18 / 33
第十八章
しおりを挟む
「コートニー様は、生徒会に入られるお気持ちはお有りなのですか?」
話し合いが少しばかり脇道に逸れて、雑談が始まったタイミングでイーディアが尋ねてきた。
来年度の役員の人数について詳しいことはわからないが、ハリエットを補佐する名目であるなら、女子生徒ばかりを何人も加入させることはないだろう。せいぜい一人いれば足りることで、イーディアは、コートニーが参加を希望しているのか気になるのだろう。
「私はどうも熱意が足りないみたい。こんな中途半端な気持ちで参加してよいものとは思えないの」
そう言えば、イーディアはわかりやすく安堵する表情を見せた。だが、それで心配が払拭されたわけではなかったようだ。
「ですが、お兄様やご婚約者様が推薦なさったら⋯⋯」
そこはコートニーにも答えにくいところだった。現に、すでに兄にもベネディクトからも誘われている。
「お断りするつもりです。ただ、一度は見学してからお伝えしたほうが良いと思ったの。イーディア様はこれから学園生活を送られるのですもの、長く携われるお方のほうが相応しいと思うわ」
そう言えば、イーディアは漸く納得するような顔をした。
「コートニー、送っていくよ」
話し合いが終わって散会となり、コートニーが生徒会室を出たところで、後ろからベネディクトが追ってきた。
「お心遣いをありがとうございます。ですが、迎えの馬車が来ておりますから」
「それなら、帰したよ」
「え?」
コートニーは、すぐには理解ができずにベネディクトを見上げた。ベネディクトは、そんな顔をしたコートニーが可笑しかったのか、笑みを浮かべて言った。
「我が家の御者が伝えているはずだ。私の馬車で送ると」
コートニーは驚いてしまった。
御者はきっと、生徒会の見学がいつ終わってもよいように、余裕をもって早目に迎えに来ていただろう。
それでなくてもいつもと違う時間の迎えであったのに、彼は快く「お迎えにあがります」と言ってくれたのだ。
コートニーは、壮年の御者の顔を思い浮かべて、申し訳なく思った。
「ですが、彼には昨日のうちに迎えの時間を遅らせてと頼んでいたのです」
それでつい、反抗するようなことを口にした。
珍しく聞き分けのなかったコートニーに、ベネディクトは鷹揚に言った。
「それが御者の仕事だろう」
彼はきっと、コートニーがベネディクトに送られることを渋るとは、考えもしなかったのだろう。だが、そこはやはりベネディクトで、表情は変わらず穏やかなものだった。
「コートニー」
彼はそう言って、こちらに手を伸ばした。コートニーの耳元の髪を指先で梳くと、目元に甘さを漂わせて微笑んだ。
「少しは甘えてくれないかな。私は君と一緒に過ごしたいんだ。同じ学園に通っているのに、君とはなかなか時間が合わない」
ベネディクトの言葉は確かなことで、クラスも異なる二人は、昼食を一緒にとる以外は全くの別行動だった。
ベネディクトの思いやりを感じさせる言葉に、コートニーも意地を張るわけにはいかなかった。なにより伯爵家の御者はすでに帰されて、コートニーには帰りの足がない。
兄はハリエットを送って帰るから、婚約者を乗せる馬車に便乗するのも憚られた。
「ごめんなさい」
素直に受け入れなかったことを詫びれば、ベネディクトは「ふっ」と小さな笑いを漏らして、コートニーを見つめて頷いた。
「ちょっと待っていて。鞄を取ってくる」
そう言ってベネディクトは、一旦生徒会に戻っていった。その背中を見つめていると、ふとイーサンと目が合った。彼もイーディアを連れて帰るところのようだった。
イーサンもきっと、コートニーが次年度の生徒会役員になることを望んでいると思うのだろう。イーディアには伝えているから、そこは安心してほしいと思った。
格式高い公爵家の馬車に乗るのは、いつも少しばかり緊張を伴う。ベネディクトにエスコートされる茶会や夜会に参加するときしか、彼の馬車に乗ることはない。
それも必ず侍従が一緒で、今日のように二人きりということはないことだった。
侍従のお方は?そう聞こうとして聞けなかったのは、先ほどベネディクトの誘いに素直に応じなかったことで、僅かな遠慮があったからだった。
ベネディクトは、コートニーの手を取って先にステップを上がらせると、後から馬車に乗り込んで、そのまま隣に座ってしまった。
「ベネディクト様?」
いつもは向かい側に座る彼が真隣に座ったことで、コートニーは思わず名前を呼んでしまった。
「たまにはいいだろう。こんなときじゃなければ、君と二人になれないんだ」
そう言って、ベネディクトはコートニーの手に触れた。
ベネディクトは紳士的な青年である。
婚約してから一年以上が過ぎて、彼には何度もエスコートを受けているのに、いつも礼節を崩すことはなかったし、ダンスを踊るときにもマナーに外れる接触はなかった。
だが今は、付き人のいない二人きりの密閉空間で、肘が触れそうな距離にいてコートニーの手を握っている。
婚約者同士の接触で、これくらいなら普通にあることなのだろう。いずれ彼のもとに嫁いだら、その接触はもっと深いものになる。それくらいのことは、コートニーにもわかっている。
なのにどうしてか、身体が薄い膜を張って、彼との間に見えない壁を作ろうとしている。
今朝、ジョゼフの隣にしゃがみ込んだときのほうが、よほど近い距離にいたというのに。
話し合いが少しばかり脇道に逸れて、雑談が始まったタイミングでイーディアが尋ねてきた。
来年度の役員の人数について詳しいことはわからないが、ハリエットを補佐する名目であるなら、女子生徒ばかりを何人も加入させることはないだろう。せいぜい一人いれば足りることで、イーディアは、コートニーが参加を希望しているのか気になるのだろう。
「私はどうも熱意が足りないみたい。こんな中途半端な気持ちで参加してよいものとは思えないの」
そう言えば、イーディアはわかりやすく安堵する表情を見せた。だが、それで心配が払拭されたわけではなかったようだ。
「ですが、お兄様やご婚約者様が推薦なさったら⋯⋯」
そこはコートニーにも答えにくいところだった。現に、すでに兄にもベネディクトからも誘われている。
「お断りするつもりです。ただ、一度は見学してからお伝えしたほうが良いと思ったの。イーディア様はこれから学園生活を送られるのですもの、長く携われるお方のほうが相応しいと思うわ」
そう言えば、イーディアは漸く納得するような顔をした。
「コートニー、送っていくよ」
話し合いが終わって散会となり、コートニーが生徒会室を出たところで、後ろからベネディクトが追ってきた。
「お心遣いをありがとうございます。ですが、迎えの馬車が来ておりますから」
「それなら、帰したよ」
「え?」
コートニーは、すぐには理解ができずにベネディクトを見上げた。ベネディクトは、そんな顔をしたコートニーが可笑しかったのか、笑みを浮かべて言った。
「我が家の御者が伝えているはずだ。私の馬車で送ると」
コートニーは驚いてしまった。
御者はきっと、生徒会の見学がいつ終わってもよいように、余裕をもって早目に迎えに来ていただろう。
それでなくてもいつもと違う時間の迎えであったのに、彼は快く「お迎えにあがります」と言ってくれたのだ。
コートニーは、壮年の御者の顔を思い浮かべて、申し訳なく思った。
「ですが、彼には昨日のうちに迎えの時間を遅らせてと頼んでいたのです」
それでつい、反抗するようなことを口にした。
珍しく聞き分けのなかったコートニーに、ベネディクトは鷹揚に言った。
「それが御者の仕事だろう」
彼はきっと、コートニーがベネディクトに送られることを渋るとは、考えもしなかったのだろう。だが、そこはやはりベネディクトで、表情は変わらず穏やかなものだった。
「コートニー」
彼はそう言って、こちらに手を伸ばした。コートニーの耳元の髪を指先で梳くと、目元に甘さを漂わせて微笑んだ。
「少しは甘えてくれないかな。私は君と一緒に過ごしたいんだ。同じ学園に通っているのに、君とはなかなか時間が合わない」
ベネディクトの言葉は確かなことで、クラスも異なる二人は、昼食を一緒にとる以外は全くの別行動だった。
ベネディクトの思いやりを感じさせる言葉に、コートニーも意地を張るわけにはいかなかった。なにより伯爵家の御者はすでに帰されて、コートニーには帰りの足がない。
兄はハリエットを送って帰るから、婚約者を乗せる馬車に便乗するのも憚られた。
「ごめんなさい」
素直に受け入れなかったことを詫びれば、ベネディクトは「ふっ」と小さな笑いを漏らして、コートニーを見つめて頷いた。
「ちょっと待っていて。鞄を取ってくる」
そう言ってベネディクトは、一旦生徒会に戻っていった。その背中を見つめていると、ふとイーサンと目が合った。彼もイーディアを連れて帰るところのようだった。
イーサンもきっと、コートニーが次年度の生徒会役員になることを望んでいると思うのだろう。イーディアには伝えているから、そこは安心してほしいと思った。
格式高い公爵家の馬車に乗るのは、いつも少しばかり緊張を伴う。ベネディクトにエスコートされる茶会や夜会に参加するときしか、彼の馬車に乗ることはない。
それも必ず侍従が一緒で、今日のように二人きりということはないことだった。
侍従のお方は?そう聞こうとして聞けなかったのは、先ほどベネディクトの誘いに素直に応じなかったことで、僅かな遠慮があったからだった。
ベネディクトは、コートニーの手を取って先にステップを上がらせると、後から馬車に乗り込んで、そのまま隣に座ってしまった。
「ベネディクト様?」
いつもは向かい側に座る彼が真隣に座ったことで、コートニーは思わず名前を呼んでしまった。
「たまにはいいだろう。こんなときじゃなければ、君と二人になれないんだ」
そう言って、ベネディクトはコートニーの手に触れた。
ベネディクトは紳士的な青年である。
婚約してから一年以上が過ぎて、彼には何度もエスコートを受けているのに、いつも礼節を崩すことはなかったし、ダンスを踊るときにもマナーに外れる接触はなかった。
だが今は、付き人のいない二人きりの密閉空間で、肘が触れそうな距離にいてコートニーの手を握っている。
婚約者同士の接触で、これくらいなら普通にあることなのだろう。いずれ彼のもとに嫁いだら、その接触はもっと深いものになる。それくらいのことは、コートニーにもわかっている。
なのにどうしてか、身体が薄い膜を張って、彼との間に見えない壁を作ろうとしている。
今朝、ジョゼフの隣にしゃがみ込んだときのほうが、よほど近い距離にいたというのに。
3,267
あなたにおすすめの小説
私たちの離婚幸福論
桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
皆様どうぞ私をお忘れください。-エリザベートが消した愛-
桃井すもも
恋愛
旧題:エリザベートが消した愛
手渡された小瓶を目の前に掲げれば、窓から差し込む午後の日射しに照らされて、琥珀色の液体が燦いて見えた。
「貴女様には何色に見えますか?」
「琥珀色ですわ」
「貴女の心が澄んでいらっしゃるからでしょう」
「司祭様には何色に見えまして?」
司祭はその問いには答えなかった。
祈りが捧げられた液体は、見る人により色を変えるのだろうか。
エリザベート・フィンチ・ストレンジはストレンジ伯爵家の息女である。
冬の終わりのある日、エリザベートは教会で小瓶に入った液体を呷った。琥珀色の液体は、エリザベートの心から一つだけを消してくれた。
誰も何も変わらない。ただ、エリザベートが心を一つ手放して、その分身体が軽くなった。そんなささやかな変化であった。
だから婚約者であるデマーリオのシトリンの瞳を思い浮かべても、エリザベートの心は騒がなかった。
◆この度、多くの読者様のご愛読を頂き『エリザベートが消した愛』が書籍化の運びとなりました。
【書籍名】皆様どうぞ私をお忘れください。
-エリザベートが消した愛-
【イラスト】もか先生
【出版社】アルファポリス
【レーベル】レジーナブックス
【刊行日】 2026年1月30日
◆皆様のご声援を賜り「第18回恋愛小説大賞」にて優秀賞を頂戴することが出来ました。誠に有難うございます。
この場をお借りして、読者の皆様方、アルファポリス編集部の皆様方に厚く御礼申し上げます。
◆Web限定の特別番外編SS
『ポーラの道標(みちしるべ)』
アルファポリスさん・レジーナブックスさんサイトにて公開されております。
エリザベートの娘であるポーラを中心に、登場人物のその後についてを描かせて頂きました。
《レジーナブックスさんリンク》
https://regina.alphapolis.co.jp/book/detail/13086
連載ページはこちら⇒鍵マーク
《レジーナブックスさん番外編リンク》
https://regina.alphapolis.co.jp/extra/search
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる