或る伯爵夫人が一人思い悩んだ末の事の顛末

桃井すもも

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第二十章

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 タバサの婚約者となった護衛騎士の末裔は、とある伯爵家の三男だった。継ぐ爵位は無いけれど、既に近衛騎士の身分と騎士爵を得ている。

 タバサは将来、騎士の妻となる。数百年の時を超えて、嘗ての聖女と騎士の愛が結ばれる。

「素敵だわ、タバサ。これって少しばかり装飾を加えて物語に書き起こしたなら、ちょっとした小説になるんじゃないかしら」

 窓辺で向かい合って刺繍をしながら、サフィリアはタバサに言ってみた。

「あ、それでしたら昨日売ってきました」
「え?」
「書けるかな?って不安だったんですけど、ゴーストライターとかいう方がいるらしくって。大凡の流れをお話ししましたら、そのまま原案になったんです」
「えーと、それって採用されたの?」
「はい。珍しい話だって」

 それはそうだろう。王城の禁書庫に保管されている話なのだから。

「その、買い叩かれたりしなかったの?」
「大丈夫です。ロングラン行けるんじゃないかって支配人さんが言ってましたから」
「そう……」
「婚礼衣装の分と、それからアランが新しい剣が欲しかったって言うから買っちゃいました」

 現実主義。タバサは間違いなく聖女の末裔だと思った。
 何はともあれ、出会ったばかりの二人が仲睦まじいのは良いことだ。

「それより奥様」

 そこでタバサは、先ほどまでの弾んだ空気を引っ込めた。

「アランから聞いたんですけれど」
「何を?」
「奥様が王城で密かに有名人となっているんだそうです」
「え?」
「愛の権化と呼ばれて」
「ええ?何、その、ご、権化って」
「格好良いですよね。神々しくて」
「有り得ないわ。濁点多めだし」
「ですが奥様、お気を付け下さいまし」

 王城では、サフィリアの稀有な能力「選別眼」と「引き寄せ力」が知れ渡り、愛と愛を結び付ける縁結びを頼ろうと、どうにかしてサフィリアと接触を図ろうとする怪しい動きが見られるのだという。

「まあ、王太子様と旦那様が阻止しているらしいので、悪手は及ぶことはございませんが、旦那様は密かに奥様が攫われてしまうのではないかとご心配なさっておられるようです」
「ええ?初耳なのだけれど」
「ええ。奥様が不安になってはいけないからと箝口令が敷かれて……って、今喋っちゃいました」
「タバサ……」

 まあ、聞いてしまったものは仕方がない。
 どのみち、若干引き籠もり系のサフィリアは、無闇な外出はしない。外に出るのは毎日教会に通うくらいだ。それも告解室に入り浸っているから、他人と接触することもない。接触するなら神か司祭だ。

 それにサフィリアには、他人の恋やら愛やらに関わる資格などないのだ。なにせ自分が夫への愛に悩んでいる。
 解放しなければならない愛に縋るような己の、どこが愛の権化と言えようか。

 そんな嘘っぱちの力など、王城横の泉にでも捨ててしまいたい。


 その晩、サフィリアは夢をみた。
 夢の中でサフィリアは、泉のほとりに立っていた。そこで己の身体から発せられる光りをきゅっと丸めて、光り輝く球体を泉に向かってぶん投げた。

 すると不思議なことに水面が揺れて、それが盛り上がったかと思うと女神が現れた。
 女神にサフィリアは覚えがあった。毎日毎日通う教会の礼拝堂にいらっしゃる、あの女神様だ。

『お前が投げたのは、「愛の光」かえ?』

 女神様はそう言って、両の手の平にまばゆい光の玉を包み込み、サフィリアの眼の前で開いてみせた。

「違います」
『え?』
「それは私のものではありません」
『えっと、』

 真っ白に光り輝く女神様が戸惑いを見せたような気がするも、きっと気の所為だろう。
 それより何より愛する夫を不幸にした己に、そんな力は相応しくない。あの不幸な一夜があったばかりに、サフィリアは夫に過酷な二年を与えてしまった。

 だから、そんな「愛の力」は捨ててしまおう。

 サフィリアは、戸惑う女神に背を向けた。すたすたと、泉から離れて暗闇に向かって歩き出す。
 愛に値するものを持つ資格など己にはない。だからサフィリアは、眩く輝く愛の光を女神の元に返したのだった。

 目覚める直前に、
『愛は、返却不可』と耳元に聞こえた途端、純白の光の玉に全身を包まれた。それもきっと多分、夢だろう。


 夜も明けやらぬ早朝に、早馬で書簡が届けられた。正教会の総本山からの書簡だった。
 慌てた執事が寝室まで届けた書簡の中身は、ルクスが確かめた。

「なんて書いてるんです?旦那様」
「いや、なんでもない」

 そう言ってルクスはサフィリアに爽やかな笑顔を向けた。にっと白い歯を見せたかと思うとくるりと背を向け、あろうことか書簡に蝋燭の炎を着けた。あっという間に炎が高く立ち登り、書簡はメラメラ赤々と燃え出した。

「地獄に堕ちろ、この聖女認定書め」

 夫が何やら呟いたが、背中を向けられていたサフィリアには聞こえなかった。代わりに、きゃあぁぁぁという断末魔の叫び声が燃える書簡から聞こえたような気がした。

「兎に角」

 書簡を燃やし終えた夫がサフィリアへと振り返った。

「君は何処にも行かずとも良い。ずっと私の側にいるんだ、わかったね?聖女だとか聖女だとか正教会だとか、そんなことは気ニセズトモ良イ」

 なんだか最後、瞳孔が開いて見えたが気の所為か。

 こうして本人の耳に何一つ入ることなく、正教会の総本山から正式に任命された「聖女サフィリア」は、再三のお呼び出しにも気づくことなく、生涯、唯の一度も正教会の総本山へは出向くことはなかったという。
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