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第二十七章
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ブルネットの髪の毛がチョコレートみたいだと思った。この日からルクスはチョコレートが好きになった。
薄い墨色の瞳は仄かな暗さを孕んで、素朴な見目にどこか神秘的な色を滲ませて見えた。
血管まで透けるような白い肌。そんな日向にいては焼けてしまう。ついそんなことを言ってしまいそうになる。
ルクスは自分でも戸惑うほどに、彼女のことを欲っしていた。どうにも自分の腕の中に閉じ込めてしまいたくなる衝動。
自分は色魔に魅入られたのか、それでこれほど一人の令嬢に焦がれてしまうのか。
自分は可怪しくなってしまったのか。もしや変な性癖でもあったのか。性癖なら確かにある。あの令嬢が欲しい。欲しくて欲しくて堪らない。
サフィリアに、心が囚われてしまったのだと思った。だが、そんな人生を幸福なことだと思っている。だから、この想いが当の本人に全く全然伝わっていなかったことの絶望に、目の前が真っ暗になった。
離縁誓約書なんてこの世から無くしてしまいたい。一層のこと、王太子ネロに働きかけて滅してしまおうか。仮にその通りになったなら、彼は後世で『暴君ネロ』と呼ばれるだろう。
サフィリアが名を書き込んだ離縁誓約書を、千切って千切って踏みつけて、それでも気が済まずに燃やし尽くした。
サフィリア、君こそ私の女神だ、永遠の煌めきだ。君がいない世界など、滅んでしまえば良いのだ。
フランシスが聞いたら呆れそうな恋愛脳。いや、彼は既にそのことに気がついているだろう。同じくらい、サフィリアの後ろ向きっぷりも彼は知っている。
遅咲きの初恋とは治る見込みのない病なのだ。
お話を戻そう。
ルクスは幼い頃から冷静で感情の機微に乏しい少年だった。長じてそれは賢明と讃えられて、今現在のルクスとは、仕事がデキる漢である。
自分でもそれはわかっているし、そんなこと当り前だからなんとも思わない。だって仕事がデキるんだもの。
サフィリアを得るためにデキる漢ルクスは動いた。サフィリアの姉に接触を図った。彼女は月に数度は城に来る。そこで提案をしたのである。
「まあ。妹を?」
「左様。貴女の妹君を私の妻に迎えたい」
「ストレートですのね」
「性根が真っ直ぐなところがチャームポイントだ」
ルクスは、自分で自分を売り込んだ。
「でもぉ、私、妹がいないと困るんですの。あの子は優秀ですから」
「そう言って、サフィリアにとって最適な嫁ぎ先を吟味しているのを私は知っている」
「へえ」
「君と私の仲じゃあないか」
「書類の提出と受領するだけの仲ですわね」
「些事は気にしないでくれたまえ」
仕方がないと言った姉だが、実のところ彼女はルクスを認めていた。実直で誠実で一本気な、デキる漢だとわかっていた。
彼は姉を女伯爵と侮ることはなかったし、姉の知る限り彼ほどデキる漢は見当たらなかった。
ルクスは文官であるが伯爵家の嫡男だ。小さいが領地もあるし、両親は健在で父親は長く陛下に仕えている。その父親の夢とは、ルクスが妻を娶ったなら速攻で城を辞して領地に引きこもり、人生の最期の瞬きを夫婦二人で謳歌することだという。
亭主元気で留守がいい。
先達の残した言葉に嘘はない。夫は城に元気に出掛けて邸にはジジババもいない。元気に働き昼日中は留守をしてくれるルクスとは、妹にとって最高の夫となるだろう。
姉が生家の両親と夫に根回しする間、ルクスは両親と古い友人に根回しをした。その友人が彼の司祭だった。
婚姻式も彼に頼んだ。婚約期間だなんて、そんなまどろっこしいものは要らない。両親は夢が叶うと万歳三唱していた。ルクスも心の中で一緒に万歳した。
出会いの計画は緻密に綿密に立てた。サフィリアの姉とその夫との打ち合わせもバッチリだ。
王城で夜会がある。そこが彼女との出会いの場だ。サフィリアの姉が既に案を練っていた。
①姉→サフィリアにシャンパン飲ませる
(一杯目)
②義兄→サフィリアにシャンパン飲ませる
(二杯目)
③サフィリア酔ってふらふらする
④サフィリア倒れる→ルクス、サフィリアをキャッチ
④番、ここで行き成りルクスが出る。
唐突すぎやしないかと思うも、姉が練った計画に口出しはできない。
だが、姉の計画は完璧だった。
サフィリアはアルコールにめっぽう弱い。嫌いではないのに寧ろ好きなのに耐性がない。大抵二杯目でダウンするので、サフィリアの生家ではアルコールは一日一杯までと決められている。
夜会のあの場で、サフィリアは姉と義兄に勧められるのを断りきれずに二杯きっちり飲み干した。
後はルクスが倒れ込んだサフィリアを抱き留めて、控えの間まで運んで介抱してあげるのが表向きの計画だった。
なのに、デキる筈のルクスはしくじった。
彼まで酒精にやられてしまった。サフィリアを抱き留めるのだと、そう思うだけで珍しくルクスは緊張して、それで一杯だけとシャンパンを飲んでしまった。下戸なのに。
介抱する筈だった。気合で何とか控えの間までサフィリアを運び込めた。姉と義兄が両親を呼ぶまで、サフィリアを懇切丁寧優しく介抱する筈だったのに。
彼はそこで正体を失くす。おのれ、シャンパン……。呟きながら無意識にまさぐった手は、サフィリアの慎ましいお胸をモミモミしていた。
それが最後の記憶で、目覚めた時には天使を抱き締めていた。
薄い墨色の瞳は仄かな暗さを孕んで、素朴な見目にどこか神秘的な色を滲ませて見えた。
血管まで透けるような白い肌。そんな日向にいては焼けてしまう。ついそんなことを言ってしまいそうになる。
ルクスは自分でも戸惑うほどに、彼女のことを欲っしていた。どうにも自分の腕の中に閉じ込めてしまいたくなる衝動。
自分は色魔に魅入られたのか、それでこれほど一人の令嬢に焦がれてしまうのか。
自分は可怪しくなってしまったのか。もしや変な性癖でもあったのか。性癖なら確かにある。あの令嬢が欲しい。欲しくて欲しくて堪らない。
サフィリアに、心が囚われてしまったのだと思った。だが、そんな人生を幸福なことだと思っている。だから、この想いが当の本人に全く全然伝わっていなかったことの絶望に、目の前が真っ暗になった。
離縁誓約書なんてこの世から無くしてしまいたい。一層のこと、王太子ネロに働きかけて滅してしまおうか。仮にその通りになったなら、彼は後世で『暴君ネロ』と呼ばれるだろう。
サフィリアが名を書き込んだ離縁誓約書を、千切って千切って踏みつけて、それでも気が済まずに燃やし尽くした。
サフィリア、君こそ私の女神だ、永遠の煌めきだ。君がいない世界など、滅んでしまえば良いのだ。
フランシスが聞いたら呆れそうな恋愛脳。いや、彼は既にそのことに気がついているだろう。同じくらい、サフィリアの後ろ向きっぷりも彼は知っている。
遅咲きの初恋とは治る見込みのない病なのだ。
お話を戻そう。
ルクスは幼い頃から冷静で感情の機微に乏しい少年だった。長じてそれは賢明と讃えられて、今現在のルクスとは、仕事がデキる漢である。
自分でもそれはわかっているし、そんなこと当り前だからなんとも思わない。だって仕事がデキるんだもの。
サフィリアを得るためにデキる漢ルクスは動いた。サフィリアの姉に接触を図った。彼女は月に数度は城に来る。そこで提案をしたのである。
「まあ。妹を?」
「左様。貴女の妹君を私の妻に迎えたい」
「ストレートですのね」
「性根が真っ直ぐなところがチャームポイントだ」
ルクスは、自分で自分を売り込んだ。
「でもぉ、私、妹がいないと困るんですの。あの子は優秀ですから」
「そう言って、サフィリアにとって最適な嫁ぎ先を吟味しているのを私は知っている」
「へえ」
「君と私の仲じゃあないか」
「書類の提出と受領するだけの仲ですわね」
「些事は気にしないでくれたまえ」
仕方がないと言った姉だが、実のところ彼女はルクスを認めていた。実直で誠実で一本気な、デキる漢だとわかっていた。
彼は姉を女伯爵と侮ることはなかったし、姉の知る限り彼ほどデキる漢は見当たらなかった。
ルクスは文官であるが伯爵家の嫡男だ。小さいが領地もあるし、両親は健在で父親は長く陛下に仕えている。その父親の夢とは、ルクスが妻を娶ったなら速攻で城を辞して領地に引きこもり、人生の最期の瞬きを夫婦二人で謳歌することだという。
亭主元気で留守がいい。
先達の残した言葉に嘘はない。夫は城に元気に出掛けて邸にはジジババもいない。元気に働き昼日中は留守をしてくれるルクスとは、妹にとって最高の夫となるだろう。
姉が生家の両親と夫に根回しする間、ルクスは両親と古い友人に根回しをした。その友人が彼の司祭だった。
婚姻式も彼に頼んだ。婚約期間だなんて、そんなまどろっこしいものは要らない。両親は夢が叶うと万歳三唱していた。ルクスも心の中で一緒に万歳した。
出会いの計画は緻密に綿密に立てた。サフィリアの姉とその夫との打ち合わせもバッチリだ。
王城で夜会がある。そこが彼女との出会いの場だ。サフィリアの姉が既に案を練っていた。
①姉→サフィリアにシャンパン飲ませる
(一杯目)
②義兄→サフィリアにシャンパン飲ませる
(二杯目)
③サフィリア酔ってふらふらする
④サフィリア倒れる→ルクス、サフィリアをキャッチ
④番、ここで行き成りルクスが出る。
唐突すぎやしないかと思うも、姉が練った計画に口出しはできない。
だが、姉の計画は完璧だった。
サフィリアはアルコールにめっぽう弱い。嫌いではないのに寧ろ好きなのに耐性がない。大抵二杯目でダウンするので、サフィリアの生家ではアルコールは一日一杯までと決められている。
夜会のあの場で、サフィリアは姉と義兄に勧められるのを断りきれずに二杯きっちり飲み干した。
後はルクスが倒れ込んだサフィリアを抱き留めて、控えの間まで運んで介抱してあげるのが表向きの計画だった。
なのに、デキる筈のルクスはしくじった。
彼まで酒精にやられてしまった。サフィリアを抱き留めるのだと、そう思うだけで珍しくルクスは緊張して、それで一杯だけとシャンパンを飲んでしまった。下戸なのに。
介抱する筈だった。気合で何とか控えの間までサフィリアを運び込めた。姉と義兄が両親を呼ぶまで、サフィリアを懇切丁寧優しく介抱する筈だったのに。
彼はそこで正体を失くす。おのれ、シャンパン……。呟きながら無意識にまさぐった手は、サフィリアの慎ましいお胸をモミモミしていた。
それが最後の記憶で、目覚めた時には天使を抱き締めていた。
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