ジェマイマの憂鬱

桃井すもも

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第七章

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 ローレルの背後には、もう一人の側近候補である男子生徒が控えていた。

 オスカー・デュード・バーナードは、バーナード伯爵家の次男で、ローレルの護衛騎士を兼ねている。
 父であるバーナード伯爵は近衛騎士団の副団長を務めており、オスカーもまた将来は王族を護衛する、父と同じ近衛騎士を目指している。

 漆黒の髪に青い瞳。
 それはジェマイマと同じ色で、二人はどこか兄と妹のように雰囲気が似ている。

 オスカーとは、それなりに面識がある。彼の生真面目な気質も勤勉なところも、ジェマイマは知っているつもりである。

 オスカーにしてもジェマイマとは全くの他人ではない認識はあるだろうに、なぜかローレルの後ろに立つ彼は、表情を見せず他人行儀に思えた。

 広くはない部屋の中に、ローレルと側近候補の男子生徒が二人、そのほかはジェマイマしかいなかった。

 学園であるから侍女なんてそばにはおらず、男子生徒に囲まれるようにジェマイマはいた。
 それって非常にマズくはないか?そんなことも考えずに、ローレルはここへジェマイマを呼んだのだろうか。

 そう思うと、なんだか途端にローレルが考えなしに思えてきて、ジェマイマは湧き起こった呆れる気持ちをどうにか抑えた。

「殿下」
「なんだろう、ジェマイマ」
「貴方様、こんなところへ私をお呼びになって、一体なにをお考えですの?」

 どうにか抑えたつもりだったのに、やっぱり抑えきれずに呆れる気持ちが口から飛び出てしまった。

 ローレルは、流石に意味がわかったようで、「ああ、確かに」と呟いた。

「ほかに君の友人を招くべきだったかな?誰が良かった?」

 友人と言われて、ジェマイマは返り討ちにあった気持ちになった。
 ジェマイマは、友人がそれほど多くはない。ローレルがジェマイマの友人を思い浮かべられなくて当然だった。

「⋯⋯」

 結局、返す言葉もなく無言になってしまったジェマイマに、なにがピンときたのかローレルは繰り返した。

「ほかに、君の友人を、招くべきだったのだろうか」
「⋯⋯それには及びません」

 気の所為だろうか、ローレルは口角を上げたように見えた。

「友人を呼ぼなくても良かった?」
「すみません」

 呼べるほどの友人がいないのだと、正直に言うことができないあまり、ジェマイマは謝ってしまった。

「ふっ」

 ジェマイマは、俯き加減にしていた顔を思わず上げてローレルを見た。
 笑ったの?今、ローレルは笑ったの?

「いや、失敬。君があんまり神妙な顔をするものだから」
「神妙⋯⋯」
「可愛いと思った」
「は?」

 可愛いなんて言われたのは、記憶を辿ってみてもここ最近はなかったことだ。更に辿ってみれば、そうだ幼い頃ならそんなことを言われたかもしれないと思い出す。

「まあ、私にしても友人は限られているから、君と同じようなものかな」
「殿下にご友人が限られているなんて」

 そんなことはないだろうと言いかけて、ローレルは本当のことを言っているようだった。
 そうだとすれば、ここにいるフレデリクとオスカーが、彼の言う「友人」なのだろう。

 そこでジェマイマは、胸の奥にツキンと微かな痛みを覚えた。なぜかそのことをジェマイマは知っていると思ったのである。

 ローレルの身辺について、ジェマイマは決して詳しいわけではない。だが、なぜか彼の孤独を知っている、そんな気持ちになった。それはまるで、彼に寄り添う気持ちを抱いていたからわかるのだと、自分の知らない記憶が教えてくれるようだった。

 あの夢だわ。

 ジェマイマは気がついた。
 あの夢で見た、何度も何度も繰り返す人生で、毎回ジェマイマはローレルに愛情を抱いていた。
 孤独な彼に寄り添おうとしていた。

 その想いはきっと、彼に伝わらなかったのだろう。ローレルの妃になっても心を寄せあうことが叶わずに、ジェマイマは自分も孤独に陥ったというのか。

「どうした?ジェマイマ」

 元々表情が硬いジェマイマは、更に感情の抜けた顔をしていたらしい。ローレルはそれに気づいて、ジェマイマに声をかけてきた。

「い、いえ、なんでもありません」

 そう答えたジェマイマに、ローレルは心の中まで見通すような眼差しを向けた。

「君の考えていることを、なんでも話してほしい」
「私の考えていることを、ですか?」
「なにか縁があって婚約したんだ、互いに尊重したいと思っている」

 夢はやはり夢なのか、少なくとも目の前のローレルは、ジェマイマに誠実であろうとしている。
 だからジェマイマも、そこには素直に応えたいと思った。

「私も、同じ気持ちです」
「君も同じ気持ち?そうか⋯⋯」

 ローレルはそこで、なにか思案するように黙ってしまった。そんな彼の思考を邪魔しないように、ジェマイマは黙して彼を見つめていた。

「大切にするよ」
「え?」
「君のことを大切にすると、約束するよ」

 約束と言った言葉は、ジェマイマの心に重く響いた。「今度は信じてみよう」という声が聞こえた気がして、それはまるで過去の自分が、今尚ローレルを信じたいと願っているように思えた。

 一体、自分は何度目の人生を繰り返しているのだろう。ふと、そんなことが思い浮かんだ。

 何度も繰り返さなければ信じ合えない人生とは、果たしてもう一度、繰り返したからと上手く心を通わせられるものなのか。

 だがこのとき、真っ直ぐこちらを見つめるローレルの眼差しに、偽りの色は一つも見えなかったのである。

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