鍛え上げた、保証付きの腕利き刀鍛冶である。
「と・に・か・く!俺には彼女どころか”愛妻”が居るんですって!それも超超超美少女のっ!」
――はいはい……たく、ていうか一度も見たこと無いって……姿形も欠片もなぁ
俺は興奮する男の肩にポンポンと手を置いて話を進める。
「分かった分かった、それでな……」
こういう妄想人間は否定するより適当にあしらって話を進めるのが吉だ。
「あれっスよ、最嘉君、俺のハニーは、プラチナブロンドで、ツインテールで、翠玉石の瞳がキラキラした超美少女……そうそう、最嘉君の所の雪白さんにちょっと似てるかも……」
「ざっけんなっ!ゴルラァァ!!」
ガンッ!
俺は小突いていた。
この巫山戯た妄想男を……
「ちょっ……なにを」
この……
”鉾木 盾也”なる馬鹿者を!
「お前言うに事欠いて雪白だぁ?ドンだけ厚かましい妄想だ!」
「いやいや、最嘉君、ホントですって!羽咲は雪白さんばりの美少女で……」
妄想男は小突かれた頭を抑えながらも身の程知らずの持論を引っ込めない。
「……ならそのプラチナ美少女は今どこに居るんだよ、”愛妻”なんだろうが!?」
「いや……それは、今は任務で暫くは……」
俺の質問に男はあからさまに目を逸らす。
「にんむぅぅ??どんな仕事してんだよ?」
「う……その……えと……世直し?」
「……」
「……」
俺と壱は無言で顔を見合わせる。
「……あの?最嘉君?壱さん?」
「……」
――聞いた俺が悪かった
――モテないとは、こうも悲しき生き物に成り果てるものなのか……
俺はそっと非モテ男の肩に両手を添える。
「兎に角だ、俺と壱の刀の修復を頼む」
「無かった事になってるし!俺の彼女話っ!!」
「お前なぁ……俺達は忙しいんだ、非モテ男の妄想に付き合うほど暇じゃ無い」
「だから妄想って言うな!羽咲は世の悪を月に代わって……じゃない、とにかく法で裁けない悪い奴を懲らしめる超一流の剣士で……って、非モテ!?非モテってなんだよっ!!」
――忙しい男だなぁ……
俺は分かった分かったと仕方なく頷き、小烏丸と鵜丸を差し出す。
「……たく、本当ッスよ……超、超、超、超美少女なんスから……」
シャラン。
ブツブツ言いながらもそれらを受け取って鞘から抜く鉾木。
「……」
そして何故かそのまま固まる目前の男。
「……るか」
「は?」
ボソリと呟く非モテ男の聴き取り辛い言葉を俺は聞き直す。
「できるかぁぁーー!!真っ二つやん!これ真っ二つに折れてるやん!!」
「……」
そして何が悲しいのか涙交じりに叫ぶ男。
「どうやって破損したんですか、最嘉君や壱さんの腕前でこんな無惨に折れるなんて……」
そして多少落ち着いたかと思うと聞いてくる。
「いや、照れるな、だがどちらかと言うとその腕前でなぁ……」
「腕前で?」
「ああ、腕前で態と叩き折った?」
俺はテヘペロと可愛らしく舌を出す。
「”刀鍛冶”舐めとんかいっ!!なんで……なんで態と?……てか、嫌がらせ?嫌がらせなんスか!?綺麗な嫁装備の俺に対する嫌がらせッスか!!」
――ほんと五月蠅いなぁこの男……と言うかその”妄想嫁”は誰も認めていない
「近日中に戦があるから出来れば大至急だ」
「あ、あんたってひとは”しれっ”と…………」
「鉾木?」
そして鉾木 盾也は俺を散々に睨んだ後でボロ家の奥に消え……
――スッ
「お?なんだこれ」
再び出てきたと思ったら無言で俺に二つの長い布袋に入った物を差し出した。
「小烏丸と鵜丸っスよ……取りあえず予備は用意してあったんで……」
「……おおっ!!流石!名刀鍛治師、鉾木 盾也!!女にはモテ無いが腕は一流だな!」
俺は本当に感心しながら、懐から支払いのため用意していた金子が入った袋を手渡す。
ジャラリ……
「もういいっスよ、最嘉君には……」
俺の謝礼を受け取りつつ、鉾木は疲れた顔で項垂れる。
「今日はホント厄日ッスよ……変わった刀を作れって言う無口で変な男は訪ねてくるし……」
去り際に一言そう言って”引き籠もり庵”に入っていった。
「変な男?」
「……」
俺と壱は顔を見合わせる。
こんなド田舎の山中に態々と無名の刀鍛治を訪ねて刀の発注に?……と。
「ああ、なんでも南阿から避難してきた……神林 甚明とかいうオッサンでしたよ」
そして庵の奥から鉾木 盾也の答えがそう聞こえたのだった。
第七十二話「動乱の幕開け」―臨海2― END
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