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第四十話「理由」
しおりを挟む第四十話「理由」
学園指定の制服を着用した少女が、旧式の携帯電話であるガラケーを片手にこちらに走り寄って来ていた。
「待てって言ったわよね?わたし!言ったわよね!」
利発そうな瞳を大きく開き、憤懣やるかたないといった表情で息を切らせながらやってくる少女。
制服の真面目そうなその少女は、やがて永伏にまたがる俺の直ぐそばまで近寄ると不機嫌に俺を睨みつける。
「今時、ガラケーかよ……」
そして俺は何事も無かったかのような顔で、その女を見上げていた。
「だからっ!どの口が言うのよ!どの口がっ!」
怒り心頭の少女は俺に喚き散らしながら、地面に落ちた自身のスマートフォンを拾い上げた。
「…………」
「…………」
そして暫し俺を見下ろして黙る……
ーーなんだ?
「あ……あのっ!」
「…………」
「だ、だから……」
ーーなんだんだ?いったい……モジモジと
学園指定の制服をキッチリと着こなし、もう定番といえるピンクのカーディガンを羽織った真面目そうな少女は、時折俺から視線を泳がせながら途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「さ、朔太郎……電話をくれたときの貴方の忠告通り、東外の家の守りを固めていたのだけど……貴方の予想通りに、怪物の様になってしまった岩家先輩と御端 來斗に襲撃されたわ」
「…………」
「私が”天都原学園”に来る途中で”東外”からそう連絡が入ったの……あっ!一応、東外の”天孫”は私が所持しているから無事だったわ」
真理奈はそう言って白い首筋から髪をかき上げ、右の耳朶に光る赤いピアスを見せた。
「おまえ……俺は出来るだけ強固に守りを固めて出歩くなと……」
俺は、わざわざ忠告してやったにも拘わらず、フラフラと夜の街を出歩く目の前の少女に呆れながら言葉を……
「け、結果的に”天孫”が無事だったのだから良いでしょ!……その……心配してくれたのは……あの……ちょっとだけ嬉しかったけど……」
ーー心配……ね
俺は目の前で赤くなる少女を見上げながら思った。
岩家の家にある“天孫”は既に襲撃されて奪われたらしい……ここに来る前の電話での真理奈との会話でそう伝え聞いた俺は、奴らの次の一手を推測し、真理奈に守りを固めて家を出るなと伝えていた。
ーーで、結果、その通りになったようだが、この少女はフラフラと……不用心にもほどがある。
とはいえ、俺は真理奈を心配してと言うより、敵にこれ以上の力……つまり”天孫”が渡ってパワーアップされるのを防ぎたかったわけで、真理奈自体は結構どうでも良かったのだが……
「……その……し、心配だったのよ……わ、私も……天都原学園が……」
じっと凝視していた俺の視線に、益々赤くなりながら俯く少女。
「…………」
ーーまぁ……良いか……結果、東外の”天孫”とやらは守られたようだし、この少女も……一応、無事で……な……
俺は頷くと、未だ意識無く寝転がったままの永伏の上から立ち上がった。
「御端 來斗が東外を襲撃!?それって……真理奈!」
状況が飲み込めない波紫野 嬰美も此方に駆け寄り、早々に疑問を口にする。
「嬰美さん、守居 蛍が岩家先輩を懐柔して、裏で彼女に近寄る学生達を排除していたという話は……」
東外 真理奈は、波紫野 嬰美の方を向いて遠慮がちに話しかけた。
「永伏さんから……聞いているわ……だから、岩家先輩は”怪物”になる前、謹慎ということに……」
彼女には珍しく、伏し目がちにそう答える嬰美。
友達であったはずの蛍の強かな行動……それを非難するには、彼女自身秘密が多すぎた。
自身の心がどうあろうと、蛍のことをどう思っていようと……
六神道の家の命令で守居 蛍を監視していた事には変わりが無いからだろう。
「……はいそうです、岩家先輩のその後の消息が掴めなくなった後、最後に接触した御端 來斗が怪しいと極秘に調べていたのですが……岩家先輩失踪のその前に、波紫野先輩に依頼された内容も御端 來斗を調べて欲しいという事だったので……」
突然出てきた弟の名に、まさかと言う顔をする嬰美。
「御端 來斗はね、入学時から危険視されていた守居 蛍をわざと泳がせて”六神道”の長老達を焦らせる状況を作り、最終的には強硬手段に打って出るように画策していたんだよ……真理奈ちゃんのおかげで色々と裏もとれた」
女二人の会話に、これまた、いつの間にか近くまで来ていた波紫野 剣が割って入る。
「剣……」
「ごめんね、嬰美ちゃん、実は僕も怪しい動きを見せる御端 來斗を調べるよう、それに気づいた長老のひとりから依頼されていたんだよ、もう随分と前からね……嬰美ちゃんに相談するのは、ちゃんとした裏が取れるまではと思ってね……だけど流石は東外だね、仕事が早い」
一瞬、褒められて満更でも無い顔をした真理奈であったが、すぐに表情を引き締める。
「御端 來斗がなぜ、”六神道”の強行派を煽ったのか?……また、守居 蛍はなぜ、自身に悪い噂がたってでも、岩家先輩を使って他人を遠ざけていたのか?……現状ではわからない事だらけだけど」
波紫野 剣は今度は此所に居る全員に話すように見渡しながら続ける。
「女生徒を拉致して岩家先輩をあんな怪物に仕立て上げた御端 來斗……六神道の禁忌に触れるようなとてつもない”力”を御端 來斗が個人でどこから手に入れているのか……長老達が恐れる守居 蛍の一年前の天都原学園入学……言っちゃ悪いけど、”ほたる”ちゃんの素性じゃ名門の天都原に入学できるとはとても……で東外の諜報力で調べて貰ったら案の定だったわけだよ」
ーー犯罪者の子供は所詮……ってか……確かに特待生でもない蛍の入学は、金銭的にも疑問が残るからな……
波紫野はここまでの調査の内容を披露するが、俺の……ちょっと険のある視線に気づいたのか、申し訳なさそうに笑った。
「…………」
そして”俺には関係ない”……そういうぶっきらぼうな視線を返す俺に苦笑いを浮かべたまま、波紫野 剣は続けた。
「そもそも一年前の守居 蛍の天都原学園入学時点で誰か……それに関わった人物がいるはずだろうと、で、つまり、御端 來斗と守居 蛍、二人の間の繋がりが明らかになった」
ーーなるほど……つまり、この計画の開始は既に一年以上前からで、御端 來斗は蛍を利用し、蛍は御端 來斗を利用したと……
「御端 來斗の目的はなんなのですか?……私が調べた限り、御端会長の生い立ちから推測して御端家への復讐……でしょうか?」
真理奈の質問に、剣が頷く。
「多分ね……皆も知っての通り、御端 來斗の母は英国人である父親と駆け落ちして御端の家を捨てた……で、その父が亡くなるまで、中学までは英国で過ごした彼は、急遽跡取りが必要になった御端家に呼び戻され……」
ーー皆も知っての通り……ね、六神道の各家では有名な話らしい
勿論、何処の馬の骨ともしれない俺はそんなことは初耳だし、普段なら興味も無い。
ーーが!
「親父は既に死んだんだろ?なら、御端 來斗とやらの母親はその後どうした?」
俺の質問に、三人は一様に顔を曇らせる。
ーーああ……そういうことか……
俺は大体のあらましを理解した。
だから他人のお家事情なんて知りたくも無い……とはいっても今回は俺の行動にも関わってくるかもしれない……
「今はね……もう亡くなられたけど、御端の家に強引に連れ戻されてからは結構ね……非道い扱いだっただろうね……子供にも会わせてもらえず、蔵に軟禁状態だったかな」
波紫野 剣の答えに俺は頷いた。
「なら、御端家への恨みと言うより、六神道全体への恨みだろうな」
俺の言葉に三人は自然と厳しくなった視線を此方に向けた。
「なぜ……そう思うんだい?」
珍しく重い口調……二人の少女を代表するように、軽口でない真剣味のある言葉を向ける波紫野 剣。
「お前等が一番心当たりがあるだろう、伝統という名の拘束……選ばれた存在という、自分たちの尊厳を保つための排他主義……自己の誇りや欲を第一に生きる者共は他者の多様性を認めない……生き方を許容しない……それが……」
「当時の御端家が特別だっただけよ!六神道全体の裁量じゃ……」
自家の誇りへの罵倒と取ったのだろう、堪りかねたのか、真理奈が割り込む。
「けど外人の血は駄目なんだろう?」
気にも留めずに放つ俺の指摘に真理奈は”うっ!”と黙る。
「長く続いた家には、その家の伝統というものが、守らねばならない矜恃が……」
今度は嬰美が変わって食い下がる。
「矜恃?はっ!ご大層な言葉だが、跡取りが居なくなって困ったら、用無しとしていた相手を無理矢理連れ戻して本人の意思などお構いなしに後釜に据える……随分と自分たちだけには融通の利く伝統があったもんだ、ああ……それともそれこそが、嬰美の言う矜恃というものか?」
「あ……う……それは……」
そして嬰美も真理奈同様に黙り込む。
ーーそりゃそうだろう……これは全くの横暴だ、筋なんてあったもんじゃ無い!
ーーそうだ……名家も宗教も……根底は同じだ
ーーいつも、それに収まれ無い人間を弾き飛ばし、時には押しつぶす……
俺は……非常に珍しい事だが……熱くなっていた。
勿論、御端 來斗とやらの為じゃ無い……
それは……
「まぁ、まぁ……嬰美ちゃんも真理奈ちゃんもそんなに熱くならずに……朔ちゃんもそうだよ、女の子泣かせるのはちょっと感心しないなぁ」
「…………」
そして俺は波紫野 剣のいつも通りの緊張感の無い声に冷静さを取り戻していた。
「…………」
「…………」
涙目で俺を睨む二人の少女……
ーーこんなことくらいで、泣くようなヤワな女達では無いはずだが……
「まぁね……朔ちゃんに言われたってのがね……色々とショックというか……」
「けっ剣っ!」
「波紫野先輩っ!」
頭をポリポリとかきながら呟く波紫野 剣の言葉に、二人の少女が真っ赤な顔で噛みついていた。
「…………いや……悪かったな……俺が言うような事じゃなかった……」
二人を見ていると、なんだかそんな気分になった俺は素直に謝る。
「う……さ、朔太郎が謝ることじゃ……その……」
「もう……いいわ……朔太郎、言い方にお互い非があった事だもの」
真理奈と嬰美、二人の少女もばつが悪そうに、赤くなって謝罪する。
「まぁね、御端 來斗の動機は俺もそんなところだと思うよ……でも、ほたるちゃんの方は見当もつかないけどね……」
剣の言葉に二人の少女も戸惑ったまま頷いた。
「いや……そっちはなんとなく解るから……特に問題ない」
「えっ?」
「!?」
「マジで!」
俺の言葉に三人は一斉に此方を向いた。
「ああ、だが”六神道”とかにはあまり関係ないからお前等は無視してもいいだろう」
そして、続ける俺を微妙な顔で眺めながらお互いに視線を交わす。
「……いやでもね、流石にそういうわけには……」
俺が推測する蛍の事情も、その根拠も、特に提示しない俺の言葉が納得に至るわけも無く、三人の六神道を代表する形で波紫野 剣が当然食い下がってくる。
「大丈夫だ……俺が決着をつける、俺達側の問題だ」
だが俺は一向に引くつもりは無い。
推測する事情も話すつもりも無い。
「…………」
「…………」
「…………」
言い切る俺に三人は……特に二人の少女は複雑で少しだけ悲しげな表情だったような気がする。
「てめぇ……ら……なに……かってに……」
ーー!?
そんな少しの沈黙の隙間に、瀕死の声が弱々しく響いた。
「なが……ふしさん?」
「あ、気がついたんだ、流石、なかなかしぶといね」
嬰美が俺の足元に視線を向け、同様にそこを見た剣が軽口を言う。
「ざ、けんじゃ……ねぇよ……ガキ共……勝手に……」
俺の足下に這いつくばったままの永伏が弱々しくもギラついた眼光で俺達を見上げ、息も絶え絶えながら吠えようとしたが……
「永伏さん、長老達も貴方も、良いように踊らされたのよ……御端 來斗とあの女狐に!」
呆れた瞳で、いつにも増して辛辣な言葉を投げかける東外 真理奈。
「くっ……」
そして、ダメージで満足に動くことが出来ない男は悔しそうに項垂れる。
「……ふぅ」
永伏には色々と言いたいことがあったのだろう、真理奈は小さくため息をつく。
「真理奈、貴方の気持ちもわかるけど……今はとにかく永伏さんを病院へ……」
波紫野 嬰美がそう言って場を収めようとした時だった。
「こんばんわぁ!”六神道”の愚劣なる面々よ!……ご機嫌は麗しくないみたいだな」
ーー!?
突如、天都原学園、夜の裏庭に響き渡る巫山戯た声……
「御端…… 來斗!?」
東外 真理奈と波紫野 嬰美が同時に、その男の姿を確認して叫んでいた。
裏庭の端……新校舎への入り口前に、いつの間にか天都原学園の制服を着た一人の男子生徒の姿があった。
「……!?」
「なん……なの……」
「……くっ」
そこには、波紫野姉弟も、東外 真理奈も、そして倒れたままの永伏までもがその表情を固まらせるような異様な光景が……あった。
「フフ……」
薄暗闇の門灯の下、涼しげな碧眼と蜂蜜のような甘いブロンドが特徴の美少年が佇んでいる。
ーーたしか、三年の御端 來斗……天都原学園の生徒会長であり、学生連のトップでもある男だったな……今の今まで話題にしていた件の男……
俺は実際には初対面である相手、学園に入学してから聞いた噂と、さっきまでの波紫野達との話の内容、さらには六神道の面々の反応から、直ぐにそう理解していた。
ーーだが……今は……問題はその隣……
俺はその件の男の隣に存在する、何というか……”異質”の存在から何とも言えない、車酔いのような、頭痛のような……兎に角、得も言われぬ悪感情をひしひしと感じていた。
ーーあぁ……知っているな……あれ
ジャラリ!
薄暗がりの中でーー
鉄骨を重機で釣り上げる際に使用するような極太の鎖でグルグル巻きにされたーー
ジャラ……
前回より、遙かにパワーアップしたであろう裸体の巨人を前に俺は……
「既に”ひと”をやめたってか……」
ごく自然とーー
自身の口の端が歪にあがるのを久しぶりに感じていた。
第四十話「理由」END
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