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女神の祝福
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この国エルダは、ケルセン大陸の北方に位置し、南には大国のスワロがある。
エルダは、三方を山に囲われた土地で、山を掘れば必ず魔石があると言われるほど多く取れる。
魔石の輸出だけでなく付加価値をつけるために国を上げて実用的な魔導具の開発に勤しんだ結果、魔導具の輸出は並ぶものがないほどにまで成長した。
そんな小国が他国や南に位置する大国スワロに狙われないわけもなく、侵略されかける。そこでも魔導具を駆使して国を防衛することができることを実証した。実績ができたことで防衛機材の魔導具に関しても売上を伸ばしている。
現在では魔力が少ない人向けに手頃な商品も少しずつ市場に流れるようになり、小国ながらも栄えている。
エルダは魔導具で豊かになったが、その昔は隣国との諍いが絶えず熾烈な戦いを繰り広げていた時代がある。
その時に心の拠り所としていたのが、エルダの国の祭神とされる慈愛の女神である。
その頃に女神が授けたとされる祝福がある。
『花祝紋』という祝福だ。
争いへと駆り出される民の中には、長い時間恋人を待てども戻らないという悲劇が続いていた。
送り出すことしかできなかった恋人は諦めることも、過去の想い出とすることもできず絶望は深かかった。
それを憂い、嘆き、悲しんだ慈愛の女神が相手との繋がりがわかるようにと、恋人たちに奇跡を与えたのが始まりだとされる。
そもそも奇跡を与えられるのは稀で書物でしか描かれないような話だ。
最近では脚色が加えられ、下世話な話が広まり今では何が本当の奇跡で祝福なのかすら怪しくなっている。
奇跡を与えられた二人は、引き合うように居場所がわかるとされている。
それは、愛し、愛される二人には証しとして、同じ場所に同じアザが発現する。花が咲くように出現する形のため、『花祝紋』と呼ばれた。
それが、この国に伝わる『女神の祝福』である。
そして、ディルカもまた『女神の祝福』を胸に授かっているが、まったく身に覚えのないシロモノだった。
想いを交わした覚えもないし、愛し愛された記憶もない。
そもそも、ディルカには恋人という存在はいない。
『花祝紋』を持つ恋人たちを羨ましいと思ったことはあれど、恋人すらいない状況で『花祝紋』だけが欲しいなどと思うはずもない。
意味もなく浮き出てくるものでもないはずなのだが、現に胸に赤い花が見事に咲いている。
──僕はいったい誰と愛を育んだのか……。
思い当たらない『花祝紋』など、もはや呪いである。
なぜなら、『花祝紋』が浮かぶと、同じ『花祝紋』の相手と深く繋がった証だとされるからだ。
そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
だからこそ、謎の『花祝紋』にディルカは絶望した。わかるとされている、相手の居場所などまったくわからないことも拍車をかけている。
相手がわからない以上、一生独り身である。
暗いうちから、起き出したディルカは顔を洗うために、3階の居住区から階下へと降りる階段で蒼の部隊のひとりとすれ違う。
蒼の部隊が目を光らせるのは城内の警備しづらい場所から侵入しようとするくせ者だ。ディルカが勤めている先の仕事場は城内にあり機密情報を扱っている。その周辺も警備しているのだろう。安心して働けるのは彼らが身体を張って守ってくれているからに他ならない。
有り難いことだとディルカは思う。
ちなみに、騎士団はいくつか部隊があり、部隊によって警備する対象が違う。
すれ違うこの男も、これから睡眠をとるのだろう。
名前も知らない男は肩口までの短いフードを被り、その上に口や鼻までを砂塵布で覆っている。顔の判別がつかないようにしているのだから当然のことなのだろう。
その男とすれ違うとき、毎回ディルカは声をかける。初めての出会いから、そろそろ1年経つがなにか変わったことがあるかといえばなにもない。
今朝もまた、いつものように挨拶をする。
「おはようございます」
「……」
男がコクリと頷く。ディルカの返答には頷くのが常だった。しかし、今日はいつもとちがった。男の肩口になにかついている。
「……あ、葉っぱが肩に」
「……」
そのままディルカは男の肩口についている枯れ葉をとって見せた。
「……すまん」
砂塵布でくぐもった低音の声は聞き取りづらかったが、応えたことに驚き、階段の途中でズルッと足を踏みはずしてしまった。
慌てて壁に手をつくものの、ツルツルとしていて、掴む場所はない。ディルカは数段落ちるのを覚悟し、衝撃に耐えるように身を固くする。
「あ、あれ?」
腰を持ち上げられる浮遊感のあと、階段の下でディルカは怪我をすることなく立っていた。
振り向くが、すでに男の姿はない。ディルカは狐につままれたような気持ちになったが、助けてくれたのは紛れもなく蒼の部隊の彼だろう。
助けてもらえたことに嬉しくなり「ありがとうございます」と誰もいない階段でディルカはひとり呟いた。
エルダは、三方を山に囲われた土地で、山を掘れば必ず魔石があると言われるほど多く取れる。
魔石の輸出だけでなく付加価値をつけるために国を上げて実用的な魔導具の開発に勤しんだ結果、魔導具の輸出は並ぶものがないほどにまで成長した。
そんな小国が他国や南に位置する大国スワロに狙われないわけもなく、侵略されかける。そこでも魔導具を駆使して国を防衛することができることを実証した。実績ができたことで防衛機材の魔導具に関しても売上を伸ばしている。
現在では魔力が少ない人向けに手頃な商品も少しずつ市場に流れるようになり、小国ながらも栄えている。
エルダは魔導具で豊かになったが、その昔は隣国との諍いが絶えず熾烈な戦いを繰り広げていた時代がある。
その時に心の拠り所としていたのが、エルダの国の祭神とされる慈愛の女神である。
その頃に女神が授けたとされる祝福がある。
『花祝紋』という祝福だ。
争いへと駆り出される民の中には、長い時間恋人を待てども戻らないという悲劇が続いていた。
送り出すことしかできなかった恋人は諦めることも、過去の想い出とすることもできず絶望は深かかった。
それを憂い、嘆き、悲しんだ慈愛の女神が相手との繋がりがわかるようにと、恋人たちに奇跡を与えたのが始まりだとされる。
そもそも奇跡を与えられるのは稀で書物でしか描かれないような話だ。
最近では脚色が加えられ、下世話な話が広まり今では何が本当の奇跡で祝福なのかすら怪しくなっている。
奇跡を与えられた二人は、引き合うように居場所がわかるとされている。
それは、愛し、愛される二人には証しとして、同じ場所に同じアザが発現する。花が咲くように出現する形のため、『花祝紋』と呼ばれた。
それが、この国に伝わる『女神の祝福』である。
そして、ディルカもまた『女神の祝福』を胸に授かっているが、まったく身に覚えのないシロモノだった。
想いを交わした覚えもないし、愛し愛された記憶もない。
そもそも、ディルカには恋人という存在はいない。
『花祝紋』を持つ恋人たちを羨ましいと思ったことはあれど、恋人すらいない状況で『花祝紋』だけが欲しいなどと思うはずもない。
意味もなく浮き出てくるものでもないはずなのだが、現に胸に赤い花が見事に咲いている。
──僕はいったい誰と愛を育んだのか……。
思い当たらない『花祝紋』など、もはや呪いである。
なぜなら、『花祝紋』が浮かぶと、同じ『花祝紋』の相手と深く繋がった証だとされるからだ。
そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
だからこそ、謎の『花祝紋』にディルカは絶望した。わかるとされている、相手の居場所などまったくわからないことも拍車をかけている。
相手がわからない以上、一生独り身である。
暗いうちから、起き出したディルカは顔を洗うために、3階の居住区から階下へと降りる階段で蒼の部隊のひとりとすれ違う。
蒼の部隊が目を光らせるのは城内の警備しづらい場所から侵入しようとするくせ者だ。ディルカが勤めている先の仕事場は城内にあり機密情報を扱っている。その周辺も警備しているのだろう。安心して働けるのは彼らが身体を張って守ってくれているからに他ならない。
有り難いことだとディルカは思う。
ちなみに、騎士団はいくつか部隊があり、部隊によって警備する対象が違う。
すれ違うこの男も、これから睡眠をとるのだろう。
名前も知らない男は肩口までの短いフードを被り、その上に口や鼻までを砂塵布で覆っている。顔の判別がつかないようにしているのだから当然のことなのだろう。
その男とすれ違うとき、毎回ディルカは声をかける。初めての出会いから、そろそろ1年経つがなにか変わったことがあるかといえばなにもない。
今朝もまた、いつものように挨拶をする。
「おはようございます」
「……」
男がコクリと頷く。ディルカの返答には頷くのが常だった。しかし、今日はいつもとちがった。男の肩口になにかついている。
「……あ、葉っぱが肩に」
「……」
そのままディルカは男の肩口についている枯れ葉をとって見せた。
「……すまん」
砂塵布でくぐもった低音の声は聞き取りづらかったが、応えたことに驚き、階段の途中でズルッと足を踏みはずしてしまった。
慌てて壁に手をつくものの、ツルツルとしていて、掴む場所はない。ディルカは数段落ちるのを覚悟し、衝撃に耐えるように身を固くする。
「あ、あれ?」
腰を持ち上げられる浮遊感のあと、階段の下でディルカは怪我をすることなく立っていた。
振り向くが、すでに男の姿はない。ディルカは狐につままれたような気持ちになったが、助けてくれたのは紛れもなく蒼の部隊の彼だろう。
助けてもらえたことに嬉しくなり「ありがとうございます」と誰もいない階段でディルカはひとり呟いた。
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