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第十四章
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ジェントルは、初めて会ったコートニーにも怯えることなく懐いてくれた。
「これは、懐いたと言っても良いのね?」
コートニーの指先に嘴を押し当てると、ジェントルは、まるでそこを撫でて欲しいというように、頬を押し当て頭を擦りつけてきた。
その度に、グルグル喉を鳴らすので、これがご機嫌の鳴き声なのだと思った。
「可愛い⋯⋯」
コートニーは小動物を飼った経験がない。禁止されていたのではなくて、元々なにかを求めることが少なかった。
もし兄が、仔猫や仔犬を飼いたいと言ったなら、喜んで一緒に育てただろうと思う。
義父は動物を可愛がるようには見えないし、伯爵邸にいる生き物は馬しかおらず、コートニーは自分の馬車を引いてくれる馬のことなら、声がけするくらいは馴染んでいる。だが、その程度だった。
コートニーは、思い切って尋ねた。
「ジョゼフ様は、どうしてジェントルをこんなところで?」
こんな学園の古びた温室で、隠れるように飼うなんて、なにか理由があるのだろう。
「ジェントルは、お祖母様から頂いたんだ。誕生日のお祝いに」
「まあ。お祖母様から」
「レグモントではないよ。母の生家の祖母なんだ」
一つ違いの異母弟がいるジョゼフは、生後間もなく実母を亡くしていると聞いた。産褥からの回復が思わしくなかったのか、そこのところはわからない。だが、乳飲み子を残して儚くなったのは確かだろう。
立ち入ったこととは思いながら、コートニーは聞いてみた。
「お母様のご生家とは、今も交流がおありなの?」
ジョゼフは、別段気にするふうもなく答えた。
「いや。母の生後は随分前に代替りをしているんだ。そちらとは交流はないんだけれど、隠居しているお祖母様からは、今も贈り物が届くんだ」
「素敵なお祖母様ね」
コートニーには、祖父母は父方も母方もすでに鬼籍に入っており、誕生日に小鳥を贈ってくれるような親族はいなかった。
それを淋しいとは思わないが、この世界のどこかに面識のない血族がいるということは、なんとなく不思議なことに思われた。
「しばらくは自分の部屋で飼っていたんだけれど、最近、義母が猫を飼ったんだ。そいつが僕の部屋にも入ってくるんで、ジェントルが危ないと思ってね」
それで学園で飼うことになったのだと理解できた。
「義母は悪気なんてないんだよ。彼女は僕がジェントルを飼っているのを知らないし。猫は怪我をしたのを拾ってきたのだし」
「まあ。お義母様、怪我をした猫を助けたの?」
「うん。義母はそういう人なんだ。お人好しなんだよ。ジェントルのことを言えば、きっと猫が部屋に入らないようにしてくれるんだろうけれど⋯⋯」
「けれど?」
「アイツ、すばしっこいんだ。本当に怪我してたのかな?義母のお情けが欲しくって、怪我をしたフリをしたんじゃないかと疑っているんだ」
ジョゼフの話は、コートニーが想像した所謂「生さぬ仲」とは違って聞こえた。弟のイーサンがあんなふうであるし、なにより次男を嫡男に据えていることから、ジョゼフはレグモント子爵家で冷遇されているのかと思っていた。
「義母は、元は母の侍女だったんだ」
「え?」
その言葉通りであれば、レグモント子爵は、使用人を後妻に迎えたことになる。
「僕が義母にしか懐かなかったから」
「そうだったのね」
人の事情とは、当人たちにしかわからない。少なくともジョゼフは、義母との関係は悪いようではなかったことに、なぜかコートニーのほうが安堵してしまった。
「でも、どのみち僕は生家を出なければならないからな」
「え?」
それはまさか、放逐されるということか?
レグモント子爵こそ、実の息子を冷遇しているのではないだろか。
「まあ、その辺ははっきりしたことは言えないんだけれどね」
またもやジョゼフは、なんともないというような口振りだった。
「ただ、今のところ困ったのは」
「困ったのは?」
ここにきて、ジョゼフは初めて表情を曇らせた。
「間もなく冬が来るだろう?ジェントルをこのままにはしておけない。義母に言って家に連れて行かなくちゃならないと思ってるんだけれど」
アイツに狙われたら嫌だな、とジョゼフは猫の襲撃を危ぶむようだった。
「それはそうよね。その猫、どんな猫?」
「ええ?なんというかな、太々しい、そんな感じかな」
「まあ。悪役猫さんなのね」
「あー、確かに。顔相が悪役だ」
そのうち、リラックスしたのかジェントルが囀りだして、小鳥の鳴き声は可愛いらしかった。なのに、行き成りジェントルがなにかを話し出した。
「な、なにか喋ってる」
「可愛いねって言ってるんだよ。君が可愛いから」
「⋯⋯」
コートニーは、はっきりとわかるほど頬が火照った。多分、顔が真っ赤になっている。こんな間近で可愛いなんてことを言われて、照れない女の子はいるだろうか。
耳をすませば、確かにジェントルは「かあーいーね」と聞こえることを話している。
「本当に喋ってる⋯⋯」
「君に話しかけてるんだよ。こんなに小さななりだけれど、インコはとても賢いんだ。特に雄はお喋りなんだ」
「女の子は無口なの?」
「気難しいらしいよ。人間だって、そういうマダムはいるじゃない?」
それに、とジョゼフは続けた。
「お喋りが上手なのは、それだけ沢山話しかけられているからだよ。小鳥だって、愛されれば愛情を返してくれる」
その言葉は、コートニーの心の中に静かに沁みた。愛とは、愛されれば呼応するように芽生えるものなのか。
愛すれば、愛してもらえるものなのだろうか。
「これは、懐いたと言っても良いのね?」
コートニーの指先に嘴を押し当てると、ジェントルは、まるでそこを撫でて欲しいというように、頬を押し当て頭を擦りつけてきた。
その度に、グルグル喉を鳴らすので、これがご機嫌の鳴き声なのだと思った。
「可愛い⋯⋯」
コートニーは小動物を飼った経験がない。禁止されていたのではなくて、元々なにかを求めることが少なかった。
もし兄が、仔猫や仔犬を飼いたいと言ったなら、喜んで一緒に育てただろうと思う。
義父は動物を可愛がるようには見えないし、伯爵邸にいる生き物は馬しかおらず、コートニーは自分の馬車を引いてくれる馬のことなら、声がけするくらいは馴染んでいる。だが、その程度だった。
コートニーは、思い切って尋ねた。
「ジョゼフ様は、どうしてジェントルをこんなところで?」
こんな学園の古びた温室で、隠れるように飼うなんて、なにか理由があるのだろう。
「ジェントルは、お祖母様から頂いたんだ。誕生日のお祝いに」
「まあ。お祖母様から」
「レグモントではないよ。母の生家の祖母なんだ」
一つ違いの異母弟がいるジョゼフは、生後間もなく実母を亡くしていると聞いた。産褥からの回復が思わしくなかったのか、そこのところはわからない。だが、乳飲み子を残して儚くなったのは確かだろう。
立ち入ったこととは思いながら、コートニーは聞いてみた。
「お母様のご生家とは、今も交流がおありなの?」
ジョゼフは、別段気にするふうもなく答えた。
「いや。母の生後は随分前に代替りをしているんだ。そちらとは交流はないんだけれど、隠居しているお祖母様からは、今も贈り物が届くんだ」
「素敵なお祖母様ね」
コートニーには、祖父母は父方も母方もすでに鬼籍に入っており、誕生日に小鳥を贈ってくれるような親族はいなかった。
それを淋しいとは思わないが、この世界のどこかに面識のない血族がいるということは、なんとなく不思議なことに思われた。
「しばらくは自分の部屋で飼っていたんだけれど、最近、義母が猫を飼ったんだ。そいつが僕の部屋にも入ってくるんで、ジェントルが危ないと思ってね」
それで学園で飼うことになったのだと理解できた。
「義母は悪気なんてないんだよ。彼女は僕がジェントルを飼っているのを知らないし。猫は怪我をしたのを拾ってきたのだし」
「まあ。お義母様、怪我をした猫を助けたの?」
「うん。義母はそういう人なんだ。お人好しなんだよ。ジェントルのことを言えば、きっと猫が部屋に入らないようにしてくれるんだろうけれど⋯⋯」
「けれど?」
「アイツ、すばしっこいんだ。本当に怪我してたのかな?義母のお情けが欲しくって、怪我をしたフリをしたんじゃないかと疑っているんだ」
ジョゼフの話は、コートニーが想像した所謂「生さぬ仲」とは違って聞こえた。弟のイーサンがあんなふうであるし、なにより次男を嫡男に据えていることから、ジョゼフはレグモント子爵家で冷遇されているのかと思っていた。
「義母は、元は母の侍女だったんだ」
「え?」
その言葉通りであれば、レグモント子爵は、使用人を後妻に迎えたことになる。
「僕が義母にしか懐かなかったから」
「そうだったのね」
人の事情とは、当人たちにしかわからない。少なくともジョゼフは、義母との関係は悪いようではなかったことに、なぜかコートニーのほうが安堵してしまった。
「でも、どのみち僕は生家を出なければならないからな」
「え?」
それはまさか、放逐されるということか?
レグモント子爵こそ、実の息子を冷遇しているのではないだろか。
「まあ、その辺ははっきりしたことは言えないんだけれどね」
またもやジョゼフは、なんともないというような口振りだった。
「ただ、今のところ困ったのは」
「困ったのは?」
ここにきて、ジョゼフは初めて表情を曇らせた。
「間もなく冬が来るだろう?ジェントルをこのままにはしておけない。義母に言って家に連れて行かなくちゃならないと思ってるんだけれど」
アイツに狙われたら嫌だな、とジョゼフは猫の襲撃を危ぶむようだった。
「それはそうよね。その猫、どんな猫?」
「ええ?なんというかな、太々しい、そんな感じかな」
「まあ。悪役猫さんなのね」
「あー、確かに。顔相が悪役だ」
そのうち、リラックスしたのかジェントルが囀りだして、小鳥の鳴き声は可愛いらしかった。なのに、行き成りジェントルがなにかを話し出した。
「な、なにか喋ってる」
「可愛いねって言ってるんだよ。君が可愛いから」
「⋯⋯」
コートニーは、はっきりとわかるほど頬が火照った。多分、顔が真っ赤になっている。こんな間近で可愛いなんてことを言われて、照れない女の子はいるだろうか。
耳をすませば、確かにジェントルは「かあーいーね」と聞こえることを話している。
「本当に喋ってる⋯⋯」
「君に話しかけてるんだよ。こんなに小さななりだけれど、インコはとても賢いんだ。特に雄はお喋りなんだ」
「女の子は無口なの?」
「気難しいらしいよ。人間だって、そういうマダムはいるじゃない?」
それに、とジョゼフは続けた。
「お喋りが上手なのは、それだけ沢山話しかけられているからだよ。小鳥だって、愛されれば愛情を返してくれる」
その言葉は、コートニーの心の中に静かに沁みた。愛とは、愛されれば呼応するように芽生えるものなのか。
愛すれば、愛してもらえるものなのだろうか。
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