コートニーの箱庭

桃井すもも

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第六章

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 半刻なんて、あっという間に過ぎていく。時間は平等なのに、楽しい時間は短く感じる。

 そろそろ迎えの馬車が来てしまう。コートニーは本を鞄に仕舞い込み、静かに席を立った。

 窓から外を見れば、晩秋の夕暮れは日没が早く、冬が迫っていると思うだけで物悲しさを感じさせる。
 今も、茜の空は夏の燃えるような勢いを失って、沈みゆく夕日が西の空を染めていた。

 立ち上がったまま少しの間、窓辺から空を見ていたが、はっと我に返って歩き出そうとしたその時、階下に見知った淡い金色の髪が見えた。

 図書室は二階にあり、窓からは階下の様子がよく見える。特徴のある巻き髪で、コートニーには階下を歩く人物がジョゼフだとひと目でわかった。

 校門とは逆の方向へ歩くジョゼフに、帰り際に忘れ物でも思い出したのだろうかと思った。

 今から行けば、玄関ホールで一緒になるかもしれない。

 思い浮かんだのはそんなことで、コートニーは、途端にそれが目的のようになって足早に図書室を出た。

 残念ながら、ジョゼフとは一緒になることはなかった。玄関ホールは人もまばらで、見知った姿はどこにもなかった。

 すれ違ってしまったのだろうか。
 コートニーは辺りを素早く見渡して、ジョゼフの姿を探した。

 どうして、ジョゼフに会えると急いだのか。
 どうして、会えずにがっかりするのか。

 その先は考えてはいけないと、コートニーは迎えが来ているだろう校門まで急いだ。


 いつもより遅く邸に戻ったのだが、兄はまだ帰っていなかった。放課後には生徒会活動に勤しんでいる兄は、大抵帰宅が遅くなる。

 それはベネディクトも同様で、一年生の頃から役員となっている彼とは、放課後を一緒に過ごしたことが数えるほどしかなかった。

 ベネディクトは、授業が終われば真っ直ぐ生徒会室に向かう。婚約したばかりの頃は、それを謝られたこともある。

 同じ学園に通いながら、昼食時しか一緒に過ごせないことを、彼なりに婚約者として申し訳なく思うのだろう。

 来年の役員に誘ってくれたのは、最終学年では一緒に過ごす時間を増やそうと、そう考えてのことなのだとコートニーは思っている。

 議事録や書類仕事を助けてほしいとベネディクトは言っていたが、ハリエットは優秀な令嬢で、イーサンも自身の婚約者を推していた。改めてコートニーが加わる必要はないように思えた。


「姉上!」

 玄関ホールに入ればすぐに、幼い弟と妹たちが出迎えてくれる。
 七歳の弟を筆頭に、六歳、四歳、二歳と幼い弟妹きょうだいが続いている。そして、間もなくもう一人、弟妹が生まれる。

「レジナルド、マキシマ、ただいま。ハリソンにエブリンは良い子にしていた?」

 わらわらと集まってくる弟妹たちに囲まれて、コートニーは一番小さな末の妹を抱き上げた。

 四人の幼子のそばに母の姿はなかった。多分、今頃は義父の執務室にいるのだろう。

 義父はこれほど沢山の子に恵まれながら、子供たちと一緒に過ごすことはない。
 いつでもそばに母を呼んで、片時も離すことがない。

 コートニーが自室に戻って制服を着替える時にも、弟妹たちはついてくる。
 そのままコートニーの部屋は子供たちの遊び場となって、そのための絵本や玩具を揃えている。

 そんな自室であるから尚のこと、話題の官能的な小説を置いておくことははばかられた。
 上の弟であるレジナルドと妹のマキシマは、もうすでに文字が読めるので、気をつけなければいけない。

「レジナルド。入っても良いわよ」

 そう声をかければ扉が開いて、レジナルドが部屋に入ってきた。彼は七歳であるが小さな紳士らしく、姉の着替える時には廊下に出て待っていてくれる。

 コートニーとは似ても似つかない、金色の髪と澄んだ青い瞳の弟妹たち。それでもコートニーにとって、掛け替えのない家族であった。

「お姉様」

 六歳のマキシマが、四歳のハリソンと手を繋いで寄ってくる。

 彼女はコートニーが学園にいる間、姉として下の子たちの面倒を見てくれる。それぞれに侍女がいるのだが、弟妹たちは仲が良い。

 ソファに子供たちを座らせて、お喋りの相手をしているうちに、下の弟妹二人は早めの食事をとるために連れていかれる。

「マキシマ。今日はお魚の日よ」

 晩餐のメニューが魚料理の日だったと思い出し、マキシマにそう伝えれば、彼女は少しばかり顔を強張らせた。

 マキシマは、魚料理が苦手である。魚が嫌いなのではなくて、フィッシュスプーンで身と骨をより分けて食するのが苦手なのだ。

 六歳になってようやく大人たちと一緒に食事をすることが許された。だが、厳格な義父の前での食事にマキシマは緊張を抱いている。

 それを料理長も理解して、この頃の魚料理は骨を抜いたものが多いのだが、いつどこの家に招かれても良いように、そろそろ練習しなければならない。

「大丈夫よ。スプーンが音を立てたなら、お姉様も一緒に音を立てるから」

 そう言えば、マキシマは途端に可愛い笑みを浮かべた。

 伯爵家の晩餐で、穏やかに話すのは母と兄である。義父は母の言葉には頷くが、自分からなにかを言うことはない。寡黙というより、興味を抱く対象が母だけなのである。

 兄には嫡男として言葉を交わすが、コートニーは用事がない限り義父から声をかけられることはない。

 それは、レジナルドを始めとする弟妹たちも一緒である。なのに、子は次々と生まれる。

 ハリエットが嫁いできたら、兄夫婦の子には年の近い叔父や叔母が大勢できるのである。

 子沢山な伯爵家とは対象的に、ベネディクトの公爵家には子供の影がない。
 ベネディクトは一人息子であり、血縁にも幼い子供はいなかった。

 公爵家に子をもたらすことは、コートニーの最も大切な役目なのである。



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