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第十一章
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「感想を聞くなんてまどろっこしいわね。私も買ってみようかしら」
ハリエットはそんなことを言い出した。
「コートニー様、直接書店でお買い求めになったの?」
ハリエットの質問には、一体どこの書店なのかという質問まで隠れて見えるようだった。
「王立図書館のすぐ隣に、書店があるのはご存知?」
「ええ、わかるわ。三階建てになっている楽器とかも扱っているお店でしょう?」
「ええ、その書店の道を挟んだ反対側に、小さな書店があるんです。そこで買いましたの」
「目印が道を挟んで向かいにある大きな書店って、どれほど小さな書店なの?」
ハリエットの言いぶりに、コートニーは思わず笑ってしまった。
「仰る通りですわ。小さくてうっかり通りすぎそうになるんです。でも、一度入ってみれば二度と忘れることはありません」
「どういうこと?」
「面白そうな書籍ばかり並んでいるんです。思わずその場で読みふけってしまいそうな。例えば、いま話題の恋物語とか」
「成る程ね。貴女、一人で行ったの?侍女も一緒に?」
「お隣がこれまた小さな文具屋さんなんです。そこで馬車から降ろしてもらって、何気を装い隣の書店に入る。そんな手口を使っております」
「手口って、ふふふ」
コートニーの言葉にハリエットが笑って、「ほんと、良い手口だわ」と言った。
「なぜ、そんなわかりにくい店を知ったの?」
「侍女から教えてもらったんです。もう辞めてしまった侍女ですけれど、面白い作り話をするのがとても上手で」
「作り話?」
「ええ。我が家のおチビさんたちがなかなか寝てくれないなんてときに、彼女が寝台の脇で寝物語を語って聞かせるんですけれど⋯⋯」
「けれど?」
「面白すぎて余計に眠れなくなってしまう」
「まあ!」
作り話が上手な侍女は、どこかの男爵家に嫁いでいった。彼女の語る物語は、子供相手であるのに引き込まれる面白さがあった。今頃は、毎晩我が子に聞かせているのだろうかと、数年前に辞めてしまった侍女を思い出した。
ハリエットと並んで歩きながら、こんなふうに彼女と二人きりでいるのは初めてなのではないかと思った。
ハリエットとは、学園では生徒会メンバーとして兄やベネディクトと一緒であったし、ほかの場では大抵彼女は兄といる。
少しばかりプライドが高く、今日、イーサンとぶつかったような場面を見ても、彼女であればあれくらいは言うだろうと思う。
けれど、ハリエットの言い分はいつも筋が通っており、納得すれば受け入れる謙虚さがある。
コートニーは、そんなハリエットを好ましく思っていた。
今だって、令嬢ならはしたないと言って眉を顰めそうな小説をコートニーが買い求めたことにも、ハリエットは純粋な興味を示しただけで、侮蔑するようなことは言わずにいてくれた。
あら、あれは?
そんなことを考えながら、外に面している廊下を歩いていると、窓の向こうに見知った姿を見つけた。
「ジョゼフ様ね。こんな肌寒い日に外でランチをしていたのかしら」
ハリエットも彼に気がついた。彼女の言う通り、今日は朝から冷え込んで、とてもではないけれど庭園でランチをしたいなんて気にはなれない。
どこへ向かっているのかしら。
そんなことを考えたのは、ジョゼフが庭園とは違うほうへ向かっているように思えたからだった。
「温室かしら」
「え?温室なら庭園の奥のほうでは?」
「それは新しい温室でしょう?ほら、校舎の脇に古い温室があるじゃない。老朽化して随分みすぼらしくなっているけれど」
記憶を辿れば、ああ確かにと思い出された。
確かにそんな建物があった。
「弟君が、私が私がと前に出たがる人だからかしら」
「えっと、それはイーサン様のこと?」
「ええ。弟が大手を振って歩く食堂で食事をするのが煩わしくて、今はもう誰も使わない老朽化した温室で、一人淋しくランチを食する」
ハリエットは、まるでそれが真実でもあるように、場面が思い浮かぶようなことを言った。
現に、コートニーにはその場面がありありと目に浮かんで、本当にそうなのではないかと思えてしまった。
「そう言えば、今日は食堂で見かけなかったような気がします」
「コートニー様、彼を見かけたことがあるの?」
ハリエットの言葉には、薄っすらとコートニーがジョゼフの姿を探しているのかと問うような響きがあった。
「ジョゼフ様とは、席が前と後で近いのです。それに、先ほどの小説のことも、彼と話したことがあって」
「まあ。そうでしたの」
男子生徒とそんな話をしていることを、うっかり口にしてから後悔した。ハリエットはなにを思っただろう。
「ちゃんとお話できるじゃない」
「え?」
「いつもベネディクト様の隣で傾聴しているばかりではないのね。私、貴女とお話ししていて楽しかったわ。貴女が案外とお転婆な方なのだとわかったし」
「私がお転婆?」
「そうじゃない。侍女の目を欺いて、怪しい書籍を扱う怪しい書店に出入りするなんて」
ハリエットは、すっかり小さな書店を「怪しい」と断定してしまった。
「普段から、気楽にお話なさればよろしいわ。貴女のお話ってとても興味深くて楽しかったし、なにより心地よかったわ。人の話を傾聴できる会話って、なかなか出来そうで出来ないことですもの」
「傾聴?」
「ベネディクト様は、貴女がうんうん頷いて耳を傾けてくれるのが心地よいのね」
そうなのだろうかと思ううちに、教室に辿り着いて、ハリエットとはそこで別れた。
ハリエットはそんなことを言い出した。
「コートニー様、直接書店でお買い求めになったの?」
ハリエットの質問には、一体どこの書店なのかという質問まで隠れて見えるようだった。
「王立図書館のすぐ隣に、書店があるのはご存知?」
「ええ、わかるわ。三階建てになっている楽器とかも扱っているお店でしょう?」
「ええ、その書店の道を挟んだ反対側に、小さな書店があるんです。そこで買いましたの」
「目印が道を挟んで向かいにある大きな書店って、どれほど小さな書店なの?」
ハリエットの言いぶりに、コートニーは思わず笑ってしまった。
「仰る通りですわ。小さくてうっかり通りすぎそうになるんです。でも、一度入ってみれば二度と忘れることはありません」
「どういうこと?」
「面白そうな書籍ばかり並んでいるんです。思わずその場で読みふけってしまいそうな。例えば、いま話題の恋物語とか」
「成る程ね。貴女、一人で行ったの?侍女も一緒に?」
「お隣がこれまた小さな文具屋さんなんです。そこで馬車から降ろしてもらって、何気を装い隣の書店に入る。そんな手口を使っております」
「手口って、ふふふ」
コートニーの言葉にハリエットが笑って、「ほんと、良い手口だわ」と言った。
「なぜ、そんなわかりにくい店を知ったの?」
「侍女から教えてもらったんです。もう辞めてしまった侍女ですけれど、面白い作り話をするのがとても上手で」
「作り話?」
「ええ。我が家のおチビさんたちがなかなか寝てくれないなんてときに、彼女が寝台の脇で寝物語を語って聞かせるんですけれど⋯⋯」
「けれど?」
「面白すぎて余計に眠れなくなってしまう」
「まあ!」
作り話が上手な侍女は、どこかの男爵家に嫁いでいった。彼女の語る物語は、子供相手であるのに引き込まれる面白さがあった。今頃は、毎晩我が子に聞かせているのだろうかと、数年前に辞めてしまった侍女を思い出した。
ハリエットと並んで歩きながら、こんなふうに彼女と二人きりでいるのは初めてなのではないかと思った。
ハリエットとは、学園では生徒会メンバーとして兄やベネディクトと一緒であったし、ほかの場では大抵彼女は兄といる。
少しばかりプライドが高く、今日、イーサンとぶつかったような場面を見ても、彼女であればあれくらいは言うだろうと思う。
けれど、ハリエットの言い分はいつも筋が通っており、納得すれば受け入れる謙虚さがある。
コートニーは、そんなハリエットを好ましく思っていた。
今だって、令嬢ならはしたないと言って眉を顰めそうな小説をコートニーが買い求めたことにも、ハリエットは純粋な興味を示しただけで、侮蔑するようなことは言わずにいてくれた。
あら、あれは?
そんなことを考えながら、外に面している廊下を歩いていると、窓の向こうに見知った姿を見つけた。
「ジョゼフ様ね。こんな肌寒い日に外でランチをしていたのかしら」
ハリエットも彼に気がついた。彼女の言う通り、今日は朝から冷え込んで、とてもではないけれど庭園でランチをしたいなんて気にはなれない。
どこへ向かっているのかしら。
そんなことを考えたのは、ジョゼフが庭園とは違うほうへ向かっているように思えたからだった。
「温室かしら」
「え?温室なら庭園の奥のほうでは?」
「それは新しい温室でしょう?ほら、校舎の脇に古い温室があるじゃない。老朽化して随分みすぼらしくなっているけれど」
記憶を辿れば、ああ確かにと思い出された。
確かにそんな建物があった。
「弟君が、私が私がと前に出たがる人だからかしら」
「えっと、それはイーサン様のこと?」
「ええ。弟が大手を振って歩く食堂で食事をするのが煩わしくて、今はもう誰も使わない老朽化した温室で、一人淋しくランチを食する」
ハリエットは、まるでそれが真実でもあるように、場面が思い浮かぶようなことを言った。
現に、コートニーにはその場面がありありと目に浮かんで、本当にそうなのではないかと思えてしまった。
「そう言えば、今日は食堂で見かけなかったような気がします」
「コートニー様、彼を見かけたことがあるの?」
ハリエットの言葉には、薄っすらとコートニーがジョゼフの姿を探しているのかと問うような響きがあった。
「ジョゼフ様とは、席が前と後で近いのです。それに、先ほどの小説のことも、彼と話したことがあって」
「まあ。そうでしたの」
男子生徒とそんな話をしていることを、うっかり口にしてから後悔した。ハリエットはなにを思っただろう。
「ちゃんとお話できるじゃない」
「え?」
「いつもベネディクト様の隣で傾聴しているばかりではないのね。私、貴女とお話ししていて楽しかったわ。貴女が案外とお転婆な方なのだとわかったし」
「私がお転婆?」
「そうじゃない。侍女の目を欺いて、怪しい書籍を扱う怪しい書店に出入りするなんて」
ハリエットは、すっかり小さな書店を「怪しい」と断定してしまった。
「普段から、気楽にお話なさればよろしいわ。貴女のお話ってとても興味深くて楽しかったし、なにより心地よかったわ。人の話を傾聴できる会話って、なかなか出来そうで出来ないことですもの」
「傾聴?」
「ベネディクト様は、貴女がうんうん頷いて耳を傾けてくれるのが心地よいのね」
そうなのだろうかと思ううちに、教室に辿り着いて、ハリエットとはそこで別れた。
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