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第三十二章
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「そんなことより、一人で歩いてたのか?」
ロレーヌは一人だった。いつも距離を置きながらそばにいる護衛の姿はなかった。
「一人ではないの。貴方たちの姿が見えたから、ちょっと速く歩いてしまっただけよ」
そう言って、ロレーヌは後ろを振り向いた。
彼女の背後、廊下の奥から二人の女子生徒がこちらに歩いてくるのが見えた。その後ろには確かに護衛の姿があった。
第二王女と並んで歩くもう一人の女子生徒。
二人はロレーヌと一緒にいたのを、置いてけぼりにされたようだった。
「なんだ、エレーヌ王女とハリエットか」
第二王女エレーヌに「なんだ」と言ったアレックスは、やはり一度くらい処されたほうがよいのだろう。
そしてハリエットと呼ばれた女子生徒は、アレックスの妹である。
「お姉様、先走ってはいけませんわ」
「ごめんなさい。不届き者が廊下の先にいたものだから」
エレーヌは、勝手に先を行ってしまった姉に文句を言ったが、ロレーヌはそれをアレックスの所為にした。
そんなロレーヌから視線を外すと、エレーヌは、アレックスとジュリアンに向き直って挨拶をした。
「ご機嫌よう、貴方はジュリアン様ね?アレックス様からお名前は伺っておりました」
「え?私には声かけしてくれないのかな?」
ジュリアンにだけ挨拶をしたエレーヌを、アレックスがすかさず突いた。だが王女はそんな彼に、ふふっと笑っただけだった。
「お声がけをいただきありがとうございます。エレーヌ王女。それからハリエット嬢。ジュリアン・ダグラス・オズローと申します」
ロレーヌには勢いに押されて挨拶をし損ねたが、ジュリアンはここでエレーヌと隣にいたハリエットに名乗った。
名前を呼ばれたハリエットは、そこで微笑んだ。
「初めまして。ハリエット・クラーク・ポートレットと申します」
ハリエットは、瞳が兄より濃い色をしていた。瑠璃色の瞳はきっと、ロウェナ夫人に似たのだろう。
四人いる兄弟姉妹の中で、ハリエットは母親に似ているのだとアレックスから聞いたことがある。
紺碧色の瞳もそうだが、面立ちが夫人似なのだという。
アレックスとはすでに親しくなっていたが、自分は多分これ以上、彼女に関わってはならないとジュリアンは思った。
『見目も気性もさっぱりしているんだ。母が二人いるみたいだよ。だから余計に父は、ハリエットが可愛いんだ』
妹の容姿をさっぱりしていると言ったアレックスは、ハリエットを大切にしている。それは短い付き合いでもわかることだった。
「昼食、よかったら一緒に食べないか?」
傍から見れば、とても王女たちにかける言葉ではない。幼い頃から親しく接する彼らの間では、これがいつものアレックスなのだろう。
今は昼休みで、ジュリアンとアレックスも食堂に向かっているところだった。
アレックスから誘われて、ロレーヌが当然だというような顔をした。貴人であるのに、彼女はそんな気さくなところが生徒たちから慕われている。
「お誘い、喜んでお受けしますわ」
綺麗な青い瞳を細めて、ロレーヌが言った。
そこで廊下でばったり遭遇した五人は、そのまま一緒に廊下を歩き出した。周囲には他にも生徒たちがいたから、二人ずつ並んで通行の妨げにならないようにした。
先頭になったロレーヌとアレックスが並んで歩き出すと、その後ろをエレーヌとハリエットが付いていく。
最後尾になったジュリアンは、そこで護衛騎士と一緒に歩くことになった。
男性としては小柄なジュリアンと、頭一つ大きな体躯の騎士が並び歩く。中性的な見目のジュリアンと、無骨で表情のない青年騎士。
向かい側から来てすれ違った女子生徒が、二人を見て小さく「きゃあ」と言ったのはなぜなのか。
世の中には、腐った表現が流布しているらしい。腐った婦人や女子がいるのだと、アレックスがロレーヌから聞いたという。
流石は第一王女。その話に、ロレーヌは情報通だとジュリアンは思ったのである。
ところで婦人や女子の何が腐るというのだろう。性根が腐っているのか?
ジュリアンは歩きながら考えた。
「腐るとは……」
前を歩く四人の背中を眺めて、ジュリアンはつい独り言が溢れてしまった。無骨で無口な護衛騎士は、そんなジュリアンに返事をすることはない。
「婦女子の何が腐るんだ?」
その言葉に、護衛騎士は相変わらず何も言うことはなかった。ただ、少し横にズレてジュリアンから距離を取った。
五人はそのまま食堂に入った。あの護衛騎士は、食堂の扉の脇に控えている。別れるときに、ジュリアンは彼と一瞬目が合ったが、向こうから先に目を逸らされてしまったが。
ロレーヌもエレーヌも、学生たちと同じ経験をしたいと望んでいるようだった。
彼女たちには弟王子がおり、彼が将来、国王として即位する。二人はいずれ、臣下の貴族か他国の王族に嫁ぐこととなる。
学園生活は王女たちにとって、束の間の自由を体験できる限られた時間なのだろう。
アレックスと友人になっていなかったら、王族と関わることも、ハリエットと言葉を交わすこともなかったに違いない。
それは、独りを好むジュリアンが自ら望んだことではなかった。
これまでも、深く他者と関わることをしなかった。ジュリアンは、十八になる今も尚、自分を罪の子だと思っている。
王女たちとアレックス兄妹との出会いは、そんな彼の長い贖罪を、神が聞き届けたものだったのか。
ロレーヌは一人だった。いつも距離を置きながらそばにいる護衛の姿はなかった。
「一人ではないの。貴方たちの姿が見えたから、ちょっと速く歩いてしまっただけよ」
そう言って、ロレーヌは後ろを振り向いた。
彼女の背後、廊下の奥から二人の女子生徒がこちらに歩いてくるのが見えた。その後ろには確かに護衛の姿があった。
第二王女と並んで歩くもう一人の女子生徒。
二人はロレーヌと一緒にいたのを、置いてけぼりにされたようだった。
「なんだ、エレーヌ王女とハリエットか」
第二王女エレーヌに「なんだ」と言ったアレックスは、やはり一度くらい処されたほうがよいのだろう。
そしてハリエットと呼ばれた女子生徒は、アレックスの妹である。
「お姉様、先走ってはいけませんわ」
「ごめんなさい。不届き者が廊下の先にいたものだから」
エレーヌは、勝手に先を行ってしまった姉に文句を言ったが、ロレーヌはそれをアレックスの所為にした。
そんなロレーヌから視線を外すと、エレーヌは、アレックスとジュリアンに向き直って挨拶をした。
「ご機嫌よう、貴方はジュリアン様ね?アレックス様からお名前は伺っておりました」
「え?私には声かけしてくれないのかな?」
ジュリアンにだけ挨拶をしたエレーヌを、アレックスがすかさず突いた。だが王女はそんな彼に、ふふっと笑っただけだった。
「お声がけをいただきありがとうございます。エレーヌ王女。それからハリエット嬢。ジュリアン・ダグラス・オズローと申します」
ロレーヌには勢いに押されて挨拶をし損ねたが、ジュリアンはここでエレーヌと隣にいたハリエットに名乗った。
名前を呼ばれたハリエットは、そこで微笑んだ。
「初めまして。ハリエット・クラーク・ポートレットと申します」
ハリエットは、瞳が兄より濃い色をしていた。瑠璃色の瞳はきっと、ロウェナ夫人に似たのだろう。
四人いる兄弟姉妹の中で、ハリエットは母親に似ているのだとアレックスから聞いたことがある。
紺碧色の瞳もそうだが、面立ちが夫人似なのだという。
アレックスとはすでに親しくなっていたが、自分は多分これ以上、彼女に関わってはならないとジュリアンは思った。
『見目も気性もさっぱりしているんだ。母が二人いるみたいだよ。だから余計に父は、ハリエットが可愛いんだ』
妹の容姿をさっぱりしていると言ったアレックスは、ハリエットを大切にしている。それは短い付き合いでもわかることだった。
「昼食、よかったら一緒に食べないか?」
傍から見れば、とても王女たちにかける言葉ではない。幼い頃から親しく接する彼らの間では、これがいつものアレックスなのだろう。
今は昼休みで、ジュリアンとアレックスも食堂に向かっているところだった。
アレックスから誘われて、ロレーヌが当然だというような顔をした。貴人であるのに、彼女はそんな気さくなところが生徒たちから慕われている。
「お誘い、喜んでお受けしますわ」
綺麗な青い瞳を細めて、ロレーヌが言った。
そこで廊下でばったり遭遇した五人は、そのまま一緒に廊下を歩き出した。周囲には他にも生徒たちがいたから、二人ずつ並んで通行の妨げにならないようにした。
先頭になったロレーヌとアレックスが並んで歩き出すと、その後ろをエレーヌとハリエットが付いていく。
最後尾になったジュリアンは、そこで護衛騎士と一緒に歩くことになった。
男性としては小柄なジュリアンと、頭一つ大きな体躯の騎士が並び歩く。中性的な見目のジュリアンと、無骨で表情のない青年騎士。
向かい側から来てすれ違った女子生徒が、二人を見て小さく「きゃあ」と言ったのはなぜなのか。
世の中には、腐った表現が流布しているらしい。腐った婦人や女子がいるのだと、アレックスがロレーヌから聞いたという。
流石は第一王女。その話に、ロレーヌは情報通だとジュリアンは思ったのである。
ところで婦人や女子の何が腐るというのだろう。性根が腐っているのか?
ジュリアンは歩きながら考えた。
「腐るとは……」
前を歩く四人の背中を眺めて、ジュリアンはつい独り言が溢れてしまった。無骨で無口な護衛騎士は、そんなジュリアンに返事をすることはない。
「婦女子の何が腐るんだ?」
その言葉に、護衛騎士は相変わらず何も言うことはなかった。ただ、少し横にズレてジュリアンから距離を取った。
五人はそのまま食堂に入った。あの護衛騎士は、食堂の扉の脇に控えている。別れるときに、ジュリアンは彼と一瞬目が合ったが、向こうから先に目を逸らされてしまったが。
ロレーヌもエレーヌも、学生たちと同じ経験をしたいと望んでいるようだった。
彼女たちには弟王子がおり、彼が将来、国王として即位する。二人はいずれ、臣下の貴族か他国の王族に嫁ぐこととなる。
学園生活は王女たちにとって、束の間の自由を体験できる限られた時間なのだろう。
アレックスと友人になっていなかったら、王族と関わることも、ハリエットと言葉を交わすこともなかったに違いない。
それは、独りを好むジュリアンが自ら望んだことではなかった。
これまでも、深く他者と関わることをしなかった。ジュリアンは、十八になる今も尚、自分を罪の子だと思っている。
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