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第二十二章
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「お嬢様、今日は冷え込んでおりますからたっぷり厚着をいたしましょう」
ジェーンがそう言って、ドレスの中に着る下着をもう一枚増やした。
ジェマイマは痩身のちびっ子体型であるが、こうも重ね着をしては流石にムチムチに見える。
「ねえ、ジェーン。肥満体に見えるのは気の所為?」
「そんなのは全部幻です。さあさあ、コートもライナーを重ねておりますのでポッカポカですよ」
ジェーンの言ったことは本当で、着膨れジェマイマは更に内側にライナーを重ねたコートでふっくらとした円錐形になっていた。
それにジェーン手編みのマフラーをぐるぐる巻きに巻きに巻いて、傍目からはもう誰なのかわからない。
艶のある真っ直ぐな黒髪が見えることで、ようやくジェマイマだとわかるだろう。
学園が休みの週末に、ジェマイマは王城で妃教育を終えて、昼食は王城の料理人が用意してくれた逸品を楽しんだ。
太っ腹な王城は、ジェーンとアルフレッドの分も用意をしてくれた。
三人は「ちょっとこれって宮廷料理と言っても良いのよね」とはしゃぐジェマイマを筆頭に、賑やかな昼食を王城の近衛騎士と侍女に見守られながら取るという、不思議な構図となっていた。
それからローレルと合流する前に防寒対策をすべく、控えの間でジェーンの手により着膨れジェマイマに変身したのである。
歩くのにちょっとぎこちないのは仕方あるまい。なにせお外は寒いのだ。ぐるぐる巻きのマフラーで目元しか見えないのもご愛嬌である。
すれ違う王城の人々が、皆ギョッとしてこちらを二度見するのも気の所為である。
アルフレッドなんて、「ジェマイマ様はなにをお召しになられてもお可愛らしくていらっしゃる」なーんて褒めてくれて、「そう?」とジェマイマも満更ではなかったのに。
「ぶっ」
なんでこの王子は吹き出しているのか。
「凄いねジェマイマ」
なにが。
一体なにを凄いと言ってるのか。褒めてるのか?違うのか?
ん?ん?とローレルに確かめるべく一歩二歩と歩み寄ると、
「やめろジェマイマ、殿下を脅すな」
なぜかオスカーから注意をされた。
「婚約者様に近寄って、なにが悪いのかしら。ねえ、アルフレッド。どう思う?」
「それはオスカーが鳥頭なだけです。お嬢様はなにもどこも悪くはございません。さあ、もう一歩、殿下にお近づきになられてみてはいかがでしょう」
アルフレッドの言葉に背中を押され、着膨れていたから物理でも背中に手を添えられてやんわり押されて、ジェマイマはのっしのっしとローレルに歩み寄った。
「ぶはっ、頼む、やめてくれ。私が悪かった」
別にローレルはなにも悪いことはしていないと思う。寧ろ、後ろにいる鳥頭、じゃない、オスカーのほうが許すまじだ。
「可愛いよ、ジェマイマ。人形みたいで」
表情筋の硬いジェマイマは、常より「人形」呼ばわりをされている。ジェマイマにとって「人形」とは、悪口の一種という認識がある。
「あー、ごめんごめん。本当に可愛いよ、怒らせるつもりなんてなかった」
胡乱な眼差しになったジェマイマに、ローレルは真顔を取り繕って謝罪した。
「嘘っぽい謝罪ですこと」
「こら、ジェマイマ、失敬であるぞ」
オスカーが再びやいのやいの言ってきたが、アルフレッドが「お前は黙っとれ」と黙らせてくれた。
「おいでジェマイマ。そのままでは転んでしまいそうだ。馬車に辿り着くまでが長い旅になりそうだし」
そう言ってローレルは、ジェマイマの右手を握った。
着膨れとぐるぐるマフラーで極めて視界と可動域に制限のあるジェマイマには、その手を振りほどくことはできなかった。
寧ろ助かる。トテトテ歩くジェマイマを、ローレルはしっかり手を繋いで連れて歩く。その姿が人目を引いて、いつの間にか文官やら侍女やら、たまたま登城していた貴族たちが遠巻きになりながら見ていた。
その日のうちに王城では、ローレルが婚約者をぐるぐる巻きにして連れ歩いていると、不穏な噂が立ったのをジェマイマは知らない。
馬車のステップを上がるのにも足元が覚束なくて、見かねたローレルが、「よいしょ」と言ってジェマイマを持ち上げた。
「な、な、なにをなさるの、ローレル様」
「転がっちゃうだろう?危ないし、このほうが早い」
細身であるのに意外と力持ちなローレルは、幼子にするようにジェマイマの腰を掴んで持ち上げた。着膨れているあまり、どこか腰なのかわからなかったが。
そのまま馬車の中に押しやられたのは、着膨れドレスの裾が入り口を塞いでいたからである。
むぎゅう、と音がするように中に押し込まれて、ジェマイマはなんとか座席に腰掛けた。お尻が浮いているように感じるのは、インナーの着過ぎによるものだろう。
「ああ、君って飽きないね。これでは湖に着いても白鳥どころではないだろうな」
「どういう意味ですの?」
「え?君を見てるほうが面白いじゃないか」
「⋯⋯」
ジェマイマの着膨れのために、隣に座る王城の侍女は窓際に追いやられて小さくなっていた。そして彼女もなのだが、向かい側のローレルと並び座る侍従まで⋯⋯。
「どうしたのです?寒いのですか?」
侍従まで、肩をぷるぷる震わせている。
「あー、ジェマイマ。ちょっと彼らはそっとしておいてあげてよ。ほら、あんまり追及すると吹き出しちゃうよ」
あんまりなローレルの言いざまに、ジェマイマはぐるぐるマフラーから青い瞳だけを覗かせて、ローレルに向けてキッと藪睨みをお見舞いした。
「ふはっ。勘弁してくれジェマイマ。君って本当に楽しい女性だね」
ローレルには、ジェマイマの渾身の眼力は通用しなかった。
ジェーンがそう言って、ドレスの中に着る下着をもう一枚増やした。
ジェマイマは痩身のちびっ子体型であるが、こうも重ね着をしては流石にムチムチに見える。
「ねえ、ジェーン。肥満体に見えるのは気の所為?」
「そんなのは全部幻です。さあさあ、コートもライナーを重ねておりますのでポッカポカですよ」
ジェーンの言ったことは本当で、着膨れジェマイマは更に内側にライナーを重ねたコートでふっくらとした円錐形になっていた。
それにジェーン手編みのマフラーをぐるぐる巻きに巻きに巻いて、傍目からはもう誰なのかわからない。
艶のある真っ直ぐな黒髪が見えることで、ようやくジェマイマだとわかるだろう。
学園が休みの週末に、ジェマイマは王城で妃教育を終えて、昼食は王城の料理人が用意してくれた逸品を楽しんだ。
太っ腹な王城は、ジェーンとアルフレッドの分も用意をしてくれた。
三人は「ちょっとこれって宮廷料理と言っても良いのよね」とはしゃぐジェマイマを筆頭に、賑やかな昼食を王城の近衛騎士と侍女に見守られながら取るという、不思議な構図となっていた。
それからローレルと合流する前に防寒対策をすべく、控えの間でジェーンの手により着膨れジェマイマに変身したのである。
歩くのにちょっとぎこちないのは仕方あるまい。なにせお外は寒いのだ。ぐるぐる巻きのマフラーで目元しか見えないのもご愛嬌である。
すれ違う王城の人々が、皆ギョッとしてこちらを二度見するのも気の所為である。
アルフレッドなんて、「ジェマイマ様はなにをお召しになられてもお可愛らしくていらっしゃる」なーんて褒めてくれて、「そう?」とジェマイマも満更ではなかったのに。
「ぶっ」
なんでこの王子は吹き出しているのか。
「凄いねジェマイマ」
なにが。
一体なにを凄いと言ってるのか。褒めてるのか?違うのか?
ん?ん?とローレルに確かめるべく一歩二歩と歩み寄ると、
「やめろジェマイマ、殿下を脅すな」
なぜかオスカーから注意をされた。
「婚約者様に近寄って、なにが悪いのかしら。ねえ、アルフレッド。どう思う?」
「それはオスカーが鳥頭なだけです。お嬢様はなにもどこも悪くはございません。さあ、もう一歩、殿下にお近づきになられてみてはいかがでしょう」
アルフレッドの言葉に背中を押され、着膨れていたから物理でも背中に手を添えられてやんわり押されて、ジェマイマはのっしのっしとローレルに歩み寄った。
「ぶはっ、頼む、やめてくれ。私が悪かった」
別にローレルはなにも悪いことはしていないと思う。寧ろ、後ろにいる鳥頭、じゃない、オスカーのほうが許すまじだ。
「可愛いよ、ジェマイマ。人形みたいで」
表情筋の硬いジェマイマは、常より「人形」呼ばわりをされている。ジェマイマにとって「人形」とは、悪口の一種という認識がある。
「あー、ごめんごめん。本当に可愛いよ、怒らせるつもりなんてなかった」
胡乱な眼差しになったジェマイマに、ローレルは真顔を取り繕って謝罪した。
「嘘っぽい謝罪ですこと」
「こら、ジェマイマ、失敬であるぞ」
オスカーが再びやいのやいの言ってきたが、アルフレッドが「お前は黙っとれ」と黙らせてくれた。
「おいでジェマイマ。そのままでは転んでしまいそうだ。馬車に辿り着くまでが長い旅になりそうだし」
そう言ってローレルは、ジェマイマの右手を握った。
着膨れとぐるぐるマフラーで極めて視界と可動域に制限のあるジェマイマには、その手を振りほどくことはできなかった。
寧ろ助かる。トテトテ歩くジェマイマを、ローレルはしっかり手を繋いで連れて歩く。その姿が人目を引いて、いつの間にか文官やら侍女やら、たまたま登城していた貴族たちが遠巻きになりながら見ていた。
その日のうちに王城では、ローレルが婚約者をぐるぐる巻きにして連れ歩いていると、不穏な噂が立ったのをジェマイマは知らない。
馬車のステップを上がるのにも足元が覚束なくて、見かねたローレルが、「よいしょ」と言ってジェマイマを持ち上げた。
「な、な、なにをなさるの、ローレル様」
「転がっちゃうだろう?危ないし、このほうが早い」
細身であるのに意外と力持ちなローレルは、幼子にするようにジェマイマの腰を掴んで持ち上げた。着膨れているあまり、どこか腰なのかわからなかったが。
そのまま馬車の中に押しやられたのは、着膨れドレスの裾が入り口を塞いでいたからである。
むぎゅう、と音がするように中に押し込まれて、ジェマイマはなんとか座席に腰掛けた。お尻が浮いているように感じるのは、インナーの着過ぎによるものだろう。
「ああ、君って飽きないね。これでは湖に着いても白鳥どころではないだろうな」
「どういう意味ですの?」
「え?君を見てるほうが面白いじゃないか」
「⋯⋯」
ジェマイマの着膨れのために、隣に座る王城の侍女は窓際に追いやられて小さくなっていた。そして彼女もなのだが、向かい側のローレルと並び座る侍従まで⋯⋯。
「どうしたのです?寒いのですか?」
侍従まで、肩をぷるぷる震わせている。
「あー、ジェマイマ。ちょっと彼らはそっとしておいてあげてよ。ほら、あんまり追及すると吹き出しちゃうよ」
あんまりなローレルの言いざまに、ジェマイマはぐるぐるマフラーから青い瞳だけを覗かせて、ローレルに向けてキッと藪睨みをお見舞いした。
「ふはっ。勘弁してくれジェマイマ。君って本当に楽しい女性だね」
ローレルには、ジェマイマの渾身の眼力は通用しなかった。
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