神がかり！

第四十二話「拙い心理戦」

　第四十二話「拙い心理戦」

　「写真見ただろ？守居かみい 蛍てる……新校舎の、キミの教室に居る……爆弾と一緒にね」

　端正な顔を下卑げびた表情で歪ませた男が放った言葉。

　「爆弾……ね」

　俺は新校舎の……

　普段俺が授業を受けている一年Ｄ組の教室に居た。

　暗がりの中で机上にスタンドライトが置かれた席があり、その周辺がボゥッと光っている。

　「よりによって俺の席かよ……」

　そこには小柄な人物が座っているようで、教室入り口のここからでは僅かに輪郭が確認できる程度で、誰かまでは特定できない。

　ーーとはいえ、確認するまでも無いけどな……

　俺はそのまま警戒心も無くズカズカと教室内に入り、その人物の肩に触れた。

　ピィィッ！！　ピィィッ！！

　パチッ！パチッ！パチィン

　途端、けたたましく電子音が響いたかと思うと、教室内の蛍光灯が次々と光を灯していった。

　「…………」

　トンネルから出たばかりの様な眩しさに、俺は一瞬だけ眼を細める。

　「はーーい、残念！朔太郎さくたろうくん捕まっちゃったよ」

　そういう明るい口調と同時に教室前の教卓から姿を現す少女が一人。

　「朔太郎さくたろうくんって意外と迂闊だねぇ……ってえっと、そのお人形さんから手を離しちゃ駄目だよ、えっと、一度人間が触れたら、電気信号？とかなんとかで……えっと……とにかく、離した途端にどかぁぁんっ！らしいから」

　大きめの少し垂れぎみの瞳をくりくりと輝かせ、そこから上目遣いに俺を伺う様子は、なんとも男の保護的欲求がそそられる……俺の最もよく知る少女だ。

　ちょこんとした可愛らしい鼻と綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇。

　チカチカと微妙に明滅する蛍光灯の下、サラサラと輝く栗色の髪の毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿の美少女。

　誰の異論も挟む余地の無い美少女であろうが、どこか頼りなげな仕草と雰囲気から美女という表現よりも可愛らしい少女の印象が一際強い少女は……俺が受け取った写真では、捕らわれているはずの守居かみい 蛍てるだった。

　「…………」

　巫山戯た態度でニコニコと俺を見る少女に俺は無言を返す。

　一転、頼りなげな瞳で俺を見た少女は、ふぅとこれ見よがしにため息をついてから一度だけ顔を伏せ、今度は真摯な瞳で再び俺を見る。

　「……結局、追いかけて……来ちゃうんだね……キミ……」

　ーー少女が再び上げた顔は……

　何かを取り戻した表情でそう言うと、大きめで優しげな瞳をゆっくりと伏せた。

　「朔太郎さくたろうくん……キミ、気づいてたでしょ？初めて会った日、私がキミの家庭を滅茶苦茶にした元凶だって……」

　ーーっ！

　俺は改めて目前の少女を確認する。

　ーーやっと、”ほんとう”の彼女と会話ができる……のか？

　学園に入学してから数ヶ月……だがそれがなんとも永く、もどかしく感じていた俺の鼓動は……確かに昂っていた。

　「さてな……言っただろ？俺はその日その日を生きるのが精一杯、ヤクザに借金を返すだけの人生だってな……過去の事なんて憶えていたって意味が無い」

　平静を装う俺。
　いつもは心底そうであったが、今回ばかりは心中とは裏腹に……

　俺はそれを”装う”……

　「キミ……本気でわたしのこと恨んでないって思ってるの？、六花むつのはなって呼んだくせに！」

　「…………」

　ーー六花むつのはな事件
　ーー七年前のカルト教団による大規模詐欺事件
　ーー当時、目の前の彼女は六花むつのはな 蛍てると名乗っていた

　俺を問い詰める口調が徐々にヒートアップする少女に、”装う”俺の咽はカラカラに渇いていく……

　「今はね……私、母方の性を名乗ってるんだよ、保護センターのひとがいろいろ考えてくれてね、馬鹿だね、どっちにしても両方犯罪者なのに」

　「……」

　可愛らしい容姿には似合わない自虐的な笑みを浮かべる少女。

　ーー似合わない……不整合アンバランス極まる……気持ち悪いくらいだ……

　現在いま、ここに存在する自分を無理矢理、理屈づけしているような……

　ーーいや……逆だ

　ここに存在して”しまっている”自分を無理矢理否定している。

　ーー”箱を開ける者”……か

　彼女が言っていた言葉を思い浮かべながら、俺は……
　そんな歪な気持ちの悪い状態の彼女を……

　ーーなんだか……どこかで会ったことがあるような……
　ーー寧ろ……いつも一緒に居たような……

　得も言われぬ居心地の悪い感情で見ていた。

　「馬鹿だねぇ、キミも……親子二代、二度も私に騙されて、利用されて……ほんと、なんでそんなすぐに騙されちゃうかなぁ……」

　彼女はそんな俺の顔を眺めながら、今度は……仕方が無いなぁとばかりに、手が焼ける弟でも見るような、俺にとっては懐かしくも呆れた笑顔を見せる。

　「最初に会った時から俺と気づいて……利用できると？」

　こんな状況でも……

　クルクルと表情が変わる、感情豊かな愛らしい蛍てるという少女。

　そういうのとは無縁の俺だからか？
　結局、蛍てるという少女から目を離せなくなる俺はやっぱり……そうなんだろうか？

　「……朔太郎さくたろうくんが本来憎いはずの私にこんなにアッサリ騙されるのって、やっぱりアレかな？私のこと、やっぱりすっごく好みなんだよね、ふふっ」

　俺の質問を多分わざと無視して会話を続ける蛍てる。

　しかもその台詞は、丁度俺の心に浮かんでいた事でもあった。

　「……お前、何がしたいんだ？」

　俺は感情を抑えながら……
　彼女がそういう態度なら……
　だったら俺も……核心を突いても良いだろうと……

　ーーやはり”装って”聞いてみる

　「ふふっ、なにがぁ？」

　栗色の髪の美少女は愉しげに聞き返す。

　ーー心理戦だ……

　これは、蛍てるの事に関しては無関心いつもの俺を保てない俺と……

　開けた箱……自らをそういう存在であろうとする彼女の……

　“装う”折山 朔太郎おれと”歪める”守居 蛍かのじょの……

　だがそれを認識しつつも、時折、彼女の垂れ気味の大きな瞳が俺のそれを全てお見通しと言わんばかりに光るのを……俺は正直、内心で恐れながら少女と対峙していた。

　「どうもお前のやり方は、相手をわざと挑発しているようだ、まるでわざと俺を……」

　ーーそして俺は思い切った一手を投じる……

　「ば、馬鹿だねっ折山おりやま 朔太郎さくたろう！ほんと救いようのない馬鹿！キミなんかに対してそんなに考えて接してないよ！ただの道具だよ！」

　効果覿面、図星を突かれた少女は見事に感情的になった。

　「騙されて悔しくないの！？人生をめちゃくちゃにされて憎くないの！？」

　そして蛍てるは、急に堰を切ったかのように畳みかける。

　「騙すとか……騙されるとか……今の俺にはどうでもいい……今しか無い俺には、取るに足らないくだらねぇことだ」

　ーーそうだ、未来も無く、過去に意味を持たない俺には

　「だったら！だったらなんで追いかけてくるのよ！キミは！」

　「！」

　ーー俺はギクリとした！

　守居かみい 蛍てるの垂れ気味で、優しげな瞳には……この薄暗がりでもはっきりと確認できるような、滲む光の粒が確認できる。

　「くだらねぇ？クールだねぇ、過去を悲観して、足掻きまくってるどっかの馬鹿女とは格が違うよ、あーカッコイイ、カッコイイ、諦めるのがそんな格好いいと思ってんの？馬鹿だよね折山おりやま 朔太郎さくたろう……」

　そして、蛍てるは俺にくってかかる。

　「騙すのも騙されるのもどうでもいい？ほんと、キミが一番！ダントツにムカムカするよ！……折山おりやま 朔太郎さくたろうくん」

　「ちょっとまて！蛍てる！俺は……」

　「私だってね……私だって……」

　矢継ぎ早に訴える彼女の大きめの瞳から……優しげな垂れぎみの瞳から……大粒の涙が、ぽろぽろと次から次に溢れては零れていた。

　「私だって……騙すより……騙される方が良かった……よかったんだよ、けど……だけどね……」

　ーーピーッ！ピーッ！ピーッ！

　困り果てた俺を助けるように？

　暗がりの教室に電子音がけたたましく鳴り響いた。

　「…………」

　「…………」

　なんだか盛り上がったところに水を差されてお互いばつが悪い二人。

　ーーピーッ！ピーッ！ピーッ！

　しかし相手は無機質な機械だ……文句を言っても仕方が無い。

　ーーピーッ！ピーッ！ピーッ！

　「…………あの……そろそろ時間切れかも……」

　暫くして……

　怖ず怖ずと……やや恥ずかしげに目尻の涙を拭いながら言葉を発する少女。

　「…………」

　「あの……朔太郎さくたろうくん……もう時間が……」

　「ああ、三分も無いな」

　俺が触れた人形が腰掛ける……本来は俺の席……

　そこの机の上に置かれたデジタル時計の液晶表示を見ながら俺は答えた。

　「……あんまり驚いていないみたいだけど……朔太郎さくたろうくん、けっこう今ピンチなんだよ？」

　俺の態度を確認し、整った桜色の口先をとがらす少女に、俺は態と意外そうに目をぱちくりさせて聞く。

　「……なんで？」

　「え？……っと、え？え？」

　途端に少女は俺と俺が触れたままの座した人形の肩……そして、その人形が座った席とセットになった机の上に置かれた装置を何度も見返して落ち着かない表情になった。

　机上に設置された装置……

　サイコロ状の箱の上に設置された、ごくありふれたデジタル目覚まし時計の左右両脇から伸びた青と赤のコードがその箱に繋がっている。

　「だから……その……爆弾がどかぁぁん！って……」

　ピッ！ピッ！

　そう言っている間にも、デジタル時計の数値はゼロに向けてカウントダウンを進めている。

　ピッ！ピッ！ピッ！

　「…………」

　ピッ！ピッ！ピッ！

　「…………」

　ピッ！ピッ！ピッ！

　「…………あの……朔太郎さくたろうくん？えっと……なんとかした方が……」

　「なんで？」

　「なんでって……その……爆発しちゃうよ？」

　即座に返す俺に、彼女は如何にも落ち着かないといった様子で、戸惑いながら俺を見ていた。

　「あ……赤か青の線を切らないと爆発します……時間的にもあと二分ちょっとで……」

　「ほぅ……」

　俺はさも今気づいたとばかりに態とらしく頷くと、机の上にある装置とは別に、これ見よがしに置かれたニッパーに手を伸ばした。

　「あっ！ちょっちょっと！右手を離しちゃ駄目だよっ！それでも爆発……」

　椅子に座った人形の肩に置いた俺の右手……

　机上のニッパーに手を伸ばした左手に引っ張られた体につい、右手が離れそうになる。

　「ああ……そういうルールもあったっけか？」

　俺はとぼけてそう言うと、人形の肩に置いた右手をしっかりと掴み直して、左手を伸ばしてニッパーを手に取る。

　「あ、赤か青だよ……どっちかを二分以内に……」

　ーーパチンッ！

　「…………」

　「…………」

　俺は彼女の精一杯の説明を終わりまで聞くこと無くそうしていた。

　「…………」

　「…………」

　「って！！ええーー！！」

　「…………」

　「なっ！なんで切っちゃうかなっ！切っちゃうかな！この子はっ！」

　大きめで少し垂れぎみの瞳を白黒させ、栗色の髪を振り乱して俺を糾弾する少女。

　因みに切ったのは青だ。

　「いや……お前が切れって……」

　「言ったよ！言ったけども！まだ説明が終わってないでしょ！それに命がかかってるの！解ってる！？命は大事なんだよっ！一つしか無いんだよっ！」

　「…………」

　ーーガシャッ！

　俺は面倒くさいなぁーーと思いながら、手に持ったニッパーを投げ捨て、両手で机の上の装置を無造作に掴んで、上に設置されたデジタル時計部分を外して投げ捨てた。

　「ああーーーー！壊した！壊したっていうか、右手離しちゃ駄目だってっ！！」

　ーー忙しいな……

　俺は呆れながら、目の前のシリアスになりきれない賑やかな少女を眺めながら、手に残ったサイコロ状の装置から、中身の固形物質を取り出していた。

　「C4シーフォー……所謂、プラスチック爆弾ってやつだな」

　「……へ？……しーふぉ……志保しほ？」

　それを見せる俺に彼女はキョトンとした表情で静かになった。

　「えっと、し、志保しほさんは関係なくて……だ……だから……爆弾……どかぁぁーーん！って……」

　ーーC4シーフォーだっての……志保しほ？だれだその女は……

　「C4シーフォーはこの装置……つまり、このコードの太さから流れる静電気程度じゃ起爆しない」

　「せ、静電気？……このていどって？え？え？」

　お嬢様は益々混乱の極みらしい。

　「だからこのコードの太さ程度じゃ……いや、そもそも”雷管”らしき物も無いし、タイマーが目覚まし時計って……色々と突っ込みどころ満載だぞこれ？」

　「ううっ……」

　「だいたい、赤と青って何時いつのスパイ映画だ？そんな面白装置を今時……その時点で怪しいと普通は……」

　「うう……」

　立て続けにダメ出しする俺に、仕掛けたわけでも無い蛍てるが項垂れていく……

　ーー確かに滑稽だ……だけど……これは……

　しかしそう言いながらも俺にも引っかかる部分はある。

　ある意味解りやすい偽物ブラフ……これは俺を試したというより、どちらかというと虚仮にしている部類だ。

　「う……朔太郎さくたろうくん……」

　ーーしかしC4シーフォーは本物っぽい……これは……

　ーー御橋みはし 來斗らいと、蛍てる曰く……”はこ”というルールからさえ逃げる馬鹿……か

　「さくたろ……う……くん？」

　ーーどっちにしても、ここでも心理戦かよ、御橋みはし 來斗らいと……

　”はこ”を開ける蛍ばか”と”はこ”を開けない俺ばか……”はこ”というルールからさえ逃げる御橋ばか……御同類の中で誰が一番最低か？

　「ははっ……”俺と蛍おれたち”の事は一旦棚上げだな……」

　「え？……え？さく……」

　ーーいいぜ、御橋みはし 來斗らいと……お前がそうくるならトコトン愉しもう……

　「あの……朔太郎さくたろうくん？」

　近くで蛍てるの垂れ目気味の瞳が不思議そうに揺れる。

　「どうせ開けるならとびきりの”jack-in-the-boxびっくりばこ”がいいなぁ」

　俺の口の端は再び歪に上がっていただろう。

　そんな俺を蛍てるはどんな瞳で見ていただろう？

　そして俺はそんな蛍てるを……

　「…………で、けっきょく、志保しほさんって……だれかな？」

　「……………………C4シーフォー……だ」

　違う意味で頭を抱える俺の傍で、蛍てるの瞳はパチクリと俺を見上げていた。

　第四十二話「拙い心理戦」END