11 / 52
【11】
しおりを挟む
「旦那様、無理にお起きになられてはいけません。」
オーガストはベットから身を起こしたところで執事に止められた。
「ああ、いやゴホン、これくらい大丈夫だ、ゴホンゴホンっ」
「ですが、眼の焦点が合っておられません。」
「気の所為だ。ゴフっ」
オーガストは二年ぶりの夏風邪に喘いでいた。
ルイーザが別荘へ行ってから、夫婦の寝室では寝ていなかった。無理して手を付けなくても良い仕事まで引っ張り出して、夜半過ぎまで執務室に籠もっていた。そのままソファーで寝起きして、執事が心配して掛けてくれる掛布も、暑くて引っ剥がして腹を冷やした。
ルイーザが別荘に行った後、家令も執事もオーガストのやりたい様にさせていた。
王城から帰って来てからも執務室に籠もって執務を続け、仕事が片付き手持ち無沙汰を慰めようとしたのか、来年度の帳簿の表紙を作り始めた時には流石に早く寝てくれと慌てて止めた。後は主の好きに任せた。
その結果、オーガストは夏風邪をひいて熱を出した。
「お手紙でしたら、元気になられてからでも大丈夫です。ルイーザ様は別荘から何処へも行かれません。」
「解っている、ゴホン」
「お解りなら横になって下さいませ。」
「二行だけ、ゴフっ、二行書くだけだゲホゲホ」
頑固なオーガストに執事が根負けして、咳き込む背中を擦ってくれる。
オーガストは先日、街に出た。王都一大きな文具店で葉書を買った。色々あって迷った末に、妙に馴染むと思って買った葉書は邸にあるのと同じ物だった。インクも選んで選び抜いて、紺碧色にしてみた。オーガストの瞳の色を選んだのには、自分でも少し照れた。
寝床に文机を引き寄せてもらう。
朦朧とする意識の中で、オーガストは文字を書こうと葉書を掴む。そんなに掴んでは皺になりますとは、執事は言う事は出来なかった。
額に玉の汗を滲ませて、高熱に頬を真っ赤に染めて、オーガストはルイーザへの返事を書いた。
『君は元気にしているか。私は元気だ。』
「旦那様からお葉書が?」
「ええ。多分、旦那様であると。」
「え?何?その不明瞭な感じ。」
「それがですな...」
セバスが持って来た葉書を見る。
「なんて書いてあるのかしら。」
「仰る通りですな。」
「なんでしわくちゃなのかしら。」
「全くですな。」
「あ、でも、この止めを跳ねる字のクセは旦那様だわ。」
「確かに。」
二人は葉書をテーブルに置き、頭を突き合わせて解読した。そのうちジェイムズとヘレンも加わって、四人で東西南北の四方向から解析を試みた。
流石と言うか執念と言うか、解を導き出したのはルイーザだった。
「多分、『君は元気にしているか。私は元気だ』よ。」
「死にそうですね。」
「滅多な事を言わないでジェイムズ!旦那様、大丈夫なの?」
「落ち着いて下さいませ、ルイーザ様、宛先は執事が代筆しておりますから、多分大丈夫でしょう。」
「全然大丈夫じゃないわ、ジェイムズ!宛先も自力で書けないのよ?こうしちゃいられないわ。私、早速お返事を書くわ。」
王都に戻れないルイーザは律儀な質であるから、夫への心配は脇に置いて、先ずは返事をと、そちらの方へ気が行ってしまった。
ぱたぱたと自室に戻ったルイーザは、早速葉書を手に返事を書いた。すっかり慌ててしまって花柄の葉書を選んだ。手っ取り早く手前から手にしたインクはローズレッドで、書き終えた葉書はなんだかやたらと甘い雰囲気を醸し出していた。
だが文面は、すっかり義祖父に感化されていたから、
『旦那様、お元気なの?私は元気です。』
になった。
ルイーザはその後、街へ出向いた。
郵便局で花柄の葉書を差し出すと、局員は直ぐ様ルイーザに気が付いた。あっと小さな声を上げて立ち上がり、ぶんっと身体を折って礼をする。
いいの、いいの、と宥めてから、ルイーザは局員に話し掛けた。
「葉書の速達って出来るのかしら。」
「いや、その、速達は封書限りでして葉書にはその様な制度はございません。」
「まあ!葉書の速達は無理なのね?」
「いや、その、そこはなんとか致します。」
「なんとか出来るの?」
「はい。彼処の速達郵便の中に紛れ込ませます。」
局員がちらりと視線を向けた方向には『速達』と赤い文字で表示された収納箱が見えた。あれに混ぜ込んでくれるらしい。
「速達分のお代はお支払いするわ。宜しくお願いしますわね。どうも有難う。貴方の事を忘れないわ。」
局員が葉書に赤い速達印を押すのを見届けて、もう一度有難うと礼を言った。
再び、ぶんっと身体を折って礼をした局員に見送られ、郵便局を出る。
初めから封書にすればあんな不正をさせずに済んだのだが、そもそも速達にするほどの内容でも無いのだが、ルイーザには一刻も早く夫に葉書を届ける事しか頭に無かった。
こうして葉書を出すというミッションは無事クリア出来た。
するべき事を終えた後に、即刻過ぎたことを忘却するのは多忙が招いた性である。邸に戻って来た頃には、葉書を出した事は忘れ去った。
そんな事より。
「マーサ、ちょっとお台所を借りて良いかしら。」
「勿論ですとも、ルイーザ様。」
使用人のマーサに断って台所を使わせてもらう。
マーサは通いで勤める地元の婦人で、炊事や食事の世話をしてくれている。ふくふくとふくよかで気立ての良い女性である。
ルイーザは、生家もそうであったが平民とも忌憚なく会話する。侯爵家でも平民の使用人は多いし、城の文官もそうである。そんな彼等とも隔たりなく接する事が出来る。
「何をお作りになるのですか?」
「スコーンよ。街でチョコレートを見掛けてつい買ってしまったの。それで、チョコチップスコーンを焼こうと思って。」
ルイーザお手製スコーンは夫の好物である。そこにチョコチップを混ぜ込んだなら夫の大好物になる。城に泊り込む日には必ずチョコチップスコーンを差し入れていた。
今は離れて暮らすから差し入れすることは出来ないけれど、夫が大好物を見て碧色の目を細めるのを思い出しながら、ルイーザはスコーンを焼いた。
オーガストはベットから身を起こしたところで執事に止められた。
「ああ、いやゴホン、これくらい大丈夫だ、ゴホンゴホンっ」
「ですが、眼の焦点が合っておられません。」
「気の所為だ。ゴフっ」
オーガストは二年ぶりの夏風邪に喘いでいた。
ルイーザが別荘へ行ってから、夫婦の寝室では寝ていなかった。無理して手を付けなくても良い仕事まで引っ張り出して、夜半過ぎまで執務室に籠もっていた。そのままソファーで寝起きして、執事が心配して掛けてくれる掛布も、暑くて引っ剥がして腹を冷やした。
ルイーザが別荘に行った後、家令も執事もオーガストのやりたい様にさせていた。
王城から帰って来てからも執務室に籠もって執務を続け、仕事が片付き手持ち無沙汰を慰めようとしたのか、来年度の帳簿の表紙を作り始めた時には流石に早く寝てくれと慌てて止めた。後は主の好きに任せた。
その結果、オーガストは夏風邪をひいて熱を出した。
「お手紙でしたら、元気になられてからでも大丈夫です。ルイーザ様は別荘から何処へも行かれません。」
「解っている、ゴホン」
「お解りなら横になって下さいませ。」
「二行だけ、ゴフっ、二行書くだけだゲホゲホ」
頑固なオーガストに執事が根負けして、咳き込む背中を擦ってくれる。
オーガストは先日、街に出た。王都一大きな文具店で葉書を買った。色々あって迷った末に、妙に馴染むと思って買った葉書は邸にあるのと同じ物だった。インクも選んで選び抜いて、紺碧色にしてみた。オーガストの瞳の色を選んだのには、自分でも少し照れた。
寝床に文机を引き寄せてもらう。
朦朧とする意識の中で、オーガストは文字を書こうと葉書を掴む。そんなに掴んでは皺になりますとは、執事は言う事は出来なかった。
額に玉の汗を滲ませて、高熱に頬を真っ赤に染めて、オーガストはルイーザへの返事を書いた。
『君は元気にしているか。私は元気だ。』
「旦那様からお葉書が?」
「ええ。多分、旦那様であると。」
「え?何?その不明瞭な感じ。」
「それがですな...」
セバスが持って来た葉書を見る。
「なんて書いてあるのかしら。」
「仰る通りですな。」
「なんでしわくちゃなのかしら。」
「全くですな。」
「あ、でも、この止めを跳ねる字のクセは旦那様だわ。」
「確かに。」
二人は葉書をテーブルに置き、頭を突き合わせて解読した。そのうちジェイムズとヘレンも加わって、四人で東西南北の四方向から解析を試みた。
流石と言うか執念と言うか、解を導き出したのはルイーザだった。
「多分、『君は元気にしているか。私は元気だ』よ。」
「死にそうですね。」
「滅多な事を言わないでジェイムズ!旦那様、大丈夫なの?」
「落ち着いて下さいませ、ルイーザ様、宛先は執事が代筆しておりますから、多分大丈夫でしょう。」
「全然大丈夫じゃないわ、ジェイムズ!宛先も自力で書けないのよ?こうしちゃいられないわ。私、早速お返事を書くわ。」
王都に戻れないルイーザは律儀な質であるから、夫への心配は脇に置いて、先ずは返事をと、そちらの方へ気が行ってしまった。
ぱたぱたと自室に戻ったルイーザは、早速葉書を手に返事を書いた。すっかり慌ててしまって花柄の葉書を選んだ。手っ取り早く手前から手にしたインクはローズレッドで、書き終えた葉書はなんだかやたらと甘い雰囲気を醸し出していた。
だが文面は、すっかり義祖父に感化されていたから、
『旦那様、お元気なの?私は元気です。』
になった。
ルイーザはその後、街へ出向いた。
郵便局で花柄の葉書を差し出すと、局員は直ぐ様ルイーザに気が付いた。あっと小さな声を上げて立ち上がり、ぶんっと身体を折って礼をする。
いいの、いいの、と宥めてから、ルイーザは局員に話し掛けた。
「葉書の速達って出来るのかしら。」
「いや、その、速達は封書限りでして葉書にはその様な制度はございません。」
「まあ!葉書の速達は無理なのね?」
「いや、その、そこはなんとか致します。」
「なんとか出来るの?」
「はい。彼処の速達郵便の中に紛れ込ませます。」
局員がちらりと視線を向けた方向には『速達』と赤い文字で表示された収納箱が見えた。あれに混ぜ込んでくれるらしい。
「速達分のお代はお支払いするわ。宜しくお願いしますわね。どうも有難う。貴方の事を忘れないわ。」
局員が葉書に赤い速達印を押すのを見届けて、もう一度有難うと礼を言った。
再び、ぶんっと身体を折って礼をした局員に見送られ、郵便局を出る。
初めから封書にすればあんな不正をさせずに済んだのだが、そもそも速達にするほどの内容でも無いのだが、ルイーザには一刻も早く夫に葉書を届ける事しか頭に無かった。
こうして葉書を出すというミッションは無事クリア出来た。
するべき事を終えた後に、即刻過ぎたことを忘却するのは多忙が招いた性である。邸に戻って来た頃には、葉書を出した事は忘れ去った。
そんな事より。
「マーサ、ちょっとお台所を借りて良いかしら。」
「勿論ですとも、ルイーザ様。」
使用人のマーサに断って台所を使わせてもらう。
マーサは通いで勤める地元の婦人で、炊事や食事の世話をしてくれている。ふくふくとふくよかで気立ての良い女性である。
ルイーザは、生家もそうであったが平民とも忌憚なく会話する。侯爵家でも平民の使用人は多いし、城の文官もそうである。そんな彼等とも隔たりなく接する事が出来る。
「何をお作りになるのですか?」
「スコーンよ。街でチョコレートを見掛けてつい買ってしまったの。それで、チョコチップスコーンを焼こうと思って。」
ルイーザお手製スコーンは夫の好物である。そこにチョコチップを混ぜ込んだなら夫の大好物になる。城に泊り込む日には必ずチョコチップスコーンを差し入れていた。
今は離れて暮らすから差し入れすることは出来ないけれど、夫が大好物を見て碧色の目を細めるのを思い出しながら、ルイーザはスコーンを焼いた。
3,516
あなたにおすすめの小説
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱えて、離縁をつきつけ家を出た。
そこで待っていたのは、
最悪の出来事――
けれど同時に、人生の転機だった。
夫は、愛人と好きに生きればいい。
けれど、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
彼女が選び直す人生と、
辿り着く本当の幸せの行方とは。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる