上 下
21 / 31
第3章 別れと旅立ち――白豚と龍帝――

20

しおりを挟む


 辺鄙な村の早朝、女性の大声が響き渡る。

「もう、天狼!! 朝から寝込みを襲うのは止めなさい!!!」

 声の主は艶やかな黒髪の美女・蘭花だ。

「我が花嫁は怒った顔も麗しい」

 文句を言われてもめげずに、彼女の胸に手を伸ばそうとしている、顔だけはすこすぶる良い黒髪の美青年は天狼。蘭花の住むぼろ小屋に、すっかり棲みついてしまっていた。
 ぎゃあぎゃあやっていると、近所のお婆さんたちが野菜を持って現れる。

「あらあら、蘭花ちゃんの旦那様は相変わらずの美丈夫ねぇ……」
「うちの兄の若い頃に似ているのう」
「羨ましい、いけめん、いけめんじゃ」

 すると天狼が次々に彼女たちの手をとって、ちゅっと口づけ始める。

「ご婦人がた、貴女たちも大層麗しい。我が花嫁がいなければ、口説き落としていたところだ」

 村にはただでさえ若い男は少ない。おばちゃんたちは、きゃあきゃあ騒ぎはじめた。

(すっかり村に順応しちゃったわね、天狼も)

 満月になると身体が昂って困っていた上に、妖にも襲われて困っていた蘭花だったが、天狼が退治してくれるので、実のところ最近は助かっていた。
 やれやれと思いながら、ため息を吐いた後、彼女は彼に声をかける。

「天狼、畑仕事を手伝いにきてくれる?」

「婦人がた、すみませんね、花嫁が呼んでいますので。それでは、失礼」

 天狼は何でもこなす男だった。
 力仕事だけでなく、繊細な仕事。
 なんでもこなす。
 村の皆は助かっているようだった。
 
このまま天狼がいついて、皆の言う通りに夫婦になってしまうのだろうか――。

(私ったら、何を考えているの?)

 蘭花は頭をぶんぶんと振った。

(天狼と夫婦だなんて、あり得ないんだから!)

 だけど、もはや彼のいない生活も想像できない。

 蘭花は天狼のいる生活にすっかり慣れてしまっていた。

 そうして、こんな日々が毎日続く。

 そんな錯覚に陥っていたのだった。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

桜天女

恋愛 / 完結 24h.ポイント:284pt お気に入り:0

不完全防水

BL / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:1

中学生の弟が好きすぎて襲ったつもりが鳴かされる俳優兄

BL / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:152

車いすの少女が異世界に行ったら大変な事になりました

AYU
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:541pt お気に入り:52

記憶がないっ!

青春 / 連載中 24h.ポイント:965pt お気に入り:1

公爵家は義兄が継げばいい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:4,057

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:497pt お気に入り:713

処理中です...