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第二十九章
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ジェマイマはそれから、自身の行動について慎重には慎重を期すようになった。
ジェマイマが気を抜いて、それでうっかりトラブルや怪我を招いたときに、周囲の人々がジェマイマが思う以上に哀しむことを知ってしまった。
だから、間違っても眠れぬ夜が続いたとしても眠剤を頼らず頑張ってみるし、毒を呷るなんて以ての外だと思った。
今日を元気に生きて、明日も元気に生きていく。
ローレルとは、日を追うごとに互いに気心も知れて、人付き合いに疎いジェマイマにしては、良好な関係を築いていると言ってもよいだろう。
王城で妃教育がある日には、必ずその後には彼との茶会の席が設けられて、二人は婚約者として語らう時間を得られていた。
だが一方では、ローレルは、あの湖に転落した事故以来どこか慎重になって、ジェマイマを外に連れ出すことを避ける様子が見えていた。
ローレルにも王太子としての執務があり、彼は公務も多く時には外遊に出ることもある。
ジェマイマはいつの間にか、そんなローレルの手伝いができないかと考えるようになっていた。執務でも視察でも外遊でも、ジェマイマが一緒にできて彼の手助けになることはないだろうか。
そのことは、勿論ローレルにも話してみた。
だが彼は、
「婚姻の儀まで大人しくしていてはくれないかな」
と、そんなことを言った。
ジェマイマは、自分がローレルを支えるには力不足であるように思った。
「勘違いしないでくれないか。君が妃となったなら、王太子妃の執務がわんさかとあるんだよ。私の執務をスライドするものだってある。今しか令嬢として過ごせる時間はないんだよ」
頼むから大人しくしていてほしいともう一度言われて、頼まれるほどなのかと思う。
ジェマイマはきっと胡乱な顔をしていたのだろう。
「ああ、ジェマイマ。どんな顔も君らしくあるが、できれば私には笑ってほしいかな」
ニッと歯を見せて笑顔を作ってみれば、「そうじゃない」と駄目出しされた。
「私は君に笑ってほしいんだ。そうじゃないってば、その胡散臭い作り笑いじゃなくてさ」
ローレルは、初めて会った日の印象よりもずっと親しみやすく、ジェマイマは、あれほど警戒していたのもきっと、夢見の悪さが招いたことなのだと思いはじめていた。
今もこうして、二人は向かい合ってお茶を楽しみ、僅かな時間をすり合わせるように逢瀬を重ねている。
夢なら夢のまま、夢の世界から姿を現さないでほしい。夢の中で見たローレルの冷たい顔を、現実では見たくない。
いつしかそんなことを考えて、不器用なジェマイマに嫌な顔をすることなく付き合ってくれるローレルとは、このままゆっくりと温かな交流を得たいと思うようになっていた。
「ローレル様。お願いがあるのですが」
ジェマイマは、まだローレルに確かめていないことがあった。
「輿入れの際に、生家から連れてくる使用人なのですが」
そのことは、予め定めがあって、ジェマイマもすでにそのあたりは確認していた。
婚姻に際しての持参金と支度金、妃になってからの化粧料、子を産んだ後の養育に関わる費用の負担。そのほかにも、輿入れに際して生家の使用人が帯同することを許す文言が確かにあった。
ジェマイマが使用人について言うと、ローレルはジェマイマの背後に目をやった。
「勿論、定められた通りの人数であれば構わないよ」
「よろしいのですか?」
「ああ。そのための定めだからね。妃が王城で過ごしやすいようにと許されていることだ」
なんだ、心配するほどのことはなかった。
ジェマイマは、内心ではローレルに駄目と言われることも予想していた。
だが婚姻に際しての諸々を、侯爵家では定め通りに受け入れている。そうであれば王家の側でも、決まり事に関してはジェマイマの権利を認めなければならないだろう。
ローレルに許可を得られて、ジェマイマは安堵した。
ジェーンとアルフレッドには、すでに気持ちを確かめており、二人ともジェマイマに付いてきてくれると言っている。
父もそれを許したし、王家との取り決めからもなんら逸脱していない。
ローレルはそこで、ジェマイマの背後を見据えた。気の所為だろうか、先ほどまで見せてくれた笑みまで消えたように思えた。
ジェマイマには、今も後ろにジェーンとアルフレッドが控えており、二人とも王城の近衛騎士や侍女に混じってジェマイマに付き従っていた。
「そこの二人なのかな?」
目線で二人を差したローレルに、ジェマイマは頷いた。
「ご心配には及びませんわ。二人とも、王城の近衛騎士や侍女の皆様の足並みを乱れさせるようなことはございません」
それに、とジェマイマは続ける。
「それに、二人がいてくれたら私はとても安心できるんです」
万が一、ジェマイマとローレルの間に波風が立って、それでジェマイマが孤独を強いられるようになったときには、アルフレッドが王城から外に出してくれるだろう。
ジェーンは、最後の最後までジェマイマが笑えるように心を砕いてくれるだろう。
ローレルを疑うつもりはないが、王城に丸腰で入るつもりはさらさらなかった。
ジェマイマが気を抜いて、それでうっかりトラブルや怪我を招いたときに、周囲の人々がジェマイマが思う以上に哀しむことを知ってしまった。
だから、間違っても眠れぬ夜が続いたとしても眠剤を頼らず頑張ってみるし、毒を呷るなんて以ての外だと思った。
今日を元気に生きて、明日も元気に生きていく。
ローレルとは、日を追うごとに互いに気心も知れて、人付き合いに疎いジェマイマにしては、良好な関係を築いていると言ってもよいだろう。
王城で妃教育がある日には、必ずその後には彼との茶会の席が設けられて、二人は婚約者として語らう時間を得られていた。
だが一方では、ローレルは、あの湖に転落した事故以来どこか慎重になって、ジェマイマを外に連れ出すことを避ける様子が見えていた。
ローレルにも王太子としての執務があり、彼は公務も多く時には外遊に出ることもある。
ジェマイマはいつの間にか、そんなローレルの手伝いができないかと考えるようになっていた。執務でも視察でも外遊でも、ジェマイマが一緒にできて彼の手助けになることはないだろうか。
そのことは、勿論ローレルにも話してみた。
だが彼は、
「婚姻の儀まで大人しくしていてはくれないかな」
と、そんなことを言った。
ジェマイマは、自分がローレルを支えるには力不足であるように思った。
「勘違いしないでくれないか。君が妃となったなら、王太子妃の執務がわんさかとあるんだよ。私の執務をスライドするものだってある。今しか令嬢として過ごせる時間はないんだよ」
頼むから大人しくしていてほしいともう一度言われて、頼まれるほどなのかと思う。
ジェマイマはきっと胡乱な顔をしていたのだろう。
「ああ、ジェマイマ。どんな顔も君らしくあるが、できれば私には笑ってほしいかな」
ニッと歯を見せて笑顔を作ってみれば、「そうじゃない」と駄目出しされた。
「私は君に笑ってほしいんだ。そうじゃないってば、その胡散臭い作り笑いじゃなくてさ」
ローレルは、初めて会った日の印象よりもずっと親しみやすく、ジェマイマは、あれほど警戒していたのもきっと、夢見の悪さが招いたことなのだと思いはじめていた。
今もこうして、二人は向かい合ってお茶を楽しみ、僅かな時間をすり合わせるように逢瀬を重ねている。
夢なら夢のまま、夢の世界から姿を現さないでほしい。夢の中で見たローレルの冷たい顔を、現実では見たくない。
いつしかそんなことを考えて、不器用なジェマイマに嫌な顔をすることなく付き合ってくれるローレルとは、このままゆっくりと温かな交流を得たいと思うようになっていた。
「ローレル様。お願いがあるのですが」
ジェマイマは、まだローレルに確かめていないことがあった。
「輿入れの際に、生家から連れてくる使用人なのですが」
そのことは、予め定めがあって、ジェマイマもすでにそのあたりは確認していた。
婚姻に際しての持参金と支度金、妃になってからの化粧料、子を産んだ後の養育に関わる費用の負担。そのほかにも、輿入れに際して生家の使用人が帯同することを許す文言が確かにあった。
ジェマイマが使用人について言うと、ローレルはジェマイマの背後に目をやった。
「勿論、定められた通りの人数であれば構わないよ」
「よろしいのですか?」
「ああ。そのための定めだからね。妃が王城で過ごしやすいようにと許されていることだ」
なんだ、心配するほどのことはなかった。
ジェマイマは、内心ではローレルに駄目と言われることも予想していた。
だが婚姻に際しての諸々を、侯爵家では定め通りに受け入れている。そうであれば王家の側でも、決まり事に関してはジェマイマの権利を認めなければならないだろう。
ローレルに許可を得られて、ジェマイマは安堵した。
ジェーンとアルフレッドには、すでに気持ちを確かめており、二人ともジェマイマに付いてきてくれると言っている。
父もそれを許したし、王家との取り決めからもなんら逸脱していない。
ローレルはそこで、ジェマイマの背後を見据えた。気の所為だろうか、先ほどまで見せてくれた笑みまで消えたように思えた。
ジェマイマには、今も後ろにジェーンとアルフレッドが控えており、二人とも王城の近衛騎士や侍女に混じってジェマイマに付き従っていた。
「そこの二人なのかな?」
目線で二人を差したローレルに、ジェマイマは頷いた。
「ご心配には及びませんわ。二人とも、王城の近衛騎士や侍女の皆様の足並みを乱れさせるようなことはございません」
それに、とジェマイマは続ける。
「それに、二人がいてくれたら私はとても安心できるんです」
万が一、ジェマイマとローレルの間に波風が立って、それでジェマイマが孤独を強いられるようになったときには、アルフレッドが王城から外に出してくれるだろう。
ジェーンは、最後の最後までジェマイマが笑えるように心を砕いてくれるだろう。
ローレルを疑うつもりはないが、王城に丸腰で入るつもりはさらさらなかった。
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