ジェマイマの憂鬱

桃井すもも

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第二十三章

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 王都の郊外に位置する王立植物園は王国が管理する自然公園で、園内は散策路が整備されて四季を通して景観を楽しむことができる。

 王家所有の湖は、植物園の奥に位置する。馬車道は植物園の中を通っており、左右に園内の眺めを楽しみながら進めるようになっていた。

 この季節であっても、コキアの葉がまだ赤い色を残して、ほかにも落葉していない低木があったりで、冬枯れの淋しさはそこまで感じられなかった。

 春の芽吹きどきも、夏の花と緑の盛りも、秋の紅葉に色づく木々の様子も美しいだろう。冬でも目を楽しませてくれる園内の風景を、ジェマイマは馬車の窓から見入るように眺めていた。

「植物園には?」

 そんなジェマイマに、ローレルが尋ねてきた。

「幼い頃に何度か来たことがございます」

 それは母が元気な頃のことであったが、そのことは言わなかった。思えば母が床に臥せるようになり亡くなってから、ここへは来ていなかったと思い出す。

 父もジェマイマも、母との思い出の多いこの場所からは自然と足が遠退いて、そのうち記憶の奥に仕舞い込んでいた。

 でも、もうよいのではないだろうか。
 父には後妻の義母がおり、マシューが生まれている。これから生きる家族と、彼らとの未来がある。
 それに、マシューはここへ連れてきたなら大喜びするのではないだろうか。

「春になったら、君を案内するよ」

 ジェマイマの思考が見えるように、ローレルがそう言った。

「春⋯⋯」

 ジェマイマとローレルの婚礼は、来年の夏に執り行われる。議会が閉会して社交シーズンが終わりを迎える時期であり、王都に貴族たちが集まっている間の挙式となる。

 春を迎える頃に、ローレルとはどんな関係になっているのだろう。夏に挙式をしたなら、あの夢のような冷たい夫になってしまうのだろうか。

 馬車は間もなく庭園を抜けて、両脇に近衛騎士が立っている門を通り越した。

「ここから先が王家の所有地となるんだ」

 植物園は一般公開されており、貴族も平民も自由に出入りができる。
 だが、ここから先の王家の所有地には、王族か王家の許可を得た者、若しくは王家に招かれた賓客以外は立ち入ることが許されていない。

 冬の午後の日射しは薄く、間もなく訪れる夕暮れを予感させる。まだそんな遅い時間ではないのに、どことなく淋しさを感じさせるものがある。

 馬車がゆっくり速度を落とすと、

「そろそろ着いたかな」
そう言って、ローレルがこちらを見た。

 ジェマイマは外の風景を眺めていたから、もしかしたら、彼はそんなジェマイマをずっと見ていたのかもしれない。

 馬車の扉が開いた途端、冷たい空気が車内に入り込んだ。
 身体は着膨れていても、目元から上は外気に触れていたから、温度の差にすぐに気づいた。

「ローレル様はお寒くはないのですか?」
「ええ?そりゃあ寒いよ」
「もっと厚着をなさらないの?」

 見たところ、ローレルはコートを羽織っているが、それほど厚着には見えなかった。だがジェマイマと比べるのは論外である。

「あまり厚着をしていては、君を守れない」
「え?」
「その⋯⋯、着膨れた婚約者殿を、ふっ、案内するのに身軽なほうが、ふはっ」

 ローレルは、改めて見るジェマイマの姿に、なにかがツボにはまってしまったようだった。

「いや、すまない。そんなに睨まないでくれないか。君、可愛いすぎだろう」

 全然褒められている気持ちになれず、ジェマイマは無言を貫いた。


 馬車から先に侍従のスティーブが降りて、それから侍女が降りると、ローレルがジェマイマに待っていてと言った。

「君を馬車から救出するのは私の役目だよ」

 そう言ったローレルは、馬車の外に控えるアルフレッドにちらりと視線を動かした。

「救出⋯⋯」

 確かにそうである。馬車に乗るときにも、むぎゅうっと押し込まれた記憶がある。馬車の扉を通るのに、ジェマイマの着込んだ足元が覚束なかった。

「おいで、ジェマイマ」

 先に馬車を降りたローレルが、こちらに両手を差し出した。ジェマイマは、これは救出なのだと割り切って、その手に手を重ねた。

 ギュッと両手が握られて、「あっ」と小さな声を漏らしたときには強い力に引き寄せられて、ジェマイマはローレルに抱きかかえられていた。

「ロ、ローレル様」
「舌を噛んじゃうよ」

 そう言われて、慌てて口をつぐんだが、頬ばかりか耳まで真っ赤になっているのは見なくてもわかることだった。

 ステップを降りる際に、ローレルはジェマイマを持ち上げるために抱き締めた。
 温かな吐息が頬を掠めて、ジェマイマは思わず目を瞑ってしまった。

 この感覚を憶えている。遠いいつかにも、こんなことがあった気がする。
 それはあの夢の中で繰り返した、四度の人生のいずれかなのだろうか。

 ステップを降りるだけであるから、抱き締められたのはほんの一瞬のことだった。
 だがその一瞬で、ジェマイマは茹でダコのように真っ赤になって、あろうことかローレルは、そんなジェマイマの頬を指先でつついた。

「な、なにをなさるの、ローレル様」
「私の婚約者殿は、いつ見ても可愛らしい」
「そんなこと、家族にしか言われたことなんてございません」

 家族には、ジェーンもアルフレッドも含まれるのだが、そこは黙っていた。

 頬に当たる風は冷たく、冬の匂いがした。
 それはこれからはじめる長い冬を思わせて、どこか心細くさせると同時に、ジェマイマに大切な家族が加わった日を思い出させる。

 冬はマシューが生まれた季節で、それはジェマイマが後継の道を失った日でもあった。

「私はもうすぐ君の家族だろう」

 その言葉に、ジェマイマは思わずローレルを見上げた。



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