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第二十八章
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翌日ジェマイマは、熱もすっかり下がり学園へ登校できるほど回復した。
お礼とお詫びの手紙なら昨日のうちに出していたから、もうローレルは読んでいるだろうと思った。
何に対しての礼と詫びかといえば、色々ありすぎてひと言では言えないほどとなっていた。
彼はきっと昼時には、なにもなかったような顔で昼食に誘ってくれるのだろうと思ったが、その前に、直接会って謝罪をしたいと思った。
ジェマイマは、いつもローレルが何時くらいに登校しているかは知らなかった。思えば婚約者とは、朝のお迎えなんてことはしないのだろうか。
そんなことを考えながら、慣れない廊下を歩いていた。ジェマイマは、普段はここまで足を踏み入れることはなかった。
ジェマイマとローレルの教室は離れている。
ローレルの教室は廊下の最奥にあり、ジェマイマの教室はもっと手前のほうであった。
目視ではそれほど離れて見えないが、いざ、あの奥に行こうとしても、王太子がいると思うからかどことなく近寄りがたく感じていた。
友人なんてものは初めから数少ないのであるから、ローレルの教室にも、ジェマイマの知り合いなんてものはいなかった。
厳密には、フレデリクもオスカーもいるのだが、ジェマイマの頭の中では彼らは友人枠からは外れている。
これが戦場であるなら、匍匐前進しているのではというほどの慎重さで、ジェマイマは廊下を進んだ。
「あのう」
ローレルがいるだろう教室の扉の前で、ジェマイマは丁度タイミングよくそこに来た男子生徒に声を掛けた。
「え?」
なぜなのか、男子生徒はジェマイマを見下ろして「え」とひと言だけ発すると、そのまま言葉をなくしたように固まった。
「申し訳ございません。ローレ」「わかりました!今すぐお呼びいたします!」
バタバタと男子生徒は教室の中に駆け込んでいった。
「大丈夫かしら」
なにせジェマイマは、ローレルの名を「ル」だけ残して最後まで言えなかった。全然違う人が呼ばれてしまったら、なんて謝ろう。
「ローレ」という名前の別の生徒がいたら、完全に人違いだ。
いや、人違いしたのはあの男子生徒であるからして、その際には是非とも一緒に謝罪してほしい。
扉から少し離れて廊下で待っていると、行き成り腕を掴まれた。
おのれ何者。無礼者かと鋭い眼差しを向けた先には、見知ったロイヤルブルーの瞳があった。
「あれ?ローレル様、貴方、どこからいらしたの?」
湧いて出てきたようなローレルに、ジェマイマは前もって考えてきた最初の挨拶もなにもかもすっ飛んでいた。
ローレルは、ジェマイマを見下ろして、息をひとつ吐いた。
「身体は」
「はい?」
「もう登校して大丈夫なのか?」
「ええ。熱はすっかり下がりました」
「はああぁ」
そこでローレルは、今度は長い溜め息を吐いた。
「ローレル様、貴方、どこからいらしたの?」
「それ、聞くほどのこと?」
「ええ?だって、急に湧いて出てきたように現れたから」
「あっち」
ローレルは、廊下の突き当たりを指差した。教師が出入りに使う前側の扉が見えた。勿論、教室の構造はジェマイマも知ってはいたが、人を呼ぶなら後ろ側の出入り口だと思い込んでいた。
「ローレル様はお身体は?」
凍えた水に浸かったのはローレルも同じだった。それ以前に、彼はあの日それほど厚着をしていなかった。
「君の目の前にいるのは、病人に見えるかな?」
「お元気なのね?」
素直に大丈夫だと言わないローレルに、ジェマイマは再び確かめた。
「元気ではなかったかな」
「まあ大変。医師様をお呼びせねば」
ジェマイマはそこで、くるりと身を翻そうとした。
「待て待て、大丈夫だ。誰も呼ばなくても大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ、本当だよ」
ジェマイマは、じっとローレルを見つめた。顔色オーケー。肌の色艶オーケー。目元に少々疲れが見えるが、まあオーケーとしておこう。
ジェマイマに見つめられて、ローレルはピクリと眉を動かした。
「ローレル様、ご迷惑をお掛けしてしまいました。心からお詫び致します。ごめんなさい。それから、ありがとうございます。私、花束なんて頂戴することは滅多になくて、その、とてもうれしかったんです」
大きな垂れ目が最後のところで細められた。ジェマイマは、薄らと笑みを浮かべた。
「殿下。あとで別室にお呼びになっては如何でしょう。そろそろ教師が来る時間です」
そう声を掛けたのはフレデリクだった。後ろにオスカーの姿も見えた。
そこで辺りを見回せば、麗しの王太子とその婚約者が廊下で向かい合っている様子を見ようと生徒たちが集まっていた。
「いけない。皆様のお邪魔になっていたわ」
「邪魔されているのはこちらのほうだ」
「ええ?なにを?」
ぐるりと人垣を見回したジェマイマに、ローレルは小さな笑みを漏らした。
「謝罪は要らないって言ったよね。それから、あの花束は王妃から頂戴した。薔薇は母が育てたものだよ」
ローレルは、王妃と言ったあとに母と呼んで、あの花束が特別なものであることを明かした。
「なんてこと。王妃様に、急ぎお礼の文をお出ししなければ。ローレル様、失礼いたします。ワタクシ、急ぎ邸に帰り王妃陛下にお手紙をしたためねばなりません」
「いや、それほどのことじゃないだろう?」
そう言ってローレルは、ジェマイマに手を差し伸べると、
「え?」
戸惑うジェマイマにお構いなく、ポンポンと頭を撫でた。
途端に周囲から「きゃあ」と黄色い悲鳴が起こって、辺りは騒然となった。廊下の向こうに教師が見えたが、生徒たちが防壁になってこちらに来れずにいるようだった。
「ロ、ローレル様、何したの?」
「可愛い私の婚約者を愛でただけだけれど?」
若干腹黒な笑みを浮かべたローレルは、馴染んだいつもの彼に見えて、ジェマイマはなんだか嬉しくなってしまった。
「ふふふ」
人前で笑うことなんて少ないジェマイマが、声を漏らして微笑んだことに、なぜなのかまた黄色い声が「きゃあ」と聞こえた。
お礼とお詫びの手紙なら昨日のうちに出していたから、もうローレルは読んでいるだろうと思った。
何に対しての礼と詫びかといえば、色々ありすぎてひと言では言えないほどとなっていた。
彼はきっと昼時には、なにもなかったような顔で昼食に誘ってくれるのだろうと思ったが、その前に、直接会って謝罪をしたいと思った。
ジェマイマは、いつもローレルが何時くらいに登校しているかは知らなかった。思えば婚約者とは、朝のお迎えなんてことはしないのだろうか。
そんなことを考えながら、慣れない廊下を歩いていた。ジェマイマは、普段はここまで足を踏み入れることはなかった。
ジェマイマとローレルの教室は離れている。
ローレルの教室は廊下の最奥にあり、ジェマイマの教室はもっと手前のほうであった。
目視ではそれほど離れて見えないが、いざ、あの奥に行こうとしても、王太子がいると思うからかどことなく近寄りがたく感じていた。
友人なんてものは初めから数少ないのであるから、ローレルの教室にも、ジェマイマの知り合いなんてものはいなかった。
厳密には、フレデリクもオスカーもいるのだが、ジェマイマの頭の中では彼らは友人枠からは外れている。
これが戦場であるなら、匍匐前進しているのではというほどの慎重さで、ジェマイマは廊下を進んだ。
「あのう」
ローレルがいるだろう教室の扉の前で、ジェマイマは丁度タイミングよくそこに来た男子生徒に声を掛けた。
「え?」
なぜなのか、男子生徒はジェマイマを見下ろして「え」とひと言だけ発すると、そのまま言葉をなくしたように固まった。
「申し訳ございません。ローレ」「わかりました!今すぐお呼びいたします!」
バタバタと男子生徒は教室の中に駆け込んでいった。
「大丈夫かしら」
なにせジェマイマは、ローレルの名を「ル」だけ残して最後まで言えなかった。全然違う人が呼ばれてしまったら、なんて謝ろう。
「ローレ」という名前の別の生徒がいたら、完全に人違いだ。
いや、人違いしたのはあの男子生徒であるからして、その際には是非とも一緒に謝罪してほしい。
扉から少し離れて廊下で待っていると、行き成り腕を掴まれた。
おのれ何者。無礼者かと鋭い眼差しを向けた先には、見知ったロイヤルブルーの瞳があった。
「あれ?ローレル様、貴方、どこからいらしたの?」
湧いて出てきたようなローレルに、ジェマイマは前もって考えてきた最初の挨拶もなにもかもすっ飛んでいた。
ローレルは、ジェマイマを見下ろして、息をひとつ吐いた。
「身体は」
「はい?」
「もう登校して大丈夫なのか?」
「ええ。熱はすっかり下がりました」
「はああぁ」
そこでローレルは、今度は長い溜め息を吐いた。
「ローレル様、貴方、どこからいらしたの?」
「それ、聞くほどのこと?」
「ええ?だって、急に湧いて出てきたように現れたから」
「あっち」
ローレルは、廊下の突き当たりを指差した。教師が出入りに使う前側の扉が見えた。勿論、教室の構造はジェマイマも知ってはいたが、人を呼ぶなら後ろ側の出入り口だと思い込んでいた。
「ローレル様はお身体は?」
凍えた水に浸かったのはローレルも同じだった。それ以前に、彼はあの日それほど厚着をしていなかった。
「君の目の前にいるのは、病人に見えるかな?」
「お元気なのね?」
素直に大丈夫だと言わないローレルに、ジェマイマは再び確かめた。
「元気ではなかったかな」
「まあ大変。医師様をお呼びせねば」
ジェマイマはそこで、くるりと身を翻そうとした。
「待て待て、大丈夫だ。誰も呼ばなくても大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ、本当だよ」
ジェマイマは、じっとローレルを見つめた。顔色オーケー。肌の色艶オーケー。目元に少々疲れが見えるが、まあオーケーとしておこう。
ジェマイマに見つめられて、ローレルはピクリと眉を動かした。
「ローレル様、ご迷惑をお掛けしてしまいました。心からお詫び致します。ごめんなさい。それから、ありがとうございます。私、花束なんて頂戴することは滅多になくて、その、とてもうれしかったんです」
大きな垂れ目が最後のところで細められた。ジェマイマは、薄らと笑みを浮かべた。
「殿下。あとで別室にお呼びになっては如何でしょう。そろそろ教師が来る時間です」
そう声を掛けたのはフレデリクだった。後ろにオスカーの姿も見えた。
そこで辺りを見回せば、麗しの王太子とその婚約者が廊下で向かい合っている様子を見ようと生徒たちが集まっていた。
「いけない。皆様のお邪魔になっていたわ」
「邪魔されているのはこちらのほうだ」
「ええ?なにを?」
ぐるりと人垣を見回したジェマイマに、ローレルは小さな笑みを漏らした。
「謝罪は要らないって言ったよね。それから、あの花束は王妃から頂戴した。薔薇は母が育てたものだよ」
ローレルは、王妃と言ったあとに母と呼んで、あの花束が特別なものであることを明かした。
「なんてこと。王妃様に、急ぎお礼の文をお出ししなければ。ローレル様、失礼いたします。ワタクシ、急ぎ邸に帰り王妃陛下にお手紙をしたためねばなりません」
「いや、それほどのことじゃないだろう?」
そう言ってローレルは、ジェマイマに手を差し伸べると、
「え?」
戸惑うジェマイマにお構いなく、ポンポンと頭を撫でた。
途端に周囲から「きゃあ」と黄色い悲鳴が起こって、辺りは騒然となった。廊下の向こうに教師が見えたが、生徒たちが防壁になってこちらに来れずにいるようだった。
「ロ、ローレル様、何したの?」
「可愛い私の婚約者を愛でただけだけれど?」
若干腹黒な笑みを浮かべたローレルは、馴染んだいつもの彼に見えて、ジェマイマはなんだか嬉しくなってしまった。
「ふふふ」
人前で笑うことなんて少ないジェマイマが、声を漏らして微笑んだことに、なぜなのかまた黄色い声が「きゃあ」と聞こえた。
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