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第二十一章
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「あのぅ」
数日ぶりの告解だった。
ここ最近、苺の刺繍に追われたり、王城に呼び出されたり、侍女の婚約騒動があったりで、ゆっくり教会に来られなかった。
部屋の隅から、最早サフィリア専用となっている椅子を持ち出しギギィギギィと引き摺って、磨り硝子の前でよいしょと座った。
「もう、すっかりご無沙汰しちゃって。申し訳ございませんでした」
「……」
それからサフィリアは、久し振りだな、何から話そうかなと語り始めた。
「それで、殿下がお身体の具合を悪くされちゃって、私、お気の毒に思いましたの。妃殿下が『枕の住人』だなんて仰るから、それって大変なことだわって、そう思いましたのよ」
「……」
「それで、折角枕の住人になられたのですもの、ピローケースに殿下のお好きな苺を刺繍することに致しましたの」
「……」
「それで、反省点があるんですけれど、ちょっと図案が大きかったかなぁと思いまして。それで告解に参りましたの」
「……」
司祭は忍耐を重ねた聖職者であるから、大概のことなら耐えられる。だが、こういう手合いはテリトリー外だった。
だから、サフィリアの長い告解を、戸惑いと呆れと困惑と共に無言で受け止める。
司祭は彼女の専属アドバイザーではないから、黙って耳を傾けることしか出来ない。
だが、気になることがあった。
前回サフィリアは、ルクスとの離縁を仄めかした。あれは一体どうなったのか、ルクスとは話しができたのか。
サフィリアは椅子に座るなり苺の刺繍について話し始めた。それから侍女の縁談が纏まったとか、侍女の実体験が今度劇場の演目になるのだとか、もしかしたらロングラン行けるんではないかとか、告解という名の日常報告をつらつらと語る。
夫人、友達いないのだろうか。多分そうだな。あの束縛系の夫は夫人を外には出したがらない。のんびり茶会だなんて無理だろう。
司祭は、サフィリアがちょくちょく王太子妃のお茶会に呼び出されていることを知らないから、少しばかりサフィリアを気の毒に思った。
それで渋々、このどうでもよい告解というお喋りに付き合っている。
「そうそう、司祭様。私、夢で女神様にお会いしましたのよ。ええ、ええ、こちらの礼拝堂にいらっしゃる女神様ですわ」
何?それは真逆「女神の出現」か?この夫人の口から初めて神聖な話が出て、司祭は真面目に聞こうと居住まいを正した。
「なんだか不思議なんですけれど、愛は返却不可なんですって。そう言われてしまいましたの」
「?」
「それで、目が覚めましたら何やら邸が騒々しくて、早馬が来たとかで。それで、何やら書簡が届いたのですけれど、何故なのかしらその書簡、旦那様が蝋燭の火で燃やしてしまいましたの。でも、ちょっと気になりましたのは、それってどうやら正教会の総本山から届いたらしくって。聖女認定だとかなんとか……」
ガタガタガタンと磨り硝子の向こう側から音がした。
「まあ、大丈夫?司祭様」
サフィリアはそう声を掛けたが答えはなかった。磨り硝子の向こう側は薄暗闇で人の気配も無い。
まあ。司祭様、お忙しいのね。お話の途中だったのに、どこかに行っちゃったわ。
サフィリアにはまだ話したい事が沢山あった。離縁誓約書を貰いに行った話だとか、それも用意周到に二部貰ったことだとか、言ってよいのかどうか迷ったが、王太子の婚姻がトランプゲームで決まったことに加えてジョーカーが王太子だったとか、色々話したいことが残っていた。
だが肝心の司祭が居なくなってしまったのなら仕方がない、帰るか。
サフィリアは勝手に持ち出した椅子を片付ける。重い椅子をギギィギギィと引き摺って、部屋の隅に寄せた。
それから、ぱんぱんと手の平の埃をはたき落として、
「御免遊ばせ」
サフィリアは帰っていった。
司祭は椅子からひっくり返っていたのを、どうにか起き上がった。
サフィリアの「聖女認定」というパワーワードに彼は椅子からひっくり返っていた。ちゃんと床に転がっていたのだが、サフィリアはそれには気が付かなかった。
「不味いことになったな」
司祭はやれやれと面倒に思った。あの夫婦、ほんと面倒くさいな。そう思いながら頭を掻いた。
「お前、何してるんだ?奥方、聖女じゃないか。聖地巡礼断ったのか?任命式の案内燃やしたのか?それは不味い。不味いぞルクス」
胸の内の半分しか打ち明けられず、すっきりできなかったサフィリアが漸く帰って、誰もいなくなった礼拝堂で司祭は不遜な男の顔を思い浮かべた。
「今日は何をしていたんだ?」
共に並び座る晩餐の席で、ルクスがサフィリアへ向き直って尋ねてきた。至近距離で真横から覗き込まれて、サフィリアは少しだけ身を反らした。
「こっ」
告解ですわと言いかけて、ぎりぎりセーフでその先を飲み込んだ。危ない危ない。
「こ?」
夫が不審な顔をする。更に横からサフィリアを覗き込んでくる。
「ええーと、散策しておりました」礼拝堂を。
サフィリアの返答に夫は不審を解いて頷いた。
「そうか、散策をしていたのか。そうかそうか、そうだ、今度観劇に行こう」
「観劇ですか?」
「ああ。面白い演目があるらしい。私の職場でも評判になっていた。何でも数百年の時を超えた愛の結実だとかなんとか。ちょっと聞いたことがある気もするんだが、最新作だと言うから気の所為だな」
「!」
「時代と空間を超越した愛のファンタジー劇場版だそうだ。同僚も細君を連れてもう二度も観ているそうだ。追加公演も発表されてロングラン決定らしい」
追加公演!ロングラン!時を超えた愛のファンタジー!
それはタバサとアランの物語だ。
《やったわね、タバサ!》
《やりました、奥様!》
サフィリアとタバサはそこで目配せし合った。追加公演決定で印税の入ったらしいタバサが小さな邸宅を購入するのはまた別のお話。
数日ぶりの告解だった。
ここ最近、苺の刺繍に追われたり、王城に呼び出されたり、侍女の婚約騒動があったりで、ゆっくり教会に来られなかった。
部屋の隅から、最早サフィリア専用となっている椅子を持ち出しギギィギギィと引き摺って、磨り硝子の前でよいしょと座った。
「もう、すっかりご無沙汰しちゃって。申し訳ございませんでした」
「……」
それからサフィリアは、久し振りだな、何から話そうかなと語り始めた。
「それで、殿下がお身体の具合を悪くされちゃって、私、お気の毒に思いましたの。妃殿下が『枕の住人』だなんて仰るから、それって大変なことだわって、そう思いましたのよ」
「……」
「それで、折角枕の住人になられたのですもの、ピローケースに殿下のお好きな苺を刺繍することに致しましたの」
「……」
「それで、反省点があるんですけれど、ちょっと図案が大きかったかなぁと思いまして。それで告解に参りましたの」
「……」
司祭は忍耐を重ねた聖職者であるから、大概のことなら耐えられる。だが、こういう手合いはテリトリー外だった。
だから、サフィリアの長い告解を、戸惑いと呆れと困惑と共に無言で受け止める。
司祭は彼女の専属アドバイザーではないから、黙って耳を傾けることしか出来ない。
だが、気になることがあった。
前回サフィリアは、ルクスとの離縁を仄めかした。あれは一体どうなったのか、ルクスとは話しができたのか。
サフィリアは椅子に座るなり苺の刺繍について話し始めた。それから侍女の縁談が纏まったとか、侍女の実体験が今度劇場の演目になるのだとか、もしかしたらロングラン行けるんではないかとか、告解という名の日常報告をつらつらと語る。
夫人、友達いないのだろうか。多分そうだな。あの束縛系の夫は夫人を外には出したがらない。のんびり茶会だなんて無理だろう。
司祭は、サフィリアがちょくちょく王太子妃のお茶会に呼び出されていることを知らないから、少しばかりサフィリアを気の毒に思った。
それで渋々、このどうでもよい告解というお喋りに付き合っている。
「そうそう、司祭様。私、夢で女神様にお会いしましたのよ。ええ、ええ、こちらの礼拝堂にいらっしゃる女神様ですわ」
何?それは真逆「女神の出現」か?この夫人の口から初めて神聖な話が出て、司祭は真面目に聞こうと居住まいを正した。
「なんだか不思議なんですけれど、愛は返却不可なんですって。そう言われてしまいましたの」
「?」
「それで、目が覚めましたら何やら邸が騒々しくて、早馬が来たとかで。それで、何やら書簡が届いたのですけれど、何故なのかしらその書簡、旦那様が蝋燭の火で燃やしてしまいましたの。でも、ちょっと気になりましたのは、それってどうやら正教会の総本山から届いたらしくって。聖女認定だとかなんとか……」
ガタガタガタンと磨り硝子の向こう側から音がした。
「まあ、大丈夫?司祭様」
サフィリアはそう声を掛けたが答えはなかった。磨り硝子の向こう側は薄暗闇で人の気配も無い。
まあ。司祭様、お忙しいのね。お話の途中だったのに、どこかに行っちゃったわ。
サフィリアにはまだ話したい事が沢山あった。離縁誓約書を貰いに行った話だとか、それも用意周到に二部貰ったことだとか、言ってよいのかどうか迷ったが、王太子の婚姻がトランプゲームで決まったことに加えてジョーカーが王太子だったとか、色々話したいことが残っていた。
だが肝心の司祭が居なくなってしまったのなら仕方がない、帰るか。
サフィリアは勝手に持ち出した椅子を片付ける。重い椅子をギギィギギィと引き摺って、部屋の隅に寄せた。
それから、ぱんぱんと手の平の埃をはたき落として、
「御免遊ばせ」
サフィリアは帰っていった。
司祭は椅子からひっくり返っていたのを、どうにか起き上がった。
サフィリアの「聖女認定」というパワーワードに彼は椅子からひっくり返っていた。ちゃんと床に転がっていたのだが、サフィリアはそれには気が付かなかった。
「不味いことになったな」
司祭はやれやれと面倒に思った。あの夫婦、ほんと面倒くさいな。そう思いながら頭を掻いた。
「お前、何してるんだ?奥方、聖女じゃないか。聖地巡礼断ったのか?任命式の案内燃やしたのか?それは不味い。不味いぞルクス」
胸の内の半分しか打ち明けられず、すっきりできなかったサフィリアが漸く帰って、誰もいなくなった礼拝堂で司祭は不遜な男の顔を思い浮かべた。
「今日は何をしていたんだ?」
共に並び座る晩餐の席で、ルクスがサフィリアへ向き直って尋ねてきた。至近距離で真横から覗き込まれて、サフィリアは少しだけ身を反らした。
「こっ」
告解ですわと言いかけて、ぎりぎりセーフでその先を飲み込んだ。危ない危ない。
「こ?」
夫が不審な顔をする。更に横からサフィリアを覗き込んでくる。
「ええーと、散策しておりました」礼拝堂を。
サフィリアの返答に夫は不審を解いて頷いた。
「そうか、散策をしていたのか。そうかそうか、そうだ、今度観劇に行こう」
「観劇ですか?」
「ああ。面白い演目があるらしい。私の職場でも評判になっていた。何でも数百年の時を超えた愛の結実だとかなんとか。ちょっと聞いたことがある気もするんだが、最新作だと言うから気の所為だな」
「!」
「時代と空間を超越した愛のファンタジー劇場版だそうだ。同僚も細君を連れてもう二度も観ているそうだ。追加公演も発表されてロングラン決定らしい」
追加公演!ロングラン!時を超えた愛のファンタジー!
それはタバサとアランの物語だ。
《やったわね、タバサ!》
《やりました、奥様!》
サフィリアとタバサはそこで目配せし合った。追加公演決定で印税の入ったらしいタバサが小さな邸宅を購入するのはまた別のお話。
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