20 / 31
閑話
閑話
しおりを挟む
天狼が居候として住み着いて、はや数日。
蘭花が、ただ飯を食う彼の姿にも慣れてきた頃のこと。
買い出しへと、村から街へと出向いていた。
雑踏には人があふれ、露天商達が声を張り上げている。
ちなみに、馬に乗れた天狼が蘭花を一緒に連れてきてくれたのだ。
晴天の中、二人は買い物をすませ、屋敷へと戻ることになっていた。
「ちょっと、天狼! ベタベタしないで! 離れなさいよ」
「ああ、我が花嫁は、今日も私をよく拒む」
「花嫁っていうの、辞めなさいって言ってるでしょう!!?」
「恥ずかしがりだな、我が花嫁は」
「違うって言ってるでしょう!??」
遠巻きに通りすがりの人たちの好奇の視線にさらされていた。
彼女はちらりと隣の美青年を見上げる。
頭一つか二つ分は高い身長。
切れ長の碧の瞳を覆う長い睫毛に、思わず見とれてしまった。
(天狼が無駄に綺麗な見た目をしているせいで目立って仕方がないわね……)
「いや、私が綺麗すぎるのが問題ではない。君が私に冷たすぎるのが問題だ」
「ちょっと! 勝手に人の心に突っ込まないでよ!!」
「図星だったのかい?」
「あ……」
その通りだったため、蘭花の頬がさっと朱に染まった。
「まさか、私の心まで読めるとかでは……」
「まあまあ、落ち着かないか。決して君の心を読んだわけではない。私の顔が美しいと、君の顔に書いてあったものだから」
嬉々としている天狼の様子を見て、蘭花はぷいっと顔を背ける。
そのとき――。
「きゃっ……!」
どんっと何かがぶつかってきた。
少年だ。
少しだけみすぼらしい見た目をしている。
そうして、そのまま少年が駆けようとしたのだが――。
「待たないか、少年」
いつの間に近づいたのか――。
天狼が、少年の首根っこを掴んでいた。
「離せよ!」
「離さない」
「いいから離せって」
「だったら、条件がある」
そうして、天狼が低い声音で告げる。
「我が花嫁から盗んだ財布を返してもらえれば、ね」
(え……?)
蘭花が上衣をパタパタとする。
「確かに、ない……!」
いつの間にスリにあったのだろうか。
「良いから離せって、この、おっさん!!」
「おっさん、だと……!?」
天狼の力が緩んだ。
少年はゲホゲホと咳き込んでいた。
「大丈夫?」
蘭花は少年の傍らへと向かう。
「なんだよ、姉ちゃん! ほら、金を返せば良いんだろう? ほら、そうして、さっさと俺を役人に突き出せよ!! 盗みをしようがしまいが、むち打ちされるのには慣れてるからな!! どうせお前達大人は子どもだからって、俺が何を言ったって信じてはくれないんだ!!」
そんな彼に対して、蘭花は首を横に振った。
「役人に突き出すことはしない」
「な……!」
想像外の反応だったのか、少年は驚きの声を上げていた。
「盗みは絶対的によくないわ。だけど、貴方、これまではこんなことしたことなかったのでしょう? だから、今回きりにすると約束してちょうだい」
「そ、そんなに優しくしてきて……お、俺をだまそうとしているんだろう!?」
「いいえ――貴方、病の母と小さな妹弟がいて、貧乏で困っているのでしょう?」
「なんで知って……」
蘭花は返した。
「貴方が足を洗って、角にある老人の屋敷に、庭先で拾った種を持って行きなさい」
「なんで、俺の家の庭に種があるって知って……」
彼女は続ける。
「そうしたら、貴方のお母様や弟妹達は助かるから――信じるか信じないかは、貴方の自由よ」
少年は――蘭花の黄金の瞳を見て、何か察したようだった。
「盗んで悪かった……もうしないから……」
「そう、ありがとう」
そうして、少年はその場を去った。
蘭花に向かって、天狼が声をかける。
「託宣か……それにしても、我が花嫁は甘いな」
「甘いかしら?」
「ああ、一度でも盗んだ者は盗人だ。それを許すのか? 甘すぎるな」
いつになく真剣な彼に対し、蘭花は声をかけた。
「何か理由があるかもしれないでしょう?」
「理由、ね……」
「私は盗みを働いたことはないけれど……人間だれしも、魔が差すことがあるかもしれないでしょう? 相手が何かをするときには、必ず何か理由があるのだと私は思うの。だから、ちゃんと理由は聞いてあげないといけない。まあ、今回は理由を聞く前に、頭に閃いてしまったのだけれど……」
「へえ」
「それに――彼はまだ子どもだわ。まだ善悪の区別がつかないのだったら、それこそ、ちゃんとした大人が導いてやらなければならない」
天狼が眉をひそめる。
「まあ、わたしが正しい大人かと言われたら分からないけれど……」
そうして、彼女は続けた。
「わたし、いつでも予言できるわけではないの……貴方も知っていると思うけれど」
「そのようだな」
「だから、子どもの頃、色々訴えても大人に信じてもらえなかったことがある。信じてもらえないのは日常茶飯事だったし、『言っている意味が分からない』、『お前はおかしい』、色んな言葉をぶつけられた。ちゃんと話を聞いてもらえたら誤解はとけるのにって思ったことだってある……だから、わたしはちゃんと相手の話に耳を傾ける大人になりたい……」
そうして――。
「天狼は茶化すけれど……ちゃんと、わたしの話に耳を傾けてくれたわね」
天狼が「おや?」という風に眉を上げた。
「そうかな?」
彼が続ける。
「まあ、私も過去を思い出して、少し感情的になっていたようだ」
「感情的には見えないんだけど?」
「なんだ? 我が花嫁は、この私の繊細な感情の移ろいが分からないというのか――!?」
「繊細にも見えないんだけど……」
ふっと天狼が微笑んだ。
「ああいう子どもが一人でも減るように……努力はしないといけないと、思い出したよ」
「?」
「ああ、こちらの話だ。さあ、帰ろうか」
「え、ええ……って、ちょっと触らないでくれる!!??」
「減るものじゃないから良いだろう?」
「貴方に触られたら減りそうなのよ!! ちょっと、往来で胸を触るのはやめなさいってば!!!!」
天狼の心に何かを残したのだと蘭花は気づかないまま――二人はわいわいしながら村へと帰ったのだった。
蘭花が、ただ飯を食う彼の姿にも慣れてきた頃のこと。
買い出しへと、村から街へと出向いていた。
雑踏には人があふれ、露天商達が声を張り上げている。
ちなみに、馬に乗れた天狼が蘭花を一緒に連れてきてくれたのだ。
晴天の中、二人は買い物をすませ、屋敷へと戻ることになっていた。
「ちょっと、天狼! ベタベタしないで! 離れなさいよ」
「ああ、我が花嫁は、今日も私をよく拒む」
「花嫁っていうの、辞めなさいって言ってるでしょう!!?」
「恥ずかしがりだな、我が花嫁は」
「違うって言ってるでしょう!??」
遠巻きに通りすがりの人たちの好奇の視線にさらされていた。
彼女はちらりと隣の美青年を見上げる。
頭一つか二つ分は高い身長。
切れ長の碧の瞳を覆う長い睫毛に、思わず見とれてしまった。
(天狼が無駄に綺麗な見た目をしているせいで目立って仕方がないわね……)
「いや、私が綺麗すぎるのが問題ではない。君が私に冷たすぎるのが問題だ」
「ちょっと! 勝手に人の心に突っ込まないでよ!!」
「図星だったのかい?」
「あ……」
その通りだったため、蘭花の頬がさっと朱に染まった。
「まさか、私の心まで読めるとかでは……」
「まあまあ、落ち着かないか。決して君の心を読んだわけではない。私の顔が美しいと、君の顔に書いてあったものだから」
嬉々としている天狼の様子を見て、蘭花はぷいっと顔を背ける。
そのとき――。
「きゃっ……!」
どんっと何かがぶつかってきた。
少年だ。
少しだけみすぼらしい見た目をしている。
そうして、そのまま少年が駆けようとしたのだが――。
「待たないか、少年」
いつの間に近づいたのか――。
天狼が、少年の首根っこを掴んでいた。
「離せよ!」
「離さない」
「いいから離せって」
「だったら、条件がある」
そうして、天狼が低い声音で告げる。
「我が花嫁から盗んだ財布を返してもらえれば、ね」
(え……?)
蘭花が上衣をパタパタとする。
「確かに、ない……!」
いつの間にスリにあったのだろうか。
「良いから離せって、この、おっさん!!」
「おっさん、だと……!?」
天狼の力が緩んだ。
少年はゲホゲホと咳き込んでいた。
「大丈夫?」
蘭花は少年の傍らへと向かう。
「なんだよ、姉ちゃん! ほら、金を返せば良いんだろう? ほら、そうして、さっさと俺を役人に突き出せよ!! 盗みをしようがしまいが、むち打ちされるのには慣れてるからな!! どうせお前達大人は子どもだからって、俺が何を言ったって信じてはくれないんだ!!」
そんな彼に対して、蘭花は首を横に振った。
「役人に突き出すことはしない」
「な……!」
想像外の反応だったのか、少年は驚きの声を上げていた。
「盗みは絶対的によくないわ。だけど、貴方、これまではこんなことしたことなかったのでしょう? だから、今回きりにすると約束してちょうだい」
「そ、そんなに優しくしてきて……お、俺をだまそうとしているんだろう!?」
「いいえ――貴方、病の母と小さな妹弟がいて、貧乏で困っているのでしょう?」
「なんで知って……」
蘭花は返した。
「貴方が足を洗って、角にある老人の屋敷に、庭先で拾った種を持って行きなさい」
「なんで、俺の家の庭に種があるって知って……」
彼女は続ける。
「そうしたら、貴方のお母様や弟妹達は助かるから――信じるか信じないかは、貴方の自由よ」
少年は――蘭花の黄金の瞳を見て、何か察したようだった。
「盗んで悪かった……もうしないから……」
「そう、ありがとう」
そうして、少年はその場を去った。
蘭花に向かって、天狼が声をかける。
「託宣か……それにしても、我が花嫁は甘いな」
「甘いかしら?」
「ああ、一度でも盗んだ者は盗人だ。それを許すのか? 甘すぎるな」
いつになく真剣な彼に対し、蘭花は声をかけた。
「何か理由があるかもしれないでしょう?」
「理由、ね……」
「私は盗みを働いたことはないけれど……人間だれしも、魔が差すことがあるかもしれないでしょう? 相手が何かをするときには、必ず何か理由があるのだと私は思うの。だから、ちゃんと理由は聞いてあげないといけない。まあ、今回は理由を聞く前に、頭に閃いてしまったのだけれど……」
「へえ」
「それに――彼はまだ子どもだわ。まだ善悪の区別がつかないのだったら、それこそ、ちゃんとした大人が導いてやらなければならない」
天狼が眉をひそめる。
「まあ、わたしが正しい大人かと言われたら分からないけれど……」
そうして、彼女は続けた。
「わたし、いつでも予言できるわけではないの……貴方も知っていると思うけれど」
「そのようだな」
「だから、子どもの頃、色々訴えても大人に信じてもらえなかったことがある。信じてもらえないのは日常茶飯事だったし、『言っている意味が分からない』、『お前はおかしい』、色んな言葉をぶつけられた。ちゃんと話を聞いてもらえたら誤解はとけるのにって思ったことだってある……だから、わたしはちゃんと相手の話に耳を傾ける大人になりたい……」
そうして――。
「天狼は茶化すけれど……ちゃんと、わたしの話に耳を傾けてくれたわね」
天狼が「おや?」という風に眉を上げた。
「そうかな?」
彼が続ける。
「まあ、私も過去を思い出して、少し感情的になっていたようだ」
「感情的には見えないんだけど?」
「なんだ? 我が花嫁は、この私の繊細な感情の移ろいが分からないというのか――!?」
「繊細にも見えないんだけど……」
ふっと天狼が微笑んだ。
「ああいう子どもが一人でも減るように……努力はしないといけないと、思い出したよ」
「?」
「ああ、こちらの話だ。さあ、帰ろうか」
「え、ええ……って、ちょっと触らないでくれる!!??」
「減るものじゃないから良いだろう?」
「貴方に触られたら減りそうなのよ!! ちょっと、往来で胸を触るのはやめなさいってば!!!!」
天狼の心に何かを残したのだと蘭花は気づかないまま――二人はわいわいしながら村へと帰ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる