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第二十七章
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父が部屋を出て行って、それからジェマイマが瞼を閉じると、ジェーンも安眠を妨げぬようにと静かに退室した。
辺りがシーンと静まり返って、部屋に独りになったところで、ジェマイマはパチリと目を開けた。
もうすでに日は落ちて、明かりを絞ったランプだけの部屋は薄闇に覆われていた。
「まだ婚約したばかりなのに⋯⋯」
熱ぽっさは感じていたが、苦しくはなかった。それで考え事をするあまり、つい独り言が漏れてしまった。
「まだ婚約したばかりよ?婚姻の儀だって済ませていないわ。それなのに」
仄暗い白塗りの天井を見上げて呟いた。
夢で見た出来事が、立て続けに起こっている。
先日は馬車の事故があり、今日は流行病ではないけれど熱を出して床に臥せってしまった。
「次はなんだったかしら」
発熱でぼおっとなりながら考える。
「そうだ。不眠だわ、不眠。それで眠剤を飲んだのが原因で没する」
どれだけ眠剤飲んだんだ。永遠の眠りについてしまったではないか。今度は適量を守ろう。
ジェマイマは、不眠になる気満々だった。
「そうなれば貰った薬もどうだったか。王城の医師は信用ならないわね。そうだわ、ジェーンとアルフレッドのほかに、侯爵家のお抱え医師も連れて行こうかしら」
王城の医師には今日も世話になったというのに、ジェマイマの中で、彼は今のところなんにも悪くないのに敵認定されてしまった。
「それから、最後が服毒かぁ」
使用人にも見つからず、毒を飲んだということは、それほど使用人たちの目が届かない状況にあったということだろう。
「なんてこと。それって放置という妃に対する虐待。冷遇ではないかしら?」
なんたること。なにが憎くてそんな目に遭わせていたんだ、あの馬鹿王子。
ローレルは、今のところなんにも悪くないのに馬鹿認定されてしまった。
「兎に角」
今回は、死んではならない、死ぬもんか。
なんとしてでも、あと二回訪れる危機を回避せねばならない。
そこまで思うなら、ローレルとの婚姻を回避すべきであるのだが、今のところジェマイマは、ローレルのことを嫌いではない。それに、父の話では婚約解消も無理そうだった。
なによりローレルは、あんなにずぶ濡れになりながら、凍てつく湖からジェマイマを助けてくれた。あのアルフレッドよりも早く。
『置いていかないてくれ』
ローレルはジェマイマを抱き締めて言っていた。まるで、置いていかれたことがあるように。
だがしかし、小説でも演劇でも、人の心は容易くひっくり返るものである。今日は大切にしてくれても、明日は虐げようと思うのだろうか。
「ローレル様は、風邪をひいてなければ良いわ⋯⋯」
自分が熱を出したからか、ローレルのことが心配になった。
夢は所詮、夢であるのに、符合することが重なるために、ジェマイマは少しばかりナーバスになっているのかもしれない。
それで、亡き母のような正夢を見てしまったように思うのだろう。
だがジェマイマは、心に引っ掛かりを覚えていた。
大切なことを忘れている、なにかとても大切なことを思い出せずにいる。
それがなんであるのか思い出せたなら、あの夢の出来事も、なぜローレルから冷遇されていたのかも、なにかわかるのだろうか。
「ローレル様⋯⋯」
貴方は私が嫌いだったの?
政略で得た妃が不満だったの?
夢の中の冷ややかなローレルと、ジェマイマが知る現実のローレルは、同じ顔であるのに纏う空気が違うように思えた。
「私が知るローレル様って⋯⋯」
ジェマイマが信じるものは今であり、今を生きるローレルだろう。
「そうね、そうよね、私がもっと用心しておけば良いのだわ。不眠と服毒はダメよね。あとは必ずジェーンをそばに置くわ。王城の侍女は信用してはいけないわ」
使用人からの冷遇なんて負けるものか。
いつも世話になっているのに、ここでもジェマイマは王城の侍女たちをローレル派とした。
「あとは、護衛よ。王城の近衛騎士に任せられないわ。なにがなんでもアルフレッドは絶対、護衛にしてもらうんだから」
近衛騎士たちだって、みんなジャケットを貸してくれたというのに、ジェマイマの中では彼らもやはりローレル派なのであった。
これから備えの手立てを考えているうちに、備えあれば憂いなし。ジェマイマの不安も軽くなり、発熱も手伝ってじきに睡魔が訪れた。
ジェマイマは、すうっと瞼が落ちた途端に眠りに落ちていった。
「お嬢様、殿下からお見舞いが届いております」
翌日は、大事をとって学園を休んでいたジェマイマに、ローレルから見舞いの花束が届けられた。
ジェーンが抱えるそれを見て、ジェマイマは感激の前に感嘆してしまった。
「こんな冬の最中に、これほど見事な花束なんて⋯⋯」
季節外れの大輪の薔薇は、とても美しいものだった。
「お嬢様、これはもしや」
「え?なに?ジェーン」
「これってもしや、王妃様の温室で栽培されている薔薇ではないでしょうか」
「え!」
確かにそれはあり得ることだった。
王妃はプライベートな温室を所有しており、そこで手ずから花卉の栽培をしている。
それらの花々は王妃の目を楽しませるばかりでなく、国外から訪れる賓客や、親しい友人や大切な人々贈られているのだとは有名な話であった。
「そうかもしれないわ」
「絶対そうです。お嬢様」
「どうしましょう。こんな貴重なもの頂けないわ」
「真心と愛は返品不可です」
「ジェーン?」
ジェーンは真顔だった。
「殿下は心からお嬢様のお身体をご心配なさっておられるのです。お嬢様。ここは、ありがとうございますの一択です」
そうだわ、ジェーンの言う通りだと、ジェマイマは自身の狭い心を恥じた。愛かどうかはわからずとも、確かな真心なら感じられた。
そうであるならこの花束は、ローレルの真心の表れだろう。
「お礼の文を書くわ」
素直になったジェマイマに、ジェーンは笑顔で頷いた。
辺りがシーンと静まり返って、部屋に独りになったところで、ジェマイマはパチリと目を開けた。
もうすでに日は落ちて、明かりを絞ったランプだけの部屋は薄闇に覆われていた。
「まだ婚約したばかりなのに⋯⋯」
熱ぽっさは感じていたが、苦しくはなかった。それで考え事をするあまり、つい独り言が漏れてしまった。
「まだ婚約したばかりよ?婚姻の儀だって済ませていないわ。それなのに」
仄暗い白塗りの天井を見上げて呟いた。
夢で見た出来事が、立て続けに起こっている。
先日は馬車の事故があり、今日は流行病ではないけれど熱を出して床に臥せってしまった。
「次はなんだったかしら」
発熱でぼおっとなりながら考える。
「そうだ。不眠だわ、不眠。それで眠剤を飲んだのが原因で没する」
どれだけ眠剤飲んだんだ。永遠の眠りについてしまったではないか。今度は適量を守ろう。
ジェマイマは、不眠になる気満々だった。
「そうなれば貰った薬もどうだったか。王城の医師は信用ならないわね。そうだわ、ジェーンとアルフレッドのほかに、侯爵家のお抱え医師も連れて行こうかしら」
王城の医師には今日も世話になったというのに、ジェマイマの中で、彼は今のところなんにも悪くないのに敵認定されてしまった。
「それから、最後が服毒かぁ」
使用人にも見つからず、毒を飲んだということは、それほど使用人たちの目が届かない状況にあったということだろう。
「なんてこと。それって放置という妃に対する虐待。冷遇ではないかしら?」
なんたること。なにが憎くてそんな目に遭わせていたんだ、あの馬鹿王子。
ローレルは、今のところなんにも悪くないのに馬鹿認定されてしまった。
「兎に角」
今回は、死んではならない、死ぬもんか。
なんとしてでも、あと二回訪れる危機を回避せねばならない。
そこまで思うなら、ローレルとの婚姻を回避すべきであるのだが、今のところジェマイマは、ローレルのことを嫌いではない。それに、父の話では婚約解消も無理そうだった。
なによりローレルは、あんなにずぶ濡れになりながら、凍てつく湖からジェマイマを助けてくれた。あのアルフレッドよりも早く。
『置いていかないてくれ』
ローレルはジェマイマを抱き締めて言っていた。まるで、置いていかれたことがあるように。
だがしかし、小説でも演劇でも、人の心は容易くひっくり返るものである。今日は大切にしてくれても、明日は虐げようと思うのだろうか。
「ローレル様は、風邪をひいてなければ良いわ⋯⋯」
自分が熱を出したからか、ローレルのことが心配になった。
夢は所詮、夢であるのに、符合することが重なるために、ジェマイマは少しばかりナーバスになっているのかもしれない。
それで、亡き母のような正夢を見てしまったように思うのだろう。
だがジェマイマは、心に引っ掛かりを覚えていた。
大切なことを忘れている、なにかとても大切なことを思い出せずにいる。
それがなんであるのか思い出せたなら、あの夢の出来事も、なぜローレルから冷遇されていたのかも、なにかわかるのだろうか。
「ローレル様⋯⋯」
貴方は私が嫌いだったの?
政略で得た妃が不満だったの?
夢の中の冷ややかなローレルと、ジェマイマが知る現実のローレルは、同じ顔であるのに纏う空気が違うように思えた。
「私が知るローレル様って⋯⋯」
ジェマイマが信じるものは今であり、今を生きるローレルだろう。
「そうね、そうよね、私がもっと用心しておけば良いのだわ。不眠と服毒はダメよね。あとは必ずジェーンをそばに置くわ。王城の侍女は信用してはいけないわ」
使用人からの冷遇なんて負けるものか。
いつも世話になっているのに、ここでもジェマイマは王城の侍女たちをローレル派とした。
「あとは、護衛よ。王城の近衛騎士に任せられないわ。なにがなんでもアルフレッドは絶対、護衛にしてもらうんだから」
近衛騎士たちだって、みんなジャケットを貸してくれたというのに、ジェマイマの中では彼らもやはりローレル派なのであった。
これから備えの手立てを考えているうちに、備えあれば憂いなし。ジェマイマの不安も軽くなり、発熱も手伝ってじきに睡魔が訪れた。
ジェマイマは、すうっと瞼が落ちた途端に眠りに落ちていった。
「お嬢様、殿下からお見舞いが届いております」
翌日は、大事をとって学園を休んでいたジェマイマに、ローレルから見舞いの花束が届けられた。
ジェーンが抱えるそれを見て、ジェマイマは感激の前に感嘆してしまった。
「こんな冬の最中に、これほど見事な花束なんて⋯⋯」
季節外れの大輪の薔薇は、とても美しいものだった。
「お嬢様、これはもしや」
「え?なに?ジェーン」
「これってもしや、王妃様の温室で栽培されている薔薇ではないでしょうか」
「え!」
確かにそれはあり得ることだった。
王妃はプライベートな温室を所有しており、そこで手ずから花卉の栽培をしている。
それらの花々は王妃の目を楽しませるばかりでなく、国外から訪れる賓客や、親しい友人や大切な人々贈られているのだとは有名な話であった。
「そうかもしれないわ」
「絶対そうです。お嬢様」
「どうしましょう。こんな貴重なもの頂けないわ」
「真心と愛は返品不可です」
「ジェーン?」
ジェーンは真顔だった。
「殿下は心からお嬢様のお身体をご心配なさっておられるのです。お嬢様。ここは、ありがとうございますの一択です」
そうだわ、ジェーンの言う通りだと、ジェマイマは自身の狭い心を恥じた。愛かどうかはわからずとも、確かな真心なら感じられた。
そうであるならこの花束は、ローレルの真心の表れだろう。
「お礼の文を書くわ」
素直になったジェマイマに、ジェーンは笑顔で頷いた。
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