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5 4人の邂逅
24 アイザック
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「ああ」
「同意のない離縁は、我が国では認められていないわ。貴方の口から直接聞いたわけじゃないから……だから出してなかったのよ」
ごもっともな言い分だが――不快感が増した。
悪びれる様子のない彼女の態度が、彼の神経を逆なでしてくる。
アイザックの拳に力が入った。
「俺は――」
「なあに?」
思わず拳を握りしめながら、アイザックは妻マリーンをまっすぐに見据える。
心臓がいまだかつてないほどの、激しく鼓動を打っていた。
全身の血液が沸騰しそうなほどの怒りと決意とが、彼の全身を熱くしてくる。
そうして――思い切って口を開いた。
「君とは別れたい、離縁状を出して別れてほしい」
それを聞いても、妻マリーンの表情が変わることはない。
しばらく沈黙が流れたが、彼女が先に口を開いた。
「――やり直すことは出来ないの? 私たち……子どもだって生まれたのだから……」
アイザックは眦を吊り上げながら抗議する。
「その子は、バッシュ先輩の子どものはずだ。子どもの実の父に育ててもらった方が良い。――これから先ずっと、君のことを愛することはあり得ない」
「……アイザック……貴方の気持ちは分かったわ……だけど、この子は貴方の子どもよ……たとえ愛がなかったのだとしても、この子のことだけはどうか……」
「その子が出来た頃に、君を抱いた覚えがない」
強く断定した。
「誰がそれを証明するの? 戸籍上はあなたの子どもなのに、何の証明もできないのに? 子どもを見捨てるの?」
「あのバッシュ先輩ならやりかねないが、先輩が認知しないで困っているというのなら、俺の子として育てても構わない。だが――俺は君とは別れたい」
すると――。
「貴方がそういうのなら、それでいいわ。私は貴方とは離縁する」
彼女の言葉に対して、アイザックは安堵したのも束の間――。
「だけど、子どもは貴方の子として面倒を見てほしい」
「バッシュ先輩が認知しなかったらと、俺は言ったはずだ」
すると、嬉々とした様子でマリーンは話はじめる。
「一つだけ教えてあげる。バッシュはね、子どもが出来ないのよ。だから、この赤ん坊はバッシュの子じゃないわ……ひどく酔った時、夫である貴方に抱かれてできた子どもだと思っていたけれど……窓を開けていたし、侵入してきた暴漢にでも襲われたのを、良い夢に置き換えていたのかしら……?」
「暴漢に……?」
「そうなの……だって、バッシュには子どもは出来ないのですもの……だから、アイザックの子じゃければ、いったい誰の子なの? ふふ……ふふふふふ……」
マリーンは唐突に笑い始めた。
気でも触れたのだろうか。
ぞくりとして、アイザックの背筋に冷や汗が流れる。
彼女はひとしきり笑うと、じっとりとした視線をこちらに送ってくるではないか。
そんな彼女の腕の中には、一人の赤毛の赤ん坊の姿。
――夫以外の男と関係を持った妻が悪い。
だけれど、このまま元妻を見捨ててもいいものだろうか。
このままだと、子の命が危うくはないだろうか。
冷静さを取り戻したアイザックは、砦の一室までの歩を急ぐことにする。
「マリーン、君とは別れる。だけれど、君の子どものことが心配だ。だから、しばらくこの地に逗留してほしい」
すると、ひとしきり笑っていた彼女の笑みが穏やかなものに変わる。
「そう、良かったわ。貴方の気も変わるかもしれないし……しばらく居座ることにするわ……」
***
そうして、アイザックは砦の借りた部屋へとマリーンと赤ん坊を送迎する。
(早くミリーを堂々と日の下で愛したいのに……マリーンは離縁に応じてくれるようだったから、あとは子どものことだ……マリーンが母親になるのは危険な気がする……早く赤ん坊を引きはがした方が良いのだろうか?)
それに――。
(本当は愛している女性がいるとはっきり伝えたかった。だが、そうすれば無関係なミリーを巻き込んでしまう恐れがある……彼女を不幸にはしたくない……)
アイザックはぐっと堪えたまま、元妻と子どもが部屋の扉の先――暗闇の中に入る姿を見送ったのだった。
「同意のない離縁は、我が国では認められていないわ。貴方の口から直接聞いたわけじゃないから……だから出してなかったのよ」
ごもっともな言い分だが――不快感が増した。
悪びれる様子のない彼女の態度が、彼の神経を逆なでしてくる。
アイザックの拳に力が入った。
「俺は――」
「なあに?」
思わず拳を握りしめながら、アイザックは妻マリーンをまっすぐに見据える。
心臓がいまだかつてないほどの、激しく鼓動を打っていた。
全身の血液が沸騰しそうなほどの怒りと決意とが、彼の全身を熱くしてくる。
そうして――思い切って口を開いた。
「君とは別れたい、離縁状を出して別れてほしい」
それを聞いても、妻マリーンの表情が変わることはない。
しばらく沈黙が流れたが、彼女が先に口を開いた。
「――やり直すことは出来ないの? 私たち……子どもだって生まれたのだから……」
アイザックは眦を吊り上げながら抗議する。
「その子は、バッシュ先輩の子どものはずだ。子どもの実の父に育ててもらった方が良い。――これから先ずっと、君のことを愛することはあり得ない」
「……アイザック……貴方の気持ちは分かったわ……だけど、この子は貴方の子どもよ……たとえ愛がなかったのだとしても、この子のことだけはどうか……」
「その子が出来た頃に、君を抱いた覚えがない」
強く断定した。
「誰がそれを証明するの? 戸籍上はあなたの子どもなのに、何の証明もできないのに? 子どもを見捨てるの?」
「あのバッシュ先輩ならやりかねないが、先輩が認知しないで困っているというのなら、俺の子として育てても構わない。だが――俺は君とは別れたい」
すると――。
「貴方がそういうのなら、それでいいわ。私は貴方とは離縁する」
彼女の言葉に対して、アイザックは安堵したのも束の間――。
「だけど、子どもは貴方の子として面倒を見てほしい」
「バッシュ先輩が認知しなかったらと、俺は言ったはずだ」
すると、嬉々とした様子でマリーンは話はじめる。
「一つだけ教えてあげる。バッシュはね、子どもが出来ないのよ。だから、この赤ん坊はバッシュの子じゃないわ……ひどく酔った時、夫である貴方に抱かれてできた子どもだと思っていたけれど……窓を開けていたし、侵入してきた暴漢にでも襲われたのを、良い夢に置き換えていたのかしら……?」
「暴漢に……?」
「そうなの……だって、バッシュには子どもは出来ないのですもの……だから、アイザックの子じゃければ、いったい誰の子なの? ふふ……ふふふふふ……」
マリーンは唐突に笑い始めた。
気でも触れたのだろうか。
ぞくりとして、アイザックの背筋に冷や汗が流れる。
彼女はひとしきり笑うと、じっとりとした視線をこちらに送ってくるではないか。
そんな彼女の腕の中には、一人の赤毛の赤ん坊の姿。
――夫以外の男と関係を持った妻が悪い。
だけれど、このまま元妻を見捨ててもいいものだろうか。
このままだと、子の命が危うくはないだろうか。
冷静さを取り戻したアイザックは、砦の一室までの歩を急ぐことにする。
「マリーン、君とは別れる。だけれど、君の子どものことが心配だ。だから、しばらくこの地に逗留してほしい」
すると、ひとしきり笑っていた彼女の笑みが穏やかなものに変わる。
「そう、良かったわ。貴方の気も変わるかもしれないし……しばらく居座ることにするわ……」
***
そうして、アイザックは砦の借りた部屋へとマリーンと赤ん坊を送迎する。
(早くミリーを堂々と日の下で愛したいのに……マリーンは離縁に応じてくれるようだったから、あとは子どものことだ……マリーンが母親になるのは危険な気がする……早く赤ん坊を引きはがした方が良いのだろうか?)
それに――。
(本当は愛している女性がいるとはっきり伝えたかった。だが、そうすれば無関係なミリーを巻き込んでしまう恐れがある……彼女を不幸にはしたくない……)
アイザックはぐっと堪えたまま、元妻と子どもが部屋の扉の先――暗闇の中に入る姿を見送ったのだった。
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