ジェマイマの憂鬱

桃井すもも

文字の大きさ
28 / 44

第二十七章

しおりを挟む
 父が部屋を出て行って、それからジェマイマが瞼を閉じると、ジェーンも安眠を妨げぬようにと静かに退室した。

 辺りがシーンと静まり返って、部屋にひとりになったところで、ジェマイマはパチリと目を開けた。
 もうすでに日は落ちて、明かりを絞ったランプだけの部屋は薄闇に覆われていた。

「まだ婚約したばかりなのに⋯⋯」

 熱ぽっさは感じていたが、苦しくはなかった。それで考え事をするあまり、つい独り言が漏れてしまった。

「まだ婚約したばかりよ?婚姻の儀だって済ませていないわ。それなのに」

 仄暗い白塗りの天井を見上げて呟いた。

 夢で見た出来事が、立て続けに起こっている。
 先日は馬車の事故があり、今日は流行病ではないけれど熱を出して床に臥せってしまった。

「次はなんだったかしら」

 発熱でぼおっとなりながら考える。

「そうだ。不眠だわ、不眠。それで眠剤を飲んだのが原因で没する」

 どれだけ眠剤飲んだんだ。永遠の眠りについてしまったではないか。今度は適量を守ろう。

 ジェマイマは、不眠になる気満々だった。

「そうなれば貰った薬もどうだったか。王城の医師は信用ならないわね。そうだわ、ジェーンとアルフレッドのほかに、侯爵家のお抱え医師も連れて行こうかしら」

 王城の医師には今日も世話になったというのに、ジェマイマの中で、彼は今のところなんにも悪くないのに敵認定されてしまった。

「それから、最後が服毒かぁ」

 使用人にも見つからず、毒を飲んだということは、それほど使用人たちの目が届かない状況にあったということだろう。

「なんてこと。それって放置という妃に対する虐待。冷遇ではないかしら?」

 なんたること。なにが憎くてそんな目に遭わせていたんだ、あの馬鹿王子。
 ローレルは、今のところなんにも悪くないのに馬鹿認定されてしまった。

「兎に角」

 今回は、死んではならない、死ぬもんか。
 なんとしてでも、あと二回訪れる危機を回避せねばならない。

 そこまで思うなら、ローレルとの婚姻を回避すべきであるのだが、今のところジェマイマは、ローレルのことを嫌いではない。それに、父の話では婚約解消も無理そうだった。

 なによりローレルは、あんなにずぶ濡れになりながら、凍てつく湖からジェマイマを助けてくれた。あのアルフレッドよりも早く。

『置いていかないてくれ』

 ローレルはジェマイマを抱き締めて言っていた。まるで、置いていかれたことがあるように。

 だがしかし、小説でも演劇でも、人の心は容易くひっくり返るものである。今日は大切にしてくれても、明日は虐げようと思うのだろうか。

「ローレル様は、風邪をひいてなければ良いわ⋯⋯」

 自分が熱を出したからか、ローレルのことが心配になった。

 夢は所詮、夢であるのに、符合することが重なるために、ジェマイマは少しばかりナーバスになっているのかもしれない。
 それで、亡き母のような正夢を見てしまったように思うのだろう。

 だがジェマイマは、心に引っ掛かりを覚えていた。
 大切なことを忘れている、なにかとても大切なことを思い出せずにいる。
 それがなんであるのか思い出せたなら、あの夢の出来事も、なぜローレルから冷遇されていたのかも、なにかわかるのだろうか。

「ローレル様⋯⋯」

 貴方は私が嫌いだったの?
 政略で得た妃が不満だったの?

 夢の中の冷ややかなローレルと、ジェマイマが知る現実のローレルは、同じ顔であるのにまとう空気が違うように思えた。

「私が知るローレル様って⋯⋯」

 ジェマイマが信じるものは今であり、今を生きるローレルだろう。

「そうね、そうよね、私がもっと用心しておけば良いのだわ。不眠と服毒はダメよね。あとは必ずジェーンをそばに置くわ。王城の侍女は信用してはいけないわ」

 使用人からの冷遇なんて負けるものか。
 いつも世話になっているのに、ここでもジェマイマは王城の侍女たちをローレル派とした。

「あとは、護衛よ。王城の近衛騎士に任せられないわ。なにがなんでもアルフレッドは絶対、護衛にしてもらうんだから」

 近衛騎士たちだって、みんなジャケットを貸してくれたというのに、ジェマイマの中では彼らもやはりローレル派なのであった。

 これから備えの手立てを考えているうちに、備えあれば憂いなし。ジェマイマの不安も軽くなり、発熱も手伝ってじきに睡魔が訪れた。
 ジェマイマは、すうっと瞼が落ちた途端に眠りに落ちていった。



「お嬢様、殿下からお見舞いが届いております」

 翌日は、大事をとって学園を休んでいたジェマイマに、ローレルから見舞いの花束が届けられた。
 ジェーンが抱えるそれを見て、ジェマイマは感激の前に感嘆してしまった。

「こんな冬の最中さなかに、これほど見事な花束なんて⋯⋯」

 季節外れの大輪の薔薇は、とても美しいものだった。

「お嬢様、これはもしや」
「え?なに?ジェーン」
「これってもしや、王妃様の温室で栽培されている薔薇ではないでしょうか」
「え!」

 確かにそれはあり得ることだった。
 王妃はプライベートな温室を所有しており、そこで手ずから花卉かきの栽培をしている。

 それらの花々は王妃の目を楽しませるばかりでなく、国外から訪れる賓客や、親しい友人や大切な人々贈られているのだとは有名な話であった。

「そうかもしれないわ」
「絶対そうです。お嬢様」
「どうしましょう。こんな貴重なもの頂けないわ」
「真心と愛は返品不可です」
「ジェーン?」

 ジェーンは真顔だった。

「殿下は心からお嬢様のお身体をご心配なさっておられるのです。お嬢様。ここは、ありがとうございますの一択です」

 そうだわ、ジェーンの言う通りだと、ジェマイマは自身の狭い心を恥じた。愛かどうかはわからずとも、確かな真心なら感じられた。

 そうであるならこの花束は、ローレルの真心の表れだろう。

「お礼のふみを書くわ」

 素直になったジェマイマに、ジェーンは笑顔で頷いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」 結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。 そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。 彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。 これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

婚約破棄の前日に

豆狸
恋愛
──お帰りください、側近の操り人形殿下。 私はもう、お人形遊びは卒業したのです。

処理中です...