祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄

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花祝紋

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 かくして、囚われの身から無事に救出されたディルカは、帰還してすぐにシロの手当てにあたっていた。

 調べてみると、シロの腕の骨が見事に折れていたのだ。

「医療用の魔導具もありますし、僕でも治療できます。同じ『花祝紋』を持った家族ですからね」

 そう真剣な顔で宣言するディルカに、シロはすぐさま頬を緩めた。

「やったー! 家族だ! ディルカ大好き☆ あ、いててて……」

「ほら、無理したら駄目です」

 ディルカが優しく注意すると、シロは素直に「はーい☆」と返事をした。

 ──数日後。
 シロの腕も落ち着き、ようやくディルカがほっと息をついた頃。

 任務を終えて戻ってきたミハエルは、思いがけない光景を目にした。

 ディルカが、まるで恋人を看病するような優しい手つきで、シロの包帯を巻き直しているのだ。

 その光景に、ミハエルの胸中で何かが爆ぜた。

(なんでシグマが、あんな幸せそうな顔をしてるんだ……!)

 怒りと嫉妬で腸が煮えくり返るようだった。しかし、この状況を招いたのはほかでもないミハエル自身である。

「ディルカと普通に話せるなんて夢みたい☆」とシロは目を輝かせる。

『夢の中から戻ってくるな! ディルカに触れるな!』

 ディルカに聞こえないよう、ミハエルは低く唸るように呟いた。

『何やってるんですか……』

 呆れた声をかけるのは、ミハエルの背後に控えていた苦労性の副隊長、ニーレ・カーシュである。

 彼はいつも部隊長の尻拭いを率先して処理する優秀な人物である。

『な、ん、で、も、な、い……!』

 ニーレに返事をするものの、その視線は、シロに手を添えるディルカから一瞬たりとも離れない。

 自分の分身ともいえるシグマ(シロ)と戯れるディルカを見て、血反吐を吐きそうになっていた。

 鬼のような形相になるのを必死に堪えていたが、額に浮かぶ青筋は隠しきれない。

『残務処理がまだ残ってます。報告書を片付けて、早く心も落ち着けましょう(主に僕が)』

 ニーレはギリギリと歯ぎしりするミハエルの首根っこを掴み、強引に執務室へと引きずっていった。



 ◆



 その夜。
 ディルカは息苦しさを覚えて、ふと目を覚ました。
 気づけば、ミハエルの腕の中にすっぽりと包まれている。

 どうやら彼は任務を終えて戻り、そのまま眠ってしまったらしい。
 けれど、その抱擁は強く、まるで二度と離さないとでも言うようだった。

(……やっぱり、心配させたんだな)

 ミハエルがこうして抱きしめてくるのは、たいていディルカが彼を心配させたときだった。

 これまでの年月が脳裏をよぎる。
 変わらない温もりに、安心感とわずかな罪悪感が入り混じる。

「ごめんね、ミハエル。心配かけてしまって」

 小さく囁くと、ミハエルの眉がかすかに動いた。

 お嬢様に拉致されたこと、そしてミハエルが助けに来てくれたこと。
 すべてが鮮明に思い出される。

 ディルカは少し体を離し、ミハエルの端正な顔を見つめた。

 そして、ミハエルの顔を輪郭に沿って優しく撫でる。その滑らかな感触が指先に伝わり、心の奥に暖かさが広がっていく。

 ついミハエルの柔らかな唇に指を寄せると、胸が跳ねた。
 指先が触れた唇がわずかに開き、ディルカの心臓は早鐘のように鳴る。

 悪いことをしたような後ろめたさを感じてすぐさま手を引っ込める。

 ミハエルの閉じていた目蓋がゆっくりと開き、空色を思わす鮮やかな碧い瞳が現れた。

「起きていたのか?」

 彼の低い声がディルカの身体に染みわたるように響いた。カーテンの隙間から月の光が彼の顔に降り注いでいる。  

「あ、あの、また迷惑をかけてごめんね……」

 ディルカの声は震えていた。

「迷惑だなんて思ってない。自分を責める必要もないよ」

 ミハエルは穏やかにディルカの頭を撫でながらも、どこか申し訳なさそうに微笑んだ。


「俺がディルカと同室だからと油断したんだ。……もう誤解されないように、城から離れて暮らそうと思う」

「え? 城を出るの? じゃあ、僕……ミハエルと離れるの?」

 ディルカの声が震える。
 その一言に、ミハエルの瞳が大きく揺れた。

 ミハエルの考えに、ディルカの声は不安が滲む。

「俺と離れるのは嫌なのか?」

 彼は少し戸惑いながらも、嬉しさを抑えきれずにディルカへ問う。

「うん、だって僕──ミハエルのことが好きなんだ」

 その告白に、ミハエルは息を呑む。
 信じられないというように、何度も瞬きを繰り返した。

「ディルカ……酔ってないよな?」

「酔ってないよ」  

「……酔ってないなら、今の言葉を明日も覚えているんだよな?」

 彼の声には不安と期待が含まれていた。  

「何言ってるんだよ、当たり前でしょ?」

 ディルカが苦笑すると、ミハエルの目尻がわずかに滲んだ。

「……俺、幸せすぎて泣きそうだ。実は……、『花祝紋』を持ってないんだ。ディルカと対になるはずの……それが、俺にはない」

 絞り出すような告白に、ミハエルの長年抱えていた葛藤や苦しみが痛いほどディルカに伝わってくる。

「『花祝紋』なんて関係ない。僕はミハエルと一緒にいたい。それだけだよ」

 ディルカの言葉がミハエルに力強く響く。  
 ミハエルは微笑み、ディルカを抱きしめ、どちらともなく口づけを交わす。

 その瞬間、柔らかな光がミハエルの胸にほとばしる。

 ミハエルの胸元に新たな紋が花のように咲いた。

「うっ……」

「ミハエル?!」

「大丈夫だ。胸が熱くなって……まさか」

 ミハエルがはだけた胸元を呆然と見下ろす。
 ディルカと同じ形の紋が、ミハエルの胸にも淡く輝いていた。

「え、すごい! ミハエル、すごいね! 僕と同じ『花祝紋』が咲いてる! あっ……!」

 ミハエルはディルカの異変に気付き、心配そうに声をかける。

「え? ディルカ?!」

 ディルカの身体の芯が急に熱くなり、呼吸が乱れ始める。

 ディルカは熱くなる身体の変化に驚き、自分の胸に手を当てた。頬を紅潮させ、言葉を絞り出す。

「あっ、はっ……っ、ミハエルとひとつになった時の記憶が流れてきてっ……う、ウソ……ミハエルを僕が襲ってたの……?!」

 あろうことか狼狽えるミハエルに、ディルカから強請っている姿が次々と脳裏に浮かんでは消えていく。

 ディルカは羞恥心で顔が真っ赤になったり、青くなったりと忙しい。

 ミハエルは慌ててディルカを支えるように抱きしめる。

「お、おい、大丈夫なのか?!」

 ディルカは息を整えようと深呼吸し、続けた。

「あっ、ふぁ、記憶が……身体が疼くように熱くて……っ」

 ディルカの頬は上気し、瞳は潤んでいた。その姿を見て、ミハエルはごくりと喉を鳴らし、ディルカの手を握る。

「……んっ!」

 ディルカは身体中に広がる快感を逃そうと喘ぎそうなる唇を噛みしめる。

「……忘れていてごめんねっ、ずっと大好きって、ミハエルに伝えていたのを忘れてるなんて……、たくさんイチャイチャさせてもらえるかな……?」

 ディルカの顎先から汗が落ちる。

「ディルカっ!」

 ミハエルはディルカの言葉に応えるように強く抱きしめた。ディルカもミハエルに身体を預け、二人は強く抱きしめ合う。

 不思議な力が二人を包み込み、どこからか花の香が漂い祝福の花が舞い上がる。

 互いの温もりを感じながら夜が更けていった。
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