コートニーの箱庭

桃井すもも

文字の大きさ
12 / 33

第十二章

しおりを挟む
 ジョゼフは一体、どこへ行っているのだろう。

 それは、放課後に図書室の窓辺から彼の姿を見かけたときから思っていたことだった。

 たまたま外を歩いている姿を見ただけなのに、どうしてこれほど心に残り、これほど気になってしまうのだろう。

 そこまで考えて、コートニーはなぜこんなところで考えあぐねているのかと、馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 気になるなら聞いてみたらよいのだ。ジョゼフは目の前にいるのだから。

 昼休みの終わるころになって、ようやく教室に戻ってきたジョゼフ。
 木枯らしの吹く中を急いで戻ってきたのだろう、少しばかり息を弾ませて、席に戻った後ろ姿は耳が真っ赤になっていた。

「ジョゼフ様⋯⋯」

 思い切って声をかけてみれば、ジョゼフはなに?というように振り返った。やはり頬まで紅く染まって、冷たい風の中を戻ってきたのだと思った。

「その、ごめんなさい。変なことをお聞きするのですけれど」
「変なこと?なんだろう」
「ええっと、ジョゼフ様、もしかして温室に行かれていらっしゃるの?」

 ハリエットの言ったことが真実味を帯びて、コートニーの頭の中では、隙間風の入り込む古びた温室の中で一人淋しくジョゼフがランチを食する、そんなイメージがすっかり出来上がっていた。

「ああ」

 プライベートなことを聞いてしまった気まずさがあったのに、ジョゼフはなんともないような、気の抜けた返事をした。

「よくわかったね。温室から帰ってきたところだったんだ。ちょっとゆっくりしすぎて、チャイムに間に合わないかと焦った」

 そう言って、ジョゼフは笑った。
 それには気構えていたコートニーもすっかり気が抜けて、気にするくらいなら聞いたほうが早いのだと改めて思った。それで、つい深掘りをするように尋ねてしまった。

「温室でなにをなさっていたの?」

 まるで怪しい行動を確かめるよう尋問めいた質問だった。ほかに言いようがあったのではと、すぐに後悔してしまった。

「ああ、そうだなあ」

 ジョゼフは、コートニーの質問に気を悪くした様子はなかった。だが、どことなく言い渋る様子をみせた。

「コートニー嬢、寒いのは苦手でしょう?」
「え?」

 質問をしていたはずが逆に質問を返されて、コートニーは言葉に詰まった。

「ああ、別に大したことではないんだけれど⋯⋯」

 大したことではないんだと言いながら、ジョゼフは座っていた椅子を傾けて、こちらに身を乗り出してきた。
 とくとくとコートニーの胸が鼓動を打つ。
 少しだけ声を抑えて話そうと、ジョゼフがコートニーに近づき顔を寄せた。それだけなのに、胸が鳴ってしまった。

「帰りの時間、少し余裕があるかな?」
「それって、迎えが来るまでということ?」
「うん。無理ならいいんだ」
「ええっと、大丈夫。少しくらいなら」
「本当?馬車を待たせては悪いから」

 寒い中、待たせちゃったら馬が可哀想だしと言って、ジョゼフは寒空の下、待ちぼうけを食らう馬を案じた。

「ジョゼフ様、それを言うなら御者のほうですわ」

 人より動物を心配したジョゼフに、コートニーは可笑しみを覚えた。

「まあ、そうだね。でも御者はコートが着れるじゃない。馬は裸だからね」
「ふふ、本当だわ」

 つい笑ってしまったコートニーに、ジョゼフは再び確かめた。

「もし、よかったら、放課後に付き合ってくれるかな?」

 ジョゼフはきっと、なんとも思わず言ったのだろう。だが、その言葉はコートニーにはとても嬉しいものだった。
 誰かからなにかに誘われて、こんなに胸が踊ることは、ここ最近はないことだった。

 コートニーが頷くと、ジョゼフは話は終いとばかりに前を向いてしまった。

 淡い金色の巻き髪を見つめて、コートニーは早く午後の授業が終わらないかと思った。



 放課後の廊下をジョゼフの少し後ろになって歩きながら、コートニーは不思議な気持ちになった。

 これまで、兄やベネディクト以外の異性と行動したことはなかった。並び歩くのは迷惑だろうと、少しだけ距離を空けてジョゼフの後を追った。

 だが、玄関ホールを抜けて外に出てからは、ジョゼフがコートニーに歩みを合わせてくれて、二人は並んで歩くことになった。

 黄色一色の道は鮮やかで、落葉した銀杏の葉を二人で踏みしめながら歩いていると、コートニーは自分が黄色に世界にいることが、とても幸福なことに思えてきた。

「寒くない?」

 マフラーを口元までぐるぐる巻きにしたコートニーに、ジョゼフは一旦は聞いたのだが、ぐるぐる巻き加減が可笑しかったのか、小さく笑った。

「それって特注マフラーなの?」
「え?」
「だって、それだけ巻くのにはかなりの長さがいるだろう?」

 ジョゼフの言うことは確かなことで、三重に巻くためにはそれなりの長さが必要になる。

「確かに特注なのかしら。私が編んだんです」
「え?コートニー嬢、編み物できるの?」

 失礼な。そう思ったコートニーの思考を素早く読み取って、ジョゼフはすぐに謝った。

「すみません」
「いえ。謝罪は受け取りました」

 澄ました顔で言ってみれば、ジョゼフは笑みを浮かべて再び聞いてきた。

「綺麗な色だね。まるで落ち葉を編んだみたいだ。毛糸もコートニー嬢が選んだの?」

 コートニーのお手製マフラーは、色が寄せ集めのように混じり合っていた。赤や黄色や緑色に白い毛糸も混ざっている。

「余った毛糸を継ぎ足して編んだの」
「え?継ぎ足して?」

 ジョゼフはきっと、伯爵家の令嬢であるコートニーが、余り毛糸を使ったことを不思議に思ったのだろう。

「私、弟妹きょうだいが多いの。おチビさんたちに毎年マフラーを編むんだけれど、中途半端に毛糸が余ってしまって。それで自分用には余った糸を使うことにしたの」

「へえ」

 ジョゼフは、まじまじとマフラーを見つめた。視線を頬に感じて、コートニーは気恥ずかしくなってしまった。

「とても綺麗だ」
「え?」
「落ち葉に雪が降り積もったみたいで」

 マフラーの色合いを、ジョゼフは綺麗だと言ってくれた。それが堪らなく嬉しくて、そしてとても魅惑的な言葉に聞こえてしまって、コートニーは頬が染まるのを感じながら、思わず目を伏せた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

「出来損ないの妖精姫」と侮辱され続けた私。〜「一生お護りします」と誓った専属護衛騎士は、後悔する〜

高瀬船
恋愛
「出来損ないの妖精姫と、どうして俺は……」そんな悲痛な声が、部屋の中から聞こえた。 「愚かな過去の自分を呪いたい」そう呟くのは、自分の専属護衛騎士で、最も信頼し、最も愛していた人。 かつては愛おしげに細められていた目は、今は私を蔑むように細められ、かつては甘やかな声で私の名前を呼んでいてくれた声は、今は侮辱を込めて私の事を「妖精姫」と呼ぶ。 でも、かつては信頼し合い、契約を結んだ人だから。 私は、自分の専属護衛騎士を最後まで信じたい。 だけど、四年に一度開催される祭典の日。 その日、私は専属護衛騎士のフォスターに完全に見限られてしまう。 18歳にもなって、成長しない子供のような見た目、衰えていく魔力と魔法の腕。 もう、うんざりだ、と言われてフォスターは私の義妹、エルローディアの専属護衛騎士になりたい、と口にした。 絶望の淵に立たされた私に、幼馴染の彼が救いの手を伸ばしてくれた。 「ウェンディ・ホプリエル嬢。俺と専属護衛騎士の契約を結んで欲しい」 かつては、私を信頼し、私を愛してくれていた前専属護衛騎士。 その彼、フォスターは幼馴染と契約を結び直した私が起こす数々の奇跡に、深く後悔をしたのだった。

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

あなたの幸せを、心からお祈りしています

たくわん
恋愛
「平民の娘ごときが、騎士の妻になれると思ったのか」 宮廷音楽家の娘リディアは、愛を誓い合った騎士エドゥアルトから、一方的に婚約破棄を告げられる。理由は「身分違い」。彼が選んだのは、爵位と持参金を持つ貴族令嬢だった。 傷ついた心を抱えながらも、リディアは決意する。 「音楽の道で、誰にも見下されない存在になってみせる」 革新的な合奏曲の創作、宮廷初の「音楽会」の開催、そして若き隣国王子との出会い——。 才能と努力だけを武器に、リディアは宮廷音楽界の頂点へと駆け上がっていく。 一方、妻の浪費と実家の圧力に苦しむエドゥアルトは、次第に転落の道を辿り始める。そして彼は気づくのだ。自分が何を失ったのかを。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

処理中です...