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第十二章
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ジョゼフは一体、どこへ行っているのだろう。
それは、放課後に図書室の窓辺から彼の姿を見かけたときから思っていたことだった。
たまたま外を歩いている姿を見ただけなのに、どうしてこれほど心に残り、これほど気になってしまうのだろう。
そこまで考えて、コートニーはなぜこんなところで考えあぐねているのかと、馬鹿馬鹿しく思えてきた。
気になるなら聞いてみたらよいのだ。ジョゼフは目の前にいるのだから。
昼休みの終わるころになって、漸く教室に戻ってきたジョゼフ。
木枯らしの吹く中を急いで戻ってきたのだろう、少しばかり息を弾ませて、席に戻った後ろ姿は耳が真っ赤になっていた。
「ジョゼフ様⋯⋯」
思い切って声をかけてみれば、ジョゼフはなに?というように振り返った。やはり頬まで紅く染まって、冷たい風の中を戻ってきたのだと思った。
「その、ごめんなさい。変なことをお聞きするのですけれど」
「変なこと?なんだろう」
「ええっと、ジョゼフ様、もしかして温室に行かれていらっしゃるの?」
ハリエットの言ったことが真実味を帯びて、コートニーの頭の中では、隙間風の入り込む古びた温室の中で一人淋しくジョゼフがランチを食する、そんなイメージがすっかり出来上がっていた。
「ああ」
プライベートなことを聞いてしまった気まずさがあったのに、ジョゼフはなんともないような、気の抜けた返事をした。
「よくわかったね。温室から帰ってきたところだったんだ。ちょっとゆっくりしすぎて、チャイムに間に合わないかと焦った」
そう言って、ジョゼフは笑った。
それには気構えていたコートニーもすっかり気が抜けて、気にするくらいなら聞いたほうが早いのだと改めて思った。それで、つい深掘りをするように尋ねてしまった。
「温室でなにをなさっていたの?」
まるで怪しい行動を確かめるよう尋問めいた質問だった。ほかに言いようがあったのではと、すぐに後悔してしまった。
「ああ、そうだなあ」
ジョゼフは、コートニーの質問に気を悪くした様子はなかった。だが、どことなく言い渋る様子をみせた。
「コートニー嬢、寒いのは苦手でしょう?」
「え?」
質問をしていたはずが逆に質問を返されて、コートニーは言葉に詰まった。
「ああ、別に大したことではないんだけれど⋯⋯」
大したことではないんだと言いながら、ジョゼフは座っていた椅子を傾けて、こちらに身を乗り出してきた。
とくとくとコートニーの胸が鼓動を打つ。
少しだけ声を抑えて話そうと、ジョゼフがコートニーに近づき顔を寄せた。それだけなのに、胸が鳴ってしまった。
「帰りの時間、少し余裕があるかな?」
「それって、迎えが来るまでということ?」
「うん。無理ならいいんだ」
「ええっと、大丈夫。少しくらいなら」
「本当?馬車を待たせては悪いから」
寒い中、待たせちゃったら馬が可哀想だしと言って、ジョゼフは寒空の下、待ちぼうけを食らう馬を案じた。
「ジョゼフ様、それを言うなら御者のほうですわ」
人より動物を心配したジョゼフに、コートニーは可笑しみを覚えた。
「まあ、そうだね。でも御者はコートが着れるじゃない。馬は裸だからね」
「ふふ、本当だわ」
つい笑ってしまったコートニーに、ジョゼフは再び確かめた。
「もし、よかったら、放課後に付き合ってくれるかな?」
ジョゼフはきっと、なんとも思わず言ったのだろう。だが、その言葉はコートニーにはとても嬉しいものだった。
誰かからなにかに誘われて、こんなに胸が踊ることは、ここ最近はないことだった。
コートニーが頷くと、ジョゼフは話は終いとばかりに前を向いてしまった。
淡い金色の巻き髪を見つめて、コートニーは早く午後の授業が終わらないかと思った。
放課後の廊下をジョゼフの少し後ろになって歩きながら、コートニーは不思議な気持ちになった。
これまで、兄やベネディクト以外の異性と行動したことはなかった。並び歩くのは迷惑だろうと、少しだけ距離を空けてジョゼフの後を追った。
だが、玄関ホールを抜けて外に出てからは、ジョゼフがコートニーに歩みを合わせてくれて、二人は並んで歩くことになった。
黄色一色の道は鮮やかで、落葉した銀杏の葉を二人で踏みしめながら歩いていると、コートニーは自分が黄色に世界にいることが、とても幸福なことに思えてきた。
「寒くない?」
マフラーを口元までぐるぐる巻きにしたコートニーに、ジョゼフは一旦は聞いたのだが、ぐるぐる巻き加減が可笑しかったのか、小さく笑った。
「それって特注マフラーなの?」
「え?」
「だって、それだけ巻くのにはかなりの長さがいるだろう?」
ジョゼフの言うことは確かなことで、三重に巻くためにはそれなりの長さが必要になる。
「確かに特注なのかしら。私が編んだんです」
「え?コートニー嬢、編み物できるの?」
失礼な。そう思ったコートニーの思考を素早く読み取って、ジョゼフはすぐに謝った。
「すみません」
「いえ。謝罪は受け取りました」
澄ました顔で言ってみれば、ジョゼフは笑みを浮かべて再び聞いてきた。
「綺麗な色だね。まるで落ち葉を編んだみたいだ。毛糸もコートニー嬢が選んだの?」
コートニーのお手製マフラーは、色が寄せ集めのように混じり合っていた。赤や黄色や緑色に白い毛糸も混ざっている。
「余った毛糸を継ぎ足して編んだの」
「え?継ぎ足して?」
ジョゼフはきっと、伯爵家の令嬢であるコートニーが、余り毛糸を使ったことを不思議に思ったのだろう。
「私、弟妹が多いの。おチビさんたちに毎年マフラーを編むんだけれど、中途半端に毛糸が余ってしまって。それで自分用には余った糸を使うことにしたの」
「へえ」
ジョゼフは、まじまじとマフラーを見つめた。視線を頬に感じて、コートニーは気恥ずかしくなってしまった。
「とても綺麗だ」
「え?」
「落ち葉に雪が降り積もったみたいで」
マフラーの色合いを、ジョゼフは綺麗だと言ってくれた。それが堪らなく嬉しくて、そしてとても魅惑的な言葉に聞こえてしまって、コートニーは頬が染まるのを感じながら、思わず目を伏せた。
それは、放課後に図書室の窓辺から彼の姿を見かけたときから思っていたことだった。
たまたま外を歩いている姿を見ただけなのに、どうしてこれほど心に残り、これほど気になってしまうのだろう。
そこまで考えて、コートニーはなぜこんなところで考えあぐねているのかと、馬鹿馬鹿しく思えてきた。
気になるなら聞いてみたらよいのだ。ジョゼフは目の前にいるのだから。
昼休みの終わるころになって、漸く教室に戻ってきたジョゼフ。
木枯らしの吹く中を急いで戻ってきたのだろう、少しばかり息を弾ませて、席に戻った後ろ姿は耳が真っ赤になっていた。
「ジョゼフ様⋯⋯」
思い切って声をかけてみれば、ジョゼフはなに?というように振り返った。やはり頬まで紅く染まって、冷たい風の中を戻ってきたのだと思った。
「その、ごめんなさい。変なことをお聞きするのですけれど」
「変なこと?なんだろう」
「ええっと、ジョゼフ様、もしかして温室に行かれていらっしゃるの?」
ハリエットの言ったことが真実味を帯びて、コートニーの頭の中では、隙間風の入り込む古びた温室の中で一人淋しくジョゼフがランチを食する、そんなイメージがすっかり出来上がっていた。
「ああ」
プライベートなことを聞いてしまった気まずさがあったのに、ジョゼフはなんともないような、気の抜けた返事をした。
「よくわかったね。温室から帰ってきたところだったんだ。ちょっとゆっくりしすぎて、チャイムに間に合わないかと焦った」
そう言って、ジョゼフは笑った。
それには気構えていたコートニーもすっかり気が抜けて、気にするくらいなら聞いたほうが早いのだと改めて思った。それで、つい深掘りをするように尋ねてしまった。
「温室でなにをなさっていたの?」
まるで怪しい行動を確かめるよう尋問めいた質問だった。ほかに言いようがあったのではと、すぐに後悔してしまった。
「ああ、そうだなあ」
ジョゼフは、コートニーの質問に気を悪くした様子はなかった。だが、どことなく言い渋る様子をみせた。
「コートニー嬢、寒いのは苦手でしょう?」
「え?」
質問をしていたはずが逆に質問を返されて、コートニーは言葉に詰まった。
「ああ、別に大したことではないんだけれど⋯⋯」
大したことではないんだと言いながら、ジョゼフは座っていた椅子を傾けて、こちらに身を乗り出してきた。
とくとくとコートニーの胸が鼓動を打つ。
少しだけ声を抑えて話そうと、ジョゼフがコートニーに近づき顔を寄せた。それだけなのに、胸が鳴ってしまった。
「帰りの時間、少し余裕があるかな?」
「それって、迎えが来るまでということ?」
「うん。無理ならいいんだ」
「ええっと、大丈夫。少しくらいなら」
「本当?馬車を待たせては悪いから」
寒い中、待たせちゃったら馬が可哀想だしと言って、ジョゼフは寒空の下、待ちぼうけを食らう馬を案じた。
「ジョゼフ様、それを言うなら御者のほうですわ」
人より動物を心配したジョゼフに、コートニーは可笑しみを覚えた。
「まあ、そうだね。でも御者はコートが着れるじゃない。馬は裸だからね」
「ふふ、本当だわ」
つい笑ってしまったコートニーに、ジョゼフは再び確かめた。
「もし、よかったら、放課後に付き合ってくれるかな?」
ジョゼフはきっと、なんとも思わず言ったのだろう。だが、その言葉はコートニーにはとても嬉しいものだった。
誰かからなにかに誘われて、こんなに胸が踊ることは、ここ最近はないことだった。
コートニーが頷くと、ジョゼフは話は終いとばかりに前を向いてしまった。
淡い金色の巻き髪を見つめて、コートニーは早く午後の授業が終わらないかと思った。
放課後の廊下をジョゼフの少し後ろになって歩きながら、コートニーは不思議な気持ちになった。
これまで、兄やベネディクト以外の異性と行動したことはなかった。並び歩くのは迷惑だろうと、少しだけ距離を空けてジョゼフの後を追った。
だが、玄関ホールを抜けて外に出てからは、ジョゼフがコートニーに歩みを合わせてくれて、二人は並んで歩くことになった。
黄色一色の道は鮮やかで、落葉した銀杏の葉を二人で踏みしめながら歩いていると、コートニーは自分が黄色に世界にいることが、とても幸福なことに思えてきた。
「寒くない?」
マフラーを口元までぐるぐる巻きにしたコートニーに、ジョゼフは一旦は聞いたのだが、ぐるぐる巻き加減が可笑しかったのか、小さく笑った。
「それって特注マフラーなの?」
「え?」
「だって、それだけ巻くのにはかなりの長さがいるだろう?」
ジョゼフの言うことは確かなことで、三重に巻くためにはそれなりの長さが必要になる。
「確かに特注なのかしら。私が編んだんです」
「え?コートニー嬢、編み物できるの?」
失礼な。そう思ったコートニーの思考を素早く読み取って、ジョゼフはすぐに謝った。
「すみません」
「いえ。謝罪は受け取りました」
澄ました顔で言ってみれば、ジョゼフは笑みを浮かべて再び聞いてきた。
「綺麗な色だね。まるで落ち葉を編んだみたいだ。毛糸もコートニー嬢が選んだの?」
コートニーのお手製マフラーは、色が寄せ集めのように混じり合っていた。赤や黄色や緑色に白い毛糸も混ざっている。
「余った毛糸を継ぎ足して編んだの」
「え?継ぎ足して?」
ジョゼフはきっと、伯爵家の令嬢であるコートニーが、余り毛糸を使ったことを不思議に思ったのだろう。
「私、弟妹が多いの。おチビさんたちに毎年マフラーを編むんだけれど、中途半端に毛糸が余ってしまって。それで自分用には余った糸を使うことにしたの」
「へえ」
ジョゼフは、まじまじとマフラーを見つめた。視線を頬に感じて、コートニーは気恥ずかしくなってしまった。
「とても綺麗だ」
「え?」
「落ち葉に雪が降り積もったみたいで」
マフラーの色合いを、ジョゼフは綺麗だと言ってくれた。それが堪らなく嬉しくて、そしてとても魅惑的な言葉に聞こえてしまって、コートニーは頬が染まるのを感じながら、思わず目を伏せた。
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