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第一章
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「あの、こちらで宜しくて?」
ノックに「はい」と答えれば、そろりと開いた扉からご令嬢が顔を覗かせ、おずおずと尋ねた。
「ええ。どうぞお入り下さい。こちらにお掛けになって」
ロザリンドがそう答えれば、令嬢はほっとしたような顔をして、失礼しますと部屋に入った。
寮に備え付けの簡素な机が部屋の中央に置かれており、同じく備え付けの特徴のない椅子が二脚ある。
片方には窓に背を向けてロザリンドが座っており、令嬢は空いている向かい側の椅子に腰を掛けた。
王都にある貴族学園の女子寮。部屋番号は『2nd Floor Room6』、略して「ニノロク」と呼ばれている。
「二度目まして。お約束していたメリエンダ様で宜しいでしょうか?」
既に一度話したことがあるのだが、間違いのないように名前を確認する。家名は頭に入っている。
「え、ええ。間違いありません」
寮に入るのは初めてなのか、メリエンダ嬢は落ち着かないふうに天井やら壁へチラチラと視線を彷徨わせていた。だが、すぐにロザリンドに向かって「お願いします」と言った。
「先ず初めに申し上げておきますね。当たるも八卦当たらぬも八卦。百ある未来のほんの一つ。当たらぬからとクレームは受け付けられません。それでも宜しいでしょうか」
「ええ。勿論よ」
メリエンダ嬢は納得済みというように頷いた。
「それでは、早速」
ここからは、ロザリンドの世界となる。慣れた手つきでカードをシャッフルすれば、メリエンダ嬢はソワソワともわくわくとも見える好奇心を瞳に滲ませ、ロザリンドの手元に釘付けとなった。
絵柄を伏せたカードを一枚ずつ選び、三枚のカードを机に並べた。
ロザリンドは一番左のカードをめくった。
「随分お悩みになられたのですね」
そう言えば、メリエンダ嬢は透かさず答えた。
「わかって下さるの?」
「飽くまでもカードからはそのように」
「そ、そうなのね」
続けて真ん中のカードをめくる。
カードには男が一人描かれており、右手は天に向かって棒を掲げ、左手は大地を指差している。「魔術師」のカードであった。
「それはなにを意味しているのかしら」
「天にあるものは地の如く」
「え?」
「地にあるものは天の如く」
「あの⋯⋯」
「即ち。上にあるものは下へ、下にあるものは上へ。貴女の持ちうる才と知恵を上手くお使いなさいということです。アイテムなら既に貴女のその身にお持ちです」
そう言って、ロザリンドはカードを指差した。カードの中の魔術師は机を前に立っており、机上には剣やカップや棒といった素材が描かれている。
「貴女次第ですわ。ほら」
三枚目のカードをめくれば、カップを手にして向かい合う二人の男女のカードが描かれている。頭上には翼の生えたライオンの頭。そこから伸びる棒には蛇が絡みついている。
「まだお二人の関係は始まったばかり。調和も協調もこれから育つものですわ。ですが大切に育むなら、未来には信頼が待っている」
ロザリンドの言葉にメリエンダ嬢の頬がほんのり紅く染まった。
「婚約を。婚約をしたんですの。それで、少し不安で」
「貴女の御心はなんと語っているのでしょうか。ご自分の感覚を大切になさることですわ。もし胸が弾むのなら、そのお気持ちを大切に」
「え、ええ。そうですわね」
ありがとうと言って立ち上がったメリエンダ嬢に、ロザリンドは再び、
「当たるも八卦当たらぬも八卦。百ある未来のほんの一つ。当たらぬからとクレームは受け付けられません」
そう告げた。ここは大切だからしつこく言っておかねばならない。後からなんやかんや言われるのは困るのだ。
「ええ、勿論ですわ。あの、本当にありがとうございます。気持ちがその、前向きになりました」
「それはよろしかったです」
メリエンダ嬢は、部屋を出る前にもう一度「ありがとう」と言って微笑んだ。そのまま静かに扉を閉めた。
ロザリンドはそれを見送って、机の上のカードを片付ける。
ブルネットの髪に榛の瞳。暗色の髪と瞳が彼女を平凡にも神秘的にも見せている。
要は見ようによって、どちらにも見えるということだ。
ロザリンドはそれから、両耳の後ろのピンを外して頭頂部からゆっくりと髪を持ち上げた。
するりと金色の髪がこぼれ落ちて、背中にふわりと流れた。
ロザリンドの本来の髪は金色で、それを鬘で隠している。
なんなら名前も兄から借りて、違う家名を名乗っている。
ロザリンド・フェイン・アーリントンは、アーリントン公爵家の子女である。だがここでは、兄が爵位を継ぐまで形骸的に所有する伯爵位クラーレンを名乗っている。
そうして彼女は生家の邸宅ではなくて、貴族学園の学生寮に住んでいる。部屋番号は『2nd Floor Room6』、縮めて言えば二の六。依頼主は通称「ニノロク」を目指して来るのである。
ロザリンドの趣味はタロット読みで、スタンダードな読み方ではなくて我流の解釈をするのだが、それが評判が良くて、こうして時折相談を受ける。
そんな時に寮住みは大変都合が良かった。
お客様は女子生徒限定で、寮母には友人が訪ねてくると事前に断れば、問題はなにもない。趣味であるから金品の受け取りもぜず、そのかわり依頼を受けるか断るかはロザリンドの気持ち次第であった。
相談者の秘密を守るのは貴族のお約束であるし、お互い口外しないことを暗黙のルールとしているのだが、何故なのか評判だけは一人歩きを始めて、いつの間にか、困ったときのロザリンド、悩んだときのロザリンドと密かに囁かれているのである。
公爵令嬢ロザリンドが、身分と姿を偽るのには訳がある。
元々の理由は、会うのが面倒な人物が同じ学園にいたからで、彼と関わりたくないためだけのことなのだが、今では趣味を活かせるこの暮らしに満足しているのであった。
ノックに「はい」と答えれば、そろりと開いた扉からご令嬢が顔を覗かせ、おずおずと尋ねた。
「ええ。どうぞお入り下さい。こちらにお掛けになって」
ロザリンドがそう答えれば、令嬢はほっとしたような顔をして、失礼しますと部屋に入った。
寮に備え付けの簡素な机が部屋の中央に置かれており、同じく備え付けの特徴のない椅子が二脚ある。
片方には窓に背を向けてロザリンドが座っており、令嬢は空いている向かい側の椅子に腰を掛けた。
王都にある貴族学園の女子寮。部屋番号は『2nd Floor Room6』、略して「ニノロク」と呼ばれている。
「二度目まして。お約束していたメリエンダ様で宜しいでしょうか?」
既に一度話したことがあるのだが、間違いのないように名前を確認する。家名は頭に入っている。
「え、ええ。間違いありません」
寮に入るのは初めてなのか、メリエンダ嬢は落ち着かないふうに天井やら壁へチラチラと視線を彷徨わせていた。だが、すぐにロザリンドに向かって「お願いします」と言った。
「先ず初めに申し上げておきますね。当たるも八卦当たらぬも八卦。百ある未来のほんの一つ。当たらぬからとクレームは受け付けられません。それでも宜しいでしょうか」
「ええ。勿論よ」
メリエンダ嬢は納得済みというように頷いた。
「それでは、早速」
ここからは、ロザリンドの世界となる。慣れた手つきでカードをシャッフルすれば、メリエンダ嬢はソワソワともわくわくとも見える好奇心を瞳に滲ませ、ロザリンドの手元に釘付けとなった。
絵柄を伏せたカードを一枚ずつ選び、三枚のカードを机に並べた。
ロザリンドは一番左のカードをめくった。
「随分お悩みになられたのですね」
そう言えば、メリエンダ嬢は透かさず答えた。
「わかって下さるの?」
「飽くまでもカードからはそのように」
「そ、そうなのね」
続けて真ん中のカードをめくる。
カードには男が一人描かれており、右手は天に向かって棒を掲げ、左手は大地を指差している。「魔術師」のカードであった。
「それはなにを意味しているのかしら」
「天にあるものは地の如く」
「え?」
「地にあるものは天の如く」
「あの⋯⋯」
「即ち。上にあるものは下へ、下にあるものは上へ。貴女の持ちうる才と知恵を上手くお使いなさいということです。アイテムなら既に貴女のその身にお持ちです」
そう言って、ロザリンドはカードを指差した。カードの中の魔術師は机を前に立っており、机上には剣やカップや棒といった素材が描かれている。
「貴女次第ですわ。ほら」
三枚目のカードをめくれば、カップを手にして向かい合う二人の男女のカードが描かれている。頭上には翼の生えたライオンの頭。そこから伸びる棒には蛇が絡みついている。
「まだお二人の関係は始まったばかり。調和も協調もこれから育つものですわ。ですが大切に育むなら、未来には信頼が待っている」
ロザリンドの言葉にメリエンダ嬢の頬がほんのり紅く染まった。
「婚約を。婚約をしたんですの。それで、少し不安で」
「貴女の御心はなんと語っているのでしょうか。ご自分の感覚を大切になさることですわ。もし胸が弾むのなら、そのお気持ちを大切に」
「え、ええ。そうですわね」
ありがとうと言って立ち上がったメリエンダ嬢に、ロザリンドは再び、
「当たるも八卦当たらぬも八卦。百ある未来のほんの一つ。当たらぬからとクレームは受け付けられません」
そう告げた。ここは大切だからしつこく言っておかねばならない。後からなんやかんや言われるのは困るのだ。
「ええ、勿論ですわ。あの、本当にありがとうございます。気持ちがその、前向きになりました」
「それはよろしかったです」
メリエンダ嬢は、部屋を出る前にもう一度「ありがとう」と言って微笑んだ。そのまま静かに扉を閉めた。
ロザリンドはそれを見送って、机の上のカードを片付ける。
ブルネットの髪に榛の瞳。暗色の髪と瞳が彼女を平凡にも神秘的にも見せている。
要は見ようによって、どちらにも見えるということだ。
ロザリンドはそれから、両耳の後ろのピンを外して頭頂部からゆっくりと髪を持ち上げた。
するりと金色の髪がこぼれ落ちて、背中にふわりと流れた。
ロザリンドの本来の髪は金色で、それを鬘で隠している。
なんなら名前も兄から借りて、違う家名を名乗っている。
ロザリンド・フェイン・アーリントンは、アーリントン公爵家の子女である。だがここでは、兄が爵位を継ぐまで形骸的に所有する伯爵位クラーレンを名乗っている。
そうして彼女は生家の邸宅ではなくて、貴族学園の学生寮に住んでいる。部屋番号は『2nd Floor Room6』、縮めて言えば二の六。依頼主は通称「ニノロク」を目指して来るのである。
ロザリンドの趣味はタロット読みで、スタンダードな読み方ではなくて我流の解釈をするのだが、それが評判が良くて、こうして時折相談を受ける。
そんな時に寮住みは大変都合が良かった。
お客様は女子生徒限定で、寮母には友人が訪ねてくると事前に断れば、問題はなにもない。趣味であるから金品の受け取りもぜず、そのかわり依頼を受けるか断るかはロザリンドの気持ち次第であった。
相談者の秘密を守るのは貴族のお約束であるし、お互い口外しないことを暗黙のルールとしているのだが、何故なのか評判だけは一人歩きを始めて、いつの間にか、困ったときのロザリンド、悩んだときのロザリンドと密かに囁かれているのである。
公爵令嬢ロザリンドが、身分と姿を偽るのには訳がある。
元々の理由は、会うのが面倒な人物が同じ学園にいたからで、彼と関わりたくないためだけのことなのだが、今では趣味を活かせるこの暮らしに満足しているのであった。
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