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5 4人の邂逅
40 アイザック
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妻マリーンが体を捩る。
どんな時でも油断してはいけないというのに、隙を作ってしまった。
そう思った時には、もう遅い。
アイザックの視界の端でキラリと銀が閃いたと思うと、首に一瞬だけ鋭い痛みが走る――!
すると、急速に四肢に力が入らなくなっていくではないか。
「これは…………」
――毒か麻酔か。
体の下にいたマリーンの表情が愉悦に歪む。
「ふふ……ふふ、あはは……はは……ふふふ……」
恐怖で震えていたはずの妻が、今度は高笑いを上げながら裸身を震わせていた。
瞳の焦点も合わずに不気味だ。
やはり、気が触れているのだろうか――?
だけれど、頭の弱い令嬢だ、おかしくなっているからと、相手を甘く見すぎていたのは命取りだったのかもしれない。
「これで騎士たちの中では優秀な出世株だって言うんだから、笑っちゃうわね……ふふ、あはは……はは……」
彼女がひとしきり笑い終わった頃には、アイザックの手足からは力が抜けてしまっていた。
そんな彼に妻は告げる。
「貴方さえいなければ……私はこんな不幸にはならなかったかもしれない」
アイザックは呻く。
「自分自身が不幸なことを……他人のせいにするな」
すると、マリーンが声を荒げた。
「ほら! ほらほらほらほら! そう、貴方にとって、私は他人! 他人なのよ! 妻だったはずなのに! こちらを碌に見ようともしない! 妻にしたくせに責任も取れないような、そんな男でしかない! 私を妻にしたのも、自分自身の格好がつかないからとか、どうせそんな理由なんでしょう!? 人のことを馬鹿にしているわ!!」
「それは……」
全くは否定できない事実だ。
(ミリーを愛するまで、何が恋で愛なのか分かっていなかった……)
恋が愛が――こんなにも身を焦がし、相手のすべてを欲したくなるほども激情をもたらすものだとは――。
マリーンの表情が一気に陰り、瞳には虚空が映る。
「そう……私は誰からも必要とされない……誰も私のことなんか要らないのよ……」
彼女はふっとほほ笑んだと思うと、ぬるりと夫の体の下から抜け出す。
そうして、ベッドの近くに置いてあったアイザックの短剣にそっと手をかけた。
「貴方がいなくなったら、バッシュの心も軽くなるかもしれない……ミリーさんにとっても、ね……」
尋ねたいこともあったが、アイザックは声を振り絞ることが出来なかった。
そんな中、マリーンは吐き捨てるように告げる。
「貴方って、本当にお坊ちゃん育ちの、自分のことしか見えていない、くだらない男ね……バッシュとミリーさんの故郷はこの地方で、二人は昔馴染みなの……ミリーさんが貴方を選んだのも、無意識にバッシュと似た人を選んでいたんじゃないかしら?」
体が動かない中、アイザックの中に衝撃が走った。
「そんな、はず……は……」
鼓動がおかしい。
毒が回っているせいか、気が弱くなっているのかもしれない。
だが、アイザックは努めて冷静に返す。
「ミリーは……お前みたいに、誰かの代わりだとかで人を選ぶような女じゃない……」
マリーンはふんと鼻をならすと、近くにあった旅用のマントを体に巻き付ける。
「馬鹿な男ね。二人が幸せになれるのを引っ搔き回しているだけなのよ、私たち夫婦が……さあ、私たちが死ねば、きっとバッシュも本当の幸せを手にできるわ……さあ、バッシュの幸せのためにも、一緒に死にましょう」
そうして、彼女は動かないアイザックの体に馬乗りになると、手に持った短剣を振り上げる。
その時――。
――大きく扉が開かれる。
「なに?」
「なん……だ……?」
アイザックは目を凝らす。
「アイザック……」
彼の視線の先には――愛するミリーが立っていたのだった。
どんな時でも油断してはいけないというのに、隙を作ってしまった。
そう思った時には、もう遅い。
アイザックの視界の端でキラリと銀が閃いたと思うと、首に一瞬だけ鋭い痛みが走る――!
すると、急速に四肢に力が入らなくなっていくではないか。
「これは…………」
――毒か麻酔か。
体の下にいたマリーンの表情が愉悦に歪む。
「ふふ……ふふ、あはは……はは……ふふふ……」
恐怖で震えていたはずの妻が、今度は高笑いを上げながら裸身を震わせていた。
瞳の焦点も合わずに不気味だ。
やはり、気が触れているのだろうか――?
だけれど、頭の弱い令嬢だ、おかしくなっているからと、相手を甘く見すぎていたのは命取りだったのかもしれない。
「これで騎士たちの中では優秀な出世株だって言うんだから、笑っちゃうわね……ふふ、あはは……はは……」
彼女がひとしきり笑い終わった頃には、アイザックの手足からは力が抜けてしまっていた。
そんな彼に妻は告げる。
「貴方さえいなければ……私はこんな不幸にはならなかったかもしれない」
アイザックは呻く。
「自分自身が不幸なことを……他人のせいにするな」
すると、マリーンが声を荒げた。
「ほら! ほらほらほらほら! そう、貴方にとって、私は他人! 他人なのよ! 妻だったはずなのに! こちらを碌に見ようともしない! 妻にしたくせに責任も取れないような、そんな男でしかない! 私を妻にしたのも、自分自身の格好がつかないからとか、どうせそんな理由なんでしょう!? 人のことを馬鹿にしているわ!!」
「それは……」
全くは否定できない事実だ。
(ミリーを愛するまで、何が恋で愛なのか分かっていなかった……)
恋が愛が――こんなにも身を焦がし、相手のすべてを欲したくなるほども激情をもたらすものだとは――。
マリーンの表情が一気に陰り、瞳には虚空が映る。
「そう……私は誰からも必要とされない……誰も私のことなんか要らないのよ……」
彼女はふっとほほ笑んだと思うと、ぬるりと夫の体の下から抜け出す。
そうして、ベッドの近くに置いてあったアイザックの短剣にそっと手をかけた。
「貴方がいなくなったら、バッシュの心も軽くなるかもしれない……ミリーさんにとっても、ね……」
尋ねたいこともあったが、アイザックは声を振り絞ることが出来なかった。
そんな中、マリーンは吐き捨てるように告げる。
「貴方って、本当にお坊ちゃん育ちの、自分のことしか見えていない、くだらない男ね……バッシュとミリーさんの故郷はこの地方で、二人は昔馴染みなの……ミリーさんが貴方を選んだのも、無意識にバッシュと似た人を選んでいたんじゃないかしら?」
体が動かない中、アイザックの中に衝撃が走った。
「そんな、はず……は……」
鼓動がおかしい。
毒が回っているせいか、気が弱くなっているのかもしれない。
だが、アイザックは努めて冷静に返す。
「ミリーは……お前みたいに、誰かの代わりだとかで人を選ぶような女じゃない……」
マリーンはふんと鼻をならすと、近くにあった旅用のマントを体に巻き付ける。
「馬鹿な男ね。二人が幸せになれるのを引っ搔き回しているだけなのよ、私たち夫婦が……さあ、私たちが死ねば、きっとバッシュも本当の幸せを手にできるわ……さあ、バッシュの幸せのためにも、一緒に死にましょう」
そうして、彼女は動かないアイザックの体に馬乗りになると、手に持った短剣を振り上げる。
その時――。
――大きく扉が開かれる。
「なに?」
「なん……だ……?」
アイザックは目を凝らす。
「アイザック……」
彼の視線の先には――愛するミリーが立っていたのだった。
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