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第十五話「六神道」
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「朔ちゃんの期待に応えられると良いんだけど」
俺の前席の住人、波紫野 剣は楽しそうに笑う。
ーーそんなたいしたモノじゃないだろうが……
珍しく俺から声を掛けた事に異様に興奮した男はそう言って意気込んでいるが、俺はただ、この街や学校のことが聞きたいと尋ねただけだ。
「この天都原学園ってさ、基本、六神道っていう宗教の学校だよね」
「…………ああ」
「あっと、天都原学園っていうか、この天都原市そのものが六神道の街でしょ?」
「…………そうだな」
波紫野 剣は前の席から上半身を捻ってこちらを向き、都度、俺の反応を見ながら会話を続ける。
「だから此所では何もかもが六神道に始まり六神道に終わる、全てそういうことだよ、終わり!」
ーー終わりかよ!
というか、波紫野のヤツ、またお巫山戯モードか、ニヤニヤ締まりの無い顔しやがって……
「……憲法で信仰の自由は保障されてるだろ」
実際面倒臭い相手に、俺はぶっきらぼうに答える。
「表向きはね、世の中何でも建前と本音ってあるじゃない?」
「……」
剣のあからさまな言いように俺は呆れて黙る。
「てなわけで、この天都原市は古来から六神道の支配地域で、その六神道の神官的家系が絶大な権力を握ってる……それこそ政治家や警察なんてモノも躊躇するぐらいに」
軽い口調で、とんでもない内容を話す剣だが、この事は、この地域では常識であった。
「おまえの家もその六神道の神官とやらの家系だろうが……」
軽薄を装う難儀な男はニッコリと微笑んだ。
三時限目後の休憩時間、また来ると言っていた蛍を待っているわけではないが、俺は時間つぶしにはちょうど良いかと、このクラスで唯一まともに会話を交わしたことのある波紫野 剣を相手にしていた。
「朔ちゃんは元々ここの出身じゃ無いだろ?」
「ああ、越してきたのは小三の時だが、訳あってあまり世情には詳しくない」
「……訳あって、ねぇ……」
僅かな言葉の違和感も聞き逃さず、興味深そうに目を細めて俺を伺う剣。
「…………」
「まあいいや、それで、実際この学園も実質、六神道の者達が仕切ってるんだけど」
突っ込まれると面倒臭いな、という俺の心配は杞憂に終わった。
多分……波紫野の場合、俺の性格を察していて態と絡んでみたのだろう……食えないヤツだ。
「学生連の事か?」
ならばと、俺も知らんふりで会話を進める。
「うーん、正確には学生連の幹部達かな、毎年六神道の家の者が在校しているわけじゃ無いから……でも今年は多いよ、それに粒も揃ってる」
「……」
自分のことを指さしながら笑う剣を、俺は呆れた表情でやり過ごした。
「三年、”生徒会長”兼”学生連会長”の御端 來斗、柔道部主将の岩家 禮雄、二年の剣道部、波紫野 嬰美、一年の…………とが……まぁ彼女はいいか」
「……」
一年の”とが”……なんとかはいいのか?とは思わない事も無かったが、俺は別にそのことは流した。
「お前達が守居 蛍の活動を妨害しているのは、やはり宗教的な事が理由か?」
代わりと言ってはなんだが、俺はストレートな質問をぶつけてみる。
しかし波紫野 剣は、拍子抜けするほどの無反応、キョトンとした顔で目の前の俺を改めて見ていた。
「……そう思ってるんだ?朔ちゃんは」
「……状況的に普通そう思うだろ?」
俺は、懲りずにさも当たり前だという感じで答える。
「学生連は関係ないよ、少なくとも俺は知らない」
さらりと答えた波紫野 剣は、ニヤリと笑って、もう一度俺を見た。
「……守居 蛍のこと、どこまで知ってるのかな、キミは」
「……」
俺は、答える気は無いとばかりに黙り込む。
剣も、俺がそれを話すとは思っていなかったようで、しれっとした顔で視線を外した。
「そういえば、ほたるちゃん来ないね」
そして、思い出したかのように教室のドアの方を見ながら呟く。
「別に来るとは言ってないだろ……」
剣の言葉に、投げ捨てるように答えた俺は、既にいつものスタイルで机に突っ伏してその休憩時間を過ごした。
ーー
ー
ーーカラーンカラーン
本日何回目かの俺の貴重な睡眠時間が終わりを告げる……四時限目終了だ。
授業終了の鐘が鳴り、目を覚ました俺は机から”カロリーメイド”を取り出した。
「今日は教室で食べるんだ?」
前席の男がまたもや馴れ馴れしく話しかけてくる。
「……面倒くさいことはごめんだからな」
鬱陶しがりながらも案外律儀に答える俺。
「岩ちゃん、おっと、岩家先輩には、”ほたるちゃんにはもう近づかない”って言ってたけど……最初から守る気ないんだよね?朔ちゃんは」
波紫野 剣は、迷惑だとオーラを放つ俺にはお構いなしで愉快そうに喋り続ける。
「ゴリラとの約束守るような、殊勝な人類がいるのか?」
仕方なく俺は口元をもごもごさせながら答えた。
ははは、と快活に声を上げた剣は、直後、急に真面目な顔になる。
「それはそうと、ほたるちゃんこないね……二限目のあとはいつもと変わりないようだったから、安心したんだけど……やっぱり堪えたのかなぁ」
波紫野 剣は、チラリと横目に俺を見ながら、わざとらしく独り言を言う。
実は四時限目の授業が始まる頃には、守居 蛍の噂は一年の間にも広まっていた。
「……」
俺はもぐもぐと何でも無いように昼食を進める。
「気にならないの?」
「……」
剣の言葉が聞こえないように食事を続ける。
「えっと……あのさ……朔……」
ーーガタッ
次の瞬間、俺は急に立ち上がっていた。
「行くの?」
なぜか嬉しそうに俺を見上げる男……
ーーけどな……
「……だれだ?」
期待の籠もった剣の声を無視して、教室の入り口付近を睨んで俺は尋ねていた。
「?」
剣も俺の視線を追うようにそこを見る。
そこには見慣れない他クラスの少女が、俺を手招きしていた。
「折山……朔太郎くんだよね?」
「……」
「ちょっと屋上いいかな?大事なお話があるんだけど……」
ーー……ほんとにだれだ?
「気分はどうだい岩家」
蜂蜜色の髪、碧い瞳、甘い顔の美少年が歪に嗤った。
「う゛う゛ぅぅ……」
光の届かない薄暗い地下室の中、頼りなげに瞬く蛍光灯の下で拘束されている大男が一人。
天都原学園の一般には知られていない、旧校舎の立ち入り禁止区域にその部屋はあった。
「う゛う゛ぅぅ……ぐぅぅ……」
上半身裸で、丸太のような鍛えられた両の豪腕を後ろ手に戒められた巨漢の男。
ーー岩家 禮雄
太い首と肩の筋肉が隆々と盛りあがった彼自慢の肉体は、ギリギリと締め付ける金属製の鎖でグルグル巻きにされ、巨体は許しを請うように跪かされていた。
「むぅ……ぐぅ……ぅぅ」
四角いゴツゴツとした無骨な輪郭は彼の面影を残すが、その目の上には、ごつい革製のベルトが目隠しのように巻かれている。
グッタリとして生気の失せた顔は、普段彼を知る人物なら別人かと見紛う程だろう。
「儀式のね……準備はもう出来てるんだよ、だけどその前に……」
御端 來斗は愉しそうに口元を歪め、岩家の上半身に巻き付けられた鎖に触れた。
「っ!」
ーードガァァァ!
次の瞬間!岩家の巨体が天地逆さまになり、顔面をコンクリートの床にめり込ませる!
「が、がは……」
ーーどさりっ
頭を下に、地面に突き刺さった杭のようにピンと硬直して伸びきった足が直ぐにダランと重力に垂れ下がった後、崩れ落ちる巨体。
「ぅぅ…………」
最早、抵抗することを諦めた男は、ただ怯えたようにハニーブロンドの美少年に為すがままにされていた。
「あっ今思い出したよ、君も色々と僕のことを言っていたよね……異人の混血とか……」
ーーバキィィ!
先ほどとは反対の方向に回転した巨体は、コンクリートの床に今度は後頭部を打ち付けていた。
「ぐっ……か、勘弁……して、くれ……」
為すがままの物体がようやく絞り出した人語。
「…………」
その許しを請う男を見下ろす冷たい青い瞳。
合氣を操る御端 來斗に掛かれば、どんな体格差の相手であろうとも魂の無い木偶人形同然、扱うのは容易い事であった。
「勘弁……とんでもない!君はこれから至高の存在になるんだよ!六神道最強の至高の存在……すごいじゃないか!」
笑いながらパンパンと両手のひらを打つ蜂蜜色の髪の美少年。
「……まあ、試したことは無いから……死んじゃうかもしれないけどね……」
「!?や、やめて……くれ……俺を実験台に……するのは……」
「実験台?……そうか!そうそう、じゃあ、”至高”じゃなくて”試行”の存在!いや寧ろ”思考錯誤”の存在だね……くれぐれも”死亡削除”にならないと良いね、ふふ……ふふふっ上手いこと言うなぁ、岩家 禮雄くんは」
殆ど自分で口にした戯れ言に御端 來斗は嘲けてケラケラ笑う。
「………………」
何を言っても無駄だ……この男は狂っている、岩家は諦めたように口を閉じた。
「あれ、諦めちゃったの?面白くないなぁ……」
しかし、岩家は相手の言葉に反応せず、動かない。
「…………まあいいか、お前を完成させたら次は六神道の連中を葬って、その後は、ついでに守居 蛍か」
「!」
その名前にピクリと反応を示す岩家。
「ふふ、良いように利用されたのに馬鹿だねぇ君は……もてない男はこれだから……」
「御端 來斗……おまえ一体……何を……」
ーードカァ!
「ぐはっ!」
今度は岩家の顔面に蹴りがヒットした。
御端 來斗には珍しい打撃系だ……先ほどまでの投げ技と違って未熟な素人の蹴り。
しかし、それだけにその男の苛立ちが如実に読み取れる。
「その名で呼ぶんじゃ無い!ゴリラ!」
そう怒鳴りつけると御端 來斗はその場に転がっていた鉄パイプを手に取った。
「散々いたぶった後に楽しい人体実験の時間だ、で、その完成の暁には、六神道、そして守居 蛍……全部壊してやるよ……あはは、あはははっ!」
「…………」
地べたに丸まったままの巨体。
もちろん素人の蹴りによる打撃などさして効いてはいない。
尋常では無い男を前に自由を奪われた自分。
これから与えられるであろう理不尽を否応なく想像させられ、身体が縮みあがった岩家は、もう反抗の気力の欠片も無くしてしまっていた……。
「あ……ぁ……ぁ……ぁぁ…………」
恐怖に打ち負かされ、ただ震える男の体は一回りも二回りも小さく見えた。
「じゃ、始めよっか?い・わ・い・えぇぇ」
御端 來斗の端正な顔は、薄暗闇でもう一度、愉しげに歪んだ。
第十五話「六神道」END
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