21 / 44
第二十一章
しおりを挟む
「あのぅ」
数日ぶりの告解だった。
ここ最近、苺の刺繍に追われたり、王城に呼び出されたり、侍女の婚約騒動があったりで、ゆっくり教会に来られなかった。
部屋の隅から、最早サフィリア専用となっている椅子を持ち出しギギィギギィと引き摺って、磨り硝子の前でよいしょと座った。
「もう、すっかりご無沙汰しちゃって。申し訳ございませんでした」
「……」
それからサフィリアは、久し振りだな、何から話そうかなと語り始めた。
「それで、殿下がお身体の具合を悪くされちゃって、私、お気の毒に思いましたの。妃殿下が『枕の住人』だなんて仰るから、それって大変なことだわって、そう思いましたのよ」
「……」
「それで、折角枕の住人になられたのですもの、ピローケースに殿下のお好きな苺を刺繍することに致しましたの」
「……」
「それで、反省点があるんですけれど、ちょっと図案が大きかったかなぁと思いまして。それで告解に参りましたの」
「……」
司祭は忍耐を重ねた聖職者であるから、大概のことなら耐えられる。だが、こういう手合いはテリトリー外だった。
だから、サフィリアの長い告解を、戸惑いと呆れと困惑と共に無言で受け止める。
司祭は彼女の専属アドバイザーではないから、黙って耳を傾けることしか出来ない。
だが、気になることがあった。
前回サフィリアは、ルクスとの離縁を仄めかした。あれは一体どうなったのか、ルクスとは話しができたのか。
サフィリアは椅子に座るなり苺の刺繍について話し始めた。それから侍女の縁談が纏まったとか、侍女の実体験が今度劇場の演目になるのだとか、もしかしたらロングラン行けるんではないかとか、告解という名の日常報告をつらつらと語る。
夫人、友達いないのだろうか。多分そうだな。あの束縛系の夫は夫人を外には出したがらない。のんびり茶会だなんて無理だろう。
司祭は、サフィリアがちょくちょく王太子妃のお茶会に呼び出されていることを知らないから、少しばかりサフィリアを気の毒に思った。
それで渋々、このどうでもよい告解というお喋りに付き合っている。
「そうそう、司祭様。私、夢で女神様にお会いしましたのよ。ええ、ええ、こちらの礼拝堂にいらっしゃる女神様ですわ」
何?それは真逆「女神の出現」か?この夫人の口から初めて神聖な話が出て、司祭は真面目に聞こうと居住まいを正した。
「なんだか不思議なんですけれど、愛は返却不可なんですって。そう言われてしまいましたの」
「?」
「それで、目が覚めましたら何やら邸が騒々しくて、早馬が来たとかで。それで、何やら書簡が届いたのですけれど、何故なのかしらその書簡、旦那様が蝋燭の火で燃やしてしまいましたの。でも、ちょっと気になりましたのは、それってどうやら正教会の総本山から届いたらしくって。聖女認定だとかなんとか……」
ガタガタガタンと磨り硝子の向こう側から音がした。
「まあ、大丈夫?司祭様」
サフィリアはそう声を掛けたが答えはなかった。磨り硝子の向こう側は薄暗闇で人の気配も無い。
まあ。司祭様、お忙しいのね。お話の途中だったのに、どこかに行っちゃったわ。
サフィリアにはまだ話したい事が沢山あった。離縁誓約書を貰いに行った話だとか、それも用意周到に二部貰ったことだとか、言ってよいのかどうか迷ったが、王太子の婚姻がトランプゲームで決まったことに加えてジョーカーが王太子だったとか、色々話したいことが残っていた。
だが肝心の司祭が居なくなってしまったのなら仕方がない、帰るか。
サフィリアは勝手に持ち出した椅子を片付ける。重い椅子をギギィギギィと引き摺って、部屋の隅に寄せた。
それから、ぱんぱんと手の平の埃をはたき落として、
「御免遊ばせ」
サフィリアは帰っていった。
司祭は椅子からひっくり返っていたのを、どうにか起き上がった。
サフィリアの「聖女認定」というパワーワードに彼は椅子からひっくり返っていた。ちゃんと床に転がっていたのだが、サフィリアはそれには気が付かなかった。
「不味いことになったな」
司祭はやれやれと面倒に思った。あの夫婦、ほんと面倒くさいな。そう思いながら頭を掻いた。
「お前、何してるんだ?奥方、聖女じゃないか。聖地巡礼断ったのか?任命式の案内燃やしたのか?それは不味い。不味いぞルクス」
胸の内の半分しか打ち明けられず、すっきりできなかったサフィリアが漸く帰って、誰もいなくなった礼拝堂で司祭は不遜な男の顔を思い浮かべた。
「今日は何をしていたんだ?」
共に並び座る晩餐の席で、ルクスがサフィリアへ向き直って尋ねてきた。至近距離で真横から覗き込まれて、サフィリアは少しだけ身を反らした。
「こっ」
告解ですわと言いかけて、ぎりぎりセーフでその先を飲み込んだ。危ない危ない。
「こ?」
夫が不審な顔をする。更に横からサフィリアを覗き込んでくる。
「ええーと、散策しておりました」礼拝堂を。
サフィリアの返答に夫は不審を解いて頷いた。
「そうか、散策をしていたのか。そうかそうか、そうだ、今度観劇に行こう」
「観劇ですか?」
「ああ。面白い演目があるらしい。私の職場でも評判になっていた。何でも数百年の時を超えた愛の結実だとかなんとか。ちょっと聞いたことがある気もするんだが、最新作だと言うから気の所為だな」
「!」
「時代と空間を超越した愛のファンタジー劇場版だそうだ。同僚も細君を連れてもう二度も観ているそうだ。追加公演も発表されてロングラン決定らしい」
追加公演!ロングラン!時を超えた愛のファンタジー!
それはタバサとアランの物語だ。
《やったわね、タバサ!》
《やりました、奥様!》
サフィリアとタバサはそこで目配せし合った。追加公演決定で印税の入ったらしいタバサが小さな邸宅を購入するのはまた別のお話。
数日ぶりの告解だった。
ここ最近、苺の刺繍に追われたり、王城に呼び出されたり、侍女の婚約騒動があったりで、ゆっくり教会に来られなかった。
部屋の隅から、最早サフィリア専用となっている椅子を持ち出しギギィギギィと引き摺って、磨り硝子の前でよいしょと座った。
「もう、すっかりご無沙汰しちゃって。申し訳ございませんでした」
「……」
それからサフィリアは、久し振りだな、何から話そうかなと語り始めた。
「それで、殿下がお身体の具合を悪くされちゃって、私、お気の毒に思いましたの。妃殿下が『枕の住人』だなんて仰るから、それって大変なことだわって、そう思いましたのよ」
「……」
「それで、折角枕の住人になられたのですもの、ピローケースに殿下のお好きな苺を刺繍することに致しましたの」
「……」
「それで、反省点があるんですけれど、ちょっと図案が大きかったかなぁと思いまして。それで告解に参りましたの」
「……」
司祭は忍耐を重ねた聖職者であるから、大概のことなら耐えられる。だが、こういう手合いはテリトリー外だった。
だから、サフィリアの長い告解を、戸惑いと呆れと困惑と共に無言で受け止める。
司祭は彼女の専属アドバイザーではないから、黙って耳を傾けることしか出来ない。
だが、気になることがあった。
前回サフィリアは、ルクスとの離縁を仄めかした。あれは一体どうなったのか、ルクスとは話しができたのか。
サフィリアは椅子に座るなり苺の刺繍について話し始めた。それから侍女の縁談が纏まったとか、侍女の実体験が今度劇場の演目になるのだとか、もしかしたらロングラン行けるんではないかとか、告解という名の日常報告をつらつらと語る。
夫人、友達いないのだろうか。多分そうだな。あの束縛系の夫は夫人を外には出したがらない。のんびり茶会だなんて無理だろう。
司祭は、サフィリアがちょくちょく王太子妃のお茶会に呼び出されていることを知らないから、少しばかりサフィリアを気の毒に思った。
それで渋々、このどうでもよい告解というお喋りに付き合っている。
「そうそう、司祭様。私、夢で女神様にお会いしましたのよ。ええ、ええ、こちらの礼拝堂にいらっしゃる女神様ですわ」
何?それは真逆「女神の出現」か?この夫人の口から初めて神聖な話が出て、司祭は真面目に聞こうと居住まいを正した。
「なんだか不思議なんですけれど、愛は返却不可なんですって。そう言われてしまいましたの」
「?」
「それで、目が覚めましたら何やら邸が騒々しくて、早馬が来たとかで。それで、何やら書簡が届いたのですけれど、何故なのかしらその書簡、旦那様が蝋燭の火で燃やしてしまいましたの。でも、ちょっと気になりましたのは、それってどうやら正教会の総本山から届いたらしくって。聖女認定だとかなんとか……」
ガタガタガタンと磨り硝子の向こう側から音がした。
「まあ、大丈夫?司祭様」
サフィリアはそう声を掛けたが答えはなかった。磨り硝子の向こう側は薄暗闇で人の気配も無い。
まあ。司祭様、お忙しいのね。お話の途中だったのに、どこかに行っちゃったわ。
サフィリアにはまだ話したい事が沢山あった。離縁誓約書を貰いに行った話だとか、それも用意周到に二部貰ったことだとか、言ってよいのかどうか迷ったが、王太子の婚姻がトランプゲームで決まったことに加えてジョーカーが王太子だったとか、色々話したいことが残っていた。
だが肝心の司祭が居なくなってしまったのなら仕方がない、帰るか。
サフィリアは勝手に持ち出した椅子を片付ける。重い椅子をギギィギギィと引き摺って、部屋の隅に寄せた。
それから、ぱんぱんと手の平の埃をはたき落として、
「御免遊ばせ」
サフィリアは帰っていった。
司祭は椅子からひっくり返っていたのを、どうにか起き上がった。
サフィリアの「聖女認定」というパワーワードに彼は椅子からひっくり返っていた。ちゃんと床に転がっていたのだが、サフィリアはそれには気が付かなかった。
「不味いことになったな」
司祭はやれやれと面倒に思った。あの夫婦、ほんと面倒くさいな。そう思いながら頭を掻いた。
「お前、何してるんだ?奥方、聖女じゃないか。聖地巡礼断ったのか?任命式の案内燃やしたのか?それは不味い。不味いぞルクス」
胸の内の半分しか打ち明けられず、すっきりできなかったサフィリアが漸く帰って、誰もいなくなった礼拝堂で司祭は不遜な男の顔を思い浮かべた。
「今日は何をしていたんだ?」
共に並び座る晩餐の席で、ルクスがサフィリアへ向き直って尋ねてきた。至近距離で真横から覗き込まれて、サフィリアは少しだけ身を反らした。
「こっ」
告解ですわと言いかけて、ぎりぎりセーフでその先を飲み込んだ。危ない危ない。
「こ?」
夫が不審な顔をする。更に横からサフィリアを覗き込んでくる。
「ええーと、散策しておりました」礼拝堂を。
サフィリアの返答に夫は不審を解いて頷いた。
「そうか、散策をしていたのか。そうかそうか、そうだ、今度観劇に行こう」
「観劇ですか?」
「ああ。面白い演目があるらしい。私の職場でも評判になっていた。何でも数百年の時を超えた愛の結実だとかなんとか。ちょっと聞いたことがある気もするんだが、最新作だと言うから気の所為だな」
「!」
「時代と空間を超越した愛のファンタジー劇場版だそうだ。同僚も細君を連れてもう二度も観ているそうだ。追加公演も発表されてロングラン決定らしい」
追加公演!ロングラン!時を超えた愛のファンタジー!
それはタバサとアランの物語だ。
《やったわね、タバサ!》
《やりました、奥様!》
サフィリアとタバサはそこで目配せし合った。追加公演決定で印税の入ったらしいタバサが小さな邸宅を購入するのはまた別のお話。
3,085
あなたにおすすめの小説
亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた
榛乃
恋愛
伯爵家の令嬢・リシェルは、侯爵家のアルベルトに密かに想いを寄せていた。
けれど彼が選んだのはリシェルではなく、双子の姉・オリヴィアだった。
二人は夫婦となり、誰もが羨むような幸福な日々を過ごしていたが――それは五年ももたず、儚く終わりを迎えてしまう。
オリヴィアが心臓の病でこの世を去ったのだ。
その日を堺にアルベルトの心は壊れ、最愛の妻の幻を追い続けるようになる。
そんな彼を守るために。
そして侯爵家の未来と、両親の願いのために。
リシェルは自分を捨て、“姉のふり”をして生きる道を選ぶ。
けれど、どれほど傍にいても、どれほど尽くしても、彼の瞳に映るのはいつだって“オリヴィア”だった。
その現実が、彼女の心を静かに蝕んでゆく。
遂に限界を越えたリシェルは、自ら命を絶つことに決める。
短剣を手に、過去を振り返るリシェル。
そしていよいよ切っ先を突き刺そうとした、その瞬間――。
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる