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第三章
昼時の学園の中庭でその光景を目にした時、クローディアは驚きのあまり声が出なかった。だが、心の中では、「どうして」と「やっぱり」という相容れない二つの感情が同時に沸いていた。
彼は騎士の生まれではないのだが、その姿は小説や物語の騎士そのものだった。
クローディアの婚約者クラウスは、居住まいを正したと思うと、徐ろに跪いた。それから頭を垂れた。
息を呑む周囲をよそに、クラウスは面を上げて宣誓した。
「私はここに誓う。絶対の忠誠を以って生涯仕え、命を掛けて我が敬愛するセリーヌ王女に従う」
クラウスは、学園の中庭で、昼時の生徒たちの大勢見守るなかで、朗々と声を張り上げ騎士の誓いを立てた。
彼の目の前には王国の第一王女であるセリーヌ殿下が立っていた。クローディアでもひと目でわかる困惑の表情を浮かべて。
クラウスは、前年の春に一つ下の学年に入学したセリーヌ殿下に恋情を抱いていた。そして彼はそれを周囲に隠すことをしなかった。当然、クローディアに対しても同様で、月に二度ある婚約者の茶会でも、如何に王女が可憐で麗しく聡明であるかを、目の前のクローディアに熱く語っていた。
クラウスは、本心から姫君に恋をしていた。侯爵家では、そんな彼を諌めなかったのだろうか。クローディアの生家では、父は多分知っていたのだろうが、それでクローディアにしっかり手綱を掴んでおけとか、クラウスに弁えさせろとか、そんなことを指示するようなことはしなかった。
クラウスとは仲違いをしている訳ではなかった。数年間を婚約者としてそれなりに過ごしてきたから、彼の真実の恋にクローディアは当初、困惑した。何度か「王女殿下に失礼になります」と言ってもみた。
それも、横恋慕されて困るのはセリーヌ王女だったからである。セリーヌ王女には、隣国の第二王子という婚約者がいた。クラウスに恋心をチラつかされても、王女こそ困るだろう。
「君にはわからないんだ。真実に人を愛する気持ちなぞ」
クローディアの初恋はクラウスだった。
生家で確たる居場所を見出せずにいたクローディアにとって、外の世界に連れ出してくれるクラウスは虹色の架け橋のような存在だった。
彼が差し伸べる手を掴んで、この誰にも見つめられない世界から飛び出すのだと、クローディアはそれを希望にしていた。
クラウスは、入学式で新入生代表として登壇したセリーヌ王女にひと目で陥落した。それから一年を経た初夏に、あの昼下がりの宣誓紛いの騒動を起こすまで、ひたすらセリーヌ王女に恋心を傾けていた。
折しも北の国境線がきな臭い状況になっていた。一年前から国境を跨ぐ小国と小競り合いが勃発しており、貴族家からも戦場に赴く男子がいた。
だが、それは成人して尚且つ学園を卒業した年齢の者たちで、生家が騎士職であったり自身が騎士をめざしたり、兎に角、学園生が参戦するような王命は下りてはいなかった。
だがクラウスは、その戦場に赴くことを決めて、その為に、セリーヌ王女の面前で跪いて騎士の誓いを立てたのである。
もしかしたらクラウスは、戦場で武功をあげたなら或いは戦勝の褒賞として、この可憐な姫君との婚姻を許されると思ったのかもしれない。
クラウスは侯爵家の子息として、真っ当な教育を受けていた。そこそこ理知的であったと思う。荒事なんて最も遠いところに生きていた筈なのに。
騎士が誓いを立てた時、君主はそれを受け取る。普通なら。
誓いを受け取るのには作法がある。君主は、剣の刃の側面を騎士の右肩に当て、それを頭上に持ち上げて、反転させた後に左肩に当てる。それから受け取る旨の口上を述べる。
だがセリーヌ王女は、当たり前だが剣など持ってはいないし、そもそも学園の中庭で行き成り跪かれて騎士の誓いを立てられても、困惑しか浮かばないだろう。
案の定、セリーヌ王女は曖昧に笑みを浮かべたまま「ええ」と言った。それ以外、答えようがなかったのだ。
斯くしてクラウスは、その夏の長期休暇に戦場へ旅立った。あの王女の「ええ」のどこをどう誓いを受け取ってもらえたと思ったのか、彼は王女の為に戦地に赴いた。
勿論、クローディアは一旦は止めた。
「クラウス様、戦場など貴方が赴く場所ではございません」
「クローディア、私は決めたんだ。君には申し訳ないが、私の愛は永遠にセリーヌ王女の下にある」
その言葉に、クローディアはもう一度彼を引き止めることはしなかった。その前に、誰も彼を止めなかった。何故なのか、生家の侯爵家でも、彼を柱に縛りつけてでも出立を阻止しようとはしなかった。
あれだけの熱量をもってセリーヌ王女を求める息子に、もしかしたらと期待したのだろうか。
いずれにしても、クラウスの生家もクローディアの生家も、誰も何も教えてはくれなかった。
愛を傾けられた王女だって、確かにびっくりはしただろうが、次の瞬間にはきっと、数ある日常の騒動だと容易く忘れてしまっただろう。セリーヌ王女とその婚約者とは、仲睦まじいことで有名なのだから。
学園の夏季休暇という、なんとも中途半端な期間を使って、長旅の末、戦場に漸く着いたその週に、クラウスは夜半の小競り合いで呆気なく命を落とした。
彼なりの王女に捧げた命だった。
クローディアとの婚約を解かぬまま没してしまったのは、なんとも彼らしい無責任さであったと思う。
クローディアは思った。クローディアにとって、愛とは酷く不確かでいい加減で、そして自分にはとことん縁のないものだと。
宙ぶらりんとなってしまったクローディア。
クローディアを明るい外の世界に連れ出すはずの虹色の架け橋は、クラウスを乗せて消えてしまった。
だが、クローディアが本当に失望するのはこの先の出来事だった。
彼は騎士の生まれではないのだが、その姿は小説や物語の騎士そのものだった。
クローディアの婚約者クラウスは、居住まいを正したと思うと、徐ろに跪いた。それから頭を垂れた。
息を呑む周囲をよそに、クラウスは面を上げて宣誓した。
「私はここに誓う。絶対の忠誠を以って生涯仕え、命を掛けて我が敬愛するセリーヌ王女に従う」
クラウスは、学園の中庭で、昼時の生徒たちの大勢見守るなかで、朗々と声を張り上げ騎士の誓いを立てた。
彼の目の前には王国の第一王女であるセリーヌ殿下が立っていた。クローディアでもひと目でわかる困惑の表情を浮かべて。
クラウスは、前年の春に一つ下の学年に入学したセリーヌ殿下に恋情を抱いていた。そして彼はそれを周囲に隠すことをしなかった。当然、クローディアに対しても同様で、月に二度ある婚約者の茶会でも、如何に王女が可憐で麗しく聡明であるかを、目の前のクローディアに熱く語っていた。
クラウスは、本心から姫君に恋をしていた。侯爵家では、そんな彼を諌めなかったのだろうか。クローディアの生家では、父は多分知っていたのだろうが、それでクローディアにしっかり手綱を掴んでおけとか、クラウスに弁えさせろとか、そんなことを指示するようなことはしなかった。
クラウスとは仲違いをしている訳ではなかった。数年間を婚約者としてそれなりに過ごしてきたから、彼の真実の恋にクローディアは当初、困惑した。何度か「王女殿下に失礼になります」と言ってもみた。
それも、横恋慕されて困るのはセリーヌ王女だったからである。セリーヌ王女には、隣国の第二王子という婚約者がいた。クラウスに恋心をチラつかされても、王女こそ困るだろう。
「君にはわからないんだ。真実に人を愛する気持ちなぞ」
クローディアの初恋はクラウスだった。
生家で確たる居場所を見出せずにいたクローディアにとって、外の世界に連れ出してくれるクラウスは虹色の架け橋のような存在だった。
彼が差し伸べる手を掴んで、この誰にも見つめられない世界から飛び出すのだと、クローディアはそれを希望にしていた。
クラウスは、入学式で新入生代表として登壇したセリーヌ王女にひと目で陥落した。それから一年を経た初夏に、あの昼下がりの宣誓紛いの騒動を起こすまで、ひたすらセリーヌ王女に恋心を傾けていた。
折しも北の国境線がきな臭い状況になっていた。一年前から国境を跨ぐ小国と小競り合いが勃発しており、貴族家からも戦場に赴く男子がいた。
だが、それは成人して尚且つ学園を卒業した年齢の者たちで、生家が騎士職であったり自身が騎士をめざしたり、兎に角、学園生が参戦するような王命は下りてはいなかった。
だがクラウスは、その戦場に赴くことを決めて、その為に、セリーヌ王女の面前で跪いて騎士の誓いを立てたのである。
もしかしたらクラウスは、戦場で武功をあげたなら或いは戦勝の褒賞として、この可憐な姫君との婚姻を許されると思ったのかもしれない。
クラウスは侯爵家の子息として、真っ当な教育を受けていた。そこそこ理知的であったと思う。荒事なんて最も遠いところに生きていた筈なのに。
騎士が誓いを立てた時、君主はそれを受け取る。普通なら。
誓いを受け取るのには作法がある。君主は、剣の刃の側面を騎士の右肩に当て、それを頭上に持ち上げて、反転させた後に左肩に当てる。それから受け取る旨の口上を述べる。
だがセリーヌ王女は、当たり前だが剣など持ってはいないし、そもそも学園の中庭で行き成り跪かれて騎士の誓いを立てられても、困惑しか浮かばないだろう。
案の定、セリーヌ王女は曖昧に笑みを浮かべたまま「ええ」と言った。それ以外、答えようがなかったのだ。
斯くしてクラウスは、その夏の長期休暇に戦場へ旅立った。あの王女の「ええ」のどこをどう誓いを受け取ってもらえたと思ったのか、彼は王女の為に戦地に赴いた。
勿論、クローディアは一旦は止めた。
「クラウス様、戦場など貴方が赴く場所ではございません」
「クローディア、私は決めたんだ。君には申し訳ないが、私の愛は永遠にセリーヌ王女の下にある」
その言葉に、クローディアはもう一度彼を引き止めることはしなかった。その前に、誰も彼を止めなかった。何故なのか、生家の侯爵家でも、彼を柱に縛りつけてでも出立を阻止しようとはしなかった。
あれだけの熱量をもってセリーヌ王女を求める息子に、もしかしたらと期待したのだろうか。
いずれにしても、クラウスの生家もクローディアの生家も、誰も何も教えてはくれなかった。
愛を傾けられた王女だって、確かにびっくりはしただろうが、次の瞬間にはきっと、数ある日常の騒動だと容易く忘れてしまっただろう。セリーヌ王女とその婚約者とは、仲睦まじいことで有名なのだから。
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彼なりの王女に捧げた命だった。
クローディアとの婚約を解かぬまま没してしまったのは、なんとも彼らしい無責任さであったと思う。
クローディアは思った。クローディアにとって、愛とは酷く不確かでいい加減で、そして自分にはとことん縁のないものだと。
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