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第二十一章
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「ところでジェマイマ」
食堂の前で別れるものと思っていたのだが、どうやらローレルはジェマイマを教室まで送ろうとするようだった。
ジェマイマはローレルと並んで廊下を歩いていた。
これまで単独行動が多かったジェマイマは、フレデリクとオスカーが後ろをついてくることになかなか慣れずにいた。
「なんでしょうか」
「体調はもう大丈夫なんだね?」
「お陰様ですっかり元気になりました」
体調のことなら食事の前にも聞かれていた。
頻繁に家族やアルフレッドの突撃を受けてはいたが、あとは惰眠を貪っていたから体調ならバッチリである。
「それは良かった。今度の休日に、君をお誘いしたいんだ」
「お誘い?」
なんの誘いなのか。
夢の中では、ジェマイマには散々であっただろう夫のローレル。だが今は、婚約したばかりのジェマイマに気遣いを見せている。
「休日は妃教育がございます」
貴方が一番知ってることだろうと暗に言ってみた。
「それって午後には終わるだろう?」
「⋯⋯」
午後になればじきに夕方となる。この王子、一体なにに誘おうというのか知らないが、貴重な限りある大切な余暇に、ジェマイマを休ませるという発想はないのだろうか?
ジェマイマは、一日が36時間あると思うらしいローレルに無言となった。
「白鳥を知っているかな?」
そんなメジャーな鳥類を、ジェマイマが知らないと本気で思っているのだろうか。
「知っております」
当たり前だろうという響きを声音にたっぷり滲ませて答えれば、ローレルは横目でちらりとこちらを見た。
「へえ。それでは見たことは?」
白鳥を見たことだって勿論ある。
こんな冬の始まりには、姿もさることながらその鳴き声のほうが印象深い。
白鳥は冬の遣いである。
白鳥が鳴きながら北の国から飛来すると、王国には冬が訪れる。彼らは季節風に乗って、この国より更に北側の国から越冬のためにやってくる。
夜半に冷え込んだと思う夜明けのころ、まだ闇が覆う早朝に白鳥の鳴き声が聞こえてくると、ジェマイマは、ああ今年も冬がやってきた、そう思うのである。
これから冬が始まるというのに、この国に暖を求めてやってくるというのなら、北側の国はどれほど寒さが厳しいのだろう。
そんなことを考えながら、まだ暗い寝台の中で白鳥の鳴き声に耳を傾ける。
「ええ、ございます」
白鳥の姿を目にしたことだって幾度もある。
冬が終わりを迎えて、今日は朝から温かいと思う日に強い風が吹いたりする。そんな日には、彼らは元いた北の国へと帰っていく。
編隊を組んで空を飛ぶその姿に、ああ新しい春がくると思うのである。
「あの先頭ポジションは、誰か立候補するのでしょうか。それとも、仲間内で決めるのでしょうかね」
「え?なんの話?」
ローレルが白鳥を見たことがあるかと聞いたことを発端にして、ジェマイマの頭の中では次々と思考が連鎖して、とうとう今は白鳥編隊の役割分担について思いを馳せていた。
行き成り白鳥たちのポジション決めについて尋ねられたローレルは、完全にジェマイマの思考に追いつけずにいた。
「そういうのなら、白鳥を見たことはあるんだね」
「勿論ですとも」
後ろから、それを先に言えというオスカーの心の声が聞こえたような気がした。
「では間近では?」
「そんなのはありませんわ。我が家は白鳥の飛来地ではこざいませんもの」
当たり前だ。誰の家も飛来地なんかではないだろう。不思議なことに、今度はフレデリクの心の声が聞こえたような気がした。
「それなら丁度よいね」
「なにがですの?」
「白鳥を観に行かないか」
白鳥を観る。その言葉にジェマイマはむくむくと好奇心が湧き起こり、うっかり立ち止まってローレルを見上げてしまった。
「それは、本当なのですか?」
「ああ。私は君に嘘なんてつかないだろう?」
今のところはそうである。だが、貴方はあの夢の中で、輿入れしたジェマイマにきっと多くの嘘をついていた。そうでなければジェマイマは、あんな哀しい死を迎えずとも済んだだろう。
夢は夢であるのに、ジェマイマは今もどこかローレルに、夢の中の非情な夫の影を探している。
立ち止まったままローレルを見上げているジェマイマに、彼は小さく笑みを漏らした。
「ジェマイマ。通行の妨げになるよ、さあ、前を向いて歩いて」
漏れ出る笑みを噛み殺すようにしたローレルは、なんだか困った顔にも見えた。
背中に手を添えられて、やんわりと前を向かされた。ローレルには、先日倒れてしまったときに抱きかかえられている。
だがそれは、ジェマイマが気を失っている間の出来事であるから、こんな接触にジェマイマは少なからず動揺してしまった。
「湖にお誘いしたくてね」
「湖?どこのですか?」
「王立植物園の奥に王家所有の湖がある」
王家とは、湖も持っているのか。
ジェマイマの生家だって、領地には川も湖もあるのだが、ジェマイマはすっかり「王家所有」という言葉に感嘆していた。
「そこに、毎年この時期に白鳥がやってくるんだ」
「まあ!本当に?」
こんなに鮮やかに取り込まれるものかというくらい、ジェマイマは呆気なくローレルの言葉に乗った。
「本当だよ。私は君に嘘なんて言わないさ」
ローレルは再び同じ言葉を繰り返した。
「君に白鳥を見せたくてね。付き合ってくれるかな?」
「勿論ですわ。お供させていただきます」
嬉々としてジェマイマは即答した。
嬉々とした顔も即答も、表情の乏しいジェマイマには珍しいことである。
ローレルは、そんなジェマイマが食い気味で答えるのを、無言になってじっと見下ろしていた。
食堂の前で別れるものと思っていたのだが、どうやらローレルはジェマイマを教室まで送ろうとするようだった。
ジェマイマはローレルと並んで廊下を歩いていた。
これまで単独行動が多かったジェマイマは、フレデリクとオスカーが後ろをついてくることになかなか慣れずにいた。
「なんでしょうか」
「体調はもう大丈夫なんだね?」
「お陰様ですっかり元気になりました」
体調のことなら食事の前にも聞かれていた。
頻繁に家族やアルフレッドの突撃を受けてはいたが、あとは惰眠を貪っていたから体調ならバッチリである。
「それは良かった。今度の休日に、君をお誘いしたいんだ」
「お誘い?」
なんの誘いなのか。
夢の中では、ジェマイマには散々であっただろう夫のローレル。だが今は、婚約したばかりのジェマイマに気遣いを見せている。
「休日は妃教育がございます」
貴方が一番知ってることだろうと暗に言ってみた。
「それって午後には終わるだろう?」
「⋯⋯」
午後になればじきに夕方となる。この王子、一体なにに誘おうというのか知らないが、貴重な限りある大切な余暇に、ジェマイマを休ませるという発想はないのだろうか?
ジェマイマは、一日が36時間あると思うらしいローレルに無言となった。
「白鳥を知っているかな?」
そんなメジャーな鳥類を、ジェマイマが知らないと本気で思っているのだろうか。
「知っております」
当たり前だろうという響きを声音にたっぷり滲ませて答えれば、ローレルは横目でちらりとこちらを見た。
「へえ。それでは見たことは?」
白鳥を見たことだって勿論ある。
こんな冬の始まりには、姿もさることながらその鳴き声のほうが印象深い。
白鳥は冬の遣いである。
白鳥が鳴きながら北の国から飛来すると、王国には冬が訪れる。彼らは季節風に乗って、この国より更に北側の国から越冬のためにやってくる。
夜半に冷え込んだと思う夜明けのころ、まだ闇が覆う早朝に白鳥の鳴き声が聞こえてくると、ジェマイマは、ああ今年も冬がやってきた、そう思うのである。
これから冬が始まるというのに、この国に暖を求めてやってくるというのなら、北側の国はどれほど寒さが厳しいのだろう。
そんなことを考えながら、まだ暗い寝台の中で白鳥の鳴き声に耳を傾ける。
「ええ、ございます」
白鳥の姿を目にしたことだって幾度もある。
冬が終わりを迎えて、今日は朝から温かいと思う日に強い風が吹いたりする。そんな日には、彼らは元いた北の国へと帰っていく。
編隊を組んで空を飛ぶその姿に、ああ新しい春がくると思うのである。
「あの先頭ポジションは、誰か立候補するのでしょうか。それとも、仲間内で決めるのでしょうかね」
「え?なんの話?」
ローレルが白鳥を見たことがあるかと聞いたことを発端にして、ジェマイマの頭の中では次々と思考が連鎖して、とうとう今は白鳥編隊の役割分担について思いを馳せていた。
行き成り白鳥たちのポジション決めについて尋ねられたローレルは、完全にジェマイマの思考に追いつけずにいた。
「そういうのなら、白鳥を見たことはあるんだね」
「勿論ですとも」
後ろから、それを先に言えというオスカーの心の声が聞こえたような気がした。
「では間近では?」
「そんなのはありませんわ。我が家は白鳥の飛来地ではこざいませんもの」
当たり前だ。誰の家も飛来地なんかではないだろう。不思議なことに、今度はフレデリクの心の声が聞こえたような気がした。
「それなら丁度よいね」
「なにがですの?」
「白鳥を観に行かないか」
白鳥を観る。その言葉にジェマイマはむくむくと好奇心が湧き起こり、うっかり立ち止まってローレルを見上げてしまった。
「それは、本当なのですか?」
「ああ。私は君に嘘なんてつかないだろう?」
今のところはそうである。だが、貴方はあの夢の中で、輿入れしたジェマイマにきっと多くの嘘をついていた。そうでなければジェマイマは、あんな哀しい死を迎えずとも済んだだろう。
夢は夢であるのに、ジェマイマは今もどこかローレルに、夢の中の非情な夫の影を探している。
立ち止まったままローレルを見上げているジェマイマに、彼は小さく笑みを漏らした。
「ジェマイマ。通行の妨げになるよ、さあ、前を向いて歩いて」
漏れ出る笑みを噛み殺すようにしたローレルは、なんだか困った顔にも見えた。
背中に手を添えられて、やんわりと前を向かされた。ローレルには、先日倒れてしまったときに抱きかかえられている。
だがそれは、ジェマイマが気を失っている間の出来事であるから、こんな接触にジェマイマは少なからず動揺してしまった。
「湖にお誘いしたくてね」
「湖?どこのですか?」
「王立植物園の奥に王家所有の湖がある」
王家とは、湖も持っているのか。
ジェマイマの生家だって、領地には川も湖もあるのだが、ジェマイマはすっかり「王家所有」という言葉に感嘆していた。
「そこに、毎年この時期に白鳥がやってくるんだ」
「まあ!本当に?」
こんなに鮮やかに取り込まれるものかというくらい、ジェマイマは呆気なくローレルの言葉に乗った。
「本当だよ。私は君に嘘なんて言わないさ」
ローレルは再び同じ言葉を繰り返した。
「君に白鳥を見せたくてね。付き合ってくれるかな?」
「勿論ですわ。お供させていただきます」
嬉々としてジェマイマは即答した。
嬉々とした顔も即答も、表情の乏しいジェマイマには珍しいことである。
ローレルは、そんなジェマイマが食い気味で答えるのを、無言になってじっと見下ろしていた。
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