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第二十六章
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「貴女は、立派に正しい選択をしたわ」
「お母様⋯⋯」
母は、コートニーが婚約者以外に心を傾けている人物がいることに気づいていた。だがコートニーは、母が言うように立派だったわけではない。ただ抗えないだけだった。
「私たち貴族の女は、箱庭しか知らないのよ。箱庭のように整えられた小さな世界に生まれて、そこでしか幸せを見つけられないのだもの」
母は、貴族の女の人生を「箱庭」と言った。
「でも貴女には未来がある。時代だっていつかは変わるのだし、人生なんて終わってしまうその日まで、なにが正しかったなんてわからないことだわ」
コートニーは母の言葉を聞いて、それはきっと、貴族に限らず平民も同じことだと思った。
平民こそ、生きるための括りは細かく定められて、その世界から出ることは難しい。
父が存命の頃には市井に近く暮らしていたコートニーは、平民の生き方も目の当たりにしてきた。
窮屈な仕来りに縛られるのは貴族ばかりではなくて、平民こそ限られた自由の中で生きている。
自由というなら、空を飛ぶ鳥にだって本当の意味での自由などないだろう。
ジェントルが烏と相容れないように、彼らにも種族や縄張りがあって、あんなに広い空にいながら生きるために棲み分けをしている。
結局のところ、この世に生まれる誰もがみんな、与えられた箱庭の中で生きていて、本当の自由なんてないのだろう。
だからこそ、心だけは自由でいることを許されるのだろう。
ベネディクトに嫁いでもコートニーの心は自由で、だから決してジョゼフを忘れない。
そこでコートニーは、父の嘗ての恋人を思い浮かべた。貴族の娘に横恋慕をされて、恋人であった父と引き離された彼女はその後、どうなってしまったのだろう。
「お母様、その⋯⋯お父様の恋人は、どうなってしまったの?」
残酷なことを聞いているのはわかっていたが、母はそれも全て知っているのだろうと思った。
「そこにいるじゃない」
コートニーは思わず母の後ろに控える侍女を見た。侍女はその視線に気づいてか、目を伏せていた。
「そこにいて、私が犯した罪の代償をちゃんと払っているのかを、見張ってもらっているの」
母は父の恋人を自分の側付きにして、義父の愛を受け入れる自分自身の生き方を証明しているようだった。
「お母様、そんなにご自分追い詰めないで。お父様はそんなことを望んでなんかいないわ。私の知っているお父様は、お母様を大切になさっていたわ」
母はコートニーの言葉に笑みを浮かべた。美しい母がおっとりと微笑むと、まるで令嬢に戻ったように若々しく見える。
「そうではないのよ、コートニー。私なら大丈夫なの。旦那様から愛して頂いているから」
母は、大きなお腹を愛おしげにさすりながら言った。
「貴女は自分の責任を受け入れて、定められた道を違えることをしなかった。ベネディクト様は、そんな貴女を大切にしてくださるわ」
幸せになるのよ。最後に母はそう言って、コートニーを見つめて笑った。
母を残して先にティールームを出ると、その後を母の侍女が追ってきた。
コートニーは、母の侍女を務めている彼女のことを勿論知っていた。だがまさか、父の恋人だったとは知らずにいた。
「お嬢様、私は決して奥様に後ろ暗い気持ちなど持ってはおりません」
侍女は頭を下げると、そのままの姿勢でコートニーに言った。
「わかっているわ。母の贖罪につき合わせてしまってごめんなさい。貴女、ご家族は?」
コートニーの言葉に、侍女は顔を上げて答えてくれた。
「夫と、あとは息子が一人おります」
侍女が父と引き離されて、その上、こんなふうに母と関わらねばならないことに、コートニーはなんと言って良いのかわからない。
だが、彼女が父とは別に生きる道を見出していたことに、心から安堵した。
侍女はそこで、まるで誰かを懐かしむような、穏やかな表情を浮かべた。
父譲りの髪と瞳を持つコートニーに、嘗ての恋人を思い出すのだろうか。
母も自分も、彼女にとってなんて残酷な存在なのだろうと思ったときに、
「私は奥様が侯爵家のご令嬢でいらした頃もお仕えさせて頂いておりました。奥様には、昔も今もとても良くして頂いております」
侍女はそう言って、再び頭を下げた。
コートニーは思わず侍女の手を取った。彼女は驚いて顔を上げて、間近にいたコートニーの瞳を見つめた。
「お母様のそばにいることが辛いのなら、言って頂戴。手助けできると思うから」
母の人生にいつまでも付き合うことはないのだと、そう伝えたつもりであったが、侍女はコートニーの言葉にふるふると首を振って見せた。
「滅相もございません。ちゃんとお給金は頂戴しております。お陰様で、息子を立派な寄宿学校に通わせることもできております。奥様からお求め頂けるうちは、しっかりとお仕えさせて頂きたいと存じます」
侍女はそこで母親の顔になって、コートニーに微笑んだ。
結局、コートニーは父のことも母のことも、侍女に詫びることはできなかった。それはコートニーが口にしてよいことには思えなかった。
だが、彼女がコートニーの中に父を見出すような眼差しは、とても優しいものに思えた。
コートニーは母の覚悟を止めることはできなかったが、母は母なりに自分の人生に決着をつけているのだと思った。
美しく整えられた箱庭のような世界にいて、貴族に生まれた女として、定められた人生を生きていく。
母の姿にコートニーもまた、その覚悟ができたのだった。
「お母様⋯⋯」
母は、コートニーが婚約者以外に心を傾けている人物がいることに気づいていた。だがコートニーは、母が言うように立派だったわけではない。ただ抗えないだけだった。
「私たち貴族の女は、箱庭しか知らないのよ。箱庭のように整えられた小さな世界に生まれて、そこでしか幸せを見つけられないのだもの」
母は、貴族の女の人生を「箱庭」と言った。
「でも貴女には未来がある。時代だっていつかは変わるのだし、人生なんて終わってしまうその日まで、なにが正しかったなんてわからないことだわ」
コートニーは母の言葉を聞いて、それはきっと、貴族に限らず平民も同じことだと思った。
平民こそ、生きるための括りは細かく定められて、その世界から出ることは難しい。
父が存命の頃には市井に近く暮らしていたコートニーは、平民の生き方も目の当たりにしてきた。
窮屈な仕来りに縛られるのは貴族ばかりではなくて、平民こそ限られた自由の中で生きている。
自由というなら、空を飛ぶ鳥にだって本当の意味での自由などないだろう。
ジェントルが烏と相容れないように、彼らにも種族や縄張りがあって、あんなに広い空にいながら生きるために棲み分けをしている。
結局のところ、この世に生まれる誰もがみんな、与えられた箱庭の中で生きていて、本当の自由なんてないのだろう。
だからこそ、心だけは自由でいることを許されるのだろう。
ベネディクトに嫁いでもコートニーの心は自由で、だから決してジョゼフを忘れない。
そこでコートニーは、父の嘗ての恋人を思い浮かべた。貴族の娘に横恋慕をされて、恋人であった父と引き離された彼女はその後、どうなってしまったのだろう。
「お母様、その⋯⋯お父様の恋人は、どうなってしまったの?」
残酷なことを聞いているのはわかっていたが、母はそれも全て知っているのだろうと思った。
「そこにいるじゃない」
コートニーは思わず母の後ろに控える侍女を見た。侍女はその視線に気づいてか、目を伏せていた。
「そこにいて、私が犯した罪の代償をちゃんと払っているのかを、見張ってもらっているの」
母は父の恋人を自分の側付きにして、義父の愛を受け入れる自分自身の生き方を証明しているようだった。
「お母様、そんなにご自分追い詰めないで。お父様はそんなことを望んでなんかいないわ。私の知っているお父様は、お母様を大切になさっていたわ」
母はコートニーの言葉に笑みを浮かべた。美しい母がおっとりと微笑むと、まるで令嬢に戻ったように若々しく見える。
「そうではないのよ、コートニー。私なら大丈夫なの。旦那様から愛して頂いているから」
母は、大きなお腹を愛おしげにさすりながら言った。
「貴女は自分の責任を受け入れて、定められた道を違えることをしなかった。ベネディクト様は、そんな貴女を大切にしてくださるわ」
幸せになるのよ。最後に母はそう言って、コートニーを見つめて笑った。
母を残して先にティールームを出ると、その後を母の侍女が追ってきた。
コートニーは、母の侍女を務めている彼女のことを勿論知っていた。だがまさか、父の恋人だったとは知らずにいた。
「お嬢様、私は決して奥様に後ろ暗い気持ちなど持ってはおりません」
侍女は頭を下げると、そのままの姿勢でコートニーに言った。
「わかっているわ。母の贖罪につき合わせてしまってごめんなさい。貴女、ご家族は?」
コートニーの言葉に、侍女は顔を上げて答えてくれた。
「夫と、あとは息子が一人おります」
侍女が父と引き離されて、その上、こんなふうに母と関わらねばならないことに、コートニーはなんと言って良いのかわからない。
だが、彼女が父とは別に生きる道を見出していたことに、心から安堵した。
侍女はそこで、まるで誰かを懐かしむような、穏やかな表情を浮かべた。
父譲りの髪と瞳を持つコートニーに、嘗ての恋人を思い出すのだろうか。
母も自分も、彼女にとってなんて残酷な存在なのだろうと思ったときに、
「私は奥様が侯爵家のご令嬢でいらした頃もお仕えさせて頂いておりました。奥様には、昔も今もとても良くして頂いております」
侍女はそう言って、再び頭を下げた。
コートニーは思わず侍女の手を取った。彼女は驚いて顔を上げて、間近にいたコートニーの瞳を見つめた。
「お母様のそばにいることが辛いのなら、言って頂戴。手助けできると思うから」
母の人生にいつまでも付き合うことはないのだと、そう伝えたつもりであったが、侍女はコートニーの言葉にふるふると首を振って見せた。
「滅相もございません。ちゃんとお給金は頂戴しております。お陰様で、息子を立派な寄宿学校に通わせることもできております。奥様からお求め頂けるうちは、しっかりとお仕えさせて頂きたいと存じます」
侍女はそこで母親の顔になって、コートニーに微笑んだ。
結局、コートニーは父のことも母のことも、侍女に詫びることはできなかった。それはコートニーが口にしてよいことには思えなかった。
だが、彼女がコートニーの中に父を見出すような眼差しは、とても優しいものに思えた。
コートニーは母の覚悟を止めることはできなかったが、母は母なりに自分の人生に決着をつけているのだと思った。
美しく整えられた箱庭のような世界にいて、貴族に生まれた女として、定められた人生を生きていく。
母の姿にコートニーもまた、その覚悟ができたのだった。
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