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第四十三章
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マルガレーテはその日、弟の婚約者と庭園のガゼボにいた。
弟が深く愛する婚約者マーガレット。
初めて会った日に、その容姿の酷似に自分の分身かと思うほどだった。それは見目ばかりではなく、彼女とは内面にも似通い通じるものがある。
マルガレーテは密かに彼女のことを「心の友」、ドッペルゲンガー「ドッペルちゃん」と呼んでいる。
「それで、マルガレーテ様。ヘンリー様ったらマルガレーテ様からお借りした書物を悪様に罵って、その上、踏みつけにして足蹴になさったのです」
「まあ、何ということ!そんなことをヘンリーが?」
テーブルには、ヘンリーの足跡とおぼしき靴跡のついた書物が一冊あった。それはマルガレーテがマーガレットに貸した本で、題名を『ライト王子物語』という。
心の琴線に触れる古の物語。
嘗て東国に存在した、とある女官が描いた一代恋愛小説。千年もの間、乙女の涙を誘い恋の切なさを教えてくれたバイブルを、ヘンリーと来たら踏みつけにしたのだと言う。
「マルガレーテ様からお借りしたのだと申しましたら、ごめんなさいと泣き崩れておいででした」
マルガレーテにはその姿が瞬時に目に浮かぶも、あまりの暴挙、許しがたいことであった。
乙女のバイブルを足蹴にするだなんて!
ヘンリーは、マーガレットに言ったのだという。
『そんな最低な男に、君は興味があるというのか』
『え?』
『ひとーつ。そやつ、妾の数が多すぎる』
『え、ええ』
『ふたーつ、本妻を蔑ろにしすぎる』
『え、ええ、確かにそうですね』
『みーっつ、一途な飽き性』
そこまでの話を聞いて、あれ?どっかで聞いたことがあるぞ?とマルガレーテは思った。
「それで、ヘンリー様ったら……」
マーガレットの告白は続く。
『その上、その男、上っ面や見目に容易く惑わされ、しょっちゅう女難に見舞われる。よく見もしないで得た恋人が、夜が明けて明るいところで見た時に醜女とわかって、それをしくじったと思う体たらく』
『はあ』
『まあ、愛せずとも衣装料の援助を続けた責任の取り方は認めてやらんでもない』
『そ、そうですわね』
『物語の構想は別にして、主人公を一言で言うなら、猿だ、猿』
『え?』
『見目良いお面を被ったエテ公だ。女人の尻ばかり追いかける』
もう、一言一句違わぬことをマルガレーテは過去に聞いている。
マーガレットの言うことには、終いには、ヘンリーはマーガレットの両肩ガシリと掴んで、
『なあマーガレット、君は、あんな男が好きなのか』
能面のような顔で言ったのだという。
その低い声に、マーガレットはすっかり怯えてしまって、どうしよう、ただ本を読んだだけなのに、真逆それで怒らせてしまったのだろうかと、内心恐れ慄いた。
そんなマーガレットをヘンリーは更に追い詰めて、
『マーガレット。ああいう見目の良いだけの、尻軽な、エテ公が好きなのか?』
吐息だけで、そう言い切ったのだという。
『い、いいえ』
『ああ、それはよかった』
否定したマーガレットににこやかな笑みを浮かべて、ヘンリーは足の下にある『ライト王子物語』をグリグリと踏みつけにした。
「マルガレーテ様。私が何より恐ろしかったのは」
可哀想に。思い出してしまったのだろう、マーガレットはそこでブルリと小さく震えた。
「ヘンリー様の後ろに、その、オーディン様がいらして、あのぅ、なんと申しましょうか、静かに笑っていらしたのです」
「え?」
「その目が全然笑ってなくて、私、もうライト王子はちょっと……」
マーガレットは、お陰でライト王子物語恐怖症になってしまったらしい。
昔むかしの物語であるのに、架空と見せかけて真実が幾らか含まれてはいるだろうその底はかとない真実味に、自身の婚約者が過去の男に傾倒するのはどうにも許せない、心の狭いヘンリーとオーディン。
多分、ヘンリーに可怪しな知恵を授けたのはオーディンだろう。お陰で古の名作は、この王城では持ち込み禁止、御法度となったのである。
そんなこんなで、よく似た王女と侯爵令嬢は、よく似た侯爵令息と王太子に泥のように愛された。ネチネチべたべた愛されながら、それを真正面から受け止めて、恋人の鑑と謳われた。
そうしてある年の春の日に、王女は恋人の妻となる。まるで生き急ぐように学園を卒業した翌日に、厳かな婚礼の儀はとある小さな教会で執り行われた。
そこは、嘗てコットナー侯爵夫妻が挙式した、侯爵家からほど近い教会だった。
第一王女と王太子の側近の挙式の依頼に、司祭は、え?国王来るの?席足りるの?庭に座らす?総本山のお偉いさん絶対来るよね?と、街の小さな教会が始まって以来の依頼に混乱するあまり一度寝込んだらしい。寝言に「あのぅ夫人、勘弁してくれ……」と言ったのは、噂であるから定かなことではない。
その翌年には、これまた学園の卒業式の翌日に、王太子の挙式が執り行われた。
これは流石に国教会が執り行って、なぜだかサフィリア夫人とその夫が王家と並んで最前列に座らされていたのは貴族たちに鮮烈な印象と共に記憶された。
これ以降、王家とコットナー侯爵家には代わる代わる子が生まれて、王家の血を引く血縁にある子供たちは、どちらがどちらの子がわからぬほどに似ていたという。
東国の物語に「とりかへばやストーリー」というのがあるのだが、よく似た王家の子と侯爵家の子らは、このストーリーとそっくりに、時には男女の役割を入れ替え、それぞれ男装と女装をして社交界と貴族らを騙くらかす。
時には王家の子と侯爵家の子らが入れ替わって、大切な従兄弟従姉妹の為に身代わりとなって活躍する。
そんな周囲を翻弄する子供たちのお話は、また別のストーリー。
弟が深く愛する婚約者マーガレット。
初めて会った日に、その容姿の酷似に自分の分身かと思うほどだった。それは見目ばかりではなく、彼女とは内面にも似通い通じるものがある。
マルガレーテは密かに彼女のことを「心の友」、ドッペルゲンガー「ドッペルちゃん」と呼んでいる。
「それで、マルガレーテ様。ヘンリー様ったらマルガレーテ様からお借りした書物を悪様に罵って、その上、踏みつけにして足蹴になさったのです」
「まあ、何ということ!そんなことをヘンリーが?」
テーブルには、ヘンリーの足跡とおぼしき靴跡のついた書物が一冊あった。それはマルガレーテがマーガレットに貸した本で、題名を『ライト王子物語』という。
心の琴線に触れる古の物語。
嘗て東国に存在した、とある女官が描いた一代恋愛小説。千年もの間、乙女の涙を誘い恋の切なさを教えてくれたバイブルを、ヘンリーと来たら踏みつけにしたのだと言う。
「マルガレーテ様からお借りしたのだと申しましたら、ごめんなさいと泣き崩れておいででした」
マルガレーテにはその姿が瞬時に目に浮かぶも、あまりの暴挙、許しがたいことであった。
乙女のバイブルを足蹴にするだなんて!
ヘンリーは、マーガレットに言ったのだという。
『そんな最低な男に、君は興味があるというのか』
『え?』
『ひとーつ。そやつ、妾の数が多すぎる』
『え、ええ』
『ふたーつ、本妻を蔑ろにしすぎる』
『え、ええ、確かにそうですね』
『みーっつ、一途な飽き性』
そこまでの話を聞いて、あれ?どっかで聞いたことがあるぞ?とマルガレーテは思った。
「それで、ヘンリー様ったら……」
マーガレットの告白は続く。
『その上、その男、上っ面や見目に容易く惑わされ、しょっちゅう女難に見舞われる。よく見もしないで得た恋人が、夜が明けて明るいところで見た時に醜女とわかって、それをしくじったと思う体たらく』
『はあ』
『まあ、愛せずとも衣装料の援助を続けた責任の取り方は認めてやらんでもない』
『そ、そうですわね』
『物語の構想は別にして、主人公を一言で言うなら、猿だ、猿』
『え?』
『見目良いお面を被ったエテ公だ。女人の尻ばかり追いかける』
もう、一言一句違わぬことをマルガレーテは過去に聞いている。
マーガレットの言うことには、終いには、ヘンリーはマーガレットの両肩ガシリと掴んで、
『なあマーガレット、君は、あんな男が好きなのか』
能面のような顔で言ったのだという。
その低い声に、マーガレットはすっかり怯えてしまって、どうしよう、ただ本を読んだだけなのに、真逆それで怒らせてしまったのだろうかと、内心恐れ慄いた。
そんなマーガレットをヘンリーは更に追い詰めて、
『マーガレット。ああいう見目の良いだけの、尻軽な、エテ公が好きなのか?』
吐息だけで、そう言い切ったのだという。
『い、いいえ』
『ああ、それはよかった』
否定したマーガレットににこやかな笑みを浮かべて、ヘンリーは足の下にある『ライト王子物語』をグリグリと踏みつけにした。
「マルガレーテ様。私が何より恐ろしかったのは」
可哀想に。思い出してしまったのだろう、マーガレットはそこでブルリと小さく震えた。
「ヘンリー様の後ろに、その、オーディン様がいらして、あのぅ、なんと申しましょうか、静かに笑っていらしたのです」
「え?」
「その目が全然笑ってなくて、私、もうライト王子はちょっと……」
マーガレットは、お陰でライト王子物語恐怖症になってしまったらしい。
昔むかしの物語であるのに、架空と見せかけて真実が幾らか含まれてはいるだろうその底はかとない真実味に、自身の婚約者が過去の男に傾倒するのはどうにも許せない、心の狭いヘンリーとオーディン。
多分、ヘンリーに可怪しな知恵を授けたのはオーディンだろう。お陰で古の名作は、この王城では持ち込み禁止、御法度となったのである。
そんなこんなで、よく似た王女と侯爵令嬢は、よく似た侯爵令息と王太子に泥のように愛された。ネチネチべたべた愛されながら、それを真正面から受け止めて、恋人の鑑と謳われた。
そうしてある年の春の日に、王女は恋人の妻となる。まるで生き急ぐように学園を卒業した翌日に、厳かな婚礼の儀はとある小さな教会で執り行われた。
そこは、嘗てコットナー侯爵夫妻が挙式した、侯爵家からほど近い教会だった。
第一王女と王太子の側近の挙式の依頼に、司祭は、え?国王来るの?席足りるの?庭に座らす?総本山のお偉いさん絶対来るよね?と、街の小さな教会が始まって以来の依頼に混乱するあまり一度寝込んだらしい。寝言に「あのぅ夫人、勘弁してくれ……」と言ったのは、噂であるから定かなことではない。
その翌年には、これまた学園の卒業式の翌日に、王太子の挙式が執り行われた。
これは流石に国教会が執り行って、なぜだかサフィリア夫人とその夫が王家と並んで最前列に座らされていたのは貴族たちに鮮烈な印象と共に記憶された。
これ以降、王家とコットナー侯爵家には代わる代わる子が生まれて、王家の血を引く血縁にある子供たちは、どちらがどちらの子がわからぬほどに似ていたという。
東国の物語に「とりかへばやストーリー」というのがあるのだが、よく似た王家の子と侯爵家の子らは、このストーリーとそっくりに、時には男女の役割を入れ替え、それぞれ男装と女装をして社交界と貴族らを騙くらかす。
時には王家の子と侯爵家の子らが入れ替わって、大切な従兄弟従姉妹の為に身代わりとなって活躍する。
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