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第二十六章
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「何をしている」
「どこに行く」
「それはなんだ」
「そんなことは許さない」
以上は全てがルクスの言葉で、サフィリアが呆気に取られてひと言も返せないでいるのもお構いなしに、彼は息もつかずに言い切った。
ツカツカツカと部屋に入り、文机の上にあった離縁誓約書をグシャリと握り、そのままビリリと引き裂いた。
更には引き裂いたのを忌々しそうに床にぶちまけ、あろうことがギュッギュッと踏みつけた。
「だ、だ、旦那様、何をなさるの?それは大切な離「そんなものは要らない」
「旦那様、いけません。それは離「だからそんな必要は無い」
ビリビリに破いた離縁の誓約書を床に捨てて踏みつけにした後、ルクスはツカツカツカとサフィリアに歩み寄った。
それからガシリと両肩に手を置き、腰を屈めてサフィリアを真正面から覗き見た。
「私がこの世で一番忌み嫌う言葉を知っているか?」
「サフィリアかしら」「違う!」
怒られてしまった。
「離縁だ。くそ、自分でわざわざ言ってしまった忌々しいっ」
ルクスはそこで本心から忌々しく思うような、悔しげな顔をした。
「兎に角」
両肩に置かれた手に力がこもる。
「君は生涯未来永劫いつでもどこまでも私の妻だ。私の妻以外有り得ない。そうでなくっちゃ駄目なんだ」
こんな真剣な眼差しは、閨で見つめ合うときくらいしか見たことがない。やだわ、私ったらこんな時にあんな事やこんな事を思い出してしまうだなんて。
ぽっと頬が染まってしまった。それが恥ずかしくて思わず顔を伏せた。だが、夫から視線を外しては失礼かと思い直して夫の目を見つめた。結果、あざとい上目遣いになってしまった。
「ぐっ」
夫が呻いた。だ、旦那様、どこか痛いの?
心配になったサフィリアは、そこで更に夫を仰ぎ見た。あざとい上目遣いにうるうるが加わった。
「うっ」
ルクスが途端に苦悶の表情を浮かべた。
「大丈夫!?旦那様!」
慌てたサフィリアの問い掛けに、ルクスは答えた。
「大丈夫じゃない。君がいてくれなければ死んでしまう」
「駄目よ駄目駄目、死んじゃ駄目!」
「なら、君は何をしてくれる?」
「え?」
「私の願いを聞いてくれるなら、或いは死なずに済むかもしれない」
「しますします、何でもします!だから旦那様、死んでは駄目よ!」
その言葉に、ルクスの瞳に仄暗い光が宿った。
男性なのに長い指が綺麗だと思う。
その指に髪を梳かれながら、サフィリアはその胸元に抱き締められていた。
真っ裸で。
真っ昼間に。
何故なのか、突然夫は帰ってきた。
朝、いつも通りに登城した筈なのに、昼過ぎに帰ってきた。
丁度サフィリアは離縁に向けて絶賛身辺整理中だったのだが、そこをルクスに踏み込まれた。
あんなに苦労して書き上げた離縁誓約書はビリビリに裂かれて千切られて、終いには足でギュッギュッと踏みつけにされた。
それからツカツカツカと歩み寄ってきた夫となんだかんだの後に、怪しく瞳を輝かせた夫によって寝台に引き摺り込まれた。
あんなことやこんなこと、筆舌に尽くしがたい手法で身も心も蕩かされ、今はすっかりスッキリした夫に髪を梳かれている。
「君を願ったのは、私だ」
「へ?」
何を願ったのだろう。離縁?それなら離縁誓約書がもう一枚ある。書き損じに備えて二枚もらっていたから。
「何?どれ、それを寄こしなさい。ビリビリのバリバリに引き千切ってやる」
器用な夫は、サフィリアの髪を指先で梳きながら、離縁誓約書(予備)を寄こせと迫ってきた。
結局、ヘッドボードの中に仕舞っていたのを見つけられて、あろうことが二枚目の離縁誓約書(予備)は蝋燭の炎で焼かれた。
「地獄に堕ちろ、この離縁誓約書め」
夫が何やら呟いたが、背中を向けられていたサフィリアには聞こえなかった。代わりに、ぎゃあぁぁぁという断末魔の叫び声が離縁誓約書から聞こえたような気がした。
「兎に角」
誓約書を燃やし終えた夫がサフィリアへと振り返った。その前になんか着てほしい。真っ裸で凄まれても、ちょっと。
「君の提出する書類に惚れた」
「へ?」
「誤解しないでほしい。惚れたのは飽くまでも君にだ」
「ええっと」
腑に落ちないサフィリアに、ルクスは打ち明けた。
サフィリアは学園を卒業してから、姉の執務を手伝っていた。姉は、父よりも夫よりも妹の方が遥かに有能であるのを認めていた。サフィリアを側に置き執務のあれこれを任せていた。
そうしてサフィリアが手掛けた書類は王城に提出されて、それを目にしたのがルクスだった。
最初はサフィリアの姉が記した書類だと思った。だが、直ぐにそうではないとわかった。
ある日、所用で登城したサフィリアの姉と話す機会を得た。
「ああ、それは妹ですの。妹は優秀でして、私の権限で任せている仕事がありますのよ。貴方がご覧になった書類とは、妹が書き起こして私がサインしたものですわ」
癖のないきっちりとした、それでいて流麗で女性らしさが窺われる美しい筆跡。
何より正確に記載された書類は読みやすくわかりやすい。王城に提出するものだから当然ではあるが、それでも彼女の作成した書類は文官であるルクスでさえ認めてしまう確かなものだった。
それから気がつけば、サフィリアの生家、モーランド伯爵家から提出される書類を意識するようになった。そのうち目にするのが楽しみになった。朝には書類の束に、彼女の記したものが入っていないか確認するのが日課になった。
ルクスは、サフィリアが書き起こした書類を通して、サフィリアに恋をした。
書類を受け取る度に恋心を募らせた。その恋心はとうとう、隠しようもないほどルクスの胸に光を齎し心を揺さぶった。
ある日、サフィリアが姉のお供として登城した。その姿を目にした途端、ルクスはバーンと何かに胸を撃ち抜かれた。
それはキューピッドの恋の矢で胸を撃ち抜かれた音だった。
「どこに行く」
「それはなんだ」
「そんなことは許さない」
以上は全てがルクスの言葉で、サフィリアが呆気に取られてひと言も返せないでいるのもお構いなしに、彼は息もつかずに言い切った。
ツカツカツカと部屋に入り、文机の上にあった離縁誓約書をグシャリと握り、そのままビリリと引き裂いた。
更には引き裂いたのを忌々しそうに床にぶちまけ、あろうことがギュッギュッと踏みつけた。
「だ、だ、旦那様、何をなさるの?それは大切な離「そんなものは要らない」
「旦那様、いけません。それは離「だからそんな必要は無い」
ビリビリに破いた離縁の誓約書を床に捨てて踏みつけにした後、ルクスはツカツカツカとサフィリアに歩み寄った。
それからガシリと両肩に手を置き、腰を屈めてサフィリアを真正面から覗き見た。
「私がこの世で一番忌み嫌う言葉を知っているか?」
「サフィリアかしら」「違う!」
怒られてしまった。
「離縁だ。くそ、自分でわざわざ言ってしまった忌々しいっ」
ルクスはそこで本心から忌々しく思うような、悔しげな顔をした。
「兎に角」
両肩に置かれた手に力がこもる。
「君は生涯未来永劫いつでもどこまでも私の妻だ。私の妻以外有り得ない。そうでなくっちゃ駄目なんだ」
こんな真剣な眼差しは、閨で見つめ合うときくらいしか見たことがない。やだわ、私ったらこんな時にあんな事やこんな事を思い出してしまうだなんて。
ぽっと頬が染まってしまった。それが恥ずかしくて思わず顔を伏せた。だが、夫から視線を外しては失礼かと思い直して夫の目を見つめた。結果、あざとい上目遣いになってしまった。
「ぐっ」
夫が呻いた。だ、旦那様、どこか痛いの?
心配になったサフィリアは、そこで更に夫を仰ぎ見た。あざとい上目遣いにうるうるが加わった。
「うっ」
ルクスが途端に苦悶の表情を浮かべた。
「大丈夫!?旦那様!」
慌てたサフィリアの問い掛けに、ルクスは答えた。
「大丈夫じゃない。君がいてくれなければ死んでしまう」
「駄目よ駄目駄目、死んじゃ駄目!」
「なら、君は何をしてくれる?」
「え?」
「私の願いを聞いてくれるなら、或いは死なずに済むかもしれない」
「しますします、何でもします!だから旦那様、死んでは駄目よ!」
その言葉に、ルクスの瞳に仄暗い光が宿った。
男性なのに長い指が綺麗だと思う。
その指に髪を梳かれながら、サフィリアはその胸元に抱き締められていた。
真っ裸で。
真っ昼間に。
何故なのか、突然夫は帰ってきた。
朝、いつも通りに登城した筈なのに、昼過ぎに帰ってきた。
丁度サフィリアは離縁に向けて絶賛身辺整理中だったのだが、そこをルクスに踏み込まれた。
あんなに苦労して書き上げた離縁誓約書はビリビリに裂かれて千切られて、終いには足でギュッギュッと踏みつけにされた。
それからツカツカツカと歩み寄ってきた夫となんだかんだの後に、怪しく瞳を輝かせた夫によって寝台に引き摺り込まれた。
あんなことやこんなこと、筆舌に尽くしがたい手法で身も心も蕩かされ、今はすっかりスッキリした夫に髪を梳かれている。
「君を願ったのは、私だ」
「へ?」
何を願ったのだろう。離縁?それなら離縁誓約書がもう一枚ある。書き損じに備えて二枚もらっていたから。
「何?どれ、それを寄こしなさい。ビリビリのバリバリに引き千切ってやる」
器用な夫は、サフィリアの髪を指先で梳きながら、離縁誓約書(予備)を寄こせと迫ってきた。
結局、ヘッドボードの中に仕舞っていたのを見つけられて、あろうことが二枚目の離縁誓約書(予備)は蝋燭の炎で焼かれた。
「地獄に堕ちろ、この離縁誓約書め」
夫が何やら呟いたが、背中を向けられていたサフィリアには聞こえなかった。代わりに、ぎゃあぁぁぁという断末魔の叫び声が離縁誓約書から聞こえたような気がした。
「兎に角」
誓約書を燃やし終えた夫がサフィリアへと振り返った。その前になんか着てほしい。真っ裸で凄まれても、ちょっと。
「君の提出する書類に惚れた」
「へ?」
「誤解しないでほしい。惚れたのは飽くまでも君にだ」
「ええっと」
腑に落ちないサフィリアに、ルクスは打ち明けた。
サフィリアは学園を卒業してから、姉の執務を手伝っていた。姉は、父よりも夫よりも妹の方が遥かに有能であるのを認めていた。サフィリアを側に置き執務のあれこれを任せていた。
そうしてサフィリアが手掛けた書類は王城に提出されて、それを目にしたのがルクスだった。
最初はサフィリアの姉が記した書類だと思った。だが、直ぐにそうではないとわかった。
ある日、所用で登城したサフィリアの姉と話す機会を得た。
「ああ、それは妹ですの。妹は優秀でして、私の権限で任せている仕事がありますのよ。貴方がご覧になった書類とは、妹が書き起こして私がサインしたものですわ」
癖のないきっちりとした、それでいて流麗で女性らしさが窺われる美しい筆跡。
何より正確に記載された書類は読みやすくわかりやすい。王城に提出するものだから当然ではあるが、それでも彼女の作成した書類は文官であるルクスでさえ認めてしまう確かなものだった。
それから気がつけば、サフィリアの生家、モーランド伯爵家から提出される書類を意識するようになった。そのうち目にするのが楽しみになった。朝には書類の束に、彼女の記したものが入っていないか確認するのが日課になった。
ルクスは、サフィリアが書き起こした書類を通して、サフィリアに恋をした。
書類を受け取る度に恋心を募らせた。その恋心はとうとう、隠しようもないほどルクスの胸に光を齎し心を揺さぶった。
ある日、サフィリアが姉のお供として登城した。その姿を目にした途端、ルクスはバーンと何かに胸を撃ち抜かれた。
それはキューピッドの恋の矢で胸を撃ち抜かれた音だった。
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