侯爵夫人の手紙

桃井すもも

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【11】

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「旦那様、無理にお起きになられてはいけません。」

オーガストはベットから身を起こしたところで執事に止められた。

「ああ、いやゴホン、これくらい大丈夫だ、ゴホンゴホンっ」
「ですが、眼の焦点が合っておられません。」
「気の所為だ。ゴフっ」

オーガストは二年ぶりの夏風邪に喘いでいた。
ルイーザが別荘へ行ってから、夫婦の寝室では寝ていなかった。無理して手を付けなくても良い仕事まで引っ張り出して、夜半過ぎまで執務室に籠もっていた。そのままソファーで寝起きして、執事が心配して掛けてくれる掛布も、暑くて引っがして腹を冷やした。

ルイーザが別荘に行った後、家令も執事もオーガストのやりたい様にさせていた。
王城から帰って来てからも執務室に籠もって執務を続け、仕事が片付き手持ち無沙汰を慰めようとしたのか、来年度の帳簿の表紙を作り始めた時には流石に早く寝てくれと慌てて止めた。後は主の好きに任せた。
その結果、オーガストは夏風邪をひいて熱を出した。

「お手紙でしたら、元気になられてからでも大丈夫です。ルイーザ様は別荘から何処へも行かれません。」
「解っている、ゴホン」
「お解りなら横になって下さいませ。」
「二行だけ、ゴフっ、二行書くだけだゲホゲホ」

頑固なオーガストに執事が根負けして、咳き込む背中をさすってくれる。

オーガストは先日、街に出た。王都一大きな文具店で葉書を買った。色々あって迷った末に、妙に馴染むと思って買った葉書は邸にあるのと同じ物だった。インクも選んで選び抜いて、紺碧色にしてみた。オーガストの瞳の色を選んだのには、自分でも少し照れた。


寝床に文机を引き寄せてもらう。

朦朧とする意識の中で、オーガストは文字を書こうと葉書を掴む。そんなに掴んでは皺になりますとは、執事は言う事は出来なかった。
額に玉の汗を滲ませて、高熱に頬を真っ赤に染めて、オーガストはルイーザへの返事を書いた。

『君は元気にしているか。私は元気だ。』



「旦那様からお葉書が?」
「ええ。多分、旦那様であると。」
「え?何?その不明瞭な感じ。」
「それがですな...」

セバスが持って来た葉書を見る。

「なんて書いてあるのかしら。」
「仰る通りですな。」
「なんでしわくちゃなのかしら。」
「全くですな。」
「あ、でも、この止めを跳ねる字のクセは旦那様だわ。」
「確かに。」

二人は葉書をテーブルに置き、頭を突き合わせて解読した。そのうちジェイムズとヘレンも加わって、四人で東西南北の四方向から解析を試みた。

流石と言うか執念と言うか、解を導き出したのはルイーザだった。

「多分、『君は元気にしているか。私は元気だ』よ。」
「死にそうですね。」
「滅多な事を言わないでジェイムズ!旦那様、大丈夫なの?」
「落ち着いて下さいませ、ルイーザ様、宛先は執事が代筆しておりますから、多分大丈夫でしょう。」
「全然大丈夫じゃないわ、ジェイムズ!宛先も自力で書けないのよ?こうしちゃいられないわ。私、早速お返事を書くわ。」

王都に戻れないルイーザは律儀な質であるから、夫への心配は脇に置いて、先ずは返事をと、そちらの方へ気が行ってしまった。


ぱたぱたと自室に戻ったルイーザは、早速葉書を手に返事を書いた。すっかり慌ててしまって花柄の葉書を選んだ。手っ取り早く手前から手にしたインクはローズレッドで、書き終えた葉書はなんだかやたらと甘い雰囲気を醸し出していた。

だが文面は、すっかり義祖父に感化されていたから、

『旦那様、お元気なの?私は元気です。』
になった。



ルイーザはその後、街へ出向いた。

郵便局で花柄の葉書を差し出すと、局員は直ぐ様ルイーザに気が付いた。あっと小さな声を上げて立ち上がり、ぶんっと身体を折って礼をする。

いいの、いいの、となだめてから、ルイーザは局員に話し掛けた。

「葉書の速達って出来るのかしら。」
「いや、その、速達は封書限りでして葉書にはその様な制度はございません。」
「まあ!葉書の速達は無理なのね?」
「いや、その、そこはなんとか致します。」
「なんとか出来るの?」
「はい。彼処の速達郵便の中に紛れ込ませます。」

局員がちらりと視線を向けた方向には『速達』と赤い文字で表示された収納箱が見えた。あれに混ぜ込んでくれるらしい。

「速達分のお代はお支払いするわ。宜しくお願いしますわね。どうも有難う。貴方の事を忘れないわ。」

局員が葉書に赤い速達印を押すのを見届けて、もう一度有難うと礼を言った。

再び、ぶんっと身体を折って礼をした局員に見送られ、郵便局を出る。

初めから封書にすればあんな不正をさせずに済んだのだが、そもそも速達にするほどの内容でも無いのだが、ルイーザには一刻も早く夫に葉書を届ける事しか頭に無かった。

こうして葉書を出すというミッションは無事クリア出来た。


するべき事を終えた後に、即刻過ぎたことを忘却するのは多忙が招いた性である。邸に戻って来た頃には、葉書を出した事は忘れ去った。

そんな事より。

「マーサ、ちょっとお台所を借りて良いかしら。」
「勿論ですとも、ルイーザ様。」

使用人のマーサに断って台所を使わせてもらう。
マーサは通いで勤める地元の婦人で、炊事や食事の世話をしてくれている。ふくふくとふくよかで気立ての良い女性である。

ルイーザは、生家もそうであったが平民とも忌憚なく会話する。侯爵家でも平民の使用人は多いし、城の文官もそうである。そんな彼等とも隔たりなく接する事が出来る。

「何をお作りになるのですか?」

「スコーンよ。街でチョコレートを見掛けてつい買ってしまったの。それで、チョコチップスコーンを焼こうと思って。」

ルイーザお手製スコーンは夫の好物である。そこにチョコチップを混ぜ込んだなら夫の大好物になる。城に泊り込む日には必ずチョコチップスコーンを差し入れていた。

今は離れて暮らすから差し入れすることは出来ないけれど、夫が大好物を見て碧色の目を細めるのを思い出しながら、ルイーザはスコーンを焼いた。



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