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第十七章
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生徒会室に入るのは、この日が初めてのことだった。
兄と婚約者が会長と副会長であるのに、コートニーは彼らの活動に興味を抱いてはいなかった。
それでなくても昼食時にはベネディクトの隣にいて、生徒会の面々とは常より同席している。もうそれだけで、生徒会についてはお腹いっぱいという気持ちが本心だった。
私はきっと、薄情な婚約者だわ。
コートニーは、この場にいながらそんなことを考えた。
ベネディクトに、同じ気持ちを返せない。
ベネディクトが心の底で、コートニーにどんな感情を抱いているのか、彼の本心はわからない。だが、身分違いの婚約者を、ベネディクトは受け入れているように見える。
そう思ったところで、心の隅に湧いてくるのは、本当にベネディクトはコートニーを受け入れているのだろうかということだった。
コートニーは、目の前で活発な意見を交わし合う生徒会メンバーを見つめていたが、ふと横に座るイーディアに視線を移した。
イーディアはダービー子爵家の子女で、イーサンの婚約者である。学園を卒業したら二人は結婚するのだが、そうなるとイーディアはジョゼフの生家に住まうのだろう。
その時にジョゼフは、どうするのだろう。
嫡男である弟が家督を継ぐ家に、いつまで残っているのだろうか。
それとも、どこかへ移り住むのか。ジェントルを連れて、コートニーの知らないどこかへ行ってしまうのだろうか。
それはとても淋しいことに思えた。
その頃には、コートニーはベネディクトに嫁いで、あの広い公爵邸に住んでいるだろう。
そこにコートニーの居場所があろうがなかろうが、ベネディクトの妻として生きていかなければならない。
イーディアは、頬をほんのり紅潮させて、熱心に話し合いの様子を見つめていた。彼女はきっと、イーサンのために役員になろうと思うのだろう。
そんなふうな気持ちでいられることは、とても誠実なことだと思った。二人は仲の良い婚約者なのだろう。
カリカリとハリエットがペンを走らせながら、話し合いの内容をノートに記している。速記ができるのかと思うほどの高速で、ペンは紙面を滑らかに走り、時折、ふっと止まっては、話し合いの内容を確認しているようだった。
優秀なハリエットが兄に嫁いだなら、兄もきっと助かるだろう。侯爵令嬢であるのに事務仕事が得意だなんて、ハリエットは流石である。
議題のことには全く意識が向かわぬまま、コートニーはすっかり人間観察をしていた。
六人いる生徒会メンバーの中で、取り分け発言が多いのはイーサンだった。
彼は春に学園に入学したばかりで、もうこれほど積極的になっており、ジョゼフの少しばかりのんびりした気質とは性格も異なるようだった。
その反面、確かにハリエットの気持ちが理解できた。
彼は少しばかり上滑りしている。なにを焦るのか、成果を急ぐあまりに根回し的なところが抜けているように見えた。
生徒会運営なんて、これっぽっちもわからないコートニーにも、彼の危うさは目についた。
「イーサン、君の考えも理解できる。だが今は、その前段階についてを話しているんだ。その先のことは、これが纏ってから進めたいんだ」
見かねた兄が、発言を続けるイーサンに待ったをかけた。
途端にハリエットがノートから顔を上げて、ちらっとこちらを見た。
その顔が、「ね?言った通りでしょう?」と同意を求めているようで、コートニーは苦笑いを浮かべてしまった。
すぐ隣に座るイーディアを見れば、彼女はキュッと両手を握りしめ、心配げにイーサンを見つめている。
健気な婚約者の眼差しに気づかないまま、イーサンは先ほどまでの勢いをなくして、少しの間、聞き役に徹した。
コートニーはそこで、ベネディクトを見た。そのまま、背中にヒヤリとしたものを感じた。
ベネディクトは、冷たい眼差しをイーサンに向けていた。コートニーにはわかっていた。
彼は、勇み足の後輩に呆れているのではない。
身分の低い令息を、蔑んでいるのである。
一見すれば、彼は鷹揚で朗らかで、身分に拘りを持たない公平さを持っている。実際、多くの場面でベネディクトは、誰に対しても変わらない態度で接する。
公爵令息としての矜持を持ちながら、学生らしい気さくさを失わない。
だがそれは、真実の彼の姿ではない。
彼は、明らかに爵位の劣る貴族を下に見ている。
子爵や男爵にも有能な領主は多い。王城に出仕する文官や女官には、低位貴族の出身者は多くいる。学園にも、そんな子女らは大勢いる。
イーサンにしても、若さ故の落ち着きのなさは感じられても、決して愚鈍ではないことは普段の会話からもわかることだった。
ベネディクトには、はっきりとした選民意識があり、彼はどこかそれを誇りと思うところがある。
そんな彼が、なぜコートニーを婚約者に選んだのか。嘗て社交界の可憐な華と謳われた、コートニーの母への興味だったのか。
だが、彼の選民基準でいうなら、コートニーこそ下流の存在なのである。
母の生家は問題ないとしても、亡くなった実父は男爵家の出身だった。父自身は騎士爵で、その父を失ったまま母が再婚していなければ、コートニーの身分は平民となっていた。
ほんの一瞬、射るような冷ややか眼差しをしたベネディクトに、つい先日、廊下でジョゼフと接触したときのことを思い出した。
明らかに、後ろからぶつかったのはベネディクトのほうで、なのに彼はジョゼフを瞳に映すこともしなかった。
コートニーは腹の奥底で、まるで氷の上に座っているような、芯から冷えるような感覚を抱いた。
兄と婚約者が会長と副会長であるのに、コートニーは彼らの活動に興味を抱いてはいなかった。
それでなくても昼食時にはベネディクトの隣にいて、生徒会の面々とは常より同席している。もうそれだけで、生徒会についてはお腹いっぱいという気持ちが本心だった。
私はきっと、薄情な婚約者だわ。
コートニーは、この場にいながらそんなことを考えた。
ベネディクトに、同じ気持ちを返せない。
ベネディクトが心の底で、コートニーにどんな感情を抱いているのか、彼の本心はわからない。だが、身分違いの婚約者を、ベネディクトは受け入れているように見える。
そう思ったところで、心の隅に湧いてくるのは、本当にベネディクトはコートニーを受け入れているのだろうかということだった。
コートニーは、目の前で活発な意見を交わし合う生徒会メンバーを見つめていたが、ふと横に座るイーディアに視線を移した。
イーディアはダービー子爵家の子女で、イーサンの婚約者である。学園を卒業したら二人は結婚するのだが、そうなるとイーディアはジョゼフの生家に住まうのだろう。
その時にジョゼフは、どうするのだろう。
嫡男である弟が家督を継ぐ家に、いつまで残っているのだろうか。
それとも、どこかへ移り住むのか。ジェントルを連れて、コートニーの知らないどこかへ行ってしまうのだろうか。
それはとても淋しいことに思えた。
その頃には、コートニーはベネディクトに嫁いで、あの広い公爵邸に住んでいるだろう。
そこにコートニーの居場所があろうがなかろうが、ベネディクトの妻として生きていかなければならない。
イーディアは、頬をほんのり紅潮させて、熱心に話し合いの様子を見つめていた。彼女はきっと、イーサンのために役員になろうと思うのだろう。
そんなふうな気持ちでいられることは、とても誠実なことだと思った。二人は仲の良い婚約者なのだろう。
カリカリとハリエットがペンを走らせながら、話し合いの内容をノートに記している。速記ができるのかと思うほどの高速で、ペンは紙面を滑らかに走り、時折、ふっと止まっては、話し合いの内容を確認しているようだった。
優秀なハリエットが兄に嫁いだなら、兄もきっと助かるだろう。侯爵令嬢であるのに事務仕事が得意だなんて、ハリエットは流石である。
議題のことには全く意識が向かわぬまま、コートニーはすっかり人間観察をしていた。
六人いる生徒会メンバーの中で、取り分け発言が多いのはイーサンだった。
彼は春に学園に入学したばかりで、もうこれほど積極的になっており、ジョゼフの少しばかりのんびりした気質とは性格も異なるようだった。
その反面、確かにハリエットの気持ちが理解できた。
彼は少しばかり上滑りしている。なにを焦るのか、成果を急ぐあまりに根回し的なところが抜けているように見えた。
生徒会運営なんて、これっぽっちもわからないコートニーにも、彼の危うさは目についた。
「イーサン、君の考えも理解できる。だが今は、その前段階についてを話しているんだ。その先のことは、これが纏ってから進めたいんだ」
見かねた兄が、発言を続けるイーサンに待ったをかけた。
途端にハリエットがノートから顔を上げて、ちらっとこちらを見た。
その顔が、「ね?言った通りでしょう?」と同意を求めているようで、コートニーは苦笑いを浮かべてしまった。
すぐ隣に座るイーディアを見れば、彼女はキュッと両手を握りしめ、心配げにイーサンを見つめている。
健気な婚約者の眼差しに気づかないまま、イーサンは先ほどまでの勢いをなくして、少しの間、聞き役に徹した。
コートニーはそこで、ベネディクトを見た。そのまま、背中にヒヤリとしたものを感じた。
ベネディクトは、冷たい眼差しをイーサンに向けていた。コートニーにはわかっていた。
彼は、勇み足の後輩に呆れているのではない。
身分の低い令息を、蔑んでいるのである。
一見すれば、彼は鷹揚で朗らかで、身分に拘りを持たない公平さを持っている。実際、多くの場面でベネディクトは、誰に対しても変わらない態度で接する。
公爵令息としての矜持を持ちながら、学生らしい気さくさを失わない。
だがそれは、真実の彼の姿ではない。
彼は、明らかに爵位の劣る貴族を下に見ている。
子爵や男爵にも有能な領主は多い。王城に出仕する文官や女官には、低位貴族の出身者は多くいる。学園にも、そんな子女らは大勢いる。
イーサンにしても、若さ故の落ち着きのなさは感じられても、決して愚鈍ではないことは普段の会話からもわかることだった。
ベネディクトには、はっきりとした選民意識があり、彼はどこかそれを誇りと思うところがある。
そんな彼が、なぜコートニーを婚約者に選んだのか。嘗て社交界の可憐な華と謳われた、コートニーの母への興味だったのか。
だが、彼の選民基準でいうなら、コートニーこそ下流の存在なのである。
母の生家は問題ないとしても、亡くなった実父は男爵家の出身だった。父自身は騎士爵で、その父を失ったまま母が再婚していなければ、コートニーの身分は平民となっていた。
ほんの一瞬、射るような冷ややか眼差しをしたベネディクトに、つい先日、廊下でジョゼフと接触したときのことを思い出した。
明らかに、後ろからぶつかったのはベネディクトのほうで、なのに彼はジョゼフを瞳に映すこともしなかった。
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