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第五話
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足を掴んでいる手を振り払い、水から顔を出すと同時にシオネも水中から現れた。
私の呼吸は激しく乱れているのに、ずっと水の中にいたはずシオネの息は全く上がってなくて、平然としている。
初めてシオネの事を不気味だと思った。
「水なんて大した事ないでしょう?」
呼吸が整わず肩で息をしているので返答が出来ない。
「思い出した?」
何とか首を立てに振って肯定する。
「はあ、はあ、はあ、シオネが、はあ、はあ、助けてくれた!」
シオネが私を助けるため上に引っ張ってくれたのに、パニックになって冷静な思考を失っていた為、魔物が池の底に連れて行こうとされたと記憶が改ざんされていた。
本当は身体を張って私を助けてくれた恩人の存在を、何年も忘れてしまって、申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。
「シオネ、ごめんね。本当に………忘れてしまってて」
「いいのよ。それよりチリ、泣かないで」
「泣いてないよ」
嘘だった。
心が震えて涙が溢れ出してくる。
「チリ、トラウマなんてただの思い込みでしょう。苦い思い出とか、過ぎた事を、出来ない言い訳にしたらいけないと思う」
「うん」
「でもなんで私、シオネに助けられたのに忘れてたんだろう。何かに襲われたと勘違いしてたし、ありがとう、シオネ」
シオネがそっと私の手を握った時、風が吹きはじめた。
二人の間を抜ける風は夏のものなのに、異様に冷たくて、濡れた身体から効率よく体温を奪っていく。
私の手をじっと見つめるシオネの目も潤んでいる。
長時間水に潜っていたからじゃないのは、シオネとの付き合いの長い私にはわかる。
シオネは思った事はあまり積極的に口にはしないが、表情は素直な反応を示す。
「もう行かないと」
シオネの口調はどこか寂しげだった。
「そうだね、帰ろうか」
「違うわ。私だけ行くの」
「えっ!?」
「ごめんね、チリ。トラウマとか偉そうな事言ったけど、本当は単なる私の我が儘だったの。でも、チリに忘れられるのだけは……本当に嫌だった」
「ちょっとどうしたの?シオネらしくないよ。いつもみたいにクールにさ。もしかしてシオネ流の冗談とか?」
「冗談じゃない、本気よ!」
シオネは突然、ぎゅっと私を抱きしめてきたので、驚いてしまう。
耳元にあるシオネの口から、嗚咽が聞こえてきた。泣いている……滅多に感情を表に出さないシオネが。
「どうしたの?」
シオネは答えなかった。
けれど今はこうしてシオネの抱擁に委ねたほうが良いような気がした。
「チリ、もしかして気付いてる?」
「何が?」
「惚けてるの?」
「え???」
「本当に鈍いんだから」
「酷いな。大らかって言ってよ」
「ただの脳筋じゃない」
「えへへ」
「私、ずっとチリの側にいちゃいけない。じゃないとチリが前に進めないから」
「どういう意味かな?」
「私はもう死んでるのよ」
「え!?」
「小さい私の身体じゃ手を伸ばしても、チリに届かなかった。だから池に飛び込んで、岸壁に掴まってチリを押し上げたの。チリは草に掴まって、なんとか自力で這い上がったわ。だけど、私はチリが助かったのを見たら気が抜けちゃって、私は沈んでしまった」
「う、嘘だよ。そんな事私、覚えてない!」
「無理もないわ。朦朧としていたからね」
シオネの身体は私から離れた。
「よくわかってないようだけど、それならそれでいい。じゃあねチリ。先にあっちに行って美味しい食べ物屋さんでも探しておくから。私の分も精一杯生きてね」
「待って!」
離れて行くシオネに手を伸ばし止めようとしたが、既にシオネの姿はどこにもなかった。
まるで最初から誰もいなかったかのように……否、八年前のあの日から、自分しかいなかったんだとようやく理解した。
私の呼吸は激しく乱れているのに、ずっと水の中にいたはずシオネの息は全く上がってなくて、平然としている。
初めてシオネの事を不気味だと思った。
「水なんて大した事ないでしょう?」
呼吸が整わず肩で息をしているので返答が出来ない。
「思い出した?」
何とか首を立てに振って肯定する。
「はあ、はあ、はあ、シオネが、はあ、はあ、助けてくれた!」
シオネが私を助けるため上に引っ張ってくれたのに、パニックになって冷静な思考を失っていた為、魔物が池の底に連れて行こうとされたと記憶が改ざんされていた。
本当は身体を張って私を助けてくれた恩人の存在を、何年も忘れてしまって、申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。
「シオネ、ごめんね。本当に………忘れてしまってて」
「いいのよ。それよりチリ、泣かないで」
「泣いてないよ」
嘘だった。
心が震えて涙が溢れ出してくる。
「チリ、トラウマなんてただの思い込みでしょう。苦い思い出とか、過ぎた事を、出来ない言い訳にしたらいけないと思う」
「うん」
「でもなんで私、シオネに助けられたのに忘れてたんだろう。何かに襲われたと勘違いしてたし、ありがとう、シオネ」
シオネがそっと私の手を握った時、風が吹きはじめた。
二人の間を抜ける風は夏のものなのに、異様に冷たくて、濡れた身体から効率よく体温を奪っていく。
私の手をじっと見つめるシオネの目も潤んでいる。
長時間水に潜っていたからじゃないのは、シオネとの付き合いの長い私にはわかる。
シオネは思った事はあまり積極的に口にはしないが、表情は素直な反応を示す。
「もう行かないと」
シオネの口調はどこか寂しげだった。
「そうだね、帰ろうか」
「違うわ。私だけ行くの」
「えっ!?」
「ごめんね、チリ。トラウマとか偉そうな事言ったけど、本当は単なる私の我が儘だったの。でも、チリに忘れられるのだけは……本当に嫌だった」
「ちょっとどうしたの?シオネらしくないよ。いつもみたいにクールにさ。もしかしてシオネ流の冗談とか?」
「冗談じゃない、本気よ!」
シオネは突然、ぎゅっと私を抱きしめてきたので、驚いてしまう。
耳元にあるシオネの口から、嗚咽が聞こえてきた。泣いている……滅多に感情を表に出さないシオネが。
「どうしたの?」
シオネは答えなかった。
けれど今はこうしてシオネの抱擁に委ねたほうが良いような気がした。
「チリ、もしかして気付いてる?」
「何が?」
「惚けてるの?」
「え???」
「本当に鈍いんだから」
「酷いな。大らかって言ってよ」
「ただの脳筋じゃない」
「えへへ」
「私、ずっとチリの側にいちゃいけない。じゃないとチリが前に進めないから」
「どういう意味かな?」
「私はもう死んでるのよ」
「え!?」
「小さい私の身体じゃ手を伸ばしても、チリに届かなかった。だから池に飛び込んで、岸壁に掴まってチリを押し上げたの。チリは草に掴まって、なんとか自力で這い上がったわ。だけど、私はチリが助かったのを見たら気が抜けちゃって、私は沈んでしまった」
「う、嘘だよ。そんな事私、覚えてない!」
「無理もないわ。朦朧としていたからね」
シオネの身体は私から離れた。
「よくわかってないようだけど、それならそれでいい。じゃあねチリ。先にあっちに行って美味しい食べ物屋さんでも探しておくから。私の分も精一杯生きてね」
「待って!」
離れて行くシオネに手を伸ばし止めようとしたが、既にシオネの姿はどこにもなかった。
まるで最初から誰もいなかったかのように……否、八年前のあの日から、自分しかいなかったんだとようやく理解した。
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