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【4】
湖畔の別荘は、夫の祖父が終の棲家にしていた邸宅だった。
小さな邸宅は主が独り住まうのには手頃な広さで、侯爵家の邸の様に初日で迷子になる事はなかった。
通いの使用人の他は、老年の執事が一人いるだけで、彼が主不在の邸を管理していた。
執事は夫の祖父に仕えていた男で、元々は王都の本邸で執事を務めていた。当主を退いた主と共に、この別荘に移って来たのだと言う。
「お帰りなさいませ、ルイーザ様。お早いお戻りで。」
「ただいま、セバス。ブランコに挑戦したのだけれど、酔っちゃたの。」
玄関ホールには一人掛けのソファーがある。ルイーザはよろめきながらソファーに辿り着いてぽすんと座った。
ヘレンが冷たい水を持ってきてくれて、ひと息つく。
ソファーは窓辺に面しており、外の風景が見えた。小さなテーブルもあるから、夫の祖父はここで外を眺めながらお茶を楽しんでいたのだろう。
真逆、こんな事になると思わなかった。
何もしない生活が来るだなんて思わなかった。
頭を空っぽに、とは言うけれど実際そんな事は無理である。いつだって何かを考えて、ルイーザの頭の中はフル回転していた。だから、忙しく考える物事が無くなれば、必然的に一連の失敗劇を思い出す。時々、あれはこんな意味だったのかしら、などと脳内でクローズアップしては掘り下げて失敗を熟考してしまう。
「やめやめ。いつまで考えても仕方がないわ。」
後悔とは、後から悔やむから後悔と言う。上手い事をいうなあ。なんて、下らない事を考えるくらいにはする事が無い。
今頃、本邸ではどうしているのだろう。
夫はまた夜遅くまで執務を片付けているのだろうか。
気を抜くと、思考は王都の本邸に引き戻される。
夫には手紙を書いて置いてきた。
『別荘にいます。探さないで下さい』
居場所を教えて探さないでだなんて、これが失踪する為の置き手紙なら大失敗である。
だが、ルイーザの場合はジェイムズが全てを手配して別荘に行く手筈を整えてここへ来ているから失踪ではない。
「厄介払いになったのかしら。」
人は疑い始めるとどんどん悪い方向へ傾いてゆく。自身が思った以上に後ろ向きな気質であったことに、ルイーザは自分で自分に驚いた。
窓から見えるブランコを眺めながら、夫の祖父もこんな風に幼い夫の姿を眺めていたのだろうかと考えた。
夫の顔を思い出す。最後はルイーザが俯いてしまったから、夫がどんな顔をしていたのかは分からない。
「ごめんなさい」
謝りたい事が多過ぎて、それらが全て煮詰まったごめんなさいであった。
「本当に良いの?」
「ええ。ここは今はルイーザ様のお屋敷です。ルイーザ様が主なのですから、お好きになさって宜しいのです。」
セバスが邸の鍵を預けてくれた。これでどの部屋にも自由に出入りが出来る。
ルイーザは、早速邸内を探検してみることにした。ヘレンとジェイムズは買い出しに出ていた。馬車で四半刻ほどのところに街がある。
ブランコ酔いをしていたルイーザには、この上馬車の揺れは無理であったから、大人しくお留守番をしていた。
「ここは、お義祖父様の部屋?」
落ち着いた色合いの調度品から、ここが主の部屋であったのが解った。
執務机に本棚。飴色のソファーにローテーブル。どれも年季の入ったもので、目を閉じると嘗ての義祖父が動いている姿を想像出来るようであった。
セバスは好きにして良いと言ったが、それはあちこち見ても良いと言うことなのだろうか。例えば、机の引き出しとか。
そんなことを考えながら、執務机の椅子に腰掛けた。机の引き出しには鍵が掛かっていなかった。大切な書類は本邸に移されているのだろう。
左右に四段ずつある引き出しの左側は全て空っぽで、一段ずつ開けながら、探偵や盗賊はこんな気持ちになるのだろうかと考えた。
左側全てが空っぽで、右側の引き出しも当然空っぽだとは思ったが、ここまで来たら最後まで確認するのが流れだろう。
「え?」
空っぽの引き出しを想定していたから、大して力を込めずに引いた引き出しは重かった。
「手紙?」
引き出しには、手紙と思われる古い書簡が詰まっていた。紐で結わえられているものや、隙間に差し込んだ葉書らしきものもある。それらがびっしり入っていたから、引き出しは重かった。
上から順番に開けて行けば、二段目三段目も同様に年代ものの手紙らしきもので埋まっており、四段目だけが空だった。
取り敢えず、一段目の引き出しを開けて手前にある葉書を一枚抜き出した。
「まあ。」
祖父から祖母へ宛てた葉書であった。
送った葉書があるという事は、祖母の持ち物を整理したのだろう。であれば、ここには送った側と送られた側の手紙が仕舞われているのかも知れない。
葉書はよくある日常的な内容だった。
君は元気だろうか、私は元気だ
要約すればそんな内容である。
手前から、何通か読んでみる。
夫の祖父は筆まめだったのだろう。態々手紙を出すまでも無いような、そんな内容ばかりであった。
けれども、ルイーザは思った。
これを受け取った祖母は、きっと嬉しかっただろう。
小さな邸宅は主が独り住まうのには手頃な広さで、侯爵家の邸の様に初日で迷子になる事はなかった。
通いの使用人の他は、老年の執事が一人いるだけで、彼が主不在の邸を管理していた。
執事は夫の祖父に仕えていた男で、元々は王都の本邸で執事を務めていた。当主を退いた主と共に、この別荘に移って来たのだと言う。
「お帰りなさいませ、ルイーザ様。お早いお戻りで。」
「ただいま、セバス。ブランコに挑戦したのだけれど、酔っちゃたの。」
玄関ホールには一人掛けのソファーがある。ルイーザはよろめきながらソファーに辿り着いてぽすんと座った。
ヘレンが冷たい水を持ってきてくれて、ひと息つく。
ソファーは窓辺に面しており、外の風景が見えた。小さなテーブルもあるから、夫の祖父はここで外を眺めながらお茶を楽しんでいたのだろう。
真逆、こんな事になると思わなかった。
何もしない生活が来るだなんて思わなかった。
頭を空っぽに、とは言うけれど実際そんな事は無理である。いつだって何かを考えて、ルイーザの頭の中はフル回転していた。だから、忙しく考える物事が無くなれば、必然的に一連の失敗劇を思い出す。時々、あれはこんな意味だったのかしら、などと脳内でクローズアップしては掘り下げて失敗を熟考してしまう。
「やめやめ。いつまで考えても仕方がないわ。」
後悔とは、後から悔やむから後悔と言う。上手い事をいうなあ。なんて、下らない事を考えるくらいにはする事が無い。
今頃、本邸ではどうしているのだろう。
夫はまた夜遅くまで執務を片付けているのだろうか。
気を抜くと、思考は王都の本邸に引き戻される。
夫には手紙を書いて置いてきた。
『別荘にいます。探さないで下さい』
居場所を教えて探さないでだなんて、これが失踪する為の置き手紙なら大失敗である。
だが、ルイーザの場合はジェイムズが全てを手配して別荘に行く手筈を整えてここへ来ているから失踪ではない。
「厄介払いになったのかしら。」
人は疑い始めるとどんどん悪い方向へ傾いてゆく。自身が思った以上に後ろ向きな気質であったことに、ルイーザは自分で自分に驚いた。
窓から見えるブランコを眺めながら、夫の祖父もこんな風に幼い夫の姿を眺めていたのだろうかと考えた。
夫の顔を思い出す。最後はルイーザが俯いてしまったから、夫がどんな顔をしていたのかは分からない。
「ごめんなさい」
謝りたい事が多過ぎて、それらが全て煮詰まったごめんなさいであった。
「本当に良いの?」
「ええ。ここは今はルイーザ様のお屋敷です。ルイーザ様が主なのですから、お好きになさって宜しいのです。」
セバスが邸の鍵を預けてくれた。これでどの部屋にも自由に出入りが出来る。
ルイーザは、早速邸内を探検してみることにした。ヘレンとジェイムズは買い出しに出ていた。馬車で四半刻ほどのところに街がある。
ブランコ酔いをしていたルイーザには、この上馬車の揺れは無理であったから、大人しくお留守番をしていた。
「ここは、お義祖父様の部屋?」
落ち着いた色合いの調度品から、ここが主の部屋であったのが解った。
執務机に本棚。飴色のソファーにローテーブル。どれも年季の入ったもので、目を閉じると嘗ての義祖父が動いている姿を想像出来るようであった。
セバスは好きにして良いと言ったが、それはあちこち見ても良いと言うことなのだろうか。例えば、机の引き出しとか。
そんなことを考えながら、執務机の椅子に腰掛けた。机の引き出しには鍵が掛かっていなかった。大切な書類は本邸に移されているのだろう。
左右に四段ずつある引き出しの左側は全て空っぽで、一段ずつ開けながら、探偵や盗賊はこんな気持ちになるのだろうかと考えた。
左側全てが空っぽで、右側の引き出しも当然空っぽだとは思ったが、ここまで来たら最後まで確認するのが流れだろう。
「え?」
空っぽの引き出しを想定していたから、大して力を込めずに引いた引き出しは重かった。
「手紙?」
引き出しには、手紙と思われる古い書簡が詰まっていた。紐で結わえられているものや、隙間に差し込んだ葉書らしきものもある。それらがびっしり入っていたから、引き出しは重かった。
上から順番に開けて行けば、二段目三段目も同様に年代ものの手紙らしきもので埋まっており、四段目だけが空だった。
取り敢えず、一段目の引き出しを開けて手前にある葉書を一枚抜き出した。
「まあ。」
祖父から祖母へ宛てた葉書であった。
送った葉書があるという事は、祖母の持ち物を整理したのだろう。であれば、ここには送った側と送られた側の手紙が仕舞われているのかも知れない。
葉書はよくある日常的な内容だった。
君は元気だろうか、私は元気だ
要約すればそんな内容である。
手前から、何通か読んでみる。
夫の祖父は筆まめだったのだろう。態々手紙を出すまでも無いような、そんな内容ばかりであった。
けれども、ルイーザは思った。
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