【R18】狂愛の獣は没落令嬢の愛を貪る

おうぎまちこ(あきたこまち)

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 久しぶりの外だ。
 大寒だいかん(※寒さのピークを迎える旧暦十二月の中頃のこと。新暦では1月20日頃)を迎え、葉のない樹々と街灯が立ち並ぶ道を、椿は清一郎と共に歩いていた。
 鳩羽色はとばいろ(※鳩の首元のような青みと灰みを帯びた薄紫色)のアルスターコート(※トレンチコートの原型であるダブルコート)を纏う広い背中が、彼女の前を進む。
 日本人離れした容貌に長身の彼はとても目立ち、道行く女性たちが振り返っては頬を染めていく姿が散見されたが、彼は何食わぬ顔で前進し続けていた。

(清一郎……)

 顔を伏せた椿が、ぎゅっと胸の前で手を握ると、彼が選んでくれた紫色の矢絣やがすり(※弓矢の矢羽根の形を交互に配置した柄)の長着ながぎに皺が出来る。

(……昔のように隣に並んではくれないのね……)

 椿が幼い頃、一緒によく散歩をした道だ。
 それが余計に、椿の心の中の虚しさを強く掻き立てる要因となった。
 
 相手に何かを期待するから辛くなるのだ。
 だから、期待なんてしなければ良い。
 だけど、昔優しくしてもらえた記憶が思い出されて……。
 どこかで覆せない状況をどうにか出来るのではないだろうかと――何度も同じことを反芻してしまう自分がいる。

 ちょうど、昔、彼を拾った場所に差し掛かった。

「清一郎……」
 
 小さな声だったけれど、思わず呼びかけてしまった。
 けれども、彼がこちらを振り返ることはなく――。
 胸が張り裂けそうなほどズキズキと痛む。
 名など呼ばなければ、再び苦しまなくてすんだのに……。
 いいや、そもそも、彼が迎えにさえ来なければ――。

 こんなに苦しい思いを蒸し返されるぐらいなら、忍に吉原に売られていた方がマシだったのだろうか――?

 椿の心は真っ黒に塗り潰されていくようだった。


 その時――。


 前を歩いていた清一郎が歩みを止めた。

 思いがけず、彼の隣に立とうとした椿だったが――紅梅色の袴へと手を降ろして立ち止まる。

 なんだか恐くて、それ以上前に進めそうになかったのだ。

 すると――。


「――椿様」


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