或る伯爵夫人が一人思い悩んだ末の事の顛末

桃井すもも

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第十八章

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 その話には聞き覚えがあった。

「この国に、昔、聖女がいたのを知っているかしら」

 クラウディアは、いつになく真剣な表情でサフィリアに向かって話している。
 だが、サフィリアは騙されない。なにせ彼女とは付き合いが長い。

 クラウディアがこういう顔をする時は、例えば世界の七不思議だとか、例えば城に住まう亡霊だとか、所謂「この世に存在しないもの」、若しくは「目に見えない摩訶不思議な世界のもの」などに関する話をする時である。
 令嬢時代には、姉と三人、パジャマパーティーで明け方まで語り合ったものだ。

「クラウディア様、退屈なさっておられるのですか?」
「……」

 どうやらサフィリアは、王太子妃の暇つぶしに呼ばれたらしい。
 思うに、王太子が不調から快癒して、それで手と時間が空いたのだろう。

「嘘八百な話ではないのよ」
「はあ」

 まあ聞いて頂戴な、とクラウディアが話し始めた内容とは、つい最近耳にした話と酷似していた。

 ここより南に進んだ大陸の最果てに、かつて一つの王国があった。そこには一人の少女がいた。幼い頃に神聖に目覚めた少女は、当時『聖女』と呼ばれていた。

 導入部分でサフィリアはいぶかしく思った。この話……。

 クラウディアはそんなサフィリアを気に掛けることなく話を進める。

 その聖女。彼女は幼い頃に母を亡くしていた。哀しみも癒えないうちに父が迎え入れた後妻とその連れ子の義妹。
 あろうことか、聖女は父と義母と義妹に虐げられていたという。

「ちょっとお待ち下さい、クラウディア様、その話をどこで聞かれたのですか?」
「聞いたのではなくてよ、読んだのよ」
「読んだ?」
「そう。王家の図書室で」

 え!それは真逆、幻の王家の禁書?

「幻なんかではなくてよ。禁書はちゃんと禁書棚にあるわよ」

 サフィリアの豊かな表情から意を汲み取ったクラウディアが答えてくれた。

「そこにある古い記録を読んだの」
「お待ち下さい、クラウディア様。それをなぜ私にお聞かせに?」
「お礼よ、お礼。殿下を励ましてもらったから」
「励ます?」
「苺ピロー、元気をもらったんですって。人情に生きる力をもらって泣きたくなったそうよ」
「ええ?それほど?ですが、それとこれは別ですわ。私にそんな王家の秘話を明かさずとも」
「良いのよ。貴女、引きが良いから」
「引き?」
「引き寄せ力よ」

 戸惑うサフィリアを置いてけぼりにして、クラウディアは先を話し出す。

 義母の連れ子の義妹とは……。
「お義姉様はズルい」「お義姉様はヒドい」
 それが義妹の口癖で、彼女は口癖も悪ければ手癖も悪かった。
 聖女の持ち物をことごとく奪い、聖女の婚約者であった当時の王太子殿下をヒドいズルい方式で騙くらかして奪った。
 学園の卒業式という晴れの日に、馬鹿な王太子と義妹の二人は、有りもしない冤罪を聖女になすり付けた挙句に婚約を破棄。
 聖女は国から追放されてしまったのだという。

 聞けば聞くほど聞いたことのあるお話。

「なんだかそのお話、最近聞いたばかりの話に酷似しております」
「ああ、それは多分、気の所為よ」

 クラウディアが言うには話には続きがある。

 義妹に冤罪を掛けられ婚約者を奪われ、「ニセ聖女」の汚名を浴びせられて、国を追われた聖女が命からがら辿り着いたのがこの王国だった。
 そこでボロボロの彼女を助けた男爵家の嫡男と聖女は心を通わせ合う。そうして二人は結ばれる。

「それが我が国にある、とある男爵家なの」

 いやいやそれは、タバサの生家の男爵家。

「まあ、それはどうでも良いのだけれど」
「え、どうでも良い?」
「ええ。だってそれって目出度し目出度しで終わったことでしょう?」
「まあ、そうですね」
「私が言いたいのはここからよ」

 サフィリアは思わず唾を飲み込んだ。この先を聞いてしまって良いのだろうか。真逆王家の秘密を知ったからと幽閉されたりしないだろうか。

 もしそうならば、最後にひと目だけ夫に会いたい。会ってどうしても伝えたい。

 貴方のことを愛していたと。

 あんな不幸な出会いだったけれど、私はとても幸せだった。
 なのに貴方に不幸を背負わせて、それがとても心苦しかった。一日でも早く身を引かねばと、そう思って離縁の誓約書も二部もらっている。もうすぐ貴方を自由に出来る、けれどもそれは幽閉されるからではない。

 最後に一言愛していたのだと、それだけはどうしても伝えたい。

 方向違いな方向へ思考が飛んでいるサフィリアを置いて、非情にもクラウディアは王家の秘密をぺろっと語った。

「目出度しな夫婦はどうでも良いのよ。終わったことは仕方がないわ」
「はあ」
「私が気の毒に思うのはね。聖女には元々心を寄せ合う殿方がいたのよ」
「ええ?だって王太子と婚約してたんですよね。そのあと男爵と恋仲になったんですよね」
「聖女、現実主義だったのね。王太子は元々政略だし義妹に騙される盆暗だったでしょう?肝心の想い人とは離れ離れになったのだから、いつまでも心を囚われていても仕方がないと思ったのでしょう」

 クラウディアの言葉にサフィリアはタバサを思い浮かべた。確かに彼女はきっぱりさっぱり潔い気質だ。

「その聖女の想い人。この国に聖女を追って来たのよ。間に合わなかったけれど」
「ああ……」

 そうかそうか、聖女と心を寄せ合った想い人は、追放された聖女を追ってここまで来た。けれどもようやく見つけた聖女は、既に男爵夫人になっていた。なんて切なく哀しい話なのだろう。

「まあ、あまり気にしないで。彼もそこそこ現実主義だったのよ」
「え?」
「仕方ないじゃない。結婚しちゃってたんですもの」
「まあそうですね」
「だから彼もこの国で妻帯したの」

 なんて現実主義な二人なのだ。

「彼、元は聖女の護衛騎士だったのよ。それで流れの騎士になって、それでとある伯爵家に拾われて、それでそこの一人娘と恋に落ちて、それでそのまま婿入りしたってわけ」

「ええ?どっちもどっちですね」
「まあそうよね」
「ところで、そのお話のどこが王家の秘密なのでしょうか」
「秘密でもなんでも無いわよ。そういう逸話があったってことよ。面白いわよね」
「そ、それでは私は幽閉されずに済むのですね?」
「は?なんの話?」

 良かった。お家に帰れる。
 サフィリアはささやかな胸を撫で下ろした。

「その護衛騎士の末裔が、そこにいる彼なの」

 最後にクラウディアは衝撃的な事実を明かした。
 クラウディアの背後には、彼女の専属護衛である近衛騎士が控えていた。濃く深い青みを帯びた瞳は確かに異国を感じさせて、見つめていると吸い込まれそうに思えた。

「今日貴女をここに呼んだのは、貴女の『引き寄せ力』を頼みたかったのよ。彼、最近家督を継ぐのに妻を探しているの。貴女に良縁を引き寄せて欲しくって」

 クラウディアの言葉に、サフィリアの答えは既に定まっていた。


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